第10話|声を追いかけて
次の日の放課後。
メイは少年が通っていると思われる高校の校門前で待ち伏せをしていた。
しかし、部活が終わる時間まで粘っても、彼に出会うことはできなかった。
久々に事務所に戻ったメイは、あの少年のことを報告した。
それを聞いた寛人は、困ったような顔で言った。
「いきなり詰め寄られたら、普通は逃げるよ。まず話せる状況を作るところからじゃないかな」
隣で聞いていた遼が、小さく頷いた。
理月は笑顔で提案した。
「じゃあ俺、明日の朝からその学校の前で張り込むか」
メイは即座に返した。
「理月さん、あの子の顔も知らないんじゃないですか」
「……確かに」
理月はすぐ納得して引き下がった。
メイは悩みながら、独り言のように呟いた。
「やっぱり私が直接張るしかないか。その間に逃げられたら困る」
そして、何かいい案が浮かんだように、凛に微笑みを向けた。
「明日、学校行かないから。担任には適当に誤魔化しておいて」
凛は呆れたように何も言わなかった。
***
翌日。
メイは昼休みから例の高校の校門前で張り込んでいた。
早退する生徒の中にあの少年がいるかもしれないと思った。
校門を通る生徒が現れるたびに、一人一人の顔を食い入るように見つめた。
真昼から校門前に立つ他校の制服の少女。
客観的に見ても、十分すぎるほど不審な光景だった。
生徒や通行人はメイを不審げに見て通り過ぎたが、メイはそんな視線などみじんも気にしていなかった。
授業の終わりを告げるチャイムが鳴り、校門の奥から生徒たちが一気に流れて出てきた。
メイは「絶対に見逃さない」という信念のもと、男子生徒たちの顔をじっくりと観察した。
その中から、一人の見覚えのある顔を見つけた。
『STARZEN NEXT STAGE』へ参加していた個人練習生——
純田透羽だ。
明るいブラウンの髪。
なぜか、信頼できそうな雰囲気。
偏差値の高い中学で生徒会長まで務めていたことで、番組でも話題になっていた子だ。
中盤で脱落してしまったが、他の練習生とも大きなトラブルなく過ごし、チーム戦ではまとめる役として手腕を発揮していた記憶がある。
知り合いの顔を見つけたメイはとっさに声をかけそうになり、慌てて飲み込んだ。
——……危なかった。私が声をかけたら不自然だ。
焦ったメイはすぐに知らんぷりをしたが、透羽は視線を感じて振り返った。
透羽は明るい笑顔でメイに近づいたが、メイの髪型と女性制服の姿を見て、不思議そうに首を傾げた。
「カク……さん?」
メイは慌てて答えた。
「諸星カクは私の双子の弟!弟からあなたのこと、たくさん聞いてる。現場でお世話になったって」
メイはぎこちないテンションで言い募った。
「私は諸星メイ、カクの双子の姉。実は人を探してて」
カクの双子の姉という言葉に、透羽はようやく理解できたように頷いた。
「カクさんには現場でお世話になりました。1年なので全員は把握できていませんが、できることなら協力します。どんな人ですか?」
メイは心の中でガッツポーズした。
そして一昨日、カラオケで見つけた少年の特徴を一つずつ伝えた。
目を隠すようなシルバーアッシュの髪。
淡い灰色の瞳。
小動物みたいな雰囲気。
そして、何より歌声がとても綺麗なこと。
最後に、この学校の制服を着ていたことを付け加えた。
メイの説明を聞くと、透羽はすぐに合点がいったように頷いた。
「あいつですね。ついてきてください」
透羽は手招きをしてメイを促した。
メイは透羽に案内され、学校の裏口の方へと向かった。
裏口は表向き塞がれていたが、一部の生徒だけが知る秘密の通路があるのだと透羽は説明した。
その通路を抜けようとする生徒の中に、見覚えのある少年の後ろ姿があった。
透羽はその少年の名前を呼んだ。
「いろは——!」
『いろは』と呼ばれた少年は、透羽の声に反応して振り返った。
そして透羽の隣に、先日自分に凄まじい圧をかけたメイがいるのを見た瞬間、その目が大きく見開かれた。
メイもいろはと目が合った瞬間、獲物を見つけた猛獣の目へと豹変した。
「うわあああああ!」
いろはは悲鳴を上げ、必死にその場から逃げ出そうとした。
「待ちなさーい!」
メイはここで逃してたまるかと、ものすごいスピードで追いかけ、すぐ追いついた。
