↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
レディオリエント  作者: 朝山 みどり


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
2/16

02 一人の目覚めと翡翠の耳飾り


02 一人の目覚めと翡翠の耳飾り


 アイカが船に乗り込んだころ、一人の男が幸福な気分で目を覚ました。


 それなのに、天井の模様がやけに白く、よそよそしく見えた。


 隣にあるはずの体温がないからか?


 昨夜の余韻は、まだはっきりと残っている。シーツのしわ、肌に残る香り、指先の感触。夢ではない。確かにあった。確かに、彼女を抱いた。


 眠りに落ちる前、彼女は彼の手のひらに優しくキスしてくれた。


 そんなことをしてくれた女は初めてだった。


 妙な達成感が胸を満たした。


(最高の戦利品だ)


 見知らぬ女。名も知らない。未来も約束もない。ただ、欲望のままに溶け合った一夜。


(悪くない。いや、最高だった)


 今日、これからお互いのことを知ればいいのだ。


 彼はゆっくりと腕を伸ばし、隣のシーツを探った。指先に触れるのは、布の感触だけだった。


(身支度でもしているのだろう)


 彼は女性に好かれる。


 それは疑ったことがなかった。


 笑えば視線が集まり、言葉をかければ頬が染まる。望めば、たいていの女性は拒まない。


 昨夜もそうだった。見るからに高嶺の花だった。東洋の姫君のようだった。そして、揺れる翡翠の耳飾りに抗えず、声をかけた。


 だが――。


 彼は体を起こした。部屋が静かすぎる。


 バスルームをのぞく。誰もいない。


 クローゼットを開ける。彼の服だけだった。


 床に散らばっていたはずのドレスもない。彼が脱がしたドレス。それが跡形もなく消えている。


(冗談だろう)


 彼は一歩下がり、部屋を見渡した。


 そこで、鏡が目に入った。


 口紅の赤が、朝の光にくっきりと浮かんでいる。


 鏡には、口紅でこう書かれていた。


『ありがとう。素敵だったわ』


 その横には、小さな星まで添えられている。


 しばらく意味が理解できなかった。


(……ありがとう?)


 彼は鏡に近づいて、文字を指でなぞった。


 指に残る赤い色。彼女の色。


 昨夜の記憶がよみがえる。彼女の声。荒い呼吸。熱を帯びた指先。確かに、満たされていた。彼女も、彼も。


 最高に相性がよかったではないか。神が作った一対だったではないか。


(なのに、何故いない。何故、黙って去る)


 胸の奥で、なにかがきしんだ。逃げられた。置き去りにされた。


 その事実が、ゆっくりと染み込んでくる。


(自分が置いていかれたのか? いや、そんなはずはない)


 彼は選ぶ側だった。去られる側ではない。


 鏡に映る自分を見る。


 いつもそこに写るのは、整った顔。自信に満ちた男の顔。


 それなのに、今は少しだけ、間抜けに見えた。


「ふざけるな……」


 彼の声が低く落ちた。怒りで心を満たさないと泣きそうだった。どこかの若造みたいに泣きそうだった。


 礼を言って消えるなど、まるで、遊びだったのはあちらだと言わんばかりだ。


(そんなの許せない。探し出して、言わせてやる)


 逃げて後悔している、恋しかった、と。


 必ずだ。


 謝らせる。黙って去ったことを。彼を選ばなかったことを。


 そのとき、視界の端に小さな緑が光った。


 ベッドの脚のそばに一個。窓辺に一個。翡翠の耳飾りだった。


 それを見た瞬間、心臓が一度、強く打った。


 そうだ。最初に目に入ったのは、あれだった。揺れる緑。深い色。耳元の水辺。誰も寄せつけない水辺。あの耳元に触れたいと思ったのが始まりだった。


 確か、彼女が丁寧にはずすのも待ちきれず、キスの嵐を降らせた……


 彼はしゃがみ込み、慎重にそれを拾い上げた。


 何代にもわたって大切にされてきた品だろう。身につける者を選ぶ宝石。


 彼は立ち上がって、カーテンを開けた。


「必ず見つける」


 自分に言い聞かせるように、彼は低くつぶやいた。


 逃げられたわけではない。謝ってもらうことなんて、ない。


 大事な忘れ物を預かっているから、相手を探す。


 それだけだ。


 そう思いながら、彼は翡翠にそっと口づけた。


 ひやりとした感触が唇に残る。


 そして、ほんのわずかに、甘い記憶がよみがえった。


 あの息遣い、囁く声。そして笑い声。


(……探し出す)


 鏡の文字? ああ、東洋の姫君は育ちがいいから、お礼を言ったのだろう。



いつも読んでいただきありがとうございます!


誤字、脱字を教えていただくのもありがとうございます。

とても助かっております。

楽しんでいただけましたら、ブックマーク・★★★★★をよろしくお願いします。

それからもう一つ、ページの下部にあります、「ポイントを入れて作者を応援しよう」より、ポイントを入れていただけると嬉しいです。

よろしくおねがいします。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。