25.聖女候補の社会見学 その三
「パラデリオン様、その、彼は……」
ギレル隊長が、寝かされている騎士を暗い顔で見つめていた。
あの血を噴出す姿に、助からなかったんだろうと考えている様だ。
「出血が多かったのでまだ動けませんが、傷は治っていますので大丈夫ですよ」
「……生きているんですか?」
ギレル隊長だけでなく、ローシオン達も驚きの声を上げた。
「ええ、ノイルイー嬢が頑張ってくださいました」
一斉に俺に視線が集まる。ちょっと恥ずかしい。
「無我夢中だったので……」
とりあえずそれだけ呟いた。
「いいえ、とても素晴らしかったわ。これが聖女の奇跡なのね」
恐怖で泣きはらした聖女の卵二人の横で、聖女様が感動にむせび泣いていた。
俺達を守ろうとしていた若い騎士二人も、同意見ですと何度も頷いていた。
細かく辺りを調べていたライアールが戻ってきた。
「どうやらもう魔瘴は欠片もいない様だ。そいつを担いで村へ戻るぞ。その前にパラデリオン、ここの魔瘴除けも頼む」
「わかりました。急いでやってしまいますね」
感動をかみ締めていたコフィル様も、慌ててパラデリオン様の後を追いかけた。
エヴィは帰り道の様子を確認しに行った。
俺はどうしようかと考えていると、ピッピッと肩で緑の鳥がまた鳴き出した。
くちばしを、黒く焼け焦げた様に変色した木々の根元へと向けている。
なんとかしろという事なのだろうか。
木に癒しの魔法試すのは前にもやったっけ。
俺が歩き出すと、ローシオンが慌てて着いて来た。
「そこの切り株になっちゃった木々の所いくだけですよ」
「それでも念のため、何があるかわかりませんから」
折れた木はもう瘴気の様なものは出していなかったが、折れて裂けた箇所は黒く焦げたままだった。
そっと手を当て、その先に力を流して行く。
俺から流れる光は裂け目から、千切れた木の脈を伝って広がって行く。
黒かった色は蒸発するように消え、元の色へと戻って行く。
後ろでローシオンが息を飲む音がした。
肩の鳥は嬉しそうに歌っている。
俺とローシオンは、そうして木々に残った魔瘴を浄化して行った。
「ご苦労様です」
戻ると、パラデリオン様が笑顔で迎えてくれた。
コフィル様もまた感動で泣きだしそうにしていた。
様子を見に行ったエヴィも戻り、帰り道の安全は確認できた様だ。
ライアールは意識の無い騎士の鎧を全て外させ、背負った。
「ライアール様にそんな……。私が運びます!」
「そうですよ!一番お疲れでしょうに」
ギレルやローシオンが騎士の体を受け取ろうとするが、あっさりと拒否された。
「お前達の方が疲労が激しいだろう。これくらい俺は平気だ。こいつの鎧は任せる」
言い残しさっさと歩き出してしまった。
その後姿を、若い騎士達が憧れの目で見ていた。
あのタフさは、確かに尊敬できるよね……。
「私は馬で先に戻ります。緊急を要する件ですからね。他の聖女候補の出立を一度止めなければいけません」
「この命に代えても司祭様はお守りします」
村に戻ると、パラデリオン様は馬に乗り、先に急ぎ戻る様だった。
護衛としてギレル隊長が同行している。
ライアールは司祭様に何かを耳打ちすると、さっと何かを手渡した。
そしてそのまま背中の騎士を寝かせに集会場へと向かった。
俺達は一晩ここで明かし、朝一で聖都に戻る事になった。
騎士達が疲弊しているのもあるが、とりあえずは森の魔瘴は片付いた事でひと段落ついたという事もある。
パラデリオン様が聖都に戻ったら、またここ周辺への調査隊なりが組まれるだろう。
俺達は学園に戻るだけだろうけど。
