83話
「……明日か」
クロは、モニターに表示された時計を見ながら呟いた。
時刻は午後九時半。
前夜、SPECIAL TEAMのメンバーは、もう一度全員で通話することになっていた。
別に、特別な作戦会議をするわけではない。
最終確認と、軽い打ち合わせ。それから、全員で少し話しておこうという程度のものだった。
もっとも、参加者の顔ぶれを考えると、静かな通話になるとは思えなかったが。
「……よし」
クロはDiscordを開き、通話に入った。
『あ、クロ来た!』
最初に聞こえてきたのは、Riotの声だった。
『HELLO! 明日は勝つぞ!』
「まだ始まってすらいないんだけど」
『だから今から気合を入れてるんだ!』
「はいはい」
『クロ、こんばんは』
朝霧レイが続いた。
「こんばんは」
『こんばんは、クロさん!』
雨音しずくの声も聞こえる。
『こんばんは』
透乃ユラ。
『お疲れさま。明日からよろしくね』
冬月ユキ。
『……こんばんは』
シオンは相変わらず短い。
そして。
「クロ、こんばんは!」
久遠カナタの声が聞こえた。
「おう。こんばんは」
『……なんか、いよいよって感じだね』
「そうだな」
『私、今日ちょっと落ち着かなくてさ。さっきからずっと明日のこと考えてた』
「緊張してるのか?」
『……ちょっとだけ』
カナタは笑いながら答えた。
『だって、久しぶりの大会だよ? しかも、引退してから初めて、あのアバターを使うんだもん』
『そうだよね。カナタさんにとっては、普通の大会とは少し違うよね』
レイが優しく言った。
『でも、今日まで練習してきたんだから大丈夫だよ』
『……ありがとう、レイさん』
『ふふっ。こちらこそ、明日よろしくね』
そのやり取りを聞きながら、クロは全員の参加状況を確認した。
八人、ちゃんと全員いる。
「じゃあ、そろそろ始めるか」
『はい、リーダー!』
ユキが即座に返事をした。
「リーダーじゃないです」
『でも、進行役はクロくんでしょ?』
「まあ、そうだけど」
『じゃあリーダーだね』
「その理屈はおかしい」
『HAHAHA!』
Riotが笑う。
『クロ、諦めなよ』
カナタまで乗っかってきた。
「お前まで言うのかよ」
『だって、クロが一番しっかりしてるし』
「……そうか?」
『うん』
妙に素直な返事だった。
クロは少しだけ黙り、それから資料を画面共有した。
「……まあいいや。明日の流れだけ確認するぞ」
画面には、大会一日目の予定が表示されている。
「まず、開会式。そのあと競技ごとに試合が始まる。出場メンバーはタイトルごとに変更できるから、今日決めた候補を基本にして、直前の状態も見ながら調整する」
『了解』
『分かりました』
「あと、試合前の準備時間は限られてる。ゲームの更新や設定変更は、できるだけ今日のうちに済ませておくこと」
『……』
「Riot?」
『YES!』
「今、何してた?」
『ゲームを更新している!』
「今!?」
『大丈夫! あと五分!』
「それ、さっき終わらせておけって言ったやつ!」
『HAHAHA!』
「笑ってる場合じゃないだろ!」
カナタが堪えきれずに笑い出した。
『ちょっと待って、Riotさん、面白すぎるんだけど!』
『いや、だって大会前に更新が入るなんて思わないだろ!』
「普通にあるだろ……」
『クロ、怒らないであげて』
ユラが穏やかな声で言った。
『まだ時間はあるし、今確認できてよかったと思おう』
「……まあ、そうだな」
『助かった! ユラ、ありがとう!』
『どういたしまして』
『なんか、ユラさんがいると安心するね』
しずくが感心したように言った。
『分かる。落ち着く』
レイも頷く。
「じゃあ、更新が終わったらRiotは一度ゲームを起動して確認しておくこと。ほかの人も、設定だけは確認しておいてくれ」
『了解!』
Riotの返事は、今度こそ真面目だった。
クロは資料を閉じた。
「連絡事項は以上。何か確認しておきたいことある?」
『……はい』
しずくが、おずおずと手を挙げるような声を出した。
「どうした?」
『あの、私……明日、ちょっと緊張していて』
「うん」
『前の大会はクロさんが一緒だったので、あまり気にせずに楽しめたんですけど……今回は三日間の大型イベントですし、ほかの皆さんもすごい方ばかりなので』
しずくの声は、いつもより少し小さかった。
『私、ちゃんとチームの役に立てるかなって』
通話が少し静かになった。
最初に答えたのは、ユキだった。
『しずくちゃん、そんなに気負わなくていいと思うよ』
『……はい』
『前の大会で優勝したときも、ちゃんと活躍してたんでしょ? だったら自信を持っていいんじゃないかな』
『そうだよ』
レイも続ける。
『誰だって、最初から全部うまくできるわけじゃないし。私たちも、得意なゲームもあれば苦手なゲームもあるから』
『……ありがとうございます』
しずくの声が、少しだけ明るくなった。
そこでクロも口を開いた。
「しずくさん」
『はい』
「前の大会で一緒にやったとき、しずくさんがいたから助かった場面もあった。今回も同じだよ。自分ができることをやればいい」
『……クロさん』
「それに、まだ始まってもいないのに失敗することを考えても仕方ないだろ」
