終楽章 Finale. Adagio lamentoso - Andante - Andante non tanto(一)
終楽章 (一)
-北の楽園-
「ママ……怖い」
子供をかい抱いた女性や老人たちは、暗い壕の中で身を寄せ合っていた。夜半に突然のサイレンの咆哮を耳にした人々は、住み慣れた屋敷から着の身着のまま放り出され、非常用シェルターへの避難を余儀なくされている。
ここにいる住人の大半は役人や軍部の家族が多いため、なおさら、今まで遭遇しえなかった出来事に恐れおののいていた。
連続する地上での爆発による振動が強化金属の壁を鳴らす。泣き続ける赤子をあやす母親に近くの老人は冷たい視線を向け、舌打ちを一つした。
そこへたどり着いたとしても、生き残ることができろという保障はどこにもなかった。
何かが着弾した振動は、近くの軍総司令本部にもしきりに伝わっていた。
「ビアンカの駐留第十四、十五、十六部隊、交信途絶、帝国の後続部隊は想定していたものとは異なるルートを北上中です」
「東部方面は?」
「残存兵力約二十五パーセント、一部の隊を除いて、一時撤退を求めています」
「どこに撤退するつもりなのだ」
「残っている部隊は?」
「ベルフラワー隊が核となり防衛戦をかろうじて維持していますが……」
「時間の問題か……すぐに首都の防衛に回せ、みすみす死なすのも惜しい連中だ」
『オートメタビースト』の勝利に酔っていた時とは、真逆のよどみが指令本部を包んでいる。どの上官の顔からも生気が消え、惨めな報告を聞くことしかできなかった。
南の帝国への侵攻作戦は、物量に限りのある北の楽園の最後の賭でもあった。
しかし、そのカードの手の内ははじめから全て読まれゲームとして成立せず、各都市陥落はもう目前に迫っている。
「『クレシダ』エリア、正体不明の巨大生物群が出現、守備隊と交戦中」
「ハンターか?」
「いえ、今までに見たことのない種類のようです、その生物は熱源兵器を使用しているとのこと」
「兵器?生物が?」
「映像入ります」
前線から送られてきた中央モニターの映像を見た一同は、一斉に驚きの声を上げた。
硝煙の立ち上る市街地を闊歩していたのは、帝国の人型兵器とも異なる醜悪な姿の巨大生物であった。
「何だ……これは……これも帝国の兵器なのか……」
モニターが白く光り、映像の中継が途絶えた。
「映像装置が破壊されました」
部下の切羽詰まった様子に、打開策を見いだせない軍服姿の上官は額に脂汗をにじませた。楽園の希望の象徴であった『セーブルフェネック』を最前線に集中させたことが仇となっていた
「今のは何だ、解析の方はどうなっている」
「現時点で不明」
「南部戦線では兵器を装備した正体不明の人型巨大生物と帝国のオートメタビーストが交戦しているとの情報が入っています」
「いったいどうなっているんだ!」
「『ビアンカ』守備隊、全滅」
「諸君らの認識の甘さが、このような事態にまで陥ったのだ、これは楽園軍部の前代未聞の失態である」
狼狽する兵士らに対し、委員会の老人たちだけは、既に各都市から脱出をすませ、秘密通信による責任追及の指示だけを本部へ無遠慮に送ってきていた。
上官の一人は、委員会の通信が終了してすぐに、通信チャンネルを切り替えさせた。
「少尉、ロジオン少尉」
「はっ!」
ロジオンは乗用車のシートに深く座った状態で、画面を通し上官と対面している。
「委員会の家族及び関係者の避難は完了したのか?」
「はっ、分散をさせてはいますが、潤沢な生活物資と共に全員特等級の施設への移動を行っています」
「うむ、市街地の人民の動きは?」
「大きな動きはありませんが、北部に向かう幹線道路の渋滞は続いています、帝国のオートメタビーストの状況ですが、理由は依然不明ですが当初首都攻撃を目標としていた動きが停滞し、周辺での交戦が継続しているとのことです」
「少尉は、生物兵器の情報を知っていたか」
「いえ、ただ私もこれより、現地に直接赴き、詳細に情報を収集します、あ、それと大佐のご家族も、委員会の方々の家族とご一緒に補助員という形をとり、特別待遇でシェルターへ避難していただいております……」
