27.修道女と枢機卿
*ご指摘をいただき、一部修正させていただきました(ストーリーに変更はありません)
閉じられた扉と共に、謁見が終わった。
はー……、緊張した。凄い緊張した!そう長い時間いたわけではないんだけど。
『再来の聖女』様は四百年も生きているだけあって、掴めない性格をしていた。
ああ、帰りももしかして、来た時の様にあの裁判所通るのだろうか。うう、嫌だ……。
歩いてきた赤い絨毯の上を、憂鬱な気持ちで戻っていたら扉の前に神父様が立っていた。
あの人はナリマー先生とここに来た時に、案内をしてくれた人だ。
「迎えが私のみで申し訳ありません。内陣まで案内しましょう」
寧ろ一人でよかったです。もうあの針の筵を通らなくて済むのか、良かった。
まあ枢機卿クラスが一学生をいちいち待ってられないよね。
案内が終わると、神父様は祈りの言葉と共に戻って行った。
扉の向こうでは神父様の説教に、祈りを捧げる参拝者達がいるのだろう。
俺は脇の廊下を歩き、帰路に着こうとした。
「ノイルイー様、少しよろしいですか?」
声をかけてきたのは、ここの修道女だった。
細身で背は低いが、成人女性だ。
「はい、何でしょう?」
「少々お時間を頂きたいのですが、着いて来ていただけますか?」
大聖堂の中、修道女の話だし怪しいって事はないだろうけど。
何だろう、学園関連かな。学園へのお使いとか?
「私でわかるんでしょうか?それで良ければ」
「感謝します、ノイルイー様。ではこちらへ」
静かに修道女が移動する。
「あ、あの、私はまだ学生ですし平民なので様付けじゃなくてもいいです」
一応言っておこう。
それには返答せず、修道女は一度振り返るとにこりと微笑んだ。
「この部屋にて主がお待ちしておりますので」
修道女はそれだけ言うと、扉の前に俺を残して行ってしまった。
主?ご主人?……旦那って意味じゃないよね。
「失礼します……」
恐る恐る扉を開ける。
そこには、謁見前に泣きそうになりながら見た、豪奢な衣装を着た青年が立っていた。
え、ええー!!!枢機卿の一人だよね!?
顔はしっかりとは覚えてないけど、その高そうな衣装は覚えている。
「そう緊張しないでください、聖女は階級に支配されない立場なのですから」
そうは言われても、枢機卿前に緊張しないでいられる方がおかしいだろう。
それに俺はまだ学園の生徒であって、聖女ではないし。
これって、直接話してもいいものなのだろうか。
ちらりと顔を窺い見ると、枢機卿は綺麗な線の細い顔にうっすらと微笑を浮かばれていた。
男だけど百合の様な、そういった静かで繊細な印象がする。
それにこの若さで枢機卿って、どれだけエリートなんだ。
『再来の聖女』様への謁見の時に見た他の枢機卿は、結構年がいってる面々だった気がするけど。
ああいや、他にもいたな、若くて整った顔の男が。
「その、どういったご用事でしょうか。重要なお話でしたら、急いで先生を呼んできますが……」
「いいえ、貴女に直接話があるのです。聖女ノイルイー」
「私に、ですか」
一体何だろうか。枢機卿に用事事を頼まれる様な事をした記憶はないのだが。
先日の魔瘴退治の件でだと言うのなら、流石にそれは買いかぶりすぎる。
あれはほぼ騎士達のおかげなのだ。
彼らが注意を引き付けていてくれたおかげで、俺は力を貯めて撃ち放す事ができたのだ。
「私はシュルス、ようやく貴女と直接話ができ、嬉しく思います」
シュルス様は俺をソファへと促した。素直に従うと、正面に彼も座った。ふかふかだ。
「ミミナガ族の事は知っていますね?」
「はい、詳しくはないですが」
はい、なんて言ったけど知ったのは割と最近という。
パラデリオン様とリリシュと話していて良かった……!
