第十六話『禁忌使いの神(参)』
「外道は貴様だ、猪。」
突如現れて超広範囲に『暗鯨』を出し、レイル達を外道と呼んだ謎の存在に英神は、珍しく怒りとも焦りとも似つかないような感情を表に出している英神が言い返す。
封印系の魔法を街と山を囲むように展開された、というただでさえ不気味な状況に混乱している中、そこに不気味な状況をさらに引き立てる恐ろしい存在が目の前にいることでレイルはパニックに陥っていた。
レイルは謎の存在——自ら「山神」と呼ばれているものから、魔法使い一家で育った、魔力を多く持っている人をかなり見てきたレイルにとっても感じた事のない、まさに人外の魔力量を感じていた。さらに、魔力に隠す事なく乗せられている殺気を間近で感じ続けている事で、精神的な疲労も知らず知らずのうちに溜まっていた。
「おい、なんで出てきた。」
先程の反論から少し時間をおいてもう一度強い語気で英神が問う。
1時間にも思える緊張感に溢れた数秒を経て『山神』は、やる気なさそうに、しかし殺気を強めながら答え始めた。
「何言ってんだお前。鬱憤晴らしに決まってんだろ。散々長い事封印しやがってよぉ、クソ供が。」
言いながらどんどんと語気と共に全身から溢れ出す『山神』の殺気が強くなる。空気中が揺れているかと感じるほどのピリピリとした雰囲気の中、自分の一挙手一投足が死につながっているのではないかと感じる。立っているだけで嫌な冷や汗が背筋を伝い、肌が泡立つ。
「鬱憤晴らし?馬鹿な理由で起きてくるな。」
「ハッ!よく言うぜ。俺が鬱憤を晴らしたいと思うようになったきっかけがよぉ。」
気の置けないやり取りの中、双方が双方に向ける殺気は遂には最高潮に達していた。
「最後に聞かせてもらおうか。お前の鬱憤は何で晴らすつもりだ。」
その言葉を発した瞬間に一瞬だけ緊張の糸が弛んだ。
「何今さらそんなこと聞いてきてんだぁ?そんなのお前ら俺を封印してきた奴らに決まってんだろ。ついでに他の適当な神とか——」
「蛇鎖」
英神が闇魔法を詠唱する。
『山神』の言葉が止まった。そちら側を見ると、足に鎖が巻きついて地面に根を張っていたのだ。
「消えろ。『木漏れ日』」
その隙を見計らい、英神が腰に差していた刀を抜刀し陽魔法を纏わせ袈裟で叩き込んだ。
しかし、無抵抗の『山神』に当たっただけで刃はパキン、と音を立てて真っ二つに割れた。周囲に光の柱が乱反射する。
「ハッ!手加減か?余裕だなぁ!!」
「チッ!」
英神は新たな刀を創り出し、足元の鎖を壊して身動きができるようになった山神に正眼で構える。
山神は首をコキコキと鳴らしながら小さくトントンと跳躍をする。
「てめぇから手ぇ出してきたってことは殺されたいってことだろぉ?」
跳躍をやめ、手をポキポキと鳴らす。
「久しぶりの戦闘だなぁ。嗚呼、悶えるぜぇ…!楽しませてくれよぉ…!」
恍惚とした声音で黒く染まり始めた快晴を見上げる。
英神が柄を握り直す。
一触即発。その言葉が当てはまる状況がこれ以上にあるのだろうか。
漆黒に染まりゆく空の下、異常な空気がもう一度漂う。
「クソ雑魚君も含めてなぁ」
ギョロリと目と手を向けて、山神が左手にある藪を黒い一筋の雷で穿つ。
詠唱もなく放たれた雷は藪を焼き、そこだけにとどまらず藪の後ろにあった木々を薙ぎ払い、山にぽっかりと穴を開ける。残った葉に引火して至る所で火が上がる。
そんな焼け跡に一人の人影があった。
「バレていたか……。まあ想定内だ。」
灰色のローブを着て短めの杖を持ち、地面に片手足をつき臨戦体制となっている男——ギャレクであった。
「神同士の喧嘩に首を突っ込もうとするとはいい度胸だなぁ、クソ雑魚ぉ…。」
先程の恍惚とした声音からは打って変わって冷めた声でそう言い放つ。漂う空気も言葉と同じように冷めていくような気がする。
「まあいいか…。こっちは焦らされてもう我慢できねぇんだよぉ。」
「レイル…遠くで伏せておけ」
「行くぜお前らぁ…。」
山神は重心を落とすと、拳を振り上げて正眼に構えている英神の方へ跳びかかった。
「『夕焼け』」
それに呼応するように英神もまた刀に魔法を宿らせる。
ガキィッッ!!と金属同士が擦れたような音がなる。
「『土槍』!」
英神が受け止めた山神の背後に回り込んだギャレクが、無数の槍を打ち込む。
それに連携して剣神も魔法の強度を上げる。
「はぁ……」
山神はため息をついた。
前後から魔法が迫ってきている逃げ場のない状況にも関わらず、山神は落胆したような声で言った。
「つまんねえなぁ、本当に。」
刹那、背後に迫っていた槍も、剣神の魔法の光も、周囲の景色ごと消し飛んだ。
戦闘が始まったと同時に離れた場所で伏せていたレイルにもその影響が及び、山の下の方まで吹っ飛ばされた。
「ぐぁ!……う、ぐ……」
地面に叩きつけられたことで肺が圧迫され、呼吸がうまくできなくなる。直に落ちた肋骨が痛い。折れているのかもしれない。
「レイル!どこに——」
英神の声がしたと思えばドゴォンと大きな音が山に木霊する。
頼みの綱である英神もギャレクも歯が立たない圧倒的な存在。
もうここで人生は終わるのだろうか。2度目の人生の終わりの気配を感じる。いささか短すぎないだろうか。
最後の力を振り絞り、声のした方向を向く。
猪の仮面の奥と目が合った気がした。
パタリとレイルは気を失った。