うろたえ気味の上官はレジオンの最後の言葉にようやく落ち着きを取り戻した。
「ロジオン少尉、君にはいつも世話になる」
「こちらの方こそ、東部戦線で一番の戦果をあげているのは『ベルフラワー隊』であることも申し添えます、先に要請した彼の部隊への兵站補給について、結果をお聞かせ願えたら……」
「分かっている、少尉のたっての頼みなら仕方ない、おお、わかった、すぐに届けさせよう、彼の部隊を首都防衛にあたらせるよう指示は出している」
「大佐のご厚意に深く感謝いたします、では通信を終了します」
上官の顔が消えたモニターは再びナビゲーションの地図に画面が切り替わった。
「少尉……このまま東部都市に向かってよろしいですか」
運転席の若い兵は振り返って、ロジオンを見た。
「いや、首都の東部地区郊外で待機……我々が貧弱なこの軍用車で戦場のまっただ中に行ったところで、戦況は変わらんよ、戻ってくるレイブンの邪魔もしたくない、君もまだ死にたくはないだろう?」
「は……はぁ」
「この世界はあまりにも小さい……私の現在の関心はこの偏った祖国の興亡を夏休みの子供のように最後まで観察すること、それに尽きる、本当に守るべき下層民は地獄に追いやられ、支配層の老人や取り巻きは安全な場所でつまらない命を引き延ばそうとする……洒落にもならん」
ルームミラーに映る部下のあっけにとられた顔をロジオンは見ることもなく、車外の逃げ惑う避難民の列だけを眺め続けた。
(レイブン……早くみんな殺してしまえ……そうすればもっと楽になる)
欠けた赤い星は空に黒い小さな穴を開けたように浮かんでいる。
その星のかけらの一部が時折、陽を反射して白く変色する。
「あの小惑星のかけらが落下するまで、あと十日だと言ったな」
「委員会の発表では落下は回避できると……第一、始めの発表では彗星だと……小惑星と聞かされたのもつい最近のことなので私には……」
ロジオンに問われた兵士はおそるおそる答えた。
「愛すべき人民向けにはな」
「えっ……」
「なぁに憂慮することはない、地上に到達する直径一キロのかけらといえば、この地上の半分は死ぬだろう、美しい顔の君も……そして私もな、幸運にも、ちょうど真下にいる私たちが苦しいのは一瞬だ」
ロジオンはそう言って若い兵士をからかうように冷ややかに笑った。
終楽章 (二)
(君は人間同士殺し合うことの愚かさにまだ気付いていない……)
ペイバックは暗いコクピットにいながら、昔ニックと交わしていた時の彼の言葉を思い出していた。
(お前はそうして、ただ俺を嘲笑するだけの存在として目の前に立ちはだかる、しかし、殺し合うことをはじめたのは奴らの方だろ?一つにまとまるのなら、異質なものは排除しておいた方がはやい、俺の頭の中のメモリーチップのように一つでもバグがあったら、何事もうまく機能しない……メモリーの中に……)
彼がほんの少しだけ目を閉じた時、彼の記憶は過去に飛んだ。
「ペイバック、あなたに会いたいという少女がいるのだけれど、会って下さるかしら」
「子供に知り合いはいない……」
「その子が実験室育ちだと言っても?」
レストラン奧の貴賓席で帝国の女性エージェントに話を持ちかけられたのは、いつのことであったか、記憶データ全体にエラーが生じ定かではない。
紹介された少女に初めて出会った時、ペイバックの心のデータには刻まれていない懐かしさという感情が生じた。
「ペイバック、あなたは私を知っている、私もあなたを知っている、遠い過去から……そう、もっと……深いところで……」
その少女が、ペイバックの手を握った時、強い憎悪の感情が心に激流となって流れ込んできた。
医療器具の中に埋もれるようにあるベッド。白色の実験服を着た子供につながれたチューブや電極。痙攣し、苦悶にゆがむ顔は、目の前にいる少女のものであった。
「ペイバック、あなたの世界に対する復讐は、そのまま私たちの復讐でもあるの、一緒に壊してほしいの、この世界の全てを……」