え?とか返して授業でやったはずですよね、なんて言われた日には、怒れるナリマー先生の幻覚を見そうだ。
「彼等の閉ざされた門は頑なですが、そうも言っていられないのが現状なのです。教会内では彼等を軽んじる者もいますが、私は今こそ溶解すべきだと考えています」
「でも、使節団を何度送っても辿り着けないと聞きましたが」
「そうですね、人間を嫌っていますから、普通に伺いを立てるだけでは無理でしょう」
「じゃあやっぱりどうしようも……」
司祭様に次いで、枢機卿も無理と言っているのだ。もうどうしようもないのだろう。
しかし何故こんな話を俺にするのか。
シュルス様は微笑みながら、俺を見つめた。
「貴女に、内密に北の地へ行ってほしいのです、聖女ノイルイー」
「……え?ええ!?何をしにですか?」
いや北ってあれだよね。まさに今話してるミミナガ族の住処があるって場所。
まさかとは思うけど、思うけど。
「ミミナガ族へ会いに行って貰いたいのです」
そのまさかだった。
もしかしてパラデリオン様から、俺がミミナガ族に会いたがっていたとか聞いたのだろうか。
でもあの時は無理だよねーで終わった様な。ライアールにはお前が行くとややこしくさせそうだとか言われたし。
シュルス様に聞いてみようか。
そう思ったが、ふとリリシュとした貴族の話を思い出した。
貴族達の様に、教会にも派閥とかあるのかもしれない。
パラデリオン様は言っていた。自分より上の協力者はいないと。
ならば名前は出さない方がいいのかもしれない。
「私が、ですか。でも、学園もありますし、見習いの自分ではお役に立てるかどうか……」
ミミナガ族には後ろ髪ひかれるが、さすがに代表ででかい顔して行くのも何だか場違い感がしてしまう。
あ、でも内密にって事は、代表とかではなく密偵的な?かっこいいけど、それも役不足な気がする。
自分でも猪突猛進だと思う俺に、そんな隠密な仕事なんてできっこない。
それにどうして内密に、なのか。
この枢機卿は、信用できる人なのだろうか。正直ただの派閥争いだったら、巻き込まれたくはない。
「私は貴女こそが適任だと思っています」
「期待をして頂けるのは嬉しいですが、その、魔瘴獣を一度倒しただけで何故そこまで……」
正確には二度だけど。
シュルス様は笑みを崩さぬまま、答える。
「突然の事に戸惑っていますね。そして私を疑う気持ちもわかります。私は貴女の事を、知人から聞き知っていました。だから貴女の人となりはわかっているつもりです」
知人とは誰だろう。枢機卿と話すような知り合いなどいただろうか。
パラデリオン様くらいしか浮かばない。
騎士団は命を受けることはあっても、気軽に話すような間柄ではないだろうし。
「誰か伺ってもいいでしょうか?全く思い当たらないのですが……」
「申し訳ありません、今はまだ言えません。ですが、貴女にとっても、私にとっても信頼に足る人物です」
ますますもって思い当たらない。枢機卿に信頼寄せられる人物なんて、何度思い返しても浮かばない。
だけどそこまで言うのなら、信用してみようかと気になってしまった。
ちょっと単純すぎるだろうか。
俺を見つめるシュルス様の瞳の、夜露の様な透明さに目が離せなかったからかもしれない。
「わかりました、シュルス様を信用します。それで、どうやって行けばいいのでしょう。学園をどうしたって長期に休む事になりそうですが」
「そこは便宜をはかりましょう。本来の目的を隠せ、不自然でなく北へと向かえる様に。ただ、少し時間がかかるかもしれません。……ありがとう、聖女ノイルイー」
シュルス様は嬉しそうに微笑んだ。月明かりに輝く、たおやかな百合の様に。
その綺麗さに、少しどぎまぎしてしまう。
「い、いえ!あと、あの、聖女ではまだないのでその呼び方は……」
えらい人なのではっきりとは言えず、尻すぼみになってしまう。
「貴女は瀕死の騎士を助け魔瘴を浄化した。もう既に聖女と呼ばれるに相応しい行いをしたと私は思いますが、いいでしょう。では、ノイルイー、頼みましたよ」




