78話
クロの配信が終了してから、わずか十分。
SNSは、ちょっとした騒ぎになっていた。
原因はもちろん、SPECIAL TEAMのメンバー発表。
その中でも、最後に発表された名前が、あまりにも予想外だった。
久遠カナタ。
数年前に活動を引退し、それ以降、配信にも動画にもほとんど姿を見せていなかった元個人勢VTuber。
引退配信で本人がもう配信活動に戻るつもりはないと話していたこともあり、ファンの間では、過去の存在として語られることが多くなっていた。
そんな人物が、突然、現役VTuberたちが集まる大型ゲームイベントに参加する。
しかも、発表したのはクロ。
この組み合わせが、ファンの想像を超えていた。
『久遠カナタって、あの久遠カナタ?』
『名前が同じ別人かと思ったら、クロの配信で普通に紹介されてて二度見した』
『引退したの何年前だと思ってるんだよ』
『カナタの名前をもう一度見る日が来るとは思わなかった』
『しかも復帰じゃなくて、今回の大会だけって何?』
『クロ、お前どこまで人脈広いんだ』
『昔の個人勢時代の知り合いらしい』
『クロの昔の交友関係、掘ったら何人出てくるんだよ』
投稿は次々と拡散されていった。
やがて、カナタが活動していた頃のファンたちも集まり始める。
『カナタの引退配信、今でも覚えてる』
『最後の配信で、もう戻らないって言ってたんだよな』
『だから今回も、活動再開じゃなくて大会だけなんだろうな』
『それでも、もう一度ゲームしてる姿が見られるのは嬉しい』
『声だけでも聞けたら泣くかもしれない』
中には、当時の切り抜き動画や大会の記録を掘り起こす人もいた。
カナタは、見た目の可愛らしさと柔らかい声で人気を集めていたVTuberだった。
しかし、ゲームになると話が変わる。
普段は穏やかで、少し甘えたような話し方をするのに、試合が始まると判断が早く、負けず嫌いな一面を見せる。
そして何より、クロとのゲーム配信は人気があった。
二人で組んだ大会では、ほとんど打ち合わせをしていないように見えるのに、互いの動きを自然に補い合っていた。
当時の視聴者は、その関係をよく知っていた。
『クロとカナタのコンビ、懐かしすぎる』
『あの二人、ゲーム中ほとんど説明しなくても通じてたんだよな』
『カナタが突っ込んでクロがフォローするパターンもあれば、逆もあった』
『クロが今よりちょっと口悪かった頃だ』
『今もそんなに変わってないだろ』
『カナタがいるとクロがよく笑ってたの好きだった』
『また二人で組むのか……』
当時の配信を知る人たちにとって、今回の発表は単なるサプライズではなかった。
もう二度と見られないと思っていた組み合わせが、もう一度戻ってくる。
それだけで、十分すぎるニュースだった。
一方、現役のVTuberたちも反応を見せ始めていた。
LIVENTOの灰堂蓮は、自身のアカウントで投稿した。
『クロ、お前いつの間に久遠カナタと連絡取ってたんだよ』
数分後、クロが返信する。
『普通に連絡先知ってたから』
『そういう問題じゃねえんだよ』
『何が?』
『お前ほんとそういうところだぞ』
『だから何が』
『もういいわ』
このやり取りが切り抜かれ、さらに拡散された。
『蓮の気持ち、分かる』
『クロはいつも説明が足りない』
『本人からすると本当に普通なんだろうな』
『久遠カナタを普通の友人枠で呼ぶな』
『クロの中ではそうなんだろうな……』
続いて、星宮アリスも投稿した。
『クロ、あとで詳しく説明してもらうからね???』
クロからの返信は短かった。
『昔の友達』
『それがおかしい』
『そうか?』
『NO!!!!』
そのやり取りを見たファンたちは、さらに盛り上がった。
『アリスが全部言ってくれた』
『謎の英語の反応で草』
『クロの人脈が広すぎて、同期すら把握できてない』
『説明する気がないクロと、説明を求めるアリス』
『この二人、いつかコラボしてほしい』
そして、本人である久遠カナタはというと。
自宅でスマートフォンを眺めながら、少し困った顔をしていた。
「……ええ」
画面には、次々と増えていく投稿が並んでいる。
