第12話|5人目は、最初からそこにいた
年が明け、1月初旬。
連休中に大掃除を済ませて少し休んだメイは、久しぶりに事務所へと出勤した。
扉を開けた途端、メイは驚きのあまりその場に立ち尽くしてしまった。
事務所の中に、見覚えのない一人の「イケメン」が立っていたからだ。
彼は曇った眼鏡を手にしたまま、メイに気づくと目を細めて近づいてきた。
メイですら、不意に距離を詰められると戸惑いを隠せなかった。
メイだと分かったのか、彼は挨拶をした。
「あ、メイさん。明けましておめでとう」
その声に聞き覚えがあった。
いや、よく知っている声だ。
「寛人さん?!」
メイは叫び声を上げた。
寛人はメイの反応に慌てて眼鏡を拭き、かけ直した。
そこには、いつもの愛川寛人がいた。
「ごめん。眼鏡を外しているところを見せるのは初めてだね。寝ている時以外は基本かけているんだけど、ちょっと曇っちゃって」
寛人は照れくさそうに言った。
メイは一瞬事態が飲み込めず、目をしばたたいた。
そして、つま先立ちをして寛人の眼鏡を奪い取った。
素顔をじっくり見るために、寛人との距離を詰めた。
「メ、メイさん?!近、近すぎる!」
寛人は驚きのあまり声が裏返った。
急接近するメイに、寛人の目が泳いだ。
そんな寛人のことなどお構いなしに、メイは至近距離でその顔を観察した。
——『灯台下暗し』とは、まさにこのことだった。
こんな長い間、すぐそばにこれほどの「人材」がいたことに気づかなかった自分が腹立たしい。
また、こんな端正な顔を眼鏡で隠していた寛人に、どこか裏切られたような気分にさえなった。
「ちょっと、付き合ってください」
メイは寛人の手を取り、事務所を飛び出した。
***
メイは何も言わず、寛人を近くの眼科に連れて行った。
度数検査を受けさせ、そのまま眼鏡店へ。
処方箋をもとにコンタクトレンズを購入し、その場で寛人に装着させた。
「メイさん、せめて何をするのか説明を……」
寛人が言いかけるのを、メイは遮った。
「いいから黙って。眼鏡を叩き割る前に」
メイの脅しに、寛人は口を閉ざすしかなかった。
眼鏡のない視野に慣れないのか、寛人はそわそわしながら、店に並んでいる眼鏡を手に取ってかけようとした。
その行動に、メイは苛立ちをさらけ出した。
「その『クソ眼鏡』が問題なんです!普通、大学に入ったらコンタクトにするでしょう?なんで今までしなかったんですか!」
寛人は困惑しながら答えた。
「小学生の時からずっと眼鏡だったから、ないと落ち着かないんだよ。それに、俺がコンタクトにしたところで、かっこよくなるわけでもないし……」
メイはその言葉を即座に切り返した。
「その『かっこよくなる人』が、寛人さんなんです!」
メイの言葉に、寛人は顔を赤らめた。
これほどストレートな褒め言葉は初めてで、照れくさかった。
それでも、寛人は困ったように言った。
「俺はマネージャーだから、見た目にこだわる必要はないよ。コンタクトは怖いし、やっぱり眼鏡のままで……」
「ダメです」
メイの断固とした態度に、寛人は困り果てた。
メイは寛人に近づき、寛人がかけた眼鏡を奪い取ってもとの場所に戻した。
寛人はまた別の眼鏡をかけた。
メイはそれもまた奪った。
二人のやり取りを見かねた店員が、引きつった笑顔で話しかけた。
「お客様。他のお客様のご迷惑になりますので……」
ようやく二人は店員に頭を下げて謝り、店を後にした。
***
事務所へ向かう道中。
眼鏡のない感覚に落ち着かない寛人は、無意識に眼鏡を押し上げる仕草を繰り返していた。
通りすがりの女性たちは、寛人の顔を見ては二度見するのに、当の本人は全く気づいていなかった。
メイはそのあまりの鈍感さに、半分呆れながら寛人を見ていた。
