9話
午後三時。
珍しく、俺は配信も仕事も無かった。
正確には、無理やり空けた。
案件編集は昨日終わらせたし、動画予約も済んでいる。
だから今日は休み。
……まあ、完全な休みではないんだけど。
「伊織、本当に休み取ったんですね」
事務所エントランス。
真琴が少し意外そうに言った。
「俺だって休みますよ」
「半年ぶりくらいでは?」
「そんなに?」
「そんなにです」
否定出来ない。
Vtuberって、家で仕事出来る分、逆にずっと働けてしまう。
配信、編集、サムネ、確認。
気付けば終わらない。
「で」
真琴がこちらを見る。
「今日はどこ行くんです?」
「あー……ちょっと知り合いの所」
「珍しい」
それは本当にそう。
俺はあまり外へ出ない。
他事務所との交流も少ない。
コラボもしない。
業界イベントも最低限。
だからこそ。
「……友達居たんですね」
「失礼だな?」
真琴が少し笑った。
「何時戻ります?」
「夜には」
「分かりました」
軽く手を振って事務所を出る。
そして電車を乗り継ぎ。
向かった先はRe:Burst本社。
ゲーム系に強いVtuber事務所。
FPSや大会系で有名な箱だ。
俺がエントランスへ入ると、受付スタッフがこちらを見る。
「えっと……」
「あ、焔崎さんに呼ばれてます」
「……焔崎さん?」
「鬼灯ガクです」
「あっ」
名前を出した瞬間、納得した顔をされた。
まあ、そうなるか。
鬼灯ガク。
本名、焔崎岳。
Re:Burst所属の人気Vtuber。
そして、俺の数少ない友人だった。
「伊織ぃぃ!!」
エレベーター前。
大声、でかい。
「うるさ」
「久々じゃねぇか!」
ガクが豪快に肩を組んでくる。
身長高い、声でかい、距離近い。
全部うるさい。
「なんでお前毎回元気なんだよ」
「お前が陰キャすぎるだけ!」
「否定しにくいな……」
そのままRe:Burst内部へ。
LIVENTOとは空気が違った。
向こうよりもっとゲーム寄り。
モニター、大会配信。
ストリーマー文化。
体育会系っぽい騒がしさもある。
「で、今日は何するんです?」
「ん?」
ガクがニヤつく。
「遊ぶ」
「雑」
「あと相談」
「嫌な予感するな……」
すると。
「鬼灯さーん、会議……って」
廊下の向こうから別の男が来た。
天狼シュウ。
本名、三上修哉。
Re:Burst所属V。
そして。
「……え?」
止まった、俺を見る。
「……クロ?」
「どうも」
「なんで居んの!?」
まあその反応にはなるか。
配信者同士でも、リアルで会う事は少ない。
しかも当然Vtuberだから、互いの素顔は知らない。
だからシュウも、久しぶりにクロの中身を見ている。
「いや待って待って」
シュウが混乱していた。
「マジでクロなの!?」
「マジですね」
「え、普通に男前じゃん」
「やめろ」
「もっと陰キャだと思ってた!」
「そこは否定する」
ガクが横で爆笑している。
「お前ら反応おもしれぇな!」
「いやだってクロだぞ!?」
シュウがまだ驚いていた。
すると。
「……騒がしいと思ったら」
更に奥から女性の声。
Re:Burst所属V、黒羽ノア。
本名、黒羽乃愛。
FPS系女性V。
「……あ」
止まる、俺を見る。
「クロさん?」
「どうも」
「……本物?」
「偽物だったら怖いだろ」
「いやでも……」
ノアが少し笑った。
「なんか思ったより普通ですね」
「それよく言われます」
最近本当に多いなそれ。
「で」
数十分後。
Re:Burst休憩スペース。
ガクが缶コーヒーを投げて寄越す。
「伊織」
「はい」
「来月、マリカ大会ある」
「嫌な予感」
「出ろ」
「嫌です」
「即答すんな!」
やっぱりそれか。
Re:Burst主催、大型マリオカートイベント。
箱内イベントらしい。
「いやお前んとこだけでやれば良くないです?」
「一人足りねぇ」
「知らんがな」
「あと借りあるだろ」
「……」
それを言われると弱い。
昔、俺が機材トラブルで死にかけた時、ガクがかなり助けてくれた。
あの時の借りはまだ返してない。
「しかも」
ガクが続ける。
「外部枠お前だけ」
「は?」
「Re:Burstメンバー+クロ」
「なんで?」
「面白いから」
「雑すぎる……」
でも少しだけ興味はあった。
マリカ大会自体は嫌いじゃない。
コラボも、ゲームなら比較的やりやすい。
「……いつです?」
俺が聞くとガクがニヤッと笑った。
「出る気になった?」
「借り返すだけです」
「はいはい」
完全に見抜かれていた。
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