『……そうですね』
「楽しんでこようぜ。せっかくのイベントなんだから」
少しの沈黙。
そして。
『……はい! 頑張ります!』
しずくの声は、いつもの調子に戻っていた。
『よかった』
カナタが安心したように言った。
『私も、ちょっと緊張してたんだけどね』
「お前もか」
『そりゃそうだよ! 私なんて、もう何年も大会に出てなかったんだから』
『でも、今日の練習を見る限り、カナタさんは十分強いと思うよ』
ユキが言った。
『クロくんと互角にやり合ってたんでしょ?』
「……何で知ってるんですか」
『クロくんが教えてくれたから』
「いや、そんな詳しくは言ってないだろ」
『勝ったり負けたりしたって聞いたよ?』
「……まあ、そうだけど」
『ふふっ』
カナタが嬉しそうに笑った。
『私、まだいけるんだって思った』
「実際、いけるだろ」
『……うん』
カナタは少しだけ声を落とした。
『ありがとう、クロ』
「……別に」
『そういうところだよね』
「何が?」
『何でもない!』
ユキが笑う。
『いやあ、いいねえ。大会前夜って感じがするねえ』
『どこがですか……』
クロは呆れたように返した。
『でも、カナタさんが楽しそうでよかった』
ユラが言った。
『うん。私も』
カナタは素直に答えた。
『最初は、みんなと通話するのも少し緊張してたんだけど……今は、明日が楽しみになってきた』
『それならよかった』
レイが微笑むような声で言った。
『私たちも、カナタさんと一緒に参加できて嬉しいよ』
『……ありがとう』
カナタの声が、少しだけ弾んだ。
そのとき、シオンが短く口を開いた。
『明日、勝とう』
その一言で、通話が静かになった。
普段はあまり話さないシオン。
だからこそ、その言葉には妙な説得力があった。
『……うん!』
カナタが返事をする。
『勝とう!』
『もちろん!』
Riotが続く。
『せっかく集まったんだから、楽しんで勝ちたいね』
ユキが笑う。
『はい!』
しずくの声も明るい。
『そうだね』
ユラも頷く。
『よし、明日は頑張ろう!』
レイの言葉に、全員が同意した。
クロはその様子を聞きながら、少しだけ笑った。
最初は、ただの寄せ集めだった。
自分が声をかけた相手を集めて、第三勢力として大会に出る。
それだけのつもりだった。
けれど今は、ちゃんと一つのチームになっている気がした。
「……じゃあ、最後に一つだけ」
クロが言うと、全員が静かになった。
「明日、俺たちはLIVENTOとRe:Burstの両方と戦うことになる。どっちも強いし、簡単に勝てる相手じゃないと思う」
『うん』
「でも、だからって遠慮する必要はない。俺たちは俺たちで、できることをやって勝ちにいこう」
一拍置いて。
「……よろしく」
『よろしく!』
『よろしくお願いします!』
『よろしくね!』
『LET'S WIN!』
『……よろしく』
八人の声が重なった。
クロは小さく頷いた。
「よし。じゃあ今日はここまで。みんな、ちゃんと寝ろよ」
『クロに言われたくない』
ユキが即座に返した。
「俺は寝るよ」
『本当?』
「本当」
『昨日も夜中まで作業してたって聞いたけど』
「……誰から?」
『真琴さん』
「……あの人」
通話が笑いに包まれた。
『クロさん、ちゃんと寝てくださいね』
しずくが心配そうに言う。
「分かってるって」
『本当に?』
「本当に」
『……なら、いいですけど』
「しずくさんもな」
『はい!』
『じゃあ、また明日!』
レイが明るく言った。
『お疲れさまー』
ユラが退出する。
『おやすみ』
シオンも短く挨拶した。
『GOOD NIGHT! 明日は勝つぞ!』
Riotが最後まで元気だった。
一人、また一人と通話から抜けていく。
最後に残ったのは、クロとカナタだった。
「……お前、まだいるの?」
『いるよ?』
「いや、みんな抜けたから」
『うん。でも、クロにちょっと話したいことがあって』
「何?」
カナタは少しだけ間を置いた。
『……明日、楽しみだね』
「……ああ」
『私、引退してから、こんな気持ちになることってもうないと思ってた』
「……」
『また誰かとチームを組んで、勝ちたいって思えること』
カナタは小さく笑った。
『クロが誘ってくれたからだよ』
クロはしばらく黙っていた。
それから、いつも通りの声で答える。
「……なら、誘ってよかったよ」
『……うん』
カナタの声が、少しだけ柔らかくなった。
『ありがとう』
「どういたしまして」
『じゃあ、また明日ね』
「おう。寝坊するなよ」
『しないよ! クロじゃないんだから!』
「俺だって寝坊しないわ」
『本当かなあ?』
「……おやすみ」
『あっ、逃げた! クロ!』
クロは笑いながら通話を切った。
静かになった部屋。
モニターには、明日の大会スケジュールが表示されている。
「……明日か」
もう一度、同じ言葉を呟いた。
三日間の大会。
LIVENTOとRe:Burst、そしてSPECIAL TEAM。
勝つために集まった八人が、いよいよ同じ舞台に立つ。
クロはパソコンを閉じ、椅子から立ち上がった。
「……寝るか」
明日に備えて。
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