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この舞台(ステージ)に残るために、僕らは嘘をつく  作者: 卯月そい
― 夜明け前 ―

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14/23

第13話|歪んだ熱


 3月のある日。

 STARZEN(スタゼン)本社内にあるダンス練習室。

 A.STRE(アストレ)メンバーは、4月リリース予定の2ndシングルのタイトル曲の振り付けの練習に励んでいた。

 2時間ぶっ続けの練習の後、ようやく休憩時間になった。


「あー、疲れたぁ……」


 円道(えんどう)匠海(たくみ)は、そのまま床に大の字になって倒れ込んだ。


「すぐ横になると体が冷える。ちゃんと座って」


 凛としたブルーブラックの髪をした日野(ひの)翔梧(しょうご)は、匠海の態度をきっぱりとたしなめた。

 匠海はブツブツと文句を言いながら立ち上がり、テーブルに置いてあったスマホを取った。


 皆、それぞれのやり方で息を整えていた。

 翔梧は休むことなくストレッチをし、体をほぐしていた。

 ダークブラウンの髪の加納(かのう)新大(あらた)は、A.STREのプロデューサーである諸星(もろぼし)カクから、先ほど撮影した練習動画のデータを受け取っていた。

 淡い灰色を帯びた黒髪の真栄田(まえだ)朱以(すい)は、白いタオルを使い、顔をいたわるように、そっと汗を拭っていた。

 透き通るようなアッシュグレーの髪の右松(みぎまつ)龍征(りゅうせい)は、静かに水を飲んでいた。

 他のメンバーに比べて涼しい顔をしている龍征を見て、翔梧の声が鋭くなった。


「右松さん、一人だけ汗かいていませんね」


 龍征は翔梧の視線を受けても表情を変えなかった。


「元々、汗をかきにくい体質なだけ」

「適当に練習するから、汗をかかないんじゃないですか?」


 翔梧の言葉に、練習室内は静まり返った。

 しかし、龍征は急変した空気など気にも留めずに、淡々と言葉を続けた。


「……毎回そこまでやれるわけ、ないだろ」


 翔梧は龍征の言葉を遮るように言い返した。


「毎回、実践だと思って臨めと言いましたよね」

「……はぁ。だから、本番でちゃんとやればいいだろ」

「本番の時だって、手を抜いているから言ってるんです」


 声は荒げていないが、練習室の空気がさらに凍りついた。

 龍征はこれ以上言い合っても無意味だと悟ったように、ため息をついた。

 そして、練習室のドアの方へと足を向けた。


「……練習再開の時間までには戻ります」

「右松っ!」


 ドアの閉まる音が響き渡った。

 今日は翔梧が妙にピリついていた。

 龍征の後を追おうとしたが、新大が翔梧の手首を掴んで止めた。


「翔梧、今日はこの辺にしておけ」

「……新大」


 新大は翔梧をなだめるように続けた。


「右松さんだって、レッスンも全体練習もサボらず、しっかりついてきてる」

「うまく手を抜いているから、ついてくるだけなら問題ない。それだけだ」

「右松さんの言うことにも一理ある。このグループを長く続けていくには、ペース配分も必要だ。だから……」

「まだペース配分を考えるほど、実力が足りていないんだ」


 翔梧は悔しそうにうつむいた。

 何かが気に障るのか、翔梧の両手がかすかに震えている。

 新大はそれ以上、何も言えなかった。


 去年の夏を境に、自分の知っていた『日野翔梧』は消えた。

 完全に別の人のようになってしまった翔梧を、今でもどう扱えばいいのか、新大は迷い続けていた。


 普段から、練習で手を抜く龍征のことが気に入らない翔梧は、休憩時間になるたびに龍征に小言を言っていた。

 そのたび、龍征は適当に聞き流し、無視してきた。

 だが、なぜか今日に限って龍征は言い返し、翔梧はそれにさらに苛立っているようだった。


 朱以は翔梧と新大の様子をうかがいながら、さりげなくカクの方へ顔を向けた。


「カクさん。来学期の授業、事務所の指示通りに週2で調整した」

「大学の授業を週2回にするのは、4年でもない限り厳しいとは聞いていましたが……。調整、ありがとうございます。念のため、時間割表も共有してください」


 カクの声が、少し明るくなった。


「そのせいでフルコマだ。授業のある日は事前アンケートの催促は遠慮してほしい。学校にいる間くらいは、学生でいさせてくれ」


 朱以は、そこまで大学生活を満喫しているわけではなかった。

 ただ、学校で「俺、アイドルやってます」感を出すのが嫌で、あえてそう言ったのだ。


「承知しました。ただ、授業後は個人レッスン中心でスケジュールを組みます。学校の日程はあらかじめ共有してください。できるだけ反映します」


 授業の後に個人レッスン、という言葉に朱以は呆れ顔になった。


「学校がある日くらい、休みにならないか。週末も練習で潰れているんだが」

 