「こんなことになるの?」
もちろん、話題になること自体は予想していた。
自分が引退したVTuberであることは分かっているし、活動していた頃のファンが今でもいることも知っている。
けれど、ここまで大きな騒ぎになるとは思っていなかった。
「私、ただゲームするだけなんだけど……」
小さく呟いて、ソファに体を沈める。
配信活動をしていた頃なら、こういう反応にも慣れていた。
コメントを読んで、話題を整理して、必要なら自分で説明する。
しかし今は、もう配信者ではない。
今回の参加も、あくまでクロに頼まれたから引き受けただけだ。
それなのに、タイムラインには懐かしい名前が並んでいた。
昔から応援してくれていた人。
大会で一緒になった人。
切り抜きを作ってくれていた人。
もう何年も連絡を取っていない人。
『カナタ、元気そうでよかった』
『復帰じゃないのは分かってるけど、大会楽しみにしてる』
『無理せず、楽しんできてね』
「……」
カナタは、画面を見つめたまま、少しだけ笑った。
「そっか。覚えててくれたんだ」
もう忘れられていると思っていたわけではない。
ただ、時間が経てば、みんなそれぞれの場所に進んでいく。
自分の活動も、いつか思い出の一つになる。
そう考えていた。
だから、今も名前を覚えていてくれることが、思った以上に嬉しかった。
カナタはクロとのトーク画面を開く。
『クロ』
すぐに既読がついた。
『何?』
『すごいことになってるんだけど』
『みたいだな』
『みたいだな、じゃないよ!』
『俺が何かした?』
『私を呼んだでしょ!』
『それはそう』
『もう!』
カナタは頬を膨らませた。
しばらくして、クロからもう一通届く。
『嫌だったら言ってくれ。運営には俺から説明するから』
その文章を見た瞬間、カナタは少しだけ表情を変えた。
クロは、こういうところが変わらない。
自分が引退したことも、今回限りの参加であることも、きちんと分かっている。
無理に表へ引っ張り出すつもりはない。
ただ、一緒にゲームをしたいから誘った。
それだけなのだ。
カナタは、ゆっくりと文字を打ち込んだ。
『嫌じゃないよ』
『むしろ、ちょっと嬉しい』
『だから大丈夫!』
少し間を置いて、さらに送る。
『ただし、大会で負けたらクロのせいだからね』
返信はすぐに来た。
『何でだよ』
『私を誘った責任』
『理不尽すぎるだろ』
『ふふっ』
カナタは声を出して笑った。
そして、スマートフォンを胸元に抱える。
「……楽しみだな」
久しぶりの大会。
久しぶりの大勢の人たち。
そして、久しぶりにクロと同じチームで戦うこと。
少しだけ不安はある。
けれど、それ以上に楽しみだった。
一方その頃、クロの自宅では。
「伊織、こちらをご覧ください」
真琴がノートパソコンの画面を向けてきた。
「何?」
「カナタさんの参加発表が、かなり話題になっています」
「見れば分かる」
「それと、運営から連絡がありました」
「何かあった?」
「カナタさんの出演形式について、改めて確認したいそうです。本人の希望次第では、アバターでの出演だけでなく、音声のみの参加にも対応できるとのことです」
「……なるほど」
クロは少し考えた。
「本人に聞いてみるか。俺が勝手に決めることじゃないし」
「そうですね」
真琴は頷いた。
「ただ、伊織」
「ん?」
「久しぶりの友人との大会ですから、少しくらい楽しみにしてもいいと思いますよ」
クロは一瞬、真琴を見た。
「……別に、楽しみじゃないとは言ってないけど」
「そうですか」
「何だよ、その顔」
「いえ。伊織が楽しそうなので」
「……」
クロは何も言わず、パソコンへ視線を戻した。
その耳が少しだけ赤くなっていたことに、真琴は気づいていた。
そして、配信画面の隅には、SPECIAL TEAMの八人の名前が表示されていた。
その最後にある名前。
久遠カナタ。
引退したはずのVTuberが、たった一度だけ戻ってくる。
その大会が、いよいよ近づいていた。
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