第16話|証明のプレリュード
PENTARISデビューショーケース会場。
最終リハーサルを終えて控え室に戻ってきたメンバーたちは、それぞれ息を整えながら、リハーサルで詰まった箇所をお互いに確認していた。
メイも気になったところがあれば話に加わり、意見を出したり改善策を提示したりしていた。
「家族の方々は全員、関係者席への案内を済ませてきた」
篠原が控え室のドアを開けながら入ってきた。
各メンバーの親たちに挨拶し、案内を済ませて戻ってきたのだった。
凛とメイの親を除いて。
「ショーケースが終わり次第、控え室に案内する。今は待て」
「はい!」
凛を除く4人は、デビューステージを家族に見せられる喜びを込めて元気に返事をした。
凛も2週間前、玲志のもとを訪ねて直接招待券を手渡していた。
しかし、玲志からは「その日は外せない仕事が入ってるから行けない」という冷淡な言葉が返ってきただけだった。
対照的に、静香の方からは先にメイへ連絡があった。
——PENTARISのデビュー日は外部の予定が動かせない。招待券は用意しなくていい。
静香のメッセージに、メイは『了解』とだけ返信を送っていた。
コンコン、とノックの音が響いた。
メイが返事をするとドアが開き、差し入れを手にした庵と、庵が率いるCREØZのメンバーたちが姿を現した。
庵の顔を見て、メイの表情がパッと明るくなった。
凛も久しぶりに会う庵を見て、わずかに表情が和らいだ。
「庵」
凛が呼びかけると、庵は差し入れを掲げながら答えた。
「デビューおめでとう。手ぶらで来るのも悪いと思ってな。差し入れ」
「ありがとう」
凛は庵から差し入れを受け取った。
手軽に食べられる菓子折りだった。
庵は凛に歩み寄ると、その肩を親しげに抱いた。
「お前もやっとデビューか」
「ああ」
凛と庵は視線を合わせ、小さく笑った。
凛がSTARZENの練習生だった頃、最も長く親しく過ごしたのが庵だった。
「そうだ、メイ。招待券、ありがとうな。みんな来たがってた」
CREØZは今年1月にデビューした4人組男性アイドルグループだ。
庵が中心となって結成された。
メンバー全員が『STARZEN NEXT STAGE』出身で、セルフプロデュースもできる実力派だ。
メイは首を横に振りながら言った。
「ううん。どうせ来る人、あんたたち以外いないし」
「薄情なやつらだな」
「カクのところもカムバック直前で時間がないって言ってたし、朔弥は今日撮影だって」
「それだと俺たちが暇人みたいに聞こえるな。アルバムの準備がある中で来てやったんだぞ」
庵は軽く舌打ちをしてみせた。
「今年の新人賞は面白くなりそうだ。期待してる。じゃあな」
「ああ。ありがとう」
凛の笑顔を確認すると、庵はほっとした表情で凛から離れた。
庵は、いろはの隣でお喋りをしていた透羽の肩を軽く叩いた。
透羽は名残惜しそうに挨拶をし、他のメンバー二人、芽村枢と己浪蒼紫も軽く一礼をして控え室を後にした。
「庵の偉そうなところ、本当に変わらないね」
メイが笑いながら言うと、凛も小さくうなずいた。
「あれがないと、庵じゃない」
それはメイと凛が知っている庵の姿そのものだったので、二人は思わず笑みをこぼした。
外から再びノックの音がした。
今度は寛人が返事をした。
「PENTARISの皆さん、本番10分前です」
「はい!」
ドアが閉まると、寛人は長くため息を漏らした。
「なんか急に緊張してきたよ」
メイはきっぱりと言った。
「事前に用意した台本通りに話せばいいんですから、心配はいりません!」
メイは寛人の背中をバシッと力強く叩いた。
寛人は悲鳴を上げ、叩かれたところをさすりながら言った。
「痛い!」
メイはいたずらっ子のような笑顔で言った。
「もう緊張は消えましたか?」
「おかげで緊張は消えた。背中が痛いけどな」
メイが笑顔で手のひらを差し出しながら、他のメンバーたちに向かって言った。
「……他の皆さんは大丈夫ですか?」
他のメンバーたちは首を横に振った。
「ショーケースが始まったら、私にできることはもうないですね」
