第十五話『禁忌使いの神(弍)』
あるに日、よく晴れた青空の下、ラウルは屋敷の近くの町を散歩していた。
活気のある町に、元気な人の声が飛び交う。
ラウルは貴族の息子ということもあり、それなりに顔が広いので、町を歩くだけで色々な人から声をかけられる。
「おはよう、ラウル様!何か町に用事かい?」
「ラウル君!今日いい本が入ったよ!見ていくかい?」
「ラウル!一緒に遊ぼーぜ!」
衛兵の詰所の前を通れば休憩中の衛兵から、書店をのぞけば店長から、広場に出れば同年代ぐらいの少年少女から。
みんなが幸せそうに笑っている。
そんな平和な時間を有意義に過ごさず、ダラダラと駄弁ったり遊んだりすることが、最近のラウルのトレンドとなっていた。
こんな幸せが永遠に続けば——としみじみと思いながら、町の石畳を歩いていた。
すると、一人の強面の男から声をかけられた。
「あ、丁度いいところに。やあ、ラウル!元気か?」
「おはようございます、オキシンさん。」
彼——オキシンは、武具屋の店主で、気さくな性格の人である。実際、ラウルが街に来て道に迷っていた時に「坊や、迷子か?案内するぜ。」と笑顔で話しかけてくれたのも彼である。
「丁度いいって何がですか?」
「ああ。頼まれていた杖が完成したんだ。」
この前町に行った時に、「そろそろ杖を持ってもいいかな」と思い、オキシンの武具屋に行き杖を探したが、あいにくラウルの魔力と魔法の強さに耐えれそうな杖がなかったので、「かったい杖を作ってください」とたのんでいた。
「本当ですか!?」
「おう。今とってくるぜ。」
そう言ってオキシンは店頭から店の中に戻り、布に包まれたとても長い一本の棒を持って戻ってきた。
「はい、これが頼まれてた杖だ。」
「ありがとうございます。あ、今開けてみても大丈夫ですか?」
もちろん、と言われ大きさに苦心しながらも布をほどく。
包まれていたのは、自分の背丈の2倍ほどもある紺青の木材の軸の先に直径10センチ程の大きさの水晶のような無色透明な石がついた美しい杖だった。
「すごい……」
「喜んでもらえてよかったぜ。この木材はな、『半魔の木』っていう割とどこにでもある木なんだが、いいところがな、魔力を流し込んだら自分の背丈に合った長さに変わるんだぜ。」
「そんな便利な木材がどこにでもあっていいんですか!?」
「ああ。この木、滅茶苦茶生命力が強くてな。しかも色が綺麗で真っ直ぐに育つんだ。そういうことがあってよく観葉植物や街路樹になってるんだ。ほら、ここの広場にでかい青い木あるだろ?あれも『半魔の木』なんだぜ。」
「そうなんですか。」
ちなみに、この世界ではよくわからないものによく『半魔』とつけることがある。
理由は簡単で、『半魔』の『魔』の語源である魔物自体がよくわかっていないからだ。
「こっちの宝石はなんなんですか?」
ラウルは、杖の先の透明な石を指差しながら聞く。
「こっちは『透晶』っていう石だ。杖にはよく使われる石で、この店のは大体これの小さいものがあしらわれている。」
「こんなに大きくなるものなんですか?」
「……探すの大変だったんだぜ?」
「あ…、ありがとうございます…。」
これ以上聞くのはやめておこう。
「あ!お代を払うの忘れて見てました!すみません。今すぐ払います。」
そう言ってラウルは着ていたローブの懐から財布を取り出す。ブレイクス家は毎月お小遣い制なので、お金は十分にある。
「そういえばそうだな。じゃあお代は——」
突如、オキシンの体がふらついた。
何円、といいかけていたオキシンが店先のカウンターに突然バタンと大きな音を立てて突っ伏した。
「え?」
何が起こったのかわからないラウルはオキシンに声をかける。
「お、オキシンさん?大丈夫ですか!?何があって——」
と言いながら、ラウルはハッとオキシンが倒れた時から街が静かだと気づく。
「……え?」
恐る恐る振り返ってみると、そこには町の全ての人が芯を失ったかのように倒れ込んでいた。
