第14話|交わらない平行線
カクと新大は夕食を済ませ、社屋のテラスエリアにあるテーブル席についていた。
新大は座るなりテーブルに突っ伏して、深くため息をついた。
「カク……俺、リーダー辞めたい……」
「新大は今でも十分やっている」
カクは温かい緑茶を一口飲んだ。
新大はまた大きなため息を吐いた。
「それに、新大以外にリーダーが務まる人間はいないから」
一番年上の朱以は、事務所とのコミュニケーションは取れる。
ただ本人から「芸能界のことはよく知らないし、学生生活を優先したい。何かあった時に即座に対応するのは難しいから勘弁してほしい」と、結成時に申し出があった。
次の年長者の龍征は、芸能界の仕組みは理解している。
けれど、あらゆることに消極的で、事務所との話し合いでも全く意見を言わない。
そのため、リーダーとしては不適合だと判断された。
センターの翔梧については、事務所側として余計な負担をかけたくないという意図もあった。
それ以上に、STARZENの練習生時代から翔梧を見てきた会社の判断として「リーダーには向いていない」という結論が出ていた。
末っ子の匠海は、デビュー当時まだ中学生だったので論外。
その結果、新大がA.STREのリーダーに選ばれた。
「でもおかしいだろ!このグループを年齢順に並べたら、俺は下から2番目だよ、2番目。普通、上から1番目か2番目がリーダーだろ。下からじゃなくて上から数えてくれよ!」
「皆の中で、新大が一番まとめられると思ったから」
カクの言葉に、新大はさらに声を上げた。
「俺ができるんじゃなくて、皆が自分勝手すぎるんだって!」
新大は愚痴をこぼした。
カクはそんな新大の弱音も聞き慣れた様子で、静かに緑茶をすすった。
「内部がどうあれ、外から一つに見えていればそれでいいんじゃないかな」
カクの言葉に、新大はそれ以上何も言わなかった。
実際、内部事情がどうあれ、カメラやファンの前で一つのチームに見え、仲良さそうに振る舞えていれば、それで成立するのが芸能界という場所だった。
新大は話題を変えた。
「そういえば、凛もやっとデビューするんだな。お前は知ってたのか?」
「うん。年明けに、メイが実家に来てた時に言ってた」
カクは淡々と答えた。
年明けくらいは顔を出せと父から連絡を受けたメイは、食事だけ済ませてすぐに帰ろうとしていた。
その時、母の静香に「貴方、高校を卒業したらどうするつもり」と厳しく問い詰められた。
そこで、少しムキになったメイは言い返した。
「4月に、私がプロデュースするグループがデビューするから!」
そう言い残して、メイはそのまま逃げるように実家を後にしていた。
新大は言った。
「『あんなこと』があっても、一応は実家に帰ったりするんだな」
「……家族だからな」
「……で、凛とは連絡取ってるのか?」
「ううん、6月以降、一度も」
カクは苦笑を浮かべた。
凛がSTARZENを去る時、「落ち着いたら連絡して」とは伝えたが、それっきり凛から連絡が来ることはなかった。
今思えば、『あんなこと』が起きる前までは、カク、メイ、凛の3人は常に一緒だったため、わざわざ個別に連絡を取り合う必要もなかったのだ。
だからこそ、いざ離れてみると、連絡を取ること自体が難しかった。
メッセージ一つ送るのにも、どう言葉を選べばいいのか分からなくなっていた。
「まさか、学校でも口をきいてないなんてことはないよな?同じクラスなんだし」
「うん。学校では翔梧としかほとんど話さないかな。デビュー準備で、僕も翔梧もそんなに登校できていないから」
「お前ら、幼稚園からの腐れ縁だろ。ちょっと非情すぎる」
「……ずっと一緒ではいられないから」
カクがそう割り切れるようになったのは、去年の夏の終わり頃だった。
新大はカクの顔を見て、これ以上かけられる言葉がないと悟った。
その時、新大のスマホからアラームが鳴った。
新大は慌てて画面を確認し、その場で立ち上がった。
「カク、俺は売店寄ってから練習室に行くわ」
カクは眉をわずかに動かした。
「これから食事制限入るから、間食禁止と言ったはずだけど」
「いや、翔梧の分を買っていく。後で食べると言ってたけど、絶対今も練習しながら追い詰めてるだろうから」
カクは新大の言葉に、すぐにうなずいた。
「確かに。僕が先に動くべきだった。ありがとう」
「いいって。お前は他にも見なきゃいけないことが多い。こういう時のために、俺をリーダーにしたんだろ」
