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この舞台(ステージ)に残るために、僕らは嘘をつく  作者: 卯月そい
― 一年目の春 ―

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18/23

第16話|証明のプレリュード


 PENTARIS(ペンタリス)デビューショーケース会場。

 最終リハーサルを終えて控え室に戻ってきたメンバーたちは、それぞれ息を整えながら、リハーサルで詰まった箇所をお互いに確認していた。

 メイも気になったところがあれば話に加わり、意見を出したり改善策を提示したりしていた。


「家族の方々は全員、関係者席への案内を済ませてきた」


 篠原(しのはら)が控え室のドアを開けながら入ってきた。

 各メンバーの親たちに挨拶し、案内を済ませて戻ってきたのだった。

 (りん)とメイの親を除いて。


「ショーケースが終わり次第、控え室に案内する。今は待て」

「はい!」


 凛を除く4人は、デビューステージを家族に見せられる喜びを込めて元気に返事をした。

 凛も2週間前、玲志(れいじ)のもとを訪ねて直接招待券を手渡していた。

 しかし、玲志からは「その日は外せない仕事が入ってるから行けない」という冷淡な言葉が返ってきただけだった。

 対照的に、静香(しずか)の方からは先にメイへ連絡があった。


 ——PENTARISのデビュー日は外部の予定が動かせない。招待券は用意しなくていい。


 静香のメッセージに、メイは『了解』とだけ返信を送っていた。


 コンコン、とノックの音が響いた。

 メイが返事をするとドアが開き、差し入れを手にした(いおり)と、庵が率いるCREØZ(クリオズ)のメンバーたちが姿を現した。

 庵の顔を見て、メイの表情がパッと明るくなった。

 凛も久しぶりに会う庵を見て、わずかに表情が和らいだ。


「庵」


 凛が呼びかけると、庵は差し入れを掲げながら答えた。


「デビューおめでとう。手ぶらで来るのも悪いと思ってな。差し入れ」

「ありがとう」


 凛は庵から差し入れを受け取った。

 手軽に食べられる菓子折りだった。


 庵は凛に歩み寄ると、その肩を親しげに抱いた。


「お前もやっとデビューか」

「ああ」


 凛と庵は視線を合わせ、小さく笑った。

 凛がSTARZEN(スタゼン)の練習生だった頃、最も長く親しく過ごしたのが庵だった。


「そうだ、メイ。招待券、ありがとうな。みんな来たがってた」


 CREØZは今年1月にデビューした4人組男性アイドルグループだ。

 庵が中心となって結成された。

 メンバー全員が『STARZEN(スタゼン) NEXT(ネクスト) STAGE(ステージ)』出身で、セルフプロデュースもできる実力派だ。


 メイは首を横に振りながら言った。


「ううん。どうせ来る人、あんたたち以外いないし」

「薄情なやつらだな」

「カクのところもカムバック直前で時間がないって言ってたし、朔弥(さくや)は今日撮影だって」

「それだと俺たちが暇人みたいに聞こえるな。アルバムの準備がある中で来てやったんだぞ」


 庵は軽く舌打ちをしてみせた。


「今年の新人賞は面白くなりそうだ。期待してる。じゃあな」

「ああ。ありがとう」


 凛の笑顔を確認すると、庵はほっとした表情で凛から離れた。

 庵は、いろはの隣でお喋りをしていた透羽(とわ)の肩を軽く叩いた。

 透羽は名残惜しそうに挨拶をし、他のメンバー二人、芽村(めむら)(かなめ)己浪(みなみ)蒼紫(そうし)も軽く一礼をして控え室を後にした。


「庵の偉そうなところ、本当に変わらないね」


 メイが笑いながら言うと、凛も小さくうなずいた。


「あれがないと、庵じゃない」


 それはメイと凛が知っている庵の姿そのものだったので、二人は思わず笑みをこぼした。


 外から再びノックの音がした。

 今度は寛人(ひろと)が返事をした。


「PENTARISの皆さん、本番10分前です」

「はい!」


 ドアが閉まると、寛人は長くため息を漏らした。


「なんか急に緊張してきたよ」


 メイはきっぱりと言った。


「事前に用意した台本通りに話せばいいんですから、心配はいりません!」


 メイは寛人の背中をバシッと力強く叩いた。

 寛人は悲鳴を上げ、叩かれたところをさすりながら言った。


「痛い!」


 メイはいたずらっ子のような笑顔で言った。


