4話
『LIVENTO大運動会』は、配信開始直後から凄まじい勢いだった。
同接は既に二十万を超えている。
3Dスタジオ内では、巨大モニターに配信画面とコメント欄が映し出されていた。
『うおおおおお』
『3Dだ!!』
『ルナかわい』
『蓮うるせぇw』
『アリス動きうるさくて草』
配信は順調。
珍しいくらい順調だった。
「平和ですね」
俺が呟くと、隣の真琴が頷く。
「逆に怖いです」
「分かる」
大型企画って、大抵何か起きる。
音ズレ、同期飛び、通信エラー、マイク事故。
だが今回は驚くほど安定していた。
だから俺の仕事もそこまで多くない。
モニター監視と軽い補助程度。
完全に裏方モードだった。
スタッフ席からステージを見る。
広い3Dスタジオ、走り回るVtuber達。
普段は画面越しでしか見ない連中が、今日は実際にその場に居る。
……いやまあ、実際には全員モーションキャプチャースーツなんだけど。
「クロ君」
「はい?」
後ろから声。
緒方玲だった。
「今暇?」
「今のところ」
「じゃあ休憩入っといて」
「珍しいですね」
「本番始まる前に色々潰せたから」
有能スタッフが多いとこうなる。
俺は軽く伸びをして席を立った。
休憩スペース。
自販機前でコーヒーを買う。
その時。
「……本当に居た」
横から声。
見ると、白雪ミオが呆然とした顔をしていた。
3D企画用衣装のまま。
まだ慣れてないのか、どこかぎこちない。
「お疲れ様です」
「お疲れ様ですじゃないですよ……」
「何がです?」
「なんで普通にスタッフ側に馴染んでるんですか」
「長いんで」
「いやそういう問題じゃ……」
そこへ。
「クロー!」
騒がしい声と共に、星宮アリスが飛び込んできた。
「お前マジで裏方やってんの!?」
「昨日から説明してません?」
「でもさぁ!」
アリスが俺を指差す。
「クロって箱企画来ない人じゃん!」
「まあ」
「なのに今日いる!」
「スタッフです」
「意味分かんない!」
リアクションが毎回でかい。
すると更に。
「……確かに珍しいわね」
天音ルナが缶ジュース片手に近付いてきた。
「クロ、箱企画ほぼ来ないし」
「必要性感じてないんで」
「言い切るなぁ」
ルナが苦笑する。
実際、俺はほとんど箱企画に参加しない。
大会も大型コラボも別に嫌いではない。
ただ、優先順位が低いだけだ。
「でも普通に助かってる」
ルナが続ける。
「さっきも同期ズレ一瞬で直してたし」
「慣れてるだけですよ」
「演者側のセリフじゃないんだよなぁ」
その時だった。
休憩スペース奥の大型モニターから、配信音声が流れてきた。
『というかさー!』
灰堂蓮の声。
『今日クロ来てるんだよな』
一瞬、空気が止まる。
「……は?」
俺がモニターを見る。
3Dステージ上、蓮が普通に喋っていた。
『しかもスタッフ側』
『え?』
『クロ!?』
『マジ!?』
『は????』
コメント欄が爆速で流れる。
おい。
「黒崎蓮司ぃ……」
「フルネーム出てますよ」
真琴が冷静に突っ込んできた。
配信内では。
『いや意味分からんくね?』
蓮が笑いながら続ける。
『俺さっき普通に配線直してるクロ見たんだけど』
『草』
『何してんのw』
『演者だろw』
『見たい見たい見たい』
『映せ!!』
当然コメントは大荒れ。
だがスタッフ席は配信画面に映らない。
カメラ導線も完全に分かれている。
だから視聴者には見えない。
『いや映んねーよ』
蓮が笑う。
『スタッフ側だから』
『なんでスタッフなんだよ』
『クロ何者???』
『伝説増えてて草』
ルナが吹き出した。
「完全にバレましたね」
「いや仕事内容まではバレてないです」
「時間の問題では?」
「否定出来ない……」
ミオなんてまだ混乱している。
「登録者百万人の人って、配線するんですね……」
「人によります」
「クロだけだと思います……」
たぶん俺もそう思う。
その後も配信は順調に続いた。
運動会企画、借り物競走、障害物レース。
Vtuber達が騒ぎながら走り回る。
その裏で、スタッフ陣は淡々と動いていた。
「三番カメラ切り替えます」
「了解」
「ルナさんマイク少し音割れ気味です」
「調整します」
俺も普通にその中へ混ざる。
そして。
「……伊織」
「はい?」
隣の真琴が、小さく笑った。
「なんだかんだ楽しそうですね」
「まあ、嫌いじゃないんで」
「配信が?」
「こういうの全部です」
スタジオ、配信前の空気。
スタッフの慌ただしさ。
Vtuber達の騒ぎ、コメント欄。
全部。
たぶん俺は、この業界そのものが好きなのだと思う。
だから配信者になった今でも。普通にスタッフ席に座っている。
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