ルクーナとアプリエノはどうしているだろう。
帰り道でも震えていたし、彼女達の涙もなかなか止まらなかったのを覚えている。
騎士達に部屋へ送られていた時は、彼らの慰めもあって幾分落ち着いた様にも見えたけど、大丈夫かな。
村長に貸し与えられた部屋で、ベッドに腰掛ける二人は割りと落ち着いて見えた。
心配して声をかけると、逆にあんなに力を使って体は大丈夫かと心配された。
「二人とも結構冷静でちょっと驚いた。軽い魔瘴討伐の見学が、あんな事になってもっと憔悴してるかと思ってた」
下手したら、トラウマになって心神喪失状態で最悪長期の心療とかいるんじゃないかって、思っていたのだ。
素直に思っていた事を口にすると、二人は顔を見合わせて苦笑した。
「そりゃ騎士様の血まみれな姿を見た時は、本当にもう失神しそうになったけど」
「私も!……でもね、ノイルイーの奇跡を目にしたら、何かもう感動したって言うか、溢れる光に涙がばーって」
何か記憶が誇張されていないだろうか。
「奇跡なんて起こしてないって!無我夢中で、自分の中の力を手から出してただけだから」
「でも本当にあの方、もう駄目かと思ったのよ。怖くてあまり顔を上げられなかったけど、視界に真っ赤に噴出した血とか、倒れる騎士様の姿とか、見えちゃって……」
ルクーナは思い出しているのか、少し青ざめていた。
「でも駄目ね、私達何もできなかった……。ごめんね、ノイルイー」
責任を全て俺に押し付けてしまったかの様に、二人は申し訳無さそうに俺に頭を下げる。
全然そんな事ないのに。寧ろ俺が突っ走りすぎてるだけなんだけど。
「そんな事ないって、私も向こう見ずな所あるからさ。それでライアール……様に、酷く怒られた事もあるし」
俺の言葉に、ルクーナとアプリエノは再び顔を見合わせた。
そして、含んだ笑いを浮かべ、俺へと同時に顔を向けた。目をキラキラさせて。
「ね、ライアール様とどういうご関係なの?怒られたって事は、どこかで会っていたって事よね」
「そうそう、私も気になっていたんだー。そもそも、パラデリオン司祭様と一緒にこの隊に参加している事から、もう不思議だし」
そっちに食いつくの!?
「いや、何もないって。偶然が重なってたまたま会う事があっただけで、普段は特にお互い気にもしてないし」
「ええ~、嘘よ~。気にしてなかったら、学園の行事に本堂の司祭様と副団長様がわざわざ来ないと思うの」
ルクーナさん、貴女さっき青ざめていたのにもう顔が興奮して真っ赤ですよ。
アプリエノも俺を逃がさないとばかりに、ベッドから腰を上げて俺の隣に移動し、腕をがっちりホールドしていた。
もう、ローシオンといいこの二人といい、酷い誤解だ。
あっちだって散々、子供の話だぞって否定しているではないか。
「あー!っと、私ちょっと集会場見てくるよ!」
元々行くつもりだった用事を思い出す。
ついでに、目の前の二人の猛攻からも逃げる口実になるし。
「寝る前の逢瀬というやつかしら?」
「ノイルイー、なかなか情熱的~」
またもとんでもない勘違いをなさっている。
「違うよ!ほら、他の騎士様達も火傷や怪我してるからさ、治療しに行こうかなって」
そう、大きな傷を負った騎士はなんとかあの場で治療したけれど、残りの戦ってくれていた騎士の傷はそのままだった。
魔瘴に触れて焼け焦げた様子も、見えていた。
俺の言葉に、二人は軽口を叩くのをやめ、真面目な顔をした。
「私達も、手伝ってもいいかな……?」
「傷口を洗うとか、汚れた布巾を洗ったりする事はできると思うし」
俺は喜んで受け入れた。




