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この舞台(ステージ)に残るために、僕らは嘘をつく  作者: 卯月そい
― 一年目の春 ―

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22/23

第20話|ステージ裏の棘


 MUSIC(ミュージック) SHOW(ショー) TIME(タイム)の生放送当日。

 PENTARIS(ペンタリス)のデビュー曲『4月のパレット』の活動を締めくくるステージの日でもあった。

 PENTARISは本番前のリハーサルを終えた。

 メイは、彼らのパフォーマンスが映し出されるモニターをスマホで撮影しながら、改善点を頭の中で整理していた。

 幾度も観客の前でパフォーマンスを重ねるうちに、練習だけでは身につかない「ステージマナー」が目に見えて向上しているのが分かった。


「お疲れ様でした!」


 PENTARISの5人はスタッフたちに深々と頭を下げ、ステージを後にした。

 メイはステージの袖で、彼らを笑顔で迎えた。


「お疲れ様でした」


 メイは言葉を継いだ。


「控え室に戻ったら、今のリハーサル映像を送ります。各自でチェックしてください」


 PENTARISの5人はそれぞれマイクを外し、外したマイクをスタッフに手渡しながら、メイの言葉に返事をした。

 その際も、感謝の挨拶を忘れる人はいなかった。


 メイを先頭にスタジオの外へ出ると、廊下でいろはが震える声で口を開いた。


(りん)兄さん……さっきは助けてくれて、ありがとうございました」


 いろはは、いまだにフォーメーションの間隔をつかみきれずにいた。

 リハーサルの際、サビ前の(はるか)のパートからいろはのパートへ移る瞬間に遼とぶつかりそうになった。

 それに気づいた凛がいろはの裾をそっと引き寄せ、衝突を防いでいた。

 凛は短く言った。


「次は気をつけて」

「……はい」


 メイも控え室に戻ったら指摘しようと思っていた。

 だが、いろは自身が自分のミスを自覚しているようだったので、本番までに間隔の再確認だけをさせることに決めた。


「それにしても、この歳で制服って落ち着かないな」


 寛人(ひろと)はネクタイの結び目をいじりながら言った。


 活動最後の音楽番組ということで、メイが気合を入れて特別に用意した「制服コンセプト」衣装だ。

 年長組の寛人と理月(りつき)は当初かなりの抵抗を示したが、ブレザーに特注の刺繍まで入れたというメイの熱意に押され、渋々袖を通した。

 メイは涼しい顔で返した。


「制服のコンセプトなんて、デビュー初期のご褒美みたいなものですよ」

「制服脱いでから3年以上経ってるんだよな。生徒じゃなくて社会人が無理してる感じじゃん」

「自信を持ってください。寛人さん、今どう見ても現役バリバリの生徒です」


 メイは「似合ってる」を繰り返し、寛人のぼやきを軽く聞き流した。


「そういえば、メイ姉さん。なぜぼくだけネクタイじゃなくてリボンなんですか?」


 いろははシャツの襟元にあるネイビーリボンを指先で弄んだ。

 メイは全員がネクタイでは単調すぎると思った。

 理月はノーネクタイ、そしていろはにはネクタイの代わりにリボンを合わせることで、ビジュアル的な変化をつけた。

 メイはあっさりと答えた。


「いろはくんにはリボンが似合うからだよ」

「ぼく、男……なんですけど」


 いろはは唇を尖らせた。

 16歳、男らしく見られたい盛りの年頃だ。


 ***


 A.STRE(アストレ)の控え室。

 スタジオにつながったモニターには、さっきまでのステージの余韻をかき消すように、真っ黒な画面が映し出されていた。

 翔梧(しょうご)はその画面を、鋭い目で見つめていた。

 ドアの前に立ったカクが声をかけた。


「翔梧。PENTARISのリハーサルは終わった。次が僕たちの番だから行こう」


 翔梧は無言で立ち上がった。

 カクはA.STREのメンバーの顔を一人ずつ確認すると、控え室のドアを開けて廊下へ出た。

 メンバーたちがその後に続いた。

 スタジオへ向かって歩き、角を曲がった瞬間、メイ率いるPENTARISの一行とばったり会った。

 メイとカクは同時に声を上げた。


「あ……」

「あ……」


 その場の空気が一瞬で凍りつき、足が止まった。

 気まずい沈黙を破ったのは、寛人の元気な声だった。


「お疲れ様です!PENTARISです!」


 寛人の掛け声に合わせ、他のメンバーも一斉に挨拶をした。

 その勢いに押されるように、カクとA.STREの面々も挨拶を返した。

 すると、匠海(たくみ)が、理月の背後に隠れていた遼を見つけるなり、弾かれたような勢いで駆け寄り、遼を抱きしめた。


「遼!!」


 その勢いに遼はわずかに後ろへよろめいたが、淡々とした表情でそれを受け止めていた。

 メイとPENTARISのメンバーは、あっけに取られたようにその光景を見守った。

 対照的に、カクと新大(あらた)は匠海の背中に向かって厳しい視線を送っていた。

 翔梧、朱以(すい)龍征(りゅうせい)の3人は、まるで他人事のように無関心を貫いていた。


「テレビ局で会えるなんて、最高に嬉しいよ!」


 匠海は子犬のように遼にまとわりついた。

 カクが匠海を制止しようと一歩踏み出したその時、通りかかった女性スタッフたちのささやき声が聞こえた。


「か、かわいい……」

「あの二人、本当に仲が良いんだね。尊すぎる」


 匠海はその声を耳にすると、満足げにふふっと微笑んだ。

 その抜け目のない笑顔を見たメイは、内心で「あざとい」と舌を巻いた。


「あの、A.STREの皆さん」


 スタジオの方からスタッフ一人、血相を変えて走ってきた。


「申し訳ありません!今、照明の一部に不具合が見つかりまして。復旧に少し時間がかかりそうです。お手数ですが、一度控え室にお戻りいただけますか?完了次第、すぐに呼びに伺います」