カクは申し訳なさそうに笑みを浮かべた。
「翔梧は『僕たち』の中でも付き合いが長いほうだけど……今は、正直よく分からない」
新大は少し間を置いてから、答えた。
「まぁ、メイがああなったことが、翔梧には相当なショックだったんだろうな。誰よりもメイのことを一番慕っていたから」
カクと新大の記憶にある翔梧は、自分や他人をここまで追い詰めるような人ではなかった。
むしろ、「褒められたい」という一心で一生懸命に頑張る、『僕たち』の中で最も純粋な、練習生だった少年だった。
メイの件で、相当な影響を受けるだろうとは皆思っていた。
だが、その変貌ぶりは想像を遥かに超えていた。
カクと新大は、未だにその扱いに途方に暮れていた。
「過ぎたことは変えられないからな。A.STREのリーダーとして、『絶対的なセンター』様の面倒を見に行く」
「うん、頼む」
新大は背を向けて歩き出した。
カクは少し間を置いてから、口を開いた。
「新大。……負担ばかりかけてしまって、すまない」
カクの言葉に、新大は足を止めて振り返った。
新大は少し照れ臭そうに、ぎこちない笑顔で言った。
「気にするな。俺が『ここ』に残ると決めたんだから」
***
新大は売店でサラダと鶏むね肉を買い、練習室へと入った。
予想通りに、翔梧は汗まみれのまま一人で練習を続けていた。
「翔梧、夜のレッスン前に、少しでも食っておけ」
「……そんな暇はない」
「一応、カロリー計算して買ってきたんだ。リリース前にお前が倒れたりしたら俺もカクも困るから」
新大は売店の袋を翔梧に差し出した。
翔梧は袋の中身を確認すると、ようやく音楽を止め、その場に座り込んで食べ始めた。
新大は安堵して翔梧の前に座りながら、口を開いた。
「焦りすぎだ」
「……」
「お前の実力は十分示している。去年のMJA(Music Japan Award)でのソロステージだって絶賛されてた。分かっているくせに」
「……こなかった」
「え?」
翔梧は手にしている箸を、ぎゅっと握りしめた。
「メイからは、何の連絡も来なかった!」
「……」
「学校でも、何も言ってくれなかった……」
ようやく、新大の知っている翔梧の『顔』が見えた瞬間だった。
MJAでのソロステージが終われば、自分を追い詰める気持ちが消えるかと思いきや、逆にエスカレートしていった理由を、新大はようやく理解した。
「メイはお世辞を言えないやつだからな。あいつに褒められたいのは分かる。でも、メイに褒められることだけが全てじゃない。皆、お前のソロステージを絶賛していた。実際、話題にもなったんだから」
翔梧にとって、メイの存在がこれほど大きかったとは、新大には思いもよらなかった。
以前カクから聞いてはいたが、ここまでとは想像できず、困惑を隠せなかった。
新大は努めて優しく、他の講評にも耳を傾けるべきだと説得を試みた。
「でも、僕は……『雨夜』を超えなきゃいけないんだ」
凛の父、『雨夜玲志』の影響力があまりにも強いため、皆が『雨夜凛』を、苗字ではなく名前で呼ぶ。
それをあえて『雨夜』と苗字で呼ぶ様子から、翔梧の内に燃える凄まじい闘志を感じ、新大は息を呑んだ。
「凛には半年近い空白がある。その間、お前はここで最高のトレーニングを受けてデビューも果たした。そこまで焦る必要はない。さっきも言ったが、長く続くにはペース配分が大事だ」
翔梧は首を振った。
「『雨夜』なら、その空白だって誰よりも練習したはずだ。むしろ歯を食いしばって地力でつけていたに違いない。油断なんてできるわけがないんだ」
翔梧は不安そうに、親指を口元に寄せた。
翔梧の焦りを和らげようとした言葉が、かえって彼を追い詰めてしまった。
「翔梧、だから俺が言いたいのは……」
新大が言葉を継ごうとした時、練習室のドアが開いた。
カク、朱以、龍征、匠海が入ってきた。
翔梧はその4人の顔を見ると、食べかけの食事をすぐに袋に押し込んだ。
そして、その場から勢いよく立ち上がった。
「ごちそうさま。新大、買ってくれてありがとう。……歯を磨いてくる」
「ああ……」
新大は翔梧の後ろ姿を見つめていた。
翔梧はその視線に気づいたのか、足を止めて振り返り、新大の目をまっすぐに見つめた。
翔梧の淡い藍色の瞳には、いつの間にか凄まじい凄みが宿っていた。
「次の曲で、僕が『雨夜』よりも上だってこと……証明してみせる」




