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この舞台(ステージ)に残るために、僕らは嘘をつく  作者: 卯月そい
― 一年目の春 ―

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第21話|表舞台に咲く華と棘


 A.STRE(アストレ)はリハーサルを終えて控え室へ戻ってきた。

 カクは最後に控え室へ入り、ドアを閉めた。

 そのまま、控え室の隅に座り込んでいる翔梧(しょうご)へと、なるべく冷静な足取りで歩み寄った。


「翔梧。さっきのリハーサル、どういうこと?」


 控え室にいる全員が、カクの言葉の意味を察していた。

 だからこそ、誰も席に座ることすらできず、立ったままカクと翔梧の様子を見守っていた。

 翔梧はカクをちらっと見上げ、すぐに視線を外した。


「……一生懸命にやっただけだよ」

「今回の曲は5人の調和が何より大事だって言ったはず。昨日まではちゃんと合った」


 カクは声を荒げることなく、諭すように、でも真剣に翔梧を追及した。

 翔梧は自分の膝を抱え込んだまま、何も返さなかった。

 重苦しい沈黙が流れる。


「……本番は、しっかり合わせて」


 カクは言いたいことを何度も飲み込み、それだけを伝えた。

 そして、翔梧のことは一旦置いて、他のメンバーにリハーサルの映像を送り、フィードバックを伝え始めた。

 翔梧は一人、控え室の片隅でその姿をじっと見つめていた。


「翔梧。カクの言うこと聞いてよ」


 新大(あらた)は翔梧の隣に座りながら声をかけた。

 翔梧は新大をちらっと見て、再び顔を伏せた。


「……分かってる」

「分かってる奴が、あんなことするか」


 新大が少し意地悪く、でも優しく問いかけると、翔梧はさらに強く自分を抱きしめた。


「……見せたかっただけなんだ」


 新大が眉をひそめた。


「何を?」

「メイに……僕が上手だってことを、見せつけたかっただけ……」


 翔梧の声が、だんだん小さくなっていく。

 新大は「またメイか」という言葉が先に頭に浮かんだ。

 翔梧は膝に顔を埋めたまま、ぽつりと続けた。


「さっき、ついむきになって……メイに酷いこと言ってしまったんだ」

「あー、あれは完全にお前が悪かったな」

「だから僕のこと、『日野(ひの)くん』って言ったのか」

「は?」


 新大は、翔梧の口から出た予想外の言葉に、思わず声が漏れた。


「今まで、一度も名字で呼ばれたことなんてなかったのに……」


 翔梧は目に見えて落ち込んでいた。

 思いも寄らない方向へと話が進み、新大は呆れ果てた表情を隠せなかった。

 メイに「日野くん」と他人のように呼ばれたことにショックを受けてしゅんとしている姿は、新大の知っている「翔梧」そのものだった。


「どうしよう……。謝り方が分からないよ……」


 翔梧はさらに深く顔を埋めた。


 結局、新大は翔梧をなだめ、本番ではリハーサルのように一人だけ目立つ真似はしないという約束を取り付けた。

 謝り方は一緒に考えてやるとなだめて、ようやく翔梧にいつもの調子が戻り始めた。

 その様子を終始見ていたカクと他のメンバーは、新大の苦労に同情の視線を向けていた。


 加納(かのう)新大(あらた)

 A.STREとしてデビュー以来、最大級に「やりきれない」事件だった。


 ***


 MUSIC(ミュージック) SHOW(ショー) TIME(タイム)の本番が始まった。

 軽快なオープニングトークが続く中、スタジオ裏のモニター室では、メイとカクが並んで放送画面を見守っていた。

 2人はしばらく言葉を交わさず、番組の進行だけに視線を注いでいた。

 カクが先に口を開く。


「今日の番組が、今回の活動の締めくくりって聞いたけど」

「うん、そうだよ」


 メイは短く答えた。

 カクは少し間を置いてから、再び口を開いた。


「……(りん)の『かつての勢い』、別の形になってたみたいだね」

「……というと?」

「視線誘導とか、カメラワークの掌握とか?カメラマンさんもディレクターさんも、凛の意図した通りに動かされてる」

 