「承知いたしました」


 カクはスタッフに応じ、A.STREの方を振り返った。


「皆さん、一旦控え室に戻りますか?」


 新大がうなずこうとした瞬間、翔梧がそれを遮って口を開いた。


「久しぶりに『友達』に会えた。少し話す時間はあるだろ」


 翔梧の温度のない口調は、その提案とは裏腹に冴え切っていた。

 翔梧の冷たく鋭い視線は、一点——雨夜凛だけを捉えていた。

 カクと新大は、二人の間に流れる不穏な空気に言葉を失った。


「久しぶりだな、雨夜」

「……ああ。久しぶり」


 凛が珍しく、相手の視線を避けるように答えた。

 翔梧は挑発を隠そうともせずに言葉を継いだ。


「腕が鈍ったか?昔のお前にあった『勢い』が、全く感じられなかった」


「腕が鈍った」という言葉に、凛の声にもかすかに棘が混じった。


「曲のコンセプトに合わせただけだ」


 翔梧はさらに踏み込もうとした。


「コンセプトの話じゃない。僕が言いたいのは——」

「凛、お前に爽やかなコンセプトがこれほど似合うとは思わなかった」


 新大が翔梧の口を片手で塞ぎながら、凛と翔梧の間に割って入った。

 そのまま翔梧を背後へと押しやった。

 これ以上、翔梧が取り返しのつかない発言を吐く前に食い止めようという、リーダーとしての必死な抵抗だった。

 以前はこんな仲裁役などしなかった新大の変貌に、凛は驚いたように瞬きをした。

 戸惑いを隠せないまま、凛は答えた。


「あ、ありがとう。……お前らの曲、良かったな」

「まあな。会社とプロデューサーが全力を尽くしてくれた結果だ。なあ、カク?」


 呆然としていたカクが、慌てて答えた。


「え?ああ……そうだな」


 周囲を見渡せば、スタッフたちは見て見ぬふりをしながらも、その全神経をこの場に集中させているのが分かった。

 カクは軽く息を整え、メイに向かって言った。


「君たちのショーケースに行けない分、準備に注いできた。期待してていい」


 メイは、スタッフたちの注目を浴びていることを意識し、なるべくプロデューサーらしい強気な態度で返した。


「今日が初公開でしょ?リハーサル、控え室でしっかり見ておくよ」


 カクは静かに応じた。


「ああ、見てて。控え室でPENTARISのリハーサル、全員で確認した」

「どうだった?『うちの子たち』、最高に上手だったでしょ?」


 メイが微笑むと、それまで沈黙していた翔梧が、自分の口を塞いでいた新大の手を振り払った。

 翔梧はメイの瞳をまっすぐに見据え、吐き捨てるように言った。


「メイが作ったグループは、その程度で満足なのか?あんな連中のために、僕を……」

「『うちの子たち』に対して、失礼な言い方はやめて」


 メイは断固とした口調で翔梧の言葉を遮った。

 その氷のような眼差しに、翔梧はそれ以上言葉を続けることができなかった。

 カクは翔梧の頭を軽く叩いた。


「翔梧、言い過ぎだ。姉さん、僕から謝る」


 翔梧は視線をそらし、口を閉ざした。

 その重苦しい沈黙を破るように、先ほどのスタッフが再び駆け寄ってきた。


「お待たせしました!A.STREの皆さん、リハーサルの準備が整いました!」

「了解しました。皆さん、移動しましょう」


 カクはA.STREを促した。

 匠海は名残惜しそうにしながらも遼に手を振った。


「匠海、頑張って」


 遼の言葉に、匠海は満面の笑みを浮かべた。


「うん!」


 寛人も朱以と目が合うと、笑顔を見せた。


真栄田(まえだ)も頑張れよ」

「はい」


 朱以もかすかな笑みでそれに応じた。


