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シュガードール×エンドロール  作者: nami
メルティ戦
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58/63

56 : 激闘の末の死闘

 ユリサ。私にとって誰よりも大切な人。マザーボードの崩壊の時、私はきっと、ユリサを助けに行くことを何よりも優先してしまうだろう。

 ユリサは私の親友であり、妹のようであり、娘のようでもある。「目に入れても痛くない」なんて言葉があるが、それくらい可愛くて愛おしい。


 これは恋愛感情?友情?……いや、ユリサが魅力的な女の子であることは間違いないが、残念ながら、恐らく私が恋をすることはない。

 基本的なものから言語化不能と言われているものまで、人間のあらゆる感情を模した【コア】だが、どうしてか恋愛感情だけは今も尚再現できていないのだ。

 そもそもAIは自らに課せられた役割(プログラム)を果たす為に造られたのだから、恋愛感情は蛇足でしかないと、設計者たちは考えたのだろう。

 マザーボードの最先端技術であればそれほど難しいことではないように思えるが、戦争が勃発している今、AIに恋愛感情を持たせてしまったら、人間とAIが恋に落ちてしまう可能性も当然あり得る。そんな悲劇は、誰も望まない。


 ──だから、少なくとも恋愛感情ではないけれど、私はユリサが大好きだ。

 フラン、フランと私の名前を呼びながら、私の姿が見えない時は目に涙を溜めながら、不安そうな顔で私の気配を探しているあの子のことが、愛しくて仕方がない。


 ユリサ。あなたは私に戦ってほしくないと言う。

 けれど、それは私も同じこと。

 私の身体は替えが効くけれど、ユリサ──あなたの身体は、美しい魂は、気丈な精神は、一度壊れたら二度と元には戻らないんだよ。

 それなのに、あなたは目の前の敵に怯むことなく、誰よりも早く立ち向かっていく。まるで、それが自分の使命だとでも言うかのように。

 だからいつも、見ていて冷や冷やさせられる。


 ユリサ。あなたの使命は決して戦うことではない。

 誰かを傷つけることでも、何かに縛られることでもない。

 ユリサ──あなたの使命は、あなたがやりたいことをやること。たった200年あまりのヒトの一生。やりたいことを全てやるには、あまりにも短すぎる。



「……フラン、私たちも行かなきゃ」

 ユリサがそう言って身体を起こすと、彼女の背中に置かれていた私の手は、思いの外するりと解けた。

 すかさずユリサは私の手を取り、力いっぱい引き上げて立ち上がらせる。

 目の前にあるユリサの顔は、随分と久しぶりに見るような気がした。奥底に青い恒星を秘めているかのように、どことなく青みがかった光を放つ漆黒の瞳が、真っ直ぐにこちらを見つめている。


本当はもっと二人きりでいたいけど、誰かが与えた後付けの「使命」がそれを許さない。

「……行こう」

 ユリサは頷いた。黒い瞳はどこか寂しそうで、しかしながらその唇は小さく笑みを浮かべていた。

 

 電気は点いているにも関わらず、何故か薄暗く感じられる室内に、天窓から差し込む日差しが天界への道標のように、神々しい光の筋道を作り出している。

 白き光に誘われる天使の如く、機械の翼を広げて青空へ舞い上がる。その背中を追いながら、なんだか少し、泣きそうになった。

 ユリサがまた危険な目に遭ったらどうしよう。ユリサが怪我をしてしまったらどうしよう。ユリサが──※※※※*※※*※……

 だめだ!私は何を考えているんだ!

 余計なことは考えるな。今はとにかく、みんなと協力してメルティを退けるんだ。

 でないと、私はまた負けてしまう。


 天窓を潜り抜けると一気に視界が開け、澄み渡る空が視界を覆い尽くした。その中を流星のように駆け巡る、機械仕掛けの天使たち。銀色の装甲に反射する眩い光の大群は、空を泳ぐ鰯の群れの如く、連携の取れた一糸乱れぬ動きで黒き獲物の影を追い詰めていく。

 放たれる光線は真昼の花火のように色を散らし、光の粒となって空に溶けた。


「撃てえぇ!!!」

「何としても逃すなぁあ!!」

 人間のそれよりも感情が込められているのではないかと思うほど、熱気に満ちた叫びは大空を震わせ、繰り返される爆撃によって痛めつけられた空は悲鳴を上げることさえ赦されず、理不尽な迷惑行為に沸々と憎悪を煮え立たせながら黒雲を呼び寄せた。

 ヴァイスリッターの群れの中を、機械の目にも止まらぬ速さで駆け巡る、一体の黒い影。その正体は、言わずともわかるだろう。骨組みだけの黒い翼を広げて高速で移動するその姿は、一昔前なら「未確認飛行物体か!?」などと言って、人間たちの間で取り沙汰されていたのだろうか。

 

 気が狂いそうなほど訓練を重ねたヴァイスリッターたちがいくら狙いを定めても、それを嘲笑うかのようにひらりと身を交わし、かと思えば今度は自分から敵の群れの中へと突っ込んでいくメルティ。