理月はメイの頭をいつもより乱暴に、だが優しく撫でながら言った。
「それはない。ここまでしっかり準備してくれたじゃん」
メイは乱れた髪を整えながら理月を見上げた。
理月もまた、少し緊張の混じった笑顔を浮かべていた。
「メイさんがまとめてくれた通りにやればいいじゃん」
理月の言葉に、メイは眉をひそめた。
「その『通り』に話さないんじゃないかって心配なんです」
「そこは俺が上手く繋ぐから安心して」
隣で聞いていた寛人が笑いながら加わった。
「本番5分前です!」
廊下からスタッフの切羽詰まった声が聞こえてきた。
メンバーたちは力強く返事をし、一斉に控え室を飛び出していった。
***
PENTARISのデビューショーケースが幕を開けた。
MCの進行に従ってメンバーは登壇し、簡単な挨拶と自己紹介を済ませると、すぐに記者たちとの質疑応答が始まった。
「須賀さんは3年前、全国ダンス大会で名を馳せながら突如として姿を消しました。なぜ今、アイドルとしてデビューを決めたのですか?」
「個人的な理由で、一度ダンスを辞めました。でも今の事務所とメンバーに出会って、また挑戦する気になれたんです」
理月は珍しく、用意していた回答通りに堂々と答えた。
「音成さんは、どういった経緯でアイドルを目指されたのですか?」
「ぼ、ぼくは……歌うのが大好きで……もっとたくさんの人に自分の歌を届けたいと思ったのが、きっかけです」
いろはは相当緊張しているのか、両手でマイクをギュッと握りしめて答えた。
「愛川さんはA大学経営学部4年生と伺っています。大手企業への就職ではなくアイドルを選んだ理由はなんですか?」
「幼い頃からアイドルに憧れていました。就職活動を通じて自分自身を見つめ直したとき、今挑戦しなければ一生後悔すると思いました」
先ほど緊張していると言っていたのが嘘のように、寛人は知的で信頼感のある口調で記者の心をつかんだ。
「知念さんは俳優ではなく、アイドルとして復帰された理由はなんですか?」
「大衆の皆さんにより身近な存在として寄り添いたいと思い、アイドルという道を選びました。ブランクもあり未熟な点も多いかと思いますが、見守っていただければ幸いです」
遼は新人アイドルらしく、清々しく堂々とした態度で答えた。
記者たちも、かつての噂で聞いていた遼とは全く違う姿に、興味と驚きが混じった反応を見せていた。
「凛さんは『2世アイドル』という肩書きを重荷に感じませんか?」
「それは俺が背負うべきものだと思っています。ただ、『2世』という枠で終わるつもりはありません」
やはり記者たちの質問は、雨夜玲志の息子、雨夜凛に集中した。
事前質問の段階で、メイたちは配分を調整していた。
それでも現場では、凛への質問だけが他のメンバーとは段違いの勢いで飛んだ。
「本日、玲志さんはお越しになっていますか?」
凛は表情を変えずに答えた。
「本日はスケジュールの都合で、来られないと聞いています」
記者はさらに畳みかけた。
「玲志さんが来られなかったのは、以前のオーディション番組……」
「すみません。事前にお預かりした質問以外の内容については、お答えしかねます」
凛への玲志に関する執拗な質問が続くと、寛人がマイクを握り、笑顔で割って入った。
「今日はPENTARISのデビューショーケースです。事務所と協議していない内容については、お答えできません。ご了承ください」
寛人の笑顔から放たれる無言の圧力を感じたのか、会場は一瞬静まり返った。
その後は、事前質問の範囲内でのやり取りが続いた。
ステージ裏でそれを見守っていたメイは、安堵のため息をついた。
事前に防ごうとはしていたが、やはり玲志のスター性にショーケースの主導権を奪われかけたのだ。
それを大人の余裕でスマートに収めた寛人を見て、メイは彼を見習わなければと心から思った。
「それでは、質疑応答はここまでとし、PENTARISの皆さんはパフォーマンスの準備をお願いします」
「ありがとうございました!」
メンバーは一礼してステージを降りた。
