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この舞台(ステージ)に残るために、僕らは嘘をつく  作者: 卯月そい
― 一年目の春 ―

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19/23

第17話|紫薔薇二十五本


 PENTARIS(ペンタリス)のデビューショーケース会場は、デビュー曲『4月のパレット』のパフォーマンスの話題で持ちきりだった。

 ショーケース会場の最後方、光の届かない場所には、静香(しずか)と——(りん)の父であり、国民的アイドルでもある雨夜(あまや)玲志(れいじ)が立っていた。

 黒い帽子とマスクで顔を伏せ、わずかに覗くネイビーの瞳だけが会場を見つめていた。


「あいつ、本気を出していませんね」


 静香は前を向いたまま、短く答えた。


「バランスが崩れる。それだけのことよ」


 玲志はそれ以上、何も言わなかった。

 静香は軽くため息をついた。


「元々来るつもりはなかったのに、貴方が『こっそり行きたい』と言い張るから調整が大変だった。今日は私の言う通りにしなさい」

「……『シナリオ』通りに動けばいいですか」


 玲志は静香から届いたメッセージに目を通しながら聞き返した。

 静香は深くうなずいた。


「そう。多忙な合間を縫って駆けつけたが、パフォーマンスには間に合わなかった。お祝いだけ言って去る——それが今日の貴方の役割」


 静香は一度時間を確認し、言葉を継いだ。


「15分後、会場の入り口に花束が届く。貴方の名前で。紫のバラ25本——花言葉は『あなたの幸せを祈る』だそうよ」

「……そこまで計算済みですか」

「これを持っていきなさい。凛に花束を渡して写真を撮って——メイに頼めば、あの子が送ってくる」


 静香はカバンから関係者パス一枚を取り出し、玲志に手渡した。

 玲志はそれを受け取ると、無造作にジャケットのポケットへ放り込んだ。


「静香さんは行かないんですか?」

「私はこれから打ち合わせがある。鈴木(すずき)が駐車場で待機しているはず。終わったら乗って合流しなさい」

「分かりました」


 玲志がそう答える間もなく、静香は振り返ることなく会場を後にした。

 玲志はポケットの中のパスを一度取り出して眺め、再び仕舞い込んだ。


 ***


 PENTARISのデビューショーケースが無事終わり、メンバーたちは控え室へと戻ってきた。

 そこではメイが、あらかじめ用意していたケーキのロウソクに火を灯して待っていた。

 思わぬサプライズに、メンバーたちのテンションが一気に跳ね上がった。

 全員で火を吹き消すと、入れ替わるように篠原(しのはら)が、凛以外のメンバーの親たちを控え室へと案内してきた。

 親たちはお祝いの花束を抱え、息子たちへと手渡した。

 睦まじく語らうその光景を、凛とメイは並んで静かに見つめていた。


「寂しそうな顔しないで」


 メイは凛の背中をポンポンと軽く叩いた。


「玲志おじさんは忙しいから、仕方ないでしょ」

「お前こそ、寂しがるな」


 凛はメイの髪をくしゃくしゃに撫で回した。


「メイちゃん、久しぶりね」


 理月(りつき)の母がメイに親しく声をかけた。

 メイもすぐさま笑顔で彼女の元へ歩み寄り、会話を弾ませた。

 凛はしばらくその様子を見守っていたが、ふと苦笑を浮かべ、そっと控え室を抜け出した。


 廊下に出た凛は、うつむいたまま小さくため息をついた。

 ふと前を向くと、廊下の向こうから玲志が歩いてくるのが見えた。

 凛は一瞬、驚きのあまり体が固まった。

 玲志の方へと駆け寄ろうと足を踏み出しかけたが、すぐに思いとどまった。


「凛、デビューおめでとう」


 玲志の足音が、一歩ずつ凛へと近づいた。

 至近距離まで来ると、玲志は手にしていた花束を凛へと差し出した。

 思わぬ玲志の訪問、そして花束の贈り物に、凛の両手は宙をさまよった。

 戸惑う凛を見て、玲志はマスクを下げて口元を綻ばせると、もう一度花束を差し出した。

 ようやく安心したように、凛は照れながら玲志から花束を大切に受け取った。

 バラの香りが、むせ返るほど強く漂った。

 凛は花束を胸に抱えながら、ぽつりと呟いた。


「お父さん、来られないって……」

「少し時間ができてね、急いで駆けつけたんだが……結局、ショーケースには間に合わなかった」

「……そうでしたか」


 玲志の言葉に、凛は名残惜しそうに視線を落とした。


「凛、どこ? 一緒に写真……」


 メイが控え室のドアを開きながら、凛を呼んだ。

 廊下に立っている玲志と目が合い、メイは動きを止めた。

 メイに気づいた玲志は、にこやかに手を振った。


「メイちゃん、久しぶり」

「玲志おじさん?」

「しっ。俺がここに来たことは、今は内密に頼むよ」


 玲志は人差し指を唇に当てて言った。

 メイは察したようにうなずき、静かに廊下へ出た。


「どうやって入れたんですか、ここ」

「まぁ、俺の顔がフリーパスみたいなものかな」


 玲志は冗談めかして笑った。

 アーティストエリアは、本来なら関係者パスがなければ立ち入れない。

 それでも——相手が『雨夜玲志』なら、話は別だとメイは思った。


「メイちゃん、凛と写真を撮りたいんだが、よかったら撮ってくれるか?」


 玲志の方から写真を撮ろうと言い出したことに、凛は弾かれたように顔を上げて玲志を見つめた。