事務所に入ると、凛、理月、遼、いろはの4人が二人を迎えた。
「メイさん、あけおめ。新年早々、どこからそんな人を拾ってきた?」
理月がメイの隣に立つ寛人を見て言った。
寛人は気まずそうに応じた。
「みんな、明けましておめでとう」
その声を聞いた瞬間、4人は息を呑んだ。
あまりの変貌ぶりに、4人はぽかんと立ち尽くした。
遼が真剣な表情で口を開いた。
「度の強い眼鏡をかけると目が小さく見えるとは聞きましたが、これほどとは思わなかったです」
遼に悪気はなかったが、寛人は少し傷ついた。
いろはが精一杯の勇気を振り絞って言った。
「寛人兄さん、すごく、かっこいいです!」
いろはの目が輝いていた。
「踊る時はコンタクトの方が楽だよな……」
理月の爆弾発言に、寛人は慌てて理月の口を塞ごうとした。
だが、理月はそれをひらりと避けた。
メイはその言葉を聞き逃さなかった。
「……どういう意味ですか、それ」
その意図は分からずとも、メイが静かに怒っていることをその場の誰もが察した。
理月は、自分の発言がこれほど大きな反響を呼ぶとは思わなかった。
黙っていようとしたが、ここで話さなければ新年早々人生が終わるかもしれないと感じ、言葉を続けた。
「あー……1か月くらい前から、夜に練習室に行くと寛人さんがいて——俺たちの練習動画、見ながら踊ってたぞ」
寛人の顔が引きつった。
「うっ……」
隠していた努力を暴かれ、寛人は絶句した。
「毎日、欠かさずに」
凛がトドメを刺した。
「俺はダンス好きになったのかと思って声かけようとしたけど、凛に止められたじゃん。だから……黙ってた」
たまらず、寛人が口を開いた。
「違う!俺はダンスのことは何も分からない。だからフィードバックをするにしても、自分の体で動いてみないと、適切なアドバイスができないと思って……!」
寛人は必死に説明した。
メイは1か月前、寛人にかけた言葉を思い出した。
——これからは視聴者の立場ではなく、スタッフ側の目線で見てください。
確かにあの時の言い方は、今思えばかなり厳しかった。
真面目な寛人には、その言葉が深く響いていたかもしれない。
だが、これで確信を持てた。
「愛川寛人氏のスカウトを提案します。意見があれば聞きます」
「はぁ?!」
寛人の目が点になった。
「そんなこと聞いてないよ!」
「たった今、初めて言いましたから」
メイはどこまでも堂々としていた。
「ぼ、ぼくは……賛成です」
最後に答えると思われていたいろはが、真っ先に手を挙げた。
急に注目を浴びて目は泳いでいたが、皆はいろはが言葉を紡ぐのを待った。
「いつも、ぼくのことを気にかけてくれて……。一緒にいると、お兄さんみたいで安心するんです。もし……ステージでも一緒なら……嬉しいです」
いろはがここでの生活に慣れるまで、寛人が細やかに気遣ってくれた。
理月も寄り添ってくれたが、時に距離が近すぎて戸惑うこともあった。
だが寛人は、最初からいろはの性格を察し、いろはが自ら馴染めるようにそっと見守ってくれていたのだ。
次に遼が口を開いた。
「私も、いいと思います」
遼も慎重に言葉を選んで続けた。
「私がアイドルについて何も分からなかった時、寛人さんが教えてくれました。動画もたくさん紹介してもらって、おかげで多くを学べたと思っています。そういう方が一緒にいてくれると、心強いです」
続いて、理月が言った。
「正直、メイさんの言ってることは間違ってないけど、いつも厳しいからしんどくなることもあるじゃん」
皆が深くうなずいた。
理月は続けた。
「そのたびに寛人さんが励ましてくれたり、一緒に悩んでくれた。ずっと一緒にやってきた感じがするから、いなくなったら寂しい。」
実際、メイも自分のスカウト方法やアドバイスが強引で厳しい自覚はあった。