「もう緊張は消えましたか?」

「おかげで緊張は消えた。背中が痛いけどな」


 メイが笑顔で手のひらを差し出しながら、他のメンバーたちに向かって言った。


「……他の皆さんは大丈夫ですか?」


 他のメンバーたちは首を横に振った。


「ショーケースが始まったら、私にできることはもうないですね」


 理月(りつき)はメイの頭をいつもより乱暴に、だが優しく撫でながら言った。


「それはない。ここまでしっかり準備してくれたじゃん」


 メイは乱れた髪を整えながら理月を見上げた。

 理月もまた、少し緊張の混じった笑顔を浮かべていた。


「メイさんがまとめてくれた通りにやればいいじゃん」


 理月の言葉に、メイは眉をひそめた。


「その『通り』に話さないんじゃないかって心配なんです」

「そこは俺が上手く繋ぐから安心して」


 隣で聞いていた寛人が笑いながら加わった。


「本番5分前です!」


 廊下からスタッフの切羽詰まった声が聞こえてきた。

 メンバーたちは力強く返事をし、一斉に控え室を飛び出していった。


 ***


 PENTARISのデビューショーケースが幕を開けた。

 MCの進行に従ってメンバーは登壇し、簡単な挨拶と自己紹介を済ませると、すぐに記者たちとの質疑応答が始まった。


須賀(すが)さんは3年前、全国ダンス大会で名を馳せながら突如として姿を消しました。なぜ今、アイドルとしてデビューを決めたのですか?」

「個人的な理由で、一度ダンスを辞めました。でも今の事務所とメンバーに出会って、また挑戦する気になれたんです」


 理月は珍しく、用意していた回答通りに堂々と答えた。


音成(おとなり)さんは、どういった経緯でアイドルを目指されたのですか?」

「ぼ、ぼくは……歌うのが大好きで……もっとたくさんの人に自分の歌を届けたいと思ったのが、きっかけです」


 いろはは相当緊張しているのか、両手でマイクをギュッと握りしめて答えた。


愛川(あいかわ)さんはA大学経営学部4年生と伺っています。大手企業への就職ではなくアイドルを選んだ理由はなんですか?」

「幼い頃からアイドルに憧れていました。就職活動を通じて自分自身を見つめ直したとき、今挑戦しなければ一生後悔すると思いました」


 先ほど緊張していると言っていたのが嘘のように、寛人は知的で信頼感のある口調で記者の心をつかんだ。


知念(ちねん)さんは俳優ではなく、アイドルとして復帰された理由はなんですか?」

「大衆の皆さんにより身近な存在として寄り添いたいと思い、アイドルという道を選びました。ブランクもあり未熟な点も多いかと思いますが、見守っていただければ幸いです」


 (はるか)は新人アイドルらしく、清々しく堂々とした態度で答えた。

 記者たちも、かつての噂で聞いていた遼とは全く違う姿に、興味と驚きが混じった反応を見せていた。


「凛さんは『2世アイドル』という肩書きを重荷に感じませんか?」

「それは俺が背負うべきものだと思っています。ただ、『2世』という枠で終わるつもりはありません」


 やはり記者たちの質問は、雨夜(あまや)玲志(れいじ)の息子、雨夜凛に集中した。

 事前質問の段階で、メイたちは配分を調整していた。

 それでも現場では、凛への質問だけが他のメンバーとは段違いの勢いで飛んだ。


「本日、玲志さんはお越しになっていますか?」


 凛は表情を変えずに答えた。


「本日はスケジュールの都合で、来られないと聞いています」


 記者はさらに畳みかけた。


「玲志さんが来られなかったのは、以前のオーディション番組……」

「すみません。事前にお預かりした質問以外の内容については、お答えしかねます」


 凛への玲志に関する執拗な質問が続くと、寛人がマイクを握り、笑顔で割って入った。


「今日はPENTARISのデビューショーケースです。事務所と協議していない内容については、お答えできません。ご了承ください」


 寛人の笑顔から放たれる無言の圧力を感じたのか、会場は一瞬静まり返った。

 その後は、事前質問の範囲内でのやり取りが続いた。


 ステージ裏でそれを見守っていたメイは、安堵のため息をついた。

 事前に防ごうとはしていたが、やはり玲志のスター性にショーケースの主導権を奪われかけたのだ。

 それを大人の余裕でスマートに収めた寛人を見て、メイは彼を見習わなければと心から思った。


「それでは、質疑応答はここまでとし、PENTARISの皆さんはパフォーマンスの準備をお願いします」

「ありがとうございました!」


 メンバーは一礼してステージを降りた。

 会場のLEDスクリーンにはデビュー曲『4月のパレット』のMVが流れ始めた。

 その間、ステージ裏では慌ただしくイヤモニの装着が始まった。


「寛人さん、さっきはありがとうございました」


 凛はマイクの位置を調整しながら言った。

 寛人は笑って答えた。


「気にしなくていいよ。一応リーダーだし、あそこは俺が止めるのが一番自然だからな」


 寛人は凛の肩をポンと叩いた。

 凛も安心したのか、口元をわずかに緩めた。


「ぼ、ぼく、すごく、緊張します……」


 セッティングを終えたいろはの声が震えていた。

 メイはいろはの頬を両手で包み込み、その瞳をまっすぐに見つめながら言った。


「いろはくん、できる。歌っているいろはくんが、一番かっこいい」

「……はいっ」


 メイの言葉に、いろはは頬を赤らめて力強くうなずいた。


 MVも終盤に差し掛かっていた。

 初めて大衆の前に立つというプレッシャーからか、メンバーの表情はいつもより硬かった。

 それに察したメイは、皆の前に手を差し出した。


「最後に、気合いを入れていきましょう」


 メイ自身も心臓が飛び出しそうなほど緊張していた。

 だが、プロデューサーである自分が動揺しては失格だと言い聞かせていた。


「いいよ」


 凛がメイの手の甲に重ねるように手を置いた。

 それを合図に、次々とメンバーたちが手を重ねていった。

 一瞬の沈黙。


「こういう掛け声は、リーダーがやるべきだと思います」


 遼が静かにその沈黙を破った。


「そ、そうだな」


 寛人は大きく息を吸い込み、吐き出しながら言った。


「今まで準備したものを、全力でぶつけてやろう。PENTARIS、ファイト!」


 メンバー全員の声が重なった。


「ファイト!」


 掛け声と同時にMVが終わり、ステージは暗転した。

 スタッフの指示に従って、メンバーはステージへ上がった。

 各自がポジションに就くと『4月のパレット』のイントロが流れ出した。


 暗かったステージが一気に明るくなった。

 センターで理月が、軽快でキレのあるステップを見せ、完璧なスタートを切った。

 イントロが終わり、歌い出しは凛だった。

 クールな印象だった凛が、爽やかな笑顔を浮かべながら歌い始めると、会場中の視線が凛に釘付けになった。

 曲が進み、サビの直前。

 遼がナレーションのような切ない響きで、曲の空気を一気に変えた。

 それを受けるようにいろはが前に出て、サビを歌い上げた。

 先ほどまでのおびえた姿はまったく消え、その瞳には自信が満ち溢れていた。


 パフォーマンスが続き、ブリッジパートに入った。

 この曲で最も高い音域が要求される場面だった。

 メイはステージ裏で、祈るように両手をギュッと握りしめた。

 いろはの実力に疑いはないが、緊張で音が外れたらどうしようという不安がよぎった。

 だが、メイの心配は無用だった。

 いろははブリッジのハイトーンを、いつも通り透き通るような美しさで歌い切った。

 その完璧な歌声に、メイは心の中でガッツポーズをした。

 そこから続くラストのサビを凛がリードし、いろはがアドリブを重ねて曲をクライマックスへと引き上げた。

 PENTARISの初ステージは大成功だった。


 パフォーマンスが終わると、会場内は大きな拍手に包まれた。

 袖で見守っていたMCは再び拍手を促しながら登壇した。


「初めての『4月のパレット』いかがでしたか?今のお気持ちを聞かせていただけますか?」


 寛人は汗を拭いながら、答えようと息を整えた。

 その様子を察した凛が、すかさずマイクに口を寄せ、話し始めた。


「準備してきたステージをお見せできました。これからも、PENTARISの活動を楽しみにしていただければと思います」


 凛は、他のメンバーが息を整える時間を稼ぐために、いつもより言葉を長く紡ぎ続けた。


 ***


 ショーケース会場の最後方、光の届かない場所に、男女が並び立っていた。

 女性はスーツを凛々しく着こなした静香だった。

 その隣には、黒い帽子とマスクで顔を隠した長身の男が、腕を組んで壁に寄りかかっていた。

 静香は隣の男性にだけ聞こえるような小声で問いかけた。


「久しぶりに息子のステージを見た感想を聞かせて。……『玲志』」



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