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この舞台(ステージ)に残るために、僕らは嘘をつく  作者: 卯月そい
― 一年目の春 ―

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20/23

第18話|拍手の裏側


 朝の生放送のスケジュールが終わった。

 メイはメンバーたちを学校や事務所へと送り届けた。

 そして一人、事務所のデスクの前でノートパソコンを開いた。


「呟きが減ってる。ショーケース直後は1,000件超えてたのに、今は500件以下か……」


 確かにデビューショーケースの反応は悪くなかった。

 パフォーマンス映像の再生回数も、現在5万回を超えていた。

 小さな事務所にしては、十分すぎるほどの数字だった。


 映像が初めて公開された時は、『#PENTARIS(ペンタリス)』がトレンド入りするほどの勢いがあったのだ。

 メイは複雑な心境で頭を抱えた。


「はあ……」


 息をひとつ吐き出し、今日の番組の反応を探った。


「……辛辣」


 メイはSNSに投稿されている人々の呟きを読み、呆れたように声を漏らした。


 ——今日、生放送に出てた子たち誰?全員イケメンすぎるんだけど。

 ——メインボーカルの子、最近のアイドルの中で歌唱力ナンバーワンかも。推せる。

 ——あのメガネの子、落ち着きがあってイケメン。沼った。結婚してください。

 ——子役時代の方が良かった。安っぽいアイドルで芸能界復帰かよ、がっかり。

 ——ダンサー時代はキレキレだったのに、今は実力がどっか飛んでったな。

 ——こいつって結局、親の七光りでデビューしたんじゃねぇの?w


 強いてポジティブに考えるなら、称賛と悪意がきれいに真っ二つに割れているのが不思議なほどだった。


 メイはSNSの反応を簡単にまとめると、すぐに音源サイトを確認した。

 新着リストにはPENTARISの曲が入っていた。

 だが、大事なのは人気チャートだった。


 総合TOP100の中に、PENTARISの名は見当たらなかった。

 一方、去年の秋にリリースされたA.STRE(アストレ)の曲は、いまだに90位台でチャートインを維持していた。


「やっぱり、資本の差か」


 メイは小さく舌打ちをした。


「ダメだ。集中しよう」


 メイは気合いを入れ直すように、両手で自分の頬を軽く叩いた。

 チャート分析サイトにアクセスし、各配信サービスにおけるPENTARISの現時点の順位もまとめた。


 篠原に報告する資料を完成させ、次はメールを確認した。

 新しい通知はなかった。


「来週の音楽番組以降、何も入ってない……?」


 メイはスケジュール表を確認した。

 来週予定されている音楽番組以外、何の予定も入っていなかった。

 世間はゴールデンウィークに向かっているというのに、カレンダーは真っ白だった。


「最悪……」


 メイはそのまま、机にゴンと頭を突っ伏した。


 メイの目から見て、PENTARISの5人は誰よりも才能にあふれていた。

 こんなところで立ち止まるような器ではない。


 ——それなら、どこで判断を間違えた……?