理月、遼、いろはがUnitesに入り、寛人と共に過ごす中で安定していく様子を、メイも見てきたのだ。
メイは寛人を見つめて言った。
「これほど個性の強いメンバーをまとめ、コントロールできるのは寛人さんしかいません」
寛人は黙って聞いていた。
「アイドルの才能は歌やダンス、外見だけではありません。『人が信じてついていける』力も、立派な才能です。私は、寛人さんが誰よりも優れていると判断しています」
「それは、マネージャーとしてもできることだよ」
寛人はすぐ反論した。
メイはその答えを予想しており、次の言葉も用意していた。
だが、この言葉をこれほど早く口にする日が来るとは思っていなかった。
「スタッフはステージには立ちません。どうか、皆と一緒にステージに立ってほしいんです。それができるのは、寛人さんしかいません」
寛人は返す言葉を探すように、視線をさまよわせた。
その様子を見ていた凛が、ようやく口を開いた。
「メイがここまで言うなら、寛人さんに『アイドルをやらない』という選択肢はもう残っていないと思います」
凛の言葉には一理あった。
凛は淡々と続けた。
「それに、フィードバックのためだけに、寛人さんみたいに自ら踊ったりはしません。普通は感じたことを言い放つだけです」
寛人は小さく反論した。
「……そんな無責任なことはしたくなかったんだ」
「わざわざ自分で踊ってみるというのは、寛人さんの心のどこかに『プレイヤー』でありたいという気持ちがあるからだと思います。全くその気がない人は、そこまでしません」
その言葉に、寛人は子供の頃に心の奥に閉じ込めた夢を思い出した。
ずっとアイドルが好きだった。
けれど、人の前に出るのが苦手だった。
視力が悪く、度の強い眼鏡をかけていた。
「アイドルになりたい」と口にするたびに、周りからはあざ笑いが返ってきた。
——あなたみたいな子は、アイドルになれるわけないでしょう。
その言葉を浴び続けるうちに、幼い寛人の心は折れ、諦めるしかなかった。
それでも、アイドルが好きだという気持ちは消せなかった。
だから、『ステージに立つ側』ではなく『ステージを裏から守る側』になると決めたのだ。
凛は言葉を継いだ。
「バラバラだった俺たちがここまでやってこられたのは、寛人さんのおかげです。それに、寛人さんが誰よりもアイドルに対して本気だということも知っています」
寛人がマネージャーとして4人を見守ってきたように、4人もまた、寛人のことを見ていたのだ。
凛は静かに続けた。
「だから、みんな寛人さんとステージに上がることを望んだ。もっと自信を持っていいと思います」
寛人は褒められ慣れない様子で、照れくさそうに呟いた。
「でも……俺じゃ、『遅すぎる』んじゃないかな?」
凛は即答した。
「『遅すぎる』なんて、やってみないと分からないです。残りの3か月間、いろはと死ぬ気でやればいいです。俺も手伝います」
その瞬間、隣で聞いていたいろはの肩がビクッと跳ねた。
寛人の言う「遅すぎる」の意味は、凛の捉えている意味とは少し違っていた。
だが、それを今さら説明したところで、何も変わらないことは分かっていた。
寛人は、呆れたように笑った。
「幼馴染同士、似ていると思ったけど……」
寛人は凛とメイを見つめた。
「全く、二人とも強引すぎるよ」
そして、寛人は諦め半分、決心半分で言った。
「ここでためらっていても、練習時間が減るだけだしな。……そこまで言うなら、やるよ、アイドル」
寛人は降参するように両手を上げた。
その手をゆっくり下ろしながら、晴れやかな笑顔を浮かべた。
「遅まきながら……よろしく」
愛川寛人。
こうして、Unitesの5番目の練習生へと転身した。




