第十七話『知らない天井』
目覚めると薄暗い、知らない天井が目に映った。
「どこ、だ…ここ…」
柔らかさを感じる背中の感覚から、布団に横たわっていることはわかる。
仰向けに寝ているレイルは、首だけを動かして左側を見てみる。木の窓がはめ込まれた簡素な土壁のようなものが目に入る。その前には防具立てと刀掛けが置いてあり、使い込まれた刀や鎧の中に、英神からもらったレイルの刀が置いてある。
次に、右側を見る。
古い木の扉が開いており、風が入ってきていた。
扉から視線を外し、少し顔をあげる。
そこには、眼鏡をかけた臙脂色の髪の若い男が小さな椅子に座って目を瞑っていた。
レイルがじぃっと見つめていると、男の目がぱっちりと開いて目が合った。
「あ、起きた。」
臙脂色の髪の男は高い声でそう言った。
「あ…え…っと…」
「大丈夫?身体中痛いとことか——ありまくりか。」
そう言われたと同時に意識が完全に戻ってきて、唐突に腹の中や肋骨、背骨へ痛みが走る。
「ぐぁ…うぅ…」
感じた事のないほどの痛みに思わずうめく。骨が折れて、内臓が欠損しているのかもしれない。戻ってきていた意識がまた少しづつ帰っていこうとする。
「あらら…これはまずい…『治癒・イ』っと。」
痛みに悶絶するレイルを見かねた男が、こちらに手を向けて聞いたことのない魔法を詠唱する。手から光が出てレイルの体を包み込む。すると、身体中の痛みがスッと軽くなった。
「ぇえ…いた、く、ない…」
「治癒魔法かけたからね。まあ、この程度じゃ気休めにもならないかもだけど。」
治癒魔法は、神職のみが使える『神聖魔法』の一つであり、使える人が少ないということを聞いたことがある。実際に、見るのは初めてであった。
「あ、水いる?」
「お願い、します。」
「ん」
そう言って男は枕元の台に置かれた水差しから木のコップに水を入れて渡してくれる。レイルは、それを飲んで一息つく。
「落ち着いたかな?」
「はい…。ところでここは…?」
「俺の家。君ん家の結構近くだよ。」
そう言って男は木の窓をギィと言わせながら開ける。
レイルは、ベットの中から体を縮めて窓を覗き込む。
言葉を失った。
目の前に、大きな黒いドーム状のものがあったのだ。
男に振り返って聞く。
「あれは…一体……?」
「『暗鯨』。禁忌の魔術である。『陰魔法』の一つだ。」
聞き覚えのある言葉を聞いて、ベットに横たわっていたまでの記憶が脳に蘇る。
剣神との魔術の練習中に、『山神』と名乗る圧倒的な存在が現れて青空に闇を張り、山の景色を吹き飛ばした。レイルの頭にさまざまなことが思い浮かぶ。
ギャレクの無事、山神の正体、ミリアやラウルや先生、三娘の行方——。
「あれが包んでるのって——」
「察しの通り、威吹鬼山だ。君の家や持ち物は全て禁忌の魔術に飲み込まれた。」
「なんで——」
「すべての原因は『山神』の封印が解かれたことだ。」
「どうして——」
「どうしてって、『山神』の力が戻ったからだよ。」
レイルは言葉をなくす。あまりにも理不尽な内容だった。記憶と合わせて解釈をすると、過去に封印してきた神々への鬱憤晴らしのためにブレイクス家は壊滅したのだ。
「そんなの、あまりにも——」
酷すぎた。
何のバチだったと言うのだろうか。ブレイクス家の優しくて思いやりに満ちた人々がどんな悪いことをしたというのか。
頼れる父であったギャレクが、聖母のように見守ってくれていたミリアが、いつでも味方でいてくれたラウルが、先生が、レナアが、イエルムが、ブルムが、一体どんな悪行をしたと言うのか。
「……でも、起こったものはもう取り返せない。」
男が小さな怒りの籠った、しかし諦念を多分に含んだ声でそう言った。
「あの『暗鯨』は俺が見てきた魔法の中で一番硬いし、えげつない制約までついてる。まあまず外から入るってのは無理だ。」
「無理って…理不尽すぎるし……てかあんた誰ですか!?何で俺の家知ってんの!?」
完全に意識が覚醒し、スイッチの入ったレイルは、息をつぐ間も無く捲し立てる。
「だいたい何でこんなことになって、なんで俺はここで寝てんだ!よくわかんねえまんまなんか出てきて吹っ飛ばされて、踏んだり蹴ったりだ!みんなどこ行ったんだ!あんた知ってんだろ!あんたが黒幕か!?あんたがみんなを怪我させて——」
「落ち着け。」
男のドスの効いた低い声にレイルはビクッとして言葉を切る。
「何もわからないまま混乱させて悪かった。だが、一旦落ち着いて話を聞いてくれ。」
ふうと息を吐いて続ける。
「…まず、何でこんなことになったか、について。長らく封印されていた荒き神『山神』様が封印を解き、出てきたんだ。」
「封印って…どこに!?」
「あの神の本名は、『威吹鬼山の神』なんだ。そして、神の力が強すぎて、威吹鬼山の外に出すことができなかったんだ。」
レイルは絶句した。あまりにも場所とタイミングが悪すぎた。
「俺は、『山神』様の目覚めをいち早く検知して、伊吹山に向かって走った。とりあえず起きている人の気配を探ると、弱々しい反応があって、それが君だった。一旦危ないから避難させたら、何と英神様がついてきたってわけ。」
少し間をおいて男は続ける。
「次に、君の家族のこと。これは、はっきり言ってわからない。散り散りだ。」
「は!?どういうことだよ!」
「落ち着けって言っただろ。あの『暗鯨』は周囲を包み込むことによって中のものを閉じ込めれて、さらにその中に入った生物を眠らせる、イカれた魔法だ。大方中で眠っていると思うが、もしかしたら脱出しているのかもしれない。申し訳ないが、俺たちにそれを調べる術はない。」
「ぐ…」
改めて、自分の無力さを痛感する。剣神という大きな力を貸してもらっても、大事なものすら守れない自分を呪う。そして、自分だけ無事生きていることに嫌気がさす。
「最後に。俺は誰なのか、って質問。最初に言えばよかったな。俺は、アレックス・エルダリック。英神様の知人で、三代剣聖ユリアス・エルダリックの子孫だ。」
「は?」
突然、この悲劇が起こる数秒前に話していた男の名が出てきてびっくりする。
「あと、英神様から、君を鍛えて、いつか『山神』を倒せるぐらい強くしろ、と命じられた人。」
レイルは寝台の上で目を見開く。
「俺からも、この悲劇を最も近くで見ていた君に成し遂げて欲しいと思う。あとは、君の決断次第だ。」




