第8話|演じることを、もう一度
「——ということで、1週間アイドル練習生体験をすることになった知念遼くんです。1週間、面倒を見てあげてください」
メイは練習室にいる凛と理月に、会議室での出来事を短く説明した。
「そうか!俺は須賀理月。俺も練習生なりたてだ。よろしくな!」
理月は嬉しそうに遼の頭を撫でた。
凛は「こいつ、また」という目で、軽くため息をついた。
遼はそんな凛をじっと見つめた。
遼の熱い視線を感じ、凛が目を向けた。
「俺は——」
遼が口を開いた。
「雨夜凛さんですよね。番組を見ました」
凛は「番組を見た」という言葉に一瞬驚いたが、すぐにできるだけ何でもないように振る舞った。
「雨夜凛。まあ、よろしくな」
***
その日から、知念遼のアイドル練習生体験は始まった。
歌やダンスを習ったことのない遼にとって、初日の練習はめちゃくちゃだった。
振りを一つ教えると、一歩遅れて動いてしまった。
体の軸も、ずっと揺れていた。
「いや、ちょっと待った。何でそうなるんだ?」
理月はもう一度、振りをゆっくりと教えてくれた。
遼は理月の動きを観察し、ゆっくりと真似をした。
動きが先ほどより安定した。
「おお!そう!そういうことだ!」
遼が恐る恐る聞いた。
「これで、合っていますか?」
「ああ。最初にしては、なかなかついてきてるじゃん!」
理月は遼の頭を撫でた。
そのテンションに遼は最初は戸惑ったが、少し嬉しかったのか、笑みをこぼした。
体験2日目。
歌の練習は、ダンスよりはましだった。
問題は発声だ。
「あ゛―あ゛——」
凛は遼の発声を聞いて、彼を観察し始めた。
お芝居の時と歌う時の発声は違うため、まだ慣れていないようだった。
凛は遼に近寄り、腹部をそっと押した。
「ここを意識して声を出せば、安定する」
普段意識していない場所を押されると、遼はビクッとした。
凛の助言に従って力を入れて声を出すと、さっきよりもずっと安定した声が出た。
「それだ。さっきより安定してた」
言葉は短いが、その中に遼を励まそうとする意図が伝わってきた。
凛がほんの小さな変化にもすぐ気づいて褒め、励ましてくれた。
そんな練習室の雰囲気の中で、遼の真っ暗だった心に小さな光が宿った。
体験3日目。
遼は突然、二人の練習を見学したいと言い出した。
見学することも体験の一部だと考えたメイは、それを了承した。
そして遼は2日間、二人の練習を見学することになった。
遼は二人の動きを目で追い、リズムを逃がさないように静かに呟いた。
まず指先が反応し、次に視線と呼吸がついてきた。
休憩時間、遼は二人の細かな癖——立ち姿、言葉遣い、表情など——を目に焼きつけた。
再び音楽が流れると、先ほどよりもずっと自然に二人の動きについていけるようになっていた。
——そうして、体験は折り返しを過ぎた。
体験6日目。
理月は急いでメイと寛人を練習室に呼び込んだ。
——そこには、遼の顔をした「別人」がいた。
遼の動きを見ると、理月を思い出させるものがあった。
ただ、理月ほど背が高くもないし、体格も良くないため、理月ほどの力強いダンスではなかった。
体が音楽についていけていない感覚も、確かにあった。
しかし、理月が踊る時に伝わってくる特有のグルーヴや癖が、そのまま再現されていたのだ。
眼差しも、いつもの遼の自信なさげでぼんやりとしたものではなかった。
理月が踊る時の、楽しくてどうしようもないといった表情をしていた。
——理月の魂が、遼の体に閉じ込められたかのようだった。
寛人は「短期間でこんなことができるのか」と驚いた。
メイは喜びを隠しきれない顔で遼に近づいた。
「知念くん。歌も聞かせてくれる?」
メイは踊っていた遼の肩に手をそっと置いた。