 朱以は翔梧の痛い視線を感じたが、知らんぷりを決め込み、カクに駄々をこねていた。


「今回の楽曲はデビュー曲より強度が高く、ダンス経験が少ない真栄田さんと円道くんには個人レッスンが必要です。スケジュールに組み込みますので、ご協力ください」


 朱以は呆れながらも、匠海はスマホから目を離さないまま、それぞれ応じた。


「……分かった」

「はぁーい」


 新大は匠海をたしなめた。


「円道、そろそろ再開の時間だ。水も飲んで、スマホはもうおしまい」

「はぁーい。これだけ送っちゃいますね」


 返事だけは威勢のいい匠海だった。


「ずいぶんニヤけてるな。何か面白いものでも見たか?」


 やけにニヤけている匠海に、新大は声をかけた。

 匠海は、待ってましたと言わんばかりに即答した。


「遼のデビューが来月、4月に決定したそうですよ!」


 匠海の言葉に、ストレッチをしていた翔梧の動きが止まった。

 そして、ゆっくりと振り向き、匠海を見据えた。

 翔梧の瞳は、先ほどよりさらに鋭さが増していた。

 新大は地雷を踏んだような表情で、翔梧と匠海の顔を交互に見ていた。

 匠海は一変した練習室の空気など全く気にせず、言葉を続けた。


「僕らも4月リリースだから、音楽番組とかで会えますよね!楽しみだなぁ」

「円道くん。他社の情報は、公開前に話してはいけない」


 カクはデビューの件をすでに知っていたため驚きはしなかったが、業界の機密を軽く口にするのは良くないと思い、念を押した。

 叱られた気分になった匠海は、口を尖らせてスマホに向け、画面を皆に見せた。


「さっき、記事が出たんですよ!遼も記事のURLを送りながら教えてくれたんです!」


 匠海が見せた画面には、ネットニュースの記事があった。


 ——『雨夜(あまや)玲志(れいじ)』の息子、無名事務所からの「逆襲」デビュー。背負うのは親の七光りか、それとも実力か


 カクは見出しと日付を確認した。


「……今日が解禁日だったか」


 匠海は軽く肩をすくめて言った。


「こう見えても僕、芸能歴はある方ですから。やってはいけないことくらいはわきまえてますよ」


 匠海は今月ようやく中学校を卒業したばかりのA.STREの末っ子だが、芸能界の仕組みは理解していた。

 だが、その無邪気な喜び方を見るたび、カクは「円道くんはまだ子供だ」という認識を拭えずにいた。

 カクは匠海に向けて、静かに言った。


「友人のデビューが嬉しいのは分かる。ただ、同じ男性アイドルとして競う日は来る。忘れないように」

「どうせデビューしたばかりの後輩ですよ?そこまで僕らが警戒する必要、あります?」


 匠海の声は、自信が満ち溢れていた。


「油断していると、足をすくわれる」


 翔梧が、冷たく、そして鋭い声で言い放った。

 匠海が思わずびくっとする。


「ここは部活じゃない。それを忘れるな」


 匠海は一瞬黙ってから、渋々口を開いた。


「……はい」


 匠海は翔梧の言葉に納得がいかない様子だったが、一応返事をした。


 新大は練習室の壁にかかっている時計を見た。

 もうすぐ、練習再開の時間だというのに、まだ龍征が戻ってこない。


「右松さん、探してくる」


 新大がそう言って練習室を出ようとしたその瞬間、ドアが開いた。

 そこには龍征が立っていた。

 龍征は何事もなかったかのような顔で練習室へ入ってきた。


「練習、始めましょうか」


 翔梧は龍征の態度が気に食わないのか、じっと龍征を見つめていた。

 カクはいつも通りの様子で、練習室にあるパソコンを操作し始めた。


「では、音楽を流します。各自ポジションについてください」


 ***


 午後の練習が終わり、皆が夕食と休憩のために練習室を後にした。

 広い練習室には、翔梧一人が残っていた。

 翔梧は先ほどの練習で撮影した動画を確認し、気に入らないところがあると動画を一時停止させた。

 そして、鏡を見ながら納得がいくまでそのパートを繰り返した。


 繰り返される練習に、翔梧の体力も限界に近かったのか、息が荒くなり、その場にへたり込んだ。

 髪の先から滴る汗が、床に点々と落ちる。

 極限まで疲弊しているはずの翔梧の口元が、ぞっとするほど吊り上がった。


「……やっと、僕のステージを見せられる」


 今までは実際に目にしていなかったから、自分の実力がどれほど伸びたか実感できていなかったのだろう。


 だが、目の前で見せつければ、考えは変わるはずだ。


 そうすれば、もっと僕のことを見てくれる。


 そうなれば……。


 翔梧は両手で顔を覆い、こぼれ出しそうな笑いを堪えた。


 ——ここで気を緩めてはいけない。


 そう自分を律して、すぐにその場から立ち上がった。


「今度こそ、絶対に認めてもらうんだ」



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