 カクは、凛が今ステージでやっていることを正確に指摘した。

 メイは驚き、カクを振り返った。

 カクもメイの視線に気づいたのか、メイの方へと目を向けて言葉を継いだ。


「リハーサルを見て、やっと気づいた。僕もうっかり騙されるところだった」

「実際に見る人より、画面越しに見る人の方が多いし、別にいいんじゃない?」

「確かにね」


 再び、二人の間に沈黙が流れる。

 モニターの中には、寛人(ひろと)が懸命にインタビューに応じている姿が映っていた。

 カクは別の話題を振る。


「……うちのリハーサル、見た?」

「うん、見たよ」

「どうだった?」

「さすがは大手の資本力だね。お金パワー万歳!って感じかな」


 メイは少しおどけたように両手を上げた。

 カクの痛い視線を感じ、メイはそっと手を下ろす。


「……冗談だよ。翔梧だけ、ちょっと浮いてたけど」


 メイが「翔梧」と名前で呼んだことに、カクは少し驚いた。

 だが、それを悟られないよう答える。


「それについては、控え室で釘を刺しておいた」

「……ずいぶんと変わったね、翔梧も」

「うん」


 メイは翔梧の変化に、自分なりの責任を感じていた。

 その横顔にかすかな影が差す。

 カクはそれを察したのか、再び話題を切り替えた。


「相変わらず、人を集める力だけはメイに敵わないな。皆、個性的で才能がある」

「ふふっ。私を誰だと思っているの?」


 カクは少し間を置いた。


「……もう少し準備してからデビューさせてもよかったのに。今はまだ、バラバラだね」

「そうしたかったけど、こっちにも事情があるんだよ」


 メイは力が抜けたように笑った。

 画面の中では、新大がリーダーらしく熱心に話している。


「ところで、どうして新大がリーダーになったんだ?」

「……今のメンバーのことを考えてみなよ」


 カクの言葉に、メイは改めてA.STREの5人のことを考えた。

 メイから見ても、あの5人の中でリーダーを選ぶなら、消去法で新大しか残らなかった。


「確かに……そうだね」

「元々、リーダーなんて柄じゃないのに押し付けてしまったからね。新大には苦労させてる」


 カクもまた、苦笑いを浮かべながら言った。


 モニターの中で、PENTARIS(ペンタリス)がパフォーマンスのために席を立った。

 メイの瞳が、一瞬で真剣なものに変わる。


 リハーサルでの反省点や改善すべきポイントを踏まえ、直前まで徹底的に練習させた。

 その努力が無駄にならないよう、メイは心の中で祈るように画面を見つめた。


 PENTARISのパフォーマンスが始まった。

 リハーサルよりも生き生きとして、爽やかな滑り出しを見せる理月(りつき)