「……じゃあ、本番でな」


 凛はカクと新大に視線を送り、先に控え室へと歩き出した。

 メイも硬い笑みを浮かべたまま、最後に一言を添えた。


「新大も、『日野(ひの)くん』も頑張って」


 メイは視線を落としたまま、凛の後を追ってその場を去った。


 ***


 PENTARISの控え室。

 メイとPENTARISの5人は、重苦しい空気の中で椅子に座っていた。

 モニターには、ステージでリハーサルの準備を整えるA.STREの姿が映し出されていた。

 廊下での翔梧の言葉が、棘のように全員の心に刺さっていた。

 主語はなかったが、それが「PENTARISの実力不足」を指していることは誰の目にも明らかだった。


「やっぱり……さっきのぼくのミスが、原因ですよね……?」


 いろはは震える声で呟いた。

 メイは不自然な笑顔を浮かべて、いろはを見つめた。


「違うよ。でも、本番では同じミスしないようにね」

「……はい」


 いろはは小さく丸まり、自分の膝を抱え込むようにして答えた。


 翔梧が廊下で放った言葉の真意を、メイは正確に理解していた。

 凛には「かつての勢いがない」、自分には「この程度なのか」という言葉。

 世間の目はごまかせても、凛を長く見てきた人、そして本物の実力を知る人には隠しきれない「綻び」が見え始めていた。


 メイから見ても、正直なところPENTARISのパフォーマンスはまだバラバラだった。


 PENTARISはダンス未経験者、本格的な歌唱訓練を受けていない人、カメラに慣れていない人が混在するチームだ。

 その中で、唯一の「完成形」と言える凛が、一人でその穴を埋め続けてきた。


 凛はチームの欠点を悟らせないよう、視線を意図的に分散させ、時にはあえて自分に集めた。

 メンバーが苦手なパートでは、そのメンバーが画面に映らないよう自らカメラを引き付け、逆にメンバーが輝くべき瞬間には、気配を消して彼らを引き立たせた。

 凛という圧倒的な個が「盾」となり「鏡」となることで、PENTARISは世間から「実力派」として認識されていた。


 だが、この状況に甘んじれば、メンバーの成長が止まってしまう。

 幸いなことに、彼らは自分の力不足を痛感していた。

 しかし、自分たちが世間から高く評価されている理由が、凛の自己犠牲的なプロデュースによるものだと気づいているのは、メンバーの中ではリーダーである寛人だけだった。


「リハーサルが始まります」


 遼がモニターを指さした。

 A.STREのリハーサルが始まった。


 A.STREのデビュー当時に比べ、フォーメーションチェンジはより複雑になり、パフォーマンスの精度はさらに極限まで高められていた。

 A.STREの実力は、デビュー当時とは比較にならないほど跳ね上がっている。

 メイとPENTARISの5人は、息を呑んでその映像を凝視した。


「MVの時よりも、精度がさらに上がってるな」


 理月は驚いたように声を漏らした。


「さすがだな。余裕も感じる」


 寛人の声にも、隠しきれない驚きがあった。


 メイも二人の意見に同意していた。

 だが、一つだけ強烈な違和感を覚えていた。

 MVでは完璧な調和を見せていた5人の中で、今、センター翔梧だけが異質に浮き上がっていた。

 4人の息は確かに合っていた。

 だが翔梧一人だけが、何かに取り憑かれたような、異常なまでの熱量を放っていた。



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