そして、町の向こうに見えていた明るい地平線が墨を吸ったかのように黒く染まり、さらにじわじわと青い空を侵食し始めていた。
「な、なんで…。」
ラウルは杖を持って走り出した。お代を払ってないことや、オキシンたちをそのままにしておいてはならないことなどはパニックで忘れていた。
さっきまで活気に溢れていた町に静けさだけが広がっていた。ラウルに挨拶をしてくれた衛兵も、書店の店長も、遊んでいた町の子供達までも。今は静かにうずくまっていた。
どうして、どうして、どうして、——。
焦りばかりが募るラウルの脳内では、家族の無事だけを考えていた。
全力で走り、家の見える場所まで帰ってきた。杖は知らぬうちに魔力を込めていたようで、自分にあった大きさになっていた。
もう少しで家に着く——というところで、向こう側から扉がバン、と音を立てて開け放たれた。ミリアが勢いよく飛び出してきたのだ。
ラウルは掠れた声で呼んだ。
「こひゅ、か、あさ、ま」
「———」
何も言う事のできないミリアは返事の代わりにラウルをひょいと担ぎ、馬車が置いてある舎に向かって走り出した。
「か、あ、さま、いったい、何が——」
「……。」
「父様、は——?」
「……。」
「レイルは——?」
「レナアさんは、イエルムさんは、ブルムさんは——?」
答えられない人に聞くほど、パニック状態であった。
「ここにいる。大丈夫だ。」
声の方を向くと、自分用の杖を持ったギャレクがいた。
「父様……。」
「大丈夫だからな。落ち着いて聞いてくれ。」
「…はい。」
嘘だった。
だんだんと黒に染まっていく空や旧に倒れた人々を見てきたことで、本当は落ち着けるはずなどないが、ギャレクの顔にも焦燥と苦悩の色が浮かんでいるのを見て、形だけでも落ち着いたふりをする。
「いいか。これから馬車に乗ってなるべく遠くに移動するんだ。」
「父様は……?」
「三娘と一緒に俺は残る。お前は、母さんと先生と一緒に逃げるんだ。」
「な!…なんで一緒に行かない…?」
ギャレクは苦虫を噛み潰したような顔で言葉を絞り出した。
「…俺は止めなきゃならないんだ。」
「何をですか!」
「神だ。猛き山神が封印を破ったんだ。それをもう一度閉じ込められるのは俺しかいない。」
ラウルはギャレクの表情を見て悟る。命を賭して神を封印する、という意志を感じる。しかし、山神のことなど一つも知らなかったラウルは、理解が追いつかなくなっていた。
「で、でも…、」
「わかってくれ。これは、お前達を…いや、この国を救うためなんだ。」
レイルは、込み上げてくる謎の感情を抑えながら聞く。
「レナアさん達は…?」
「封印の準備をしている。彼女達もここに残る。」
「レイルは…?」
あえてレナア達のことは聞かない。
「わからない。」
ギャレクから衝撃の一言が発せられる。
「な、…え、なんでわかんないんですか?」
「行方がわからなくなった。剣神様がついているからおそらく大丈夫だ。」
「いや…」
「早く乗ってください!このままでは私たちも閉じ込められます!」
反論しようとしたところに馬車から先生の声が届く。
「でも…」
「ラウル、信じろ。俺たちは絶対に死なない。一回長い時間寝るだけだ。どうしても俺たちを連れ出したいなら、強くなって俺達を助けにきてくれ。」
ギャレクの顔が歪む。
「頼んだぞ——」
そう言い残し、立ち上がったギャレクはレナア達と共に屋敷の方へ戻って行った。
それを見送ったレイルは、ミリアに引っ張られて馬車に入った。
「出発します!もう時間が少ないので飛ばします!」
そう言ってサフーリンは場所を動かし始める。次第に馬車が浮き始めた。サフーリンが魔法で浮かし始めたようだ。
黒く染まっていないまだ青が残った空に向かい走り始めた車の窓からラウルは見た。
元々住んでいた屋敷が破壊され、木っ端微塵になるところを。
裏山の一部が吹き飛び、一筋の光が上がるところを。
人型の何かが体が光の粒子となって中に舞ったところを。