いろはとメイの追いかけっこは、あっという間に終わった。
***
3人は近くのカラオケボックスに入った。
メイは廊下にあるドリンクバーを指差して言った。
「飲み放題にしてあるから、好きなものをどうぞ」
透羽がいろはに目を向けた。
「それじゃ、遠慮なく。いろは、ウーロン茶でいい?」
「……うん」
透羽は部屋を出て行った。
カラオケまでの道中、少年の情報をいくつか聞き出すことができた。
名前は音成いろは。
高校1年生。
純田透羽とは幼馴染だという。
透羽が席を外した室内には、重苦しい沈黙が流れた。
メイが先に口を開いた。
「この間は突然押しかけてごめん。驚いた?」
いろはは小さく答えた。
「はい……」
会話が続かない。
メイは必死に言葉を繋いだ。
「私は怪しい人じゃないよ。今、男性アイドルグループのメンバーを集めているところだよ」
メイは用意した名刺をいろはに渡した。
いろはは名刺に一通り目を通すと、すぐ視線を逸らした。
「アイドルなら……透羽の方が……」
いろはは、ちょうど両手にカップを持って戻ってきた透羽を指差した。
透羽は急に自分に注目が集まり、少し困ったような、照れくさいような顔をした。
「実は僕、もう事務所が決まっています。来年1月にデビュー予定です」
メイは合点がいったように言った。
「よかった。事務所の名前、聞いていい」
「WizPeakです」
「あそこね。庵がいるところ」
「そうです。庵さんと一緒にデビューする予定です」
透羽はアイドルらしい爽やかな笑顔を浮かべ、いろはにウーロン茶のカップを渡した。
いろはは喉が渇いていたのか、すぐにそれを口にした。
メイはいろはに向き直った。
「音成くん、あなたの才能は本物だよ。もっとたくさんの人が知るべきだと思ってる」
「才能があれば……知られなければ、いけないんですか……?」
「あなたの歌は、もっと多くの人に聴かせるべきだよ」
「……歌だけなら、もう……やってるけど……」
いろはは、消え入りそうな声で呟いた。
二人の会話は、まるで矛と盾のぶつかり合いだった。
互いの意見は平行線のまま、一向に交わらなかった。
それを見かねた透羽が、そっと二人の会話に割り込んだ。
「でも、いろは。誰に頼まれたわけでもないのに、ずっと歌い続けてきたよな」
その言葉に、部屋がシンと静まり返った。
透羽は少し言葉を選び、続けた。
「……本当は、誰かに届いてほしくて歌ってきたんだろ」
——歌を聴いてほしいけれど、人前には立ちたくない。
メイには、どうしても腑に落ちなかった。
その瞬間、メイは悟った。
今までの自分の言葉では、いろはを説得できない、と。
メイは静かに言った。
「一人で歌うのもいい。でも、みんなでステージに立てば、視線は分散される」
「……消えたり、しない、ですよね……」
意外にも、いろははメイの言葉に簡単に屈しなかった。
この息が詰まるような緊張感の中、透羽が再び口を開いた。
「お前、誰が見てるかに関係なく、ずっと歌い続けてきただろ。届いてほしくて」
その言葉で、メイはハッとした。
いろははステージに立つ者である前に、『歌うもの』なのだと。
そして自分も今、グループの歌を完成させてくれる存在を必死に探していたのだと、ようやく思い出した。
メイの声から、さっきまでの焦りがすっと抜けた。
最初にカラオケの部屋へ強引に押し入ったときの姿は、もうそこにはなかった。
メイは、ゆっくりと口を開いた。
「今は、歌うだけで十分だよ」
いろはが顔を上げた。
メイは続けた。
「他のメンバーと一緒に歌えば、今よりずっと遠くまで届けられるようになるよ」
一人でもいい。
けれど、一緒ならもっと遠くへ届く。
いろはは視線を落とし、メイの言葉を噛みしめた。
説得するような強い口調ではなかった。
だが、最初から答えが決まっているような声だった。
不思議に、プレッシャーは感じなかった。
——ぼくの声が必要な場所があるのなら、行ってみるくらいはできるかもしれない。
「歌うだけなら……ついていってみます」
いろはは初めてメイの目を真っ直ぐに見つめた。
彼の淡い灰色の瞳はまだ揺れていたが、先ほどよりもずっと意志が宿っているように見えた。
音成いろは。
こうして彼は、Unitesの4番目の練習生となった。




