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シュガードール×エンドロール  作者: nami
メルティ戦
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57/63

55 : 天窓と黒鳥

 小さな部屋の中に無遠慮に押し寄せる、無数の足音。その中に紛れて懸命に私の名を呼ぶ、よく通る愛おしい声が聞こえた。

メルティに髪を掴まれて床に叩きつけられたおかげで、金属の背骨ががまだぎしぎしと鈍い呻きを上げているが、聞こえないふりをして右足から立ち上がった。

 首回りの風通しが随分よくなったと思ったが、私の髪はつい先ほどメルティによって無慈悲に切り離されてしまったのだ。手術台のような高いベッドの方へ視線を向けると、黄金色の髪の束が散らばっていた。


 目の前には漆黒の装甲に包まれた、すらりとしたメルティの背中。そしてそれを取り囲むように、銃弾などを防ぐ為のバリスティックシールドを持ち、全身を白き装甲──ロイドギアで武装したアンドロイドが小さな室内を埋め尽くしていた。彼らはヴァイスリッターだ。

 一時も油断のできないこの状況に緊迫した表情を浮かべていた彼らだったが、私が立ち上がった瞬間、彼らの顔に動揺の色が現れた。

 アンドロイドと言えど、彼らのほとんどが男性型。人間が抱くあらゆる感情を忠実に模して造られたコアに連動して、身体の方も実に多彩な反応を示す。その反応が一体一体異なるのだから、余計に面白いのだ。


 ほとんどが気まずそうに私から視線を背け、険しい目つきを慌てて繕っていたが、しばらくすると何名かの視線がまたちらりと私の方に向けられて、かと思えばまた慌てて逸らされる。

 本来ならば、私も「きゃあっ!恥ずかしい!」とか言って、女性らしく胸部や恥部を手で隠すところだったのかもしれない。だが、時すでに遅し。完全に機会を逃した私は、裸身を堂々と曝け出して立っていた。


「フラン!」

 その時、武装したヴァイスリッターの間を掻き分けてユリサが飛び出してくると、飼い主に再会した忠犬の如き喜びようで、両腕を伸ばして私の身体を引き寄せた。

 ロイドギアに身を包んだユリサの胸は固く、厚い装甲は体温を遮断してしまっていたが、ユリサの腕の中は不思議と温かく感じられ、装甲に耳を当てればその奥にある鼓動の音が聞こえてきそうな気さえした。


 頭の上に心地良い重みが圧し掛かる。長い黒髪がはらりと滑り落ち、私の頬を掠めた。

「もう……ほんとに、ほんとに心配したんだから……」

 弱々しく震えるか細い声を聞くと、胸が締めつけられるような切ない愛おしさが込み上げてくる。

「わ、私だって……!ごめん、ごめんねユリサ……!助けに行けなくて……!」

「そんなの……私の方こそ、ごめんなさい……!」

 背中に回した両腕に力を込めると、ユリサも更に私の身体をより近くへと引き寄せた。


 自分たちが置かれている状況など完全に忘れたように(実際、この一時だけは忘れていた)、感動の再会を味わっていた私たちだったが、二人だけの時間はわざとらしい咳払いによって中断された。

「あのさー……、あんたたち、今の状況わかってる?イチャつくのは後にした方がいいんじゃないの」

 そう言ったのはメルティだ。呆れたような冷たい視線に射抜かれて、私たちはどちらともなく身体を離した。私の身体が再び露になり、アンドロイドたちは慌てて視線を逸らした。


「それは、たしかにソイツの言う通りだな」

 聞き慣れた声が聞こえたと思えば、ヴァイスリッターの間に開かれた道を通って、見知った顔のアンドロイドが姿を見せた。

「マックス!」

「ようフラン。おまえ、ダッセえなぁ。こんなお嬢ちゃんにボコボコにされたんだって?」

 マックスはメルティと私を交互に見ては、挑発するような笑みを浮かべた。腹立たしいが、随分と久々に聞いた気がするマックスの憎まれ口が、今はなんだか、訳もわからず安心する。

 しