第20話|ステージ裏の棘
MUSIC SHOW TIMEの生放送当日。
PENTARISのデビュー曲『4月のパレット』の活動を締めくくるステージの日でもあった。
PENTARISは本番前のリハーサルを終えた。
メイは、彼らのパフォーマンスが映し出されるモニターをスマホで撮影しながら、改善点を頭の中で整理していた。
幾度も観客の前でパフォーマンスを重ねるうちに、練習だけでは身につかない「ステージマナー」が目に見えて向上しているのが分かった。
「お疲れ様でした!」
PENTARISの5人はスタッフたちに深々と頭を下げ、ステージを後にした。
メイはステージの袖で、彼らを笑顔で迎えた。
「お疲れ様でした」
メイは言葉を継いだ。
「控え室に戻ったら、今のリハーサル映像を送ります。各自でチェックしてください」
PENTARISの5人はそれぞれマイクを外し、外したマイクをスタッフに手渡しながら、メイの言葉に返事をした。
その際も、感謝の挨拶を忘れる人はいなかった。
メイを先頭にスタジオの外へ出ると、廊下でいろはが震える声で口を開いた。
「凛兄さん……さっきは助けてくれて、ありがとうございました」
いろはは、いまだにフォーメーションの間隔をつかみきれずにいた。
リハーサルの際、サビ前の遼のパートからいろはのパートへ移る瞬間に遼とぶつかりそうになった。
それに気づいた凛がいろはの裾をそっと引き寄せ、衝突を防いでいた。
凛は短く言った。
「次は気をつけて」
「……はい」
メイも控え室に戻ったら指摘しようと思っていた。
だが、いろは自身が自分のミスを自覚しているようだったので、本番までに間隔の再確認だけをさせることに決めた。
「それにしても、この歳で制服って落ち着かないな」
寛人はネクタイの結び目をいじりながら言った。
活動最後の音楽番組ということで、メイが気合を入れて特別に用意した「制服コンセプト」衣装だ。
年長組の寛人と理月は当初かなりの抵抗を示したが、ブレザーに特注の刺繍まで入れたというメイの熱意に押され、渋々袖を通した。
メイは涼しい顔で返した。
「制服のコンセプトなんて、デビュー初期のご褒美みたいなものですよ」
「制服脱いでから3年以上経ってるんだよな。生徒じゃなくて社会人が無理してる感じじゃん」
「自信を持ってください。寛人さん、今どう見ても現役バリバリの生徒です」
メイは「似合ってる」を繰り返し、寛人のぼやきを軽く聞き流した。
「そういえば、メイ姉さん。なぜぼくだけネクタイじゃなくてリボンなんですか?」
いろははシャツの襟元にあるネイビーリボンを指先で弄んだ。
メイは全員がネクタイでは単調すぎると思った。
理月はノーネクタイ、そしていろはにはネクタイの代わりにリボンを合わせることで、ビジュアル的な変化をつけた。
メイはあっさりと答えた。
「いろはくんにはリボンが似合うからだよ」
「ぼく、男……なんですけど」
いろはは唇を尖らせた。
16歳、男らしく見られたい盛りの年頃だ。
***
A.STREの控え室。
スタジオにつながったモニターには、さっきまでのステージの余韻をかき消すように、真っ黒な画面が映し出されていた。
翔梧はその画面を、鋭い目で見つめていた。
ドアの前に立ったカクが声をかけた。
「翔梧。PENTARISのリハーサルは終わった。次が僕たちの番だから行こう」
翔梧は無言で立ち上がった。
カクはA.STREのメンバーの顔を一人ずつ確認すると、控え室のドアを開けて廊下へ出た。
メンバーたちがその後に続いた。
スタジオへ向かって歩き、角を曲がった瞬間、メイ率いるPENTARISの一行とばったり会った。
メイとカクは同時に声を上げた。
「あ……」
「あ……」
その場の空気が一瞬で凍りつき、足が止まった。
気まずい沈黙を破ったのは、寛人の元気な声だった。
「お疲れ様です!PENTARISです!」
寛人の掛け声に合わせ、他のメンバーも一斉に挨拶をした。
その勢いに押されるように、カクとA.STREの面々も挨拶を返した。
すると、匠海が、理月の背後に隠れていた遼を見つけるなり、弾かれたような勢いで駆け寄り、遼を抱きしめた。
「遼!!」
その勢いに遼はわずかに後ろへよろめいたが、淡々とした表情でそれを受け止めていた。
メイとPENTARISのメンバーは、あっけに取られたようにその光景を見守った。
対照的に、カクと新大は匠海の背中に向かって厳しい視線を送っていた。
翔梧、朱以、龍征の3人は、まるで他人事のように無関心を貫いていた。
「テレビ局で会えるなんて、最高に嬉しいよ!」
匠海は子犬のように遼にまとわりついた。
カクが匠海を制止しようと一歩踏み出したその時、通りかかった女性スタッフたちのささやき声が聞こえた。
「か、かわいい……」
「あの二人、本当に仲が良いんだね。尊すぎる」
匠海はその声を耳にすると、満足げにふふっと微笑んだ。
その抜け目のない笑顔を見たメイは、内心で「あざとい」と舌を巻いた。
「あの、A.STREの皆さん」
スタジオの方からスタッフ一人、血相を変えて走ってきた。
「申し訳ありません!今、照明の一部に不具合が見つかりまして。復旧に少し時間がかかりそうです。お手数ですが、一度控え室にお戻りいただけますか?完了次第、すぐに呼びに伺います」
「承知いたしました」
カクはスタッフに応じ、A.STREの方を振り返った。
「皆さん、一旦控え室に戻りますか?」
新大がうなずこうとした瞬間、翔梧がそれを遮って口を開いた。
「久しぶりに『友達』に会えた。少し話す時間はあるだろ」
翔梧の温度のない口調は、その提案とは裏腹に冴え切っていた。
翔梧の冷たく鋭い視線は、一点——雨夜凛だけを捉えていた。
カクと新大は、二人の間に流れる不穏な空気に言葉を失った。
「久しぶりだな、雨夜」
「……ああ。久しぶり」
凛が珍しく、相手の視線を避けるように答えた。
翔梧は挑発を隠そうともせずに言葉を継いだ。
「腕が鈍ったか?昔のお前にあった『勢い』が、全く感じられなかった」
「腕が鈍った」という言葉に、凛の声にもかすかに棘が混じった。
「曲のコンセプトに合わせただけだ」
翔梧はさらに踏み込もうとした。
「コンセプトの話じゃない。僕が言いたいのは——」
「凛、お前に爽やかなコンセプトがこれほど似合うとは思わなかった」
新大が翔梧の口を片手で塞ぎながら、凛と翔梧の間に割って入った。
そのまま翔梧を背後へと押しやった。
これ以上、翔梧が取り返しのつかない発言を吐く前に食い止めようという、リーダーとしての必死な抵抗だった。
以前はこんな仲裁役などしなかった新大の変貌に、凛は驚いたように瞬きをした。
戸惑いを隠せないまま、凛は答えた。
「あ、ありがとう。……お前らの曲、良かったな」
「まあな。会社とプロデューサーが全力を尽くしてくれた結果だ。なあ、カク?」
呆然としていたカクが、慌てて答えた。
「え?ああ……そうだな」
周囲を見渡せば、スタッフたちは見て見ぬふりをしながらも、その全神経をこの場に集中させているのが分かった。
カクは軽く息を整え、メイに向かって言った。
「君たちのショーケースに行けない分、準備に注いできた。期待してていい」
メイは、スタッフたちの注目を浴びていることを意識し、なるべくプロデューサーらしい強気な態度で返した。
「今日が初公開でしょ?リハーサル、控え室でしっかり見ておくよ」
カクは静かに応じた。
「ああ、見てて。控え室でPENTARISのリハーサル、全員で確認した」
「どうだった?『うちの子たち』、最高に上手だったでしょ?」
メイが微笑むと、それまで沈黙していた翔梧が、自分の口を塞いでいた新大の手を振り払った。
翔梧はメイの瞳をまっすぐに見据え、吐き捨てるように言った。
「メイが作ったグループは、その程度で満足なのか?あんな連中のために、僕を……」
「『うちの子たち』に対して、失礼な言い方はやめて」
メイは断固とした口調で翔梧の言葉を遮った。
その氷のような眼差しに、翔梧はそれ以上言葉を続けることができなかった。
カクは翔梧の頭を軽く叩いた。
「翔梧、言い過ぎだ。姉さん、僕から謝る」
翔梧は視線をそらし、口を閉ざした。
その重苦しい沈黙を破るように、先ほどのスタッフが再び駆け寄ってきた。
「お待たせしました!A.STREの皆さん、リハーサルの準備が整いました!」
「了解しました。皆さん、移動しましょう」
カクはA.STREを促した。
匠海は名残惜しそうにしながらも遼に手を振った。
「匠海、頑張って」
遼の言葉に、匠海は満面の笑みを浮かべた。
「うん!」
寛人も朱以と目が合うと、笑顔を見せた。
「真栄田も頑張れよ」
「はい」
朱以もかすかな笑みでそれに応じた。
「……じゃあ、本番でな」
凛はカクと新大に視線を送り、先に控え室へと歩き出した。
メイも硬い笑みを浮かべたまま、最後に一言を添えた。
「新大も、『日野くん』も頑張って」
メイは視線を落としたまま、凛の後を追ってその場を去った。
***
PENTARISの控え室。
メイとPENTARISの5人は、重苦しい空気の中で椅子に座っていた。
モニターには、ステージでリハーサルの準備を整えるA.STREの姿が映し出されていた。
廊下での翔梧の言葉が、棘のように全員の心に刺さっていた。
主語はなかったが、それが「PENTARISの実力不足」を指していることは誰の目にも明らかだった。
「やっぱり……さっきのぼくのミスが、原因ですよね……?」
いろはは震える声で呟いた。
メイは不自然な笑顔を浮かべて、いろはを見つめた。
「違うよ。でも、本番では同じミスしないようにね」
「……はい」
いろはは小さく丸まり、自分の膝を抱え込むようにして答えた。
翔梧が廊下で放った言葉の真意を、メイは正確に理解していた。
凛には「かつての勢いがない」、自分には「この程度なのか」という言葉。
世間の目はごまかせても、凛を長く見てきた人、そして本物の実力を知る人には隠しきれない「綻び」が見え始めていた。
メイから見ても、正直なところPENTARISのパフォーマンスはまだバラバラだった。
PENTARISはダンス未経験者、本格的な歌唱訓練を受けていない人、カメラに慣れていない人が混在するチームだ。
その中で、唯一の「完成形」と言える凛が、一人でその穴を埋め続けてきた。
凛はチームの欠点を悟らせないよう、視線を意図的に分散させ、時にはあえて自分に集めた。
メンバーが苦手なパートでは、そのメンバーが画面に映らないよう自らカメラを引き付け、逆にメンバーが輝くべき瞬間には、気配を消して彼らを引き立たせた。
凛という圧倒的な個が「盾」となり「鏡」となることで、PENTARISは世間から「実力派」として認識されていた。
だが、この状況に甘んじれば、メンバーの成長が止まってしまう。
幸いなことに、彼らは自分の力不足を痛感していた。
しかし、自分たちが世間から高く評価されている理由が、凛の自己犠牲的なプロデュースによるものだと気づいているのは、メンバーの中ではリーダーである寛人だけだった。
「リハーサルが始まります」
遼がモニターを指さした。
A.STREのリハーサルが始まった。
A.STREのデビュー当時に比べ、フォーメーションチェンジはより複雑になり、パフォーマンスの精度はさらに極限まで高められていた。
A.STREの実力は、デビュー当時とは比較にならないほど跳ね上がっている。
メイとPENTARISの5人は、息を呑んでその映像を凝視した。
「MVの時よりも、精度がさらに上がってるな」
理月は驚いたように声を漏らした。
「さすがだな。余裕も感じる」
寛人の声にも、隠しきれない驚きがあった。
メイも二人の意見に同意していた。
だが、一つだけ強烈な違和感を覚えていた。
MVでは完璧な調和を見せていた5人の中で、今、センター翔梧だけが異質に浮き上がっていた。
4人の息は確かに合っていた。
だが翔梧一人だけが、何かに取り憑かれたような、異常なまでの熱量を放っていた。




