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Vtuberになったのに裏方をしてます  作者: 東海林


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73/82

73話

午前七時半。


「…………ん」


目が覚めた。

カーテンの隙間から朝日が差し込んでいる。スマホを手に取って時間を確認し、もう少し寝ようかと考えたところで、妙な違和感に気づいた。


……重い。

いや、正確には。


「…………」


腰のあたりに腕が回っている。

背中には人の体温。

そして、肩のあたりに感じる規則正しい寝息。


「……真琴?」


振り返ろうとすると、腕に少し力がこもった。


「……ん……」


「…………」


ああ、またか。

七瀬真琴。俺のマネージャー。昔からの付き合いで、今では仕事でも私生活でも何かと一緒にいる人間だ。


そして、寝ているときに限って、やたらと人にくっついてくる。

本人に自覚はない。

少なくとも、本人はそう言っている。


「……真琴、朝」


「…………」


返事はない。


「起きて」


「……あと五分だけ……」


「それ、昨日も聞いた」


「……知りません……」


いや、知ってるだろ。

そもそも、ここは俺の家だ。

昨日、しずくが泊まることになったので、寝る場所をどうするかという話になった。

しずくには客用の布団を用意した。


真琴はというと、以前から何度も泊まりに来ているため、特に何も考えずにいつものように寝た。

その結果がこれである。


「……お前、抱きついてるぞ」


「……ん……」


「聞いてる?」


「……伊織……?」


「そうだけど」


「……おはようございます……」


「おはよう」


「…………」


「…………」


「……もう少しだけ……」


「何が?」


「……このままで……」


「いや、起きろよ」


そう言いながらも、俺は特に抵抗しなかった。

どうせ起こしても、寝ぼけている間はまともに話が通じない。

しばらく待っていれば、そのうち自分から離れるだろう。


……たぶん、そう思っていた、そのとき。


「……あの」


別の声がした。


「…………」


俺はゆっくりと顔を向けた。

部屋の入口。

そこには、寝起きのまま固まっているしずくが立っていた。


「…………」


「…………」


数秒間、沈黙。

しずくは俺を見て、真琴を見て、もう一度俺を見た。


「……クロさん」


「はい」


「……おはようございます」


「おはよう」


「……えっと」


しずくは視線を泳がせた。


「……真琴さん、ですか?」


「そうだよ」


「……抱きついて、いらっしゃいますよね?」


「そうだな」


「…………」


「…………」


「……あの、お二人は……」


「違うぞ」


「まだ何も聞いていません……!」


しずくが慌てて両手を振った。


「す、すみません! その、驚いてしまって……!」


「いや、まあ、驚くよな」


自分でもそう思う。

他人が見たら、どう考えてもそういう関係に見えるだろう。

ただ、俺としては慣れた光景だった。

問題は、本人がまだ寝ていることだ。


「真琴、起きろ。しずくいるぞ」


「…………」


「おい」


「……しずくさん……?」


真琴がようやく目を開けた。

そして、寝ぼけた顔のまま俺の肩越しに入口を見る。


「……あら。おはようございます、しずくさん」


「お、おはようございます……!」


真琴はにこやかに挨拶を返した。

それから、数秒。

自分が何をしているのか理解したらしい。


「…………」


腕が緩む。

ゆっくりと俺から離れる。

そして。


「…………」


「…………」


「……失礼しました」


真琴は布団の上で姿勢を正した。


「おはようございます。……その、見苦しいところをお見せしました」


「い、いえ! そんなことは……!」


「……伊織」


「はい」


「なぜ起こしてくれなかったんですか」


「起こした」


「起きていません」


「それはそう」


「…………」


真琴は小さく息を吐いた。


「……申し訳ありません。寝ている間のことなので、私も気をつけようがないのですが……」


「いえ、本当に大丈夫です!」


しずくは必死に首を振った。


「私、その……お二人が仲がいいのは知っていますし……!」


「そういう問題なのか?」


「クロさんは少し黙っていてください」


「はい」


真琴の声は丁寧だったが、妙に圧があった。

しずくは二人を見比べてから、恐る恐る尋ねる。


「……あの、真琴さんは、いつもこうなんですか?」


「…………」


真琴が黙った。

俺は普通に答える。


「まあ、たまに」


「伊織」


「いや、事実だろ」


「……そうですね。否定はできません」


真琴は観念したように頷いた。


「ただ、普段から意識しているわけではありません。寝ている間の癖のようなものですので……本当に、申し訳ありません」


「いえいえ! 謝らないでください!」


しずくは顔を赤くしながら、何度も首を振った。


「その……お二人らしいな、と思いました」


「俺たちらしい?」


「はい……」


しずくは少しだけ笑った。


「なんだか、安心しました」


「何に?」


「……秘密です」


そう言って、しずくはそそくさとリビングへ向かった。

残された俺と真琴。


「……伊織」


「ん?」


「次からは、もう少し早く起こしてください」


「努力する」


「お願いします」


真琴は髪を整えながら、小さくため息をついた。


「……本当に、恥ずかしいところを見られてしまいました」


「今さらじゃない?」


「伊織」


「はい」


「そういうところですよ」


……何がだよ。

結局、その朝もいつも通りだった。

リビングでは、しずくが朝食の準備を手伝おうとしていて、真琴が丁寧に断りながら一緒に台所へ向かっている。


俺はというと、寝起きのままソファに座っていた。


「クロさん、朝ご飯できそうですよ」


「ん」


「伊織、顔を洗ってきてください」


「はいはい」


「はいは一回です」


「はい」


そんな会話をしながら、俺たちの朝は始まった。

ただ一つ違ったのはしずくが朝食の間、何度か俺と真琴を見ては、楽しそうに微笑んでいたことくらいだった。

……頼むから、変な誤解だけはしないでほしい。

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