10話
午後十一時。
LIVENTO編集室。
静かな部屋に、キーボード音だけが響いていた。
モニターには動画編集ソフト。
タイムライン、案件確認。
そして俺――久瀬伊織は、普通に眠かった。
「……終わらん」
小さく呟きながら、肩を回す。
今日は配信無し。
珍しくゲリラもしていない。
理由は単純で、普通に疲れていたからだ。
Re:Burstへ行った後、そのまま事務所へ戻って作業。
気付けばこの時間、いつも通りと言えば、いつも通りだった。
その時、編集室の扉が開く。
「伊織」
七瀬真琴だった。
片手にコンビニ袋。
もう片方に資料。
「まだやってたんですね」
「そっちこそ」
「私は仕事です」
「俺もです」
「演者なんですけどね」
「最近よく言われるなそれ」
真琴が苦笑しながら隣へ座る。
コンビニ袋が机に置かれる。
「晩御飯」
「ありがとうございます」
「また忘れてましたね?」
「……途中までは覚えてました」
「最近毎回同じ事言ってません?」
否定出来ない。
袋からおにぎりを取り出す。
ようやく今日初のまともな食事だった。
「そういえば」
真琴が資料をめくりながら言う。
「今日、どこ行ってたんです?」
一瞬だけ手が止まる。
ああ。
そういえば詳しく言ってなかった。
「Re:Burstです」
「……え?」
真琴が顔を上げた。
「珍しいですね」
「ガクに呼ばれて」
「あー……鬼灯さん」
知ってはいる。
業界人だし、交流もある。
でも。
「普通に遊びです?」
「まあ半分くらい」
「半分?」
「あと頼まれ事」
真琴が少しだけ嫌な顔をした。
「嫌な予感します」
「俺もしました」
俺はコーヒーを飲みながら続ける。
「マリカ大会出ろって」
数秒。
編集室が静かになる。
「……はい?」
「マリカ大会」
「伊織が?」
「俺が」
「外部で?」
「そう」
真琴が完全に止まった。
珍しい、本当に珍しい。
数秒後。
「……断りました?」
「借りあるんですよね」
「あー……」
納得した顔。
鬼灯ガク。
あいつは昔、かなり助けてくれた。
だから強く断りづらい。
「で、出るんです?」
「多分」
「……へぇ」
真琴が少しだけ目を細める。
「意外です」
「自分でもそう思います」
他箱コラボ。
しかも大会。
俺が一番避けてきたタイプだ。
なのに。
「そんな気分だったんですかね」
ぽつりと漏れる。
真琴は少し黙って。
「楽しそうでした?」
「……まあ」
否定はしなかった。
Re:Burstの空気は、LIVENTOとまた違う。
ゲーム寄り、大会文化。
騒がしい感じ。
でも嫌じゃなかった。
「ガクと居ると、なんか断れないんですよね」
「知ってます」
「昔からですし」
「知ってます」
真琴が小さく笑う。
その笑い方が少し柔らかかった。
「でも」
真琴がこちらを見る。
「LIVENTO側にはまだ言ってないんですね」
「言ってません」
「なんでです?」
「面倒そう」
「まあ……」
否定しなかった。
絶対騒がれる。
特にアリス辺り。
想像出来る。
「ちなみに」
真琴が何かを思い出したように言う。
「その大会、他の参加者知ってるんです?」
「クロが出るのは?」
「はい」
「知らないと思います」
「サプライズ枠ですか」
「多分」
「絶対荒れますね」
「嫌だなぁ……」
頭を抱えた。
配信者として普通に出るの、本当に久しぶりかもしれない。
しかも外部。
しかも大会。
「……伊織」
「はい?」
「楽しみですか?」
一瞬考える。
でも答えはすぐ出た。
「ちょっとだけ」
そう言うと真琴が少しだけ驚いた顔をした。
それから。
「じゃあ」
小さく笑った。
「頑張ってください、クロさん」
その呼び方が妙に珍しくて俺は少しだけ、視線を逸らした。
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