 結局、方向性を誤ったプロデューサーとしての実力不足以外に説明がつかなかった。


「やっぱり、私の判断ミスか」


 メイは自分を責めるかのように、ぽつりと言った。


 ***


 生放送のスケジュールを終え、いろははメイに校門の前で車から降ろされた。

 そのせいで、いろはは無理やり登校する羽目になった。


 いろははずっと周りを気にしながら、おずおずと校舎へ入っていった。

 肩に力が入りすぎて不自然に上がり、カバンをギュッと抱きしめていた。


「あの子、この間アイドルデビューした子じゃない?」

「そうよね。あれ?あんな子、うちにいたっけ?」


 いろはが廊下を歩くたびに、生徒たちがざわついた。

 いろはは無数の視線に耐えられず、うつむいたまま足早に教室へ向かった。


「2年B組の音成(おとなり)くんだね?番組見たよ!本当に歌、上手だった!」


 不意に横から知らない女子生徒に話しかけられ、いろはは短く悲鳴を上げて壁に身を寄せ、固まった。


「あんなに可愛い服着てたから、見違えちゃったよ!」

「ダンスもあんなに踊れるなんて思わなかった!」


 女子生徒が次々といろはを囲み始めた。

 いろはの視線は定まらず、不安げに宙を泳いだ。

 大勢の人と会話することに恐怖しか感じないいろはの目元が、次第に潤んでいった。


「ちょっと待って。いろはは今朝の生放送で疲れてるから、そのへんにしてやってほしいんだ」


 いろはを囲んでいた輪を割って入ってきたのは、透羽(とわ)だった。

 いろはは透羽の顔を見るなり、今にも涙がこぼれそうになった。


「透羽……」

「朝の生放送って大変だよな。僕も経験者だから分かるよ」


 透羽は余裕たっぷりの笑顔を浮かべ、いろはの肩を抱いていろはの歩調に合わせて歩き出した。

 二人が廊下を進むと、生徒たちはスッと道を開けた。

 いろはは依然として緊張したまま、カバンを強く抱え込んでいた。


「あんな可愛い子がうちにいるなんて、登校する甲斐があるってもんだよ!」

「でもアイドル始めたら、学校あんまり来られなくなるんじゃない?」


 いろはは、一歩踏み出すたびに自分が注目の的になる状況に戸惑っていた。

 自分を攻める声はなく、そこにあるのは好意的な好奇心ばかりだった。


「アイドル、やってよかっただろ?」


 透羽が聞くと、いろはは軽くうなずいた。


「ほら、もっと顔上げて歩けよ」


 透羽は丸まっていたいろはの背中をポンと叩いた。

 いろはは驚きのあまり、思わず小さな声を上げた。


 肩の力を抜いて顔を上げると、自分を見つめる生徒の顔が目に入った。

 今まで一度も向けられたことのない、優しい眼差し。

 初めて受ける温かな視線に、いろはは不思議そうに目をしばたたかせた。


 それでも、その両手だけはまだギュッとカバンを抱えたままだった。


 ***


 一方、(はるか)の状況は正反対だった。

 芸能コースがある高校に進学した遼は、廊下を歩くたびに自分に対する悪意ある噂を耳にした。


「うわっ、バケモノ来た」

「引退した奴が芸能コースに入学したって聞いて何事かと思えば、アイドルデビューかよ」

「勉強できないから、こっちに逃げてきたんじゃないの?」


 皆、コソコソと話してはいるが、遼の耳に届くほど大きな声だった。

 遼は何も聞こえていないかのように、淡々と歩き続けた。


「ステージでは爽やかなフリしやがって」

「てか聞いた?大物監督たちが、あいつに台本を送りつけてるらしいよ」

「しつこいな。5年も休んだ奴にお芝居なんてできんの?」


 確かに、デビュー以来、映画界から遼へ多くのオファーが届いていた。

 だが、そのプロットや配役は、すべて以前の遼が演じてきた役の焼き直しに過ぎなかった。


 遼本人の希望、そしてメイと篠原の判断により、今は演技よりもアイドル活動に集中したいという理由で、それらをすべて断っていた。


 遼は周りからの雑音を気にかける様子もなく、図書室へ入った。

 そこでも遼の話をしていた生徒たちは、遼の顔を見るなり慌てて図書室から出ていった。

 遼は慣れた手つきで、図書室の最も奥へ足を運んだ。


「遼―っ」


 まるで遼を待っていたかのように、匠海(たくみ)が笑顔で手を振っていた。

 遼もようやく安心したように、わずかに表情を緩めた。


「匠海」

「今朝の生放送、お疲れ!」

「ありがとう」


 遼は新刊コーナーの背表紙をさらりと眺め、1冊に手を伸ばした。

 そして、匠海の向かい側の席に座った。

 匠海は外の廊下の方へ視線を向けていた。


「口だけは達者なんだよな、ああいう奴って」


 匠海は頬杖をつき、不機嫌そうに舌打ちをした。


「遼、悪い。ショーケース行きたかったけど……『カムバ前にどこ行くんだ』ってカクさんに怒られちゃってさ。遼の時には来てくれたのに」


 匠海は不満げにぼやいた。

 遼の口元に、少しだけ笑みがこぼれた。


「大丈夫。カムバックの準備は大事だから」


 遼は本を開いた。

 匠海は本を読み始めた遼の様子をうかがった。

 いつもと違い、遼の視線は文字を追っていなかった。


「みんな、遼の才能に嫉妬してるんだよ。5年も休んで復帰したのに、話題性を全部持っていかれたから」


 匠海の言葉に、遼の視線が匠海へと向けられた。

 普段なら匠海がどんな話をしても本から目を離さない遼が自分を見つめてきたことに、匠海も少し驚いたようだった。

 匠海は遼の視線を真っ向から受け止め、言葉を継いだ。


「昔の役のことばかり持ち出して、遼のことを勝手に『変な子』だと思い込んでる人が多いけど……今は爽やかなアイドルなんだから、『可愛い子』だって素直に思えばいいのに。みんな、捻くれすぎだよ」


 遼の視線が、斜め下へと落ちた。


 爽やかなアイドル。

 それは、様々なアイドルのパフォーマンスを観察し、彼らの振る舞いを『演じた』結果に過ぎない。

 ただ、それが芝居だとは見抜けないほど、遼の演技が『繊細』だっただけのことだった。


「遼が昔の栄光で片手間にアイドルをやってるって言うけど……昔の栄光を引きずって話してるのは周りじゃん」


 遼は唇を軽く噛んだ。


 天才子役。

 それもまた、台本と監督の言葉を忠実に再現した結果だった。

『自分』という存在を消し去っただけのことだった。


「遼は悔しくないの?あんなやつら、ギャフンと言わせてやればいいのに」


 ——悔しい?


 遼は、そのような感情を『演じる』時以外に抱いたことがなかった。

 無意識のうちに、遼は拳を握りしめていた。


「じっとしているのが一番楽だ。どうせ、本物ではないのだから」


 ——『本物』とは、何?


 どちらにせよ、そこにいるのは本当の遼ではなく、演技をしている遼だった。

 拳を握っていた両手から、ふっと力が抜けた。


「すべてが演技だから、誰が何を言おうとも関係ない。私のことではないのだから」


 口に出した言葉が、遼の胸をえぐるようだった。

 遼は本の紙の端を、強く握りしめた。


 ——私のことではないのに。なぜ、離れない


 遼の指先では、何の罪もない紙の端だけが、ぐしゃぐしゃに歪んでいた。


 ——悔しい?……分からない


 台本の中にしかなかったはずの感情が、心の底からせり上がり、遼の呼吸が浅く乱れた。



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