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26.『再来の聖女』

 とんでもない事になってしまった。


 イレギュラーな魔瘴退治と騎士への治療が教会への貢献とされ、何と、『再来の聖女』への謁見が許されたのだ。

 許されたって、俺は望んではいないのですけど……。

 実在していないんだろうとか、保存した木乃伊が安置されているんだろうとか不敬な事先日口走っていた事もあって後ろめたいし。


 そもそも、魔瘴退治に一番貢献したのは間違いなく騎士達だろう。

 それに、あの鳥だ。

 何故か分からないけど、あの肩に留まった緑の鳥の目を見たら、できるんじゃないかって思えてきたのだ。

 事が終わって、村に着く頃にはいつの間にかいなくなっていたけど。

 あの森に住んでいるのだろうか。

 いや、それより今は目の前の重大な事件だ。


 友人達に相談したら、


「会えるなら会っておいた方がお得だと思う」

「えー!凄いじゃない!やっぱ伝説の聖女ともなると、お付の方々もお美しいのかしら!」


 と、参考にもならない友情に厚いアドバイスが頂けた。

 でもその暢気な答えに、多少なりとも緊張が抜けた事は助かったかもしれない。


 そんなこんなで、謁見の日が来てしまった。


「ノイルイー、そんなにガチガチになっていては謁見の際に転ぶわよ。何も貴女を糾弾する為に呼ばれたんじゃないのだから」


 ナリマー先生が呆れながら俺の背中を優しく叩いた。


 そうは言ってもですね、あの四百年以上生きてるという『再来の聖女』なんですよ。

 プラゥに聞くまで知らなかったけど……。

 それに、その前に会わなければいけないらしい枢機卿の方々だって正直怖い。

 こちとら前世でも今世でも思いっきり一般人なのだ。


 枢機卿の面々だけでも何とかならないかと聞いてみたけど、どうしたって無理な様だった。

 『再来の聖女』に会う前には、枢機卿の審査が必須なのだそうだ。

 審査といっても特に面接とかがあるわけではなく、ただじろじろ見られるだけの様だが……。


 それなんて針の筵。


 ナリマー先生は機嫌が良さそうだった。

 自身の生徒が『再来の聖女』に謁見を許される事が、誇らしくとても嬉しいのだろう。

 そんな先生の姿も、逃げ出せない理由の一つとなった。


 前にも来た事があったけど、中までは入ってないんだよね大聖堂。

 学園の卒業時、将来どんな選択をしたのであれ一度全員ここで聖女としての印を受ける事になっている。

 騎士の任命みたいなものなのかな。


 中に入ると、ナリマー先生が神父様に俺の来訪を伝える。

 神父様が一度脇にあるドアから出て行き、別の神父様を連れて戻ってきた。

 案内役らしい。


 互いに祈りの文言を述べる。俺も慌てて先生に続いた。

 そうだ、ここは学園とは違う。オルタニア教の総本山、本家本元、お膝元!