会場のLEDスクリーンにはデビュー曲『4月のパレット』のMVが流れ始めた。
その間、ステージ裏では慌ただしくイヤモニの装着が始まった。
「寛人さん、さっきはありがとうございました」
凛はマイクの位置を調整しながら言った。
寛人は笑って答えた。
「気にしなくていいよ。一応リーダーだし、あそこは俺が止めるのが一番自然だからな」
寛人は凛の肩をポンと叩いた。
凛も安心したのか、口元をわずかに緩めた。
「ぼ、ぼく、すごく、緊張します……」
セッティングを終えたいろはの声が震えていた。
メイはいろはの頬を両手で包み込み、その瞳をまっすぐに見つめながら言った。
「いろはくん、できる。歌っているいろはくんが、一番かっこいい」
「……はいっ」
メイの言葉に、いろはは頬を赤らめて力強くうなずいた。
MVも終盤に差し掛かっていた。
初めて大衆の前に立つというプレッシャーからか、メンバーの表情はいつもより硬かった。
それに察したメイは、皆の前に手を差し出した。
「最後に、気合いを入れていきましょう」
メイ自身も心臓が飛び出しそうなほど緊張していた。
だが、プロデューサーである自分が動揺しては失格だと言い聞かせていた。
「いいよ」
凛がメイの手の甲に重ねるように手を置いた。
それを合図に、次々とメンバーたちが手を重ねていった。
一瞬の沈黙。
「こういう掛け声は、リーダーがやるべきだと思います」
遼が静かにその沈黙を破った。
「そ、そうだな」
寛人は大きく息を吸い込み、吐き出しながら言った。
「今まで準備したものを、全力でぶつけてやろう。PENTARIS、ファイト!」
メンバー全員の声が重なった。
「ファイト!」
掛け声と同時にMVが終わり、ステージは暗転した。
スタッフの指示に従って、メンバーはステージへ上がった。
各自がポジションに就くと『4月のパレット』のイントロが流れ出した。
暗かったステージが一気に明るくなった。
センターで理月が、軽快でキレのあるステップを見せ、完璧なスタートを切った。
イントロが終わり、歌い出しは凛だった。
クールな印象だった凛が、爽やかな笑顔を浮かべながら歌い始めると、会場中の視線が凛に釘付けになった。
曲が進み、サビの直前。
遼がナレーションのような切ない響きで、曲の空気を一気に変えた。
それを受けるようにいろはが前に出て、サビを歌い上げた。
先ほどまでのおびえた姿はまったく消え、その瞳には自信が満ち溢れていた。
パフォーマンスが続き、ブリッジパートに入った。
この曲で最も高い音域が要求される場面だった。
メイはステージ裏で、祈るように両手をギュッと握りしめた。
いろはの実力に疑いはないが、緊張で音が外れたらどうしようという不安がよぎった。
だが、メイの心配は無用だった。
いろははブリッジのハイトーンを、いつも通り透き通るような美しさで歌い切った。
その完璧な歌声に、メイは心の中でガッツポーズをした。
そこから続くラストのサビを凛がリードし、いろはがアドリブを重ねて曲をクライマックスへと引き上げた。
PENTARISの初ステージは大成功だった。
パフォーマンスが終わると、会場内は大きな拍手に包まれた。
袖で見守っていたMCは再び拍手を促しながら登壇した。
「初めての『4月のパレット』いかがでしたか?今のお気持ちを聞かせていただけますか?」
寛人は汗を拭いながら、答えようと息を整えた。
その様子を察した凛が、すかさずマイクに口を寄せ、話し始めた。
「準備してきたステージをお見せできました。これからも、PENTARISの活動を楽しみにしていただければと思います」
凛は、他のメンバーが息を整える時間を稼ぐために、いつもより言葉を長く紡ぎ続けた。
***
ショーケース会場の最後方、光の届かない場所に、男女が並び立っていた。
女性はスーツを凛々しく着こなした静香だった。
その隣には、黒い帽子とマスクで顔を隠した長身の男が、腕を組んで壁に寄りかかっていた。
静香は隣の男性にだけ聞こえるような小声で問いかけた。
「久しぶりに息子のステージを見た感想を聞かせて。……『玲志』」