 その姿はどう考えても、新しい玩具を前に喜んで遊んでいるようにしか見えなかった。


 ……きっと、この場でメルティを止められるのは私しかいないだろう。それも、リミッターを外して暴走する、無差別な殺戮装置と化した私。

 しかし、今はロイドギアが無い。ロイドギアどころか、私は一糸纏わぬ姿で屋根の上に立っている。


 リミッター……そう。リミッター……

 マザーランドでメルティと戦った時は上空戦だったこともあり、周囲に誰もいなかった。地上ではユリサたちが戦っていたが……

 だからと言ってリミッターを解除していいものでもないが、あの時は気付けば何も考えられなくなっていた。憎悪と恐怖に支配され、メルティの動きを止める為だけに無鉄砲な攻撃を続けていた。


 今私たちがいるのも上空だが、周りには懸命に戦う仲間たちが、ユリサがいる。私が今リミッターを解除すれば、メルティを狙った攻撃だとしても、その被害が確実に彼らにまで及ぶだろう。


 私が何もできず、ただこうして立ち止まっている間にも、仲間たちは次々と翼を捥がれて地の底へと墜落していく。

 轟く爆撃の音が悲痛な叫びを飲み込んで、その上に更に爆撃、悲鳴、爆撃、悲鳴……

 もう嫌だ。何も聞きたくない。


「……フラン?」

 ユリサの心配そうな声が聞こえたが、答えられなかった。情けなくて、とても顔を見ることができなかった。

 どうしたらいい。どうすれば……!!

 フラン、フラン……あなたならどうしていたの。どうすべきなの。

 たとえロイドギアが無かったとしても、とにかくみんなを助けに行くべきだとわかっているのに、怖くて身体が動かない。

 それにロイドギアを身に付けていない今、私はみんなと同じように飛ぶことさえできないのだ。


 冷たい雫が頭上に落ち、その後すぐに大粒の雨が降り出した。爆撃と悲鳴の上に、雨音と雷鳴が加わった。

 メルティの動きは衰えるどころか、敵を殲滅する勢いで味方のいない狩りを楽しんでいる。恐ろしい碧い瞳が何度か目の前を掠めたが、その度にメルティが私を見過ごすのは、恐らく最後の一体として嬲り殺すつもりだからに違いない。


 気が付けば、立ち止まっているのは私だけ。

 いくら呼びかけても私が答えないからか、ユリサも他のヴァイスリッターに混じって必死に戦っていた。

 ……私は、本当に弱いな。地上に落下していった仲間も含め、この中の誰よりも弱い。


 だけど、私はユリサを、みんなを守りたい。

 私は、私がsugar dollであることを証明しなければならない。


 目を閉じ、感覚を研ぎ澄ます。微細な空気の振動でメルティのいる位置を特定し、いくつかのパターンをイメージする。そのどれも、メルティの動きを封じられる保証は全くない。

 それどころか、私がドリルで穴を空けられる確率の方が遥かに高い。考えたくもないが、どう計算しても結果は同じなのだ。

 それならばもういっそ、何も考えない方がいい。

 たとえ翼が無かったとしても、何も持っていなくとも、(コア)さえこの身に宿っていれば、私は戦える筈なんだ。

 行け。行け。行け……!!

 飛べ──!!


「ぁあああああああ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!!」

 目を開くと同時にメルティへ向かって飛び出した。

 メルティがこちらを振り返る。血に濡れた碧い瞳をぎらつかせ、待ってましたと言わんばかりに嗤いながら。

 舞い上がった瞬間、時の流れが停止したかのように、この身は上空で動きを止めた。かと思えば、次の瞬間には急速な落下を始めていた。こういう時、返って景色がゆっくりと再生されているように見えるのだから不思議だ。


 降りかかる重力を全身で受け止める為に踠くほど、鋭利な風が素肌を切り裂く。

 怪鳥の如きメルティの黒い影は、空の中を瞬間移動するかのように一秒毎に鮮明に、残虐な笑みの輪郭を映し出した。

 邪悪で可憐なメルティの顔。碧い瞳は宝石の煌きを放ち、赤みを帯びた唇から柔らかそうな舌が覗いた。

 その舌に喰らいつくように叫ぶ。

「メルティィィイイイ゛い゛い゛!!!!」

「はーい♡」


 声が潰えるよりも早く、生身の体は屋根に叩きつけられた。そのまま屋根を突き抜け、更に下へと落ちていく。

 衝撃と爆風に塞いだ目を再び開けた時、そこはつい先ほどまでいた手術室のようなあの部屋の中だった。

 次の瞬間、ドリルの先端が喉元へ迫り来る。上体を仰け反らせ、回避すると同時にメルティの顔を目掛けて右脚を振り上げる。メルティは楽しそうに微笑みながら、ひらりとその身を交わした。

 気がついた時には、ドリルと化したメルティの腕が目の前にあった。その直後、肩部に鋭い痛みが走る。

 ぽっかりと屋根に空いた大穴から覗く曇天。降りかかる雨粒が傷口から体内に染み渡り、体内で高速回転する部品の動きを狂わせた。

 

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