 普段は表情に乏しい凛だが、今この瞬間だけは、子供のように瞳を輝かせていた。

 玲志はその瞳を見て一瞬困惑の色を見せたが、すぐに笑みを浮かべると、凛の肩を抱き寄せた。


「ここをバックにしよう」


 メイがスマホを構えながら声をかけた。


「玲志おじさん、この写真、うちのSNSに載せてもいいですか?」

「静香さんに確認してみて」

「分かりました。そうですよね」


 メイは凛と玲志のツーショットをきれいに収めるために角度を調整し、シャッターを切った。

 玲志は余裕たっぷりの笑顔で凛の肩を優しく抱いていた。

 玲志からもらった花束を大事そうに抱える凛の顔は、喜びで満ち溢れていた。


 控え室から寛人(ひろと)が様子を見に廊下へ出てきた。

 そこで凛と玲志が並び、メイが撮影している姿を目にして、思わず声を上げた。

 すると、控え室にいた人たちが一斉に廊下へ飛び出してきた。

 誰もが本物の雨夜玲志を目の当たりにし、呆然として立ち尽くしていた。

 玲志が困ったように「しっ」と口元に指を当てると、皆が慌ててうなずいた。


「すみません。俺が今ここにいるのは、まだ公にしたくないので」


 凛が玲志の息子だとは聞いていたが、実際に並んでいる姿を見ると、誰もが現実味を感じられず凛と玲志を交互に眺めた。

 玲志はその中で最も平然としている(はるか)を見つけると、朗らかに声をかけた。


知念(ちねん)くん、久しぶり」

「お疲れ様です」

「一緒に映画に出たこと、覚えているかい?」

「すみません。子供の頃なので記憶が曖昧です。でも共演させていただいたことは覚えています」


 玲志は目を細めた。


「まさかあの頃の君が、凛と一緒にデビューするとはな。これからもよろしく」

「よろしくお願いします」


 遼が静かに頭を下げると、玲志は遼に手を差し出した。

 遼は突然の握手に一瞬ためらったが、すぐに丁寧な動作で両手を添えた。

 玲志はすぐ隣にいる理月にも視線を向けた。


須賀(すが)くん。以前の動画、よく見ていた。すっかり大きくなったな」

「こ、光栄です!」


 理月は玲志の右手をギュッと強く握った。

 続いて、玲志は寛人といろはにも握手を求めた。


愛川(あいかわ)くんと音成(おとなり)くんか。凛は口数が少ないが、悪い子じゃない。仲良くしてやってくれ」

「とんでもありません。凛くんにはいつも助けてもらっています」


 玲志が視線をいろはへ移すと、いろははやや遅れて続けた。


「り、凛兄さんとは……仲良くしています!」


 玲志は寛人といろはと短い会話を交わした後、腕時計に目を落とした。

 そして、はっとした表情で言った。


「すみません。もう少しここにいたいのですが、スケジュールの合間に抜けてきたもので。そろそろ戻らなければ。先に失礼します」


 STARZEN(スタゼン)在籍時から玲志と面識のある篠原が、その場を代表するように一歩前に出た。


「いえ、来てくださってありがとうございました、玲志さん」


 凛は何も言わないまま、花束を抱えて玲志の背中を見つめていた。

 玲志は立ち止まり、凛を振り返った。


「パフォーマンスを直接見られなかったのは残念だが、改めてデビューおめでとう。頑張れ」

「……はい」


 玲志は凛の肩をポンと軽く叩き、その場を後にした。

 凛の口元には、抑えきれない笑みがわずかにこぼれていた。


 ***


 会場を抜け出した玲志は駐車場へ向かい、周囲を見渡した。

 隅の方で見覚えのある男性が玲志に気づくと、足早に駆け寄ってきた。

 玲志もまた、その方向へ歩みを速めた。


「雨夜さん、用事は済みましたか?」

「ああ。鈴木、結構待たせたか?」


 鈴木は首を振った。


「いいえ。人に気づかれないうちに、早く乗りましょう」

「そうだな」


 玲志は手際よく車に乗り込んだ。

 ドアが閉まった瞬間、先ほどまでの穏やかな雰囲気は一変し、氷のように冷たくなった。


「出して」

「……かしこまりました」


 鈴木はこの変貌に慣れきっている様子で、静かにエンジンをかけた。

 玲志は窓の外をぼんやりと眺めていた。


 玲志の頭の中に、廊下で自分を見つけ、照れくさそうに迎えた凛の顔が浮かんだ。

 それに重なるように、去年の夏——自分のカバーステージを終えた後、目が合った瞬間に歓喜から絶望へと染まった凛の瞳が蘇る。


 ——『あんなこと』をされても、俺にステージを見てほしいと言ってくるとはな。


 2週間前、久しぶりに実家へ帰った凛が、迷いながらショーケースの招待券を差し出した姿も脳裏をよぎった。

 行けないと告げた時、あからさまに落胆した表情まで。


 ——『あんなこと』があっても、アイドルを諦めないとはな。


 凛の行動や反応を一つひとつ噛みしめれば噛みしめるほど、玲志の胸中は複雑に濁っていった。


 今日、PENTARISとして見せた凛のパフォーマンスが、ふと脳裏をよぎった。

 直後、去年の夏——自分の曲をカバーした凛のステージが、容赦なく重なった。


 凛のカバーパフォーマンスを初めて目にした時に覚えた、あの思わず目をそらしたくなるような感情が、再び湧き上がってきた。

 玲志の口から、乾いた笑いが漏れた。


「……俺には、似ていない。全く」


 帽子の影に隠れた玲志の瞳には、『あの日』と同じように恐れと拒絶が混じっていた。



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