 その勢いに刺激されたメンバーたちは、リハーサル以上の明るいエネルギーでステージを引っ張っていった。

 控え室での特訓の成果か、心配されていたミスも画面上では全く見当たらない。

 そして何より、凛が自分自身のスタイルを、いつもより強く前面に押し出していた。


「翔梧に刺激されたみたいだね」


 カクは小さく笑いながら呟いた。


 同じく、スタジオの待機席からPENTARISのステージを見ていた龍征(りゅうせい)が呟いた。


「……リハーサルの時より、ずっと良くなった」


 普段、他人に興味を示さない龍征の独り言に、朱以(すい)は驚いたように龍征を見つめた。

 だが、朱以もすぐに龍征の反応に納得し、うなずいた。


「確かに……目を離せない『何か』がある」


 新大はステージの上で躍動する凛の横顔を見て、小さく微笑んだ。


「元の凛が、やっと戻ったか」


 新大は隣に座っている翔梧を盗み見た。

 翔梧は無言のまま、PENTARISのパフォーマンスを——正確には、凛を、その瞳に焼き付けていた。

 凛がカメラのワンショットを捉え、完璧な表情を決める。

 翔梧は、かすかに唇を噛んだ。


 PENTARISのステージが終わった。

 メイはほっとし、肩の力を抜いた。


「はあ……フィードバック通りにはなった」


 カクが画面を見たまま聞く。


「さっきより凛が目立ったけど、大丈夫か?」

「うん。むしろその方がいいんだよ」


 メイはふふ、と満足げに笑った。


「それにしても、A.STREはオーディションの頃に比べると、本当に実力が伸びたね」

「大手の地獄のトレーニングのおかげだね」


 当初の予定よりも早いデビューが決まったA.STREは、結成直後から文字通りの猛特訓の日々を送っていた。


 カクは途中で誰かが諦めるのではないかと心配していたが、こうして5人で無事にステージに立てて、本当によかったと思っていた。


 モニターの中のMCが、CMの後にA.STREのステージが控えていると煽りコメントを入れた。

 画面がCMに切り替わる。

 メイは腕を組んだまま言った。


「お、すごいね」


 カクの視線が冷たくメイに向けられた。


「心にもないことは言うな」

「本気だよ?デビュー曲、まだチャートに入ってるし」


 CMが明け、画面いっぱいにA.STREが映し出された。

 センターに立つ翔梧の姿が映ると、カクの瞳に真剣な熱が宿った。


 A.STREの2ndシングル、タイトル曲『Crystal(クリスタル) Rush(ラッシュ)』のイントロが響き渡る。

 リハーサル以上に精密なパフォーマンス、そして安定したボーカル。

「大手だから新人賞を獲った」という世間の声を黙らせるほどの、圧倒的な見応えがあるステージだった。

 懸念されていた翔梧の突出した動きも、本番ではかなり抑えられている。

 だが、カメラが翔梧を独占する瞬間——翔梧の表情は、いつもよりずっと挑発的だった。


 A.STREのステージを見ていた寛人の口が、驚きで開いたままになった。


「……実際に見ると、迫力が違う」


 寛人は小さく呟いた。

 いろはは両手をギュッと握りしめ、A.STREの姿を食い入るように見つめている。


「あんなに激しい振りなのに、声がぶれない……」


 感嘆の声を漏らすいろはの隣で、(はるか)はA.STREの動きを一つも逃すまいと、その瞳にすべてを刻み込んでいた。


 ***


 MUSIC SHOW TIMEのエンディング。

 MCを中央に挟み、出演者たちが両側に並んで立つ。

 PENTARISは下手側に、A.STREは上手側に立っていた。


「A.STREの皆さん、今日のステージ、とても素晴らしかったです!今日の感想を一言お願いします」


 MCがA.STREにマイクを向けた。

 新大は爽やかな笑顔でマイクを受け取る。


「2ndシングル『Crystal Rush』の初披露をこのステージで飾ることができて、本当に嬉しいです。ありがとうございました」


 新大がリーダーらしい模範的なコメントを述べると、スタジオは温かい拍手に包まれた。


「日野くんはどうでしたか?」


 MCは翔梧に振る。

 翔梧は反対側に立つ凛に一瞬視線を向け、それからカメラのレンズをまっすぐに見据えた。


「素敵なアーティストの方々と出演できて、大きな刺激を受けました。次はもっと進化したパフォーマンスをお見せできるよう、全力で頑張ります」


 翔梧は、言葉の一つ一つを噛み締めるように強く言った。


 MCは感謝を告げ、今度はPENTARISの方へと体を向けた。


「そして、PENTARISの皆さん!今回がMUSIC SHOW TIME初出演でしたが、いかがでしたか?」


 寛人がマイクを受け取った。


「初出演ということで緊張もしましたが、憧れの先輩方とステージに立てて本当に光栄でした。また次も呼んでいただけるよう、頑張ります」


 寛人の真心のこもった言葉に、再び拍手が沸き起こる。

 MCは満足げにうなずき、最後に凛へと視線を向ける。


「凛くんはどうでしたか?」


 寛人は凛にマイクを手渡す。

 カメラを見つめる凛の瞳は、スタジオの照明を反射して深く青い輝きを放っていた。


「先輩方のステージを間近で見ることができて、多くのことを学びました」


 凛は言葉を選ぶように、一瞬だけ沈黙した。

 ほんの刹那、翔梧のいる方へと視線を投げ、すぐカメラを見据える。


「次は、もっと成長した姿でこの舞台に戻ってきます。先輩方に、追いつきます」


 凛の瞳には、静かでありながら燃えるような決意が満ちていた。

 MCがエンディングの決まり文句で番組の終了を告げる。

 カメラがスタジオ全体を俯瞰で映し出し、生放送は無事に幕を閉じた。


「お疲れ様でした!」


 スタッフや出演者たちの挨拶が、あちこちから飛び交う。

 出演者同士も挨拶を交わしながら、少しずつスタジオを後にし始めた。

 その喧騒の中で、凛と翔梧の目が合った。


 2人は何も言わずに見つめ合い、示し合わせたように同時に視線を外した。



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