「かろうじて『歌』でつなぎ止めたこの世界をか?」
「その『歌』ももうすぐ終わる……訪問者の来訪と共に」
「訪問者とは?」
「幸福の天の使者」
自分と似たような境遇をもつ少女の瞳の奧を、ペイバックはその時だけ、覗き込むことができなかった。
「奴らがまた来るのか……どうしてお前がそれを……」
少女は口を閉ざしたまま冷たく微笑んだ。
「お前は誰なんだ」
「私たちの『帝国』万歳……」
彼女のささやく声がリフレインし、ペイバックを現実に引き戻した。
「まさに堕天使のカーニバルだな」
次々と上空から舞い降りる巨大生物を彼は冷ややかに仰ぎ見ている。
ペイバックの最終目標は北の楽園首都にあった。そのためには、交戦しているこの東部戦線を横断しなければならない。
黄色い砂塵が竜のような尾を引いていく。
地上に設置された警戒装置や配備されていた無人兵器は、細い誘導式の赤いビーム光がまとわりつくと、すぐさま膨張爆発し、外殻を四方に吹き飛ばした。
セーブルフェネックやカリヨノイドとはタイプの違う青色の人型兵器が荒れ地を進む。その人型兵器は背中に大型の砲塔を載せ、両手には角張ったレーザーライフルを装備していた。角状のアンテナの下にあるカメラアイが妖しく光った時には捕捉された楽園軍の車両が火を噴いていた。
右横のモニターに緑色に発光した文字が流れているのを読み、ペイバックは乾いた笑みを浮かべた。そこには別の機体の機動を告げる言葉が過去に失われた文字で記されていた。
「ニックの奴もたまらず動かしたか……そうだ、それでいい、お前は帝国と空を支配しろ、俺は、こいつで楽園と地上を支配する」
「『ローレライ』接近シテイマス」
レーダーとリンクする女声の警告音が前方の地平線上に敵反応があるのを知らせた。
「ほう、岩の番人が俺に挑戦か?」
小山にも見えるその人の顔をもつ巨大な物体は霧の森でシルバーが戦った生体兵器と同様のものであった。
生体兵器側面のスリットから、幾筋ものレーザー光が吐き出された。
周囲の岩が沸き立つように宙を舞った。
「審判者がその座に着く時、隠されしこと全て明らかにされ、罪を逃れるものはなくなる……」
ペイバックはこの世界に古くから伝わっている書物の一節をつぶやき、スロットルを出力の最大値を示す位置まで力強く引いた。
ペイバックの見上げた先に大きな人面がある。無表情ながらその視線は彼の人型兵器に向いていた。
「行くぞ『サイベリアン・シータ』」
ペイバックのパネルのターゲットマーカーはその顔を中心に捉えた。彼の機体背面の砲塔に閃光が走る。
大きな悲鳴と共に人面を構成する岩が吹き飛ばされ、中の肉のような生体部分が黒く焦げているのが見えた。ペイバックはプラズマライフルの光弾をその箇所に何発も続けて叩き込んだ。様々な色をした液体が血しぶきの雨となって大地に降りまかれた。
「俺の後に付いてこい、もっとお前が暴れるのにふさわしい場所がある、仲間だ、もっと吠えてお前の仲間を呼べ」
前方の上空には無数のシャボン玉が白い光となって降ってくる。
「天の使者も目の前の餌に我慢できなくなったか……面白い、まとめて全部殺してやる」
ペイバックは生体兵器を挑発しつつも、距離を離していく。
幾本もの足をもつ巨大な生体兵器は、金切り声のような音を全身から出しながら、ペイバックの機体を追う。
どこに潜んでいたか山のような生物は、この一体だけではなく、市街地を潰しながら落ちた雨に群がる蟻のように次々と集まってきていた。
それぞれのもつ人面は、大きく嗚咽に似た声を上げ、崩壊する都市を包む大気を震わせた。
(つくるのにどんなに時間がかかるものでも壊すことは容易い……人のつくったものを潰すのは奴らにとって造作もないことだ)
この生物が通った跡に動くモノは何一つ無い。
ペイバックの望遠モニターには楽園の東部地域の建物群が陽炎のように揺らめいていた。
(お前たちも潰されろ……あの赤い星ごと)
ペイバックの機体レーダーに楽園の『オートメタ・ビースト』の反応があらわれた。