 ……ちょっと違うかもしれない。

 挨拶がわりに祈りの言葉なのだ。

 嫌な汗が流れてきた……。やらかしてしまいそうだ……。


 長い廊下を歩き、ようやく着いた場所はまるで裁判所のようだった。

 広まった場所に通されるレッドロード。前の記憶の世界でも、確かレッドカーペットなんて呼ばれていた。

 テレビで見た同じ道は、世界的に有名な映画監督や俳優女優が歩いていたっけ。

 その先に、壇上に並んだ一目でその地位が窺える豪奢な僧衣の男達。

 裁判官、弁護士、検事、それらの前に立たされる罪人の気持ちになった。

 値踏みするような視線を向ける者もいれば、ただ事務的に目を向けているだけの者もいた。


 俺はナリマー先生に泣き付いて教えて貰った作法と祈りと謁見の感謝の言葉を、何とか棒読みにならずに唱える。

 一番年配そうな枢機卿が、やたら冷たい視線な気がするのは見なかった事にしよう。


「聖女候補生ノイルイーよ、ではそのまま奥へと進みたまえ」


 言われた通り、俺は赤い絨毯の先にある大きな扉へゆっくりと向かった。

 本当はこんな突き刺さる視線の中なんて、さっさと走り抜けて行きたい気分だ。


 扉が開けられ、通される。

 赤い道はまだ少し続いてるようだった。

 誰も居ない。護衛とかいないのかな。今だけ外してるのかな。


 綺麗に装飾された扉に着き、ノックしようかここで名乗ろうか逡巡していたら、扉が勝手に開いた。

 まさかの自動ドア!?どういう原理だろう。


 扉をくぐると、そこは水音が心地よく響く、白い綺麗な部屋だった。

 部屋にある全ての物が白を基調としており、中央に大きく見える噴水の水だけがほんのり色付いている。


 そして噴水の縁に、その女性はいた。



 初めて見た『再来の聖女』様の印象は、……真っ白、だった。

 緊張に俺の頭の中が真っ白だというのもそうだけど、目の前に佇む彼女は、髪も肌も真っ白で、身に付けているのは僧衣ではなくワンピース、それも真っ白だった。

 頭を飾る花のコサージュも白く、彼女の肩を優しく包むベールも白い。

 そんな真っ白の中、数珠繋ぎの小さな黒い石が首元から微かに覗いていた。

 四百年以上生きているのか、あの話は本当なのかって思うと不思議で、ついまじまじと見てしまった聖女様のお顔は、それはもう美しくて。

 言葉も出ない俺に、『再来の聖女』は、絶えず優しい微笑を浮かべていた。


 実際に姿を見る前は、即身仏だったらどうしようとか、等身大の球体関節人形が置いてあって聖女の魂が入ってるとかだったらどうしようとか、凄く不謹慎で無礼な事を考えていた自分を殴り飛ばしたい。

 あの人は確かに聖女だ。美しく、優しく微笑みを浮かべるあの姿はまさしく女神だ。


 ただ何だろう。包む大きな聖なる力は感じるけど、それらは全て一つ一つが小さいというか……。

 とても綺麗で美しい微笑みを浮かべるあの顔が、ベールの向こう側の様に薄いというか儚く感じるというか。

 正体がつかめない、そんな感じがした。

 まあ現人神なんて、そういったものなのかもしれない。


「うふふ、そう緊張しないで、楽にしていいのよ……?」


 細く涼やかな声が聞こえた。

 ……あ、ああ!聖女様からか!そりゃそうだ、人間で生きてるんだもの……。

 一瞬女神像とか宗教画とか、物言わぬ美しい芸術品。そんなものを前にしている気になっていた。


 しかし楽にしていいと言われても、そんな事は土台無理な話で。

 あ……!は!祈りの挨拶と自己紹介!ついぼっとしてしまった!


「聖女見習いのノイルイーと申します。ご挨拶が遅れ申し訳ありません。聖女様に女神の加護が……」

「いいの、形式通りの挨拶なんて肩がこってしまうわ」


 『再来の聖女』は、噴水の水を掬ったり落としたりしている。

 俺は困ってしまった。

 ナリマー先生の話だと、『再来の聖女』の前に行ったら挨拶をし、ねぎらいの言葉を貰い、謝辞を述べ退室する。

 それだけだって聞いたのに!


 ねぎらいの言葉所か堅苦しい挨拶は嫌とばかりにばっさり切られてしまった。

 このまま立ち尽くしていても仕方が無い、意を決して声をかけよう。


「あの、お部屋、とても素敵ですね……!」


 いい天気ですね並に面白みもないコメントだ。気の利いた言葉なんて浮かばない。

 それに素敵ですねとは言ったものの、正直部屋は白すぎて怖い。


「貴女、白は好き?」


 聖女様が水面に視線を落としながら問いかけてくる。

 素敵と言った手前、肯定しないと駄目だよね……。


「は、はい」

「そう、私は嫌い」


 え、ええー……。どうしたらいいの……。

 戸惑っていると、また聖女様が口を開いた。


「貴女、とても優秀なんですってね」

「いえ、そんな事はないと思います。勉強ができないって、いつも言われてますし」

「ふふ、知識なんて、知りたい事さえ知ってればいいのよ」


 水面をパシャパシャとしている。

 友人との何気ない会話をしているみたいに。……こちらとしては、とんでもない緊張の中での会話だけど!


「でも将来を考えて、及第点くらいは欲しいかなって思ってまして」

「真面目なのね、素晴らしい聖女にきっとなれるわ」


 褒めてくれているのだろうが、ずっと水をいじっているのでそんな気は全然しない。


「ありがとうございます。聖女の数が少なくなってきてると聞きますし、それを補えるよう頑張ります」


 水遊びをする手がピタリと止まった。しかし手は浸したままだ。


「そうね、随分減ったわね。貴女の様に優秀な子は久しぶりよ。……何かの天啓かしら」

「そ、そんな大げさなものではありませんよ!そこまで優秀じゃありません」


 過度な期待はとても困る。自分は昔も今も凡人なのだ。


「うふふ、少し意地悪だったわね。そろそろ解放してあげる。この度の貴女の働きは素晴らしいものだったわ、学業、頑張りなさい」


 今度はちゃんとこちらを向いていた。優しく笑みを浮かべている。


「ありがとうございます。聖女の名に恥じないよう、精一杯頑張ります」


 もう帰っていいんだよね?

 最後に別れの挨拶をし背を向けると、ねえ、と声をかけられた。


「貴女には騎士がいて?」

「騎士……とは、あの神殿騎士団の事でしょうか」

「彼等とは違うわ。そう、なんでもないの……引き止めたわね」


 聖女様は再び水面を見つめていた。

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