すると、遼の体から理月の魂が抜け出したかのように、もとのぼんやりとした表情に戻った。
「歌、ですか?」
遼は聞き返した。
「うん。今、一番自信のある曲を聞かせてくれる?」
遼は考え込みながら視線を泳がせた。
その視線の先には、凛がいた。
凛も、遼の急激な変化に驚きの色を隠せないでいた。
「もし、雨夜さんさえよければ、雨夜さんが『STARZEN NEXT STAGE』の第1話で歌っていた曲でもよろしいでしょうか?」
「……構わない」
凛の答えを聞いた遼は、大きく息を吸い込んで歌い始めた。
音程は相当に外れていたが、今度は遼の中に凛を感じることができた。
呼吸、感情の込め方、視線——
そのすべてが、放送第1話で凛が見せてくれた姿そのものだった。
なぜこの少年が天才子役だと言われたのか、その場にいた人はやっと理解し始めた。
***
遼のアイドル練習生体験7日目。
練習スケジュールが終わった後、練習室には遼、凛、理月はもちろん、メイと寛人、篠原まで集まった。
「知念くん、この1週間どうだった」
メイは笑顔で聞いた。
実際は、今すぐにでも「アイドル、一緒にやろう」と手を差し伸べたかった。
しかし、先ほど凛と寛人に「遼に圧力をかけたら本気で怒るよ」ときつく念を押されたため、ぐっと我慢したのだ。
「楽しかったです。須賀さんと雨夜さんがいろいろと面倒を見てくださったおかげです」
遼は凛と理月のほうへ軽く一礼した。
「愛川さんは、宿題なども見ていただきありがとうございました」
寛人にも一礼した。
この1週間、遼は遅い時間まで練習が続いたため、学校の宿題がおろそかになっていた。
そんな時、寛人が遼の宿題や勉強の面倒を見てくれた。
「それで、アイドルにならない?」
メイは間髪入れずに本題へと切り込んだ。
遠慮のない言葉に、皆が言葉を失った。
「ご覧いただいた通り、私は歌とダンスが得意ではありません」
メイはすぐに返した。
「昨日は上手だったでしょ」
「それは私ではなく——須賀理月さんと雨夜凛さんでした」
つまり、知念遼本人の実力ではなく、あくまで須賀理月と雨夜凛を「演じた」だけという意味だった。
「それも知念くんでしょ。あの二人を演じられる知念遼」
一度も考えたことのない方向からの言葉に、遼は驚きを隠せなかった。
「アイドルも、ステージでは演技をする。コンセプトに合わせてね——演技の延長線上にあるでしょ」
ステージの上で輝く姿も、結局のところ演技の延長線上にある。
そして、ステージの上で輝くアイドルの姿は、遼が今まで求めていた——明るく、輝き、希望を与える演技——そのものだった。
「ですが、どうすればいいのか分かりません」
遼は言った。
今まで明るくて希望に満ちた役を演じたことのなかった遼には、それは当然のことだった。
「方向性は私——プロデューサーの諸星メイ——に相談すればいい。それが私の仕事です」
メイは軽く肩をすくめながら言った。
今までメイのことを練習生の一人だと思っていた遼は驚き、声を上げた。
「練習は凛と理月さんが引っ張ってくれる。寛人さんもいる。困ったら頼ればいい。一人で焦らなくていい。みんな一緒なら、楽しい」
——アイドルになるのは辛いけど、メンバーがいるから楽しい。
匠海が言っていた言葉が、少しだけ分かる気がした。
短い間だったが、ここで出会った人たちと過ごした時間は楽しかった。
ほんの少しだけ——
匠海に寄り添えた気もした。
ここであれば——
心の暗闇が、少しだけ晴れる気がした。
——初めて見る彼の笑顔。
遼は決意したように笑顔で言った。
「知念遼。アイドルを目指しています。よろしくお願いします」
知念遼——
Unitesの3番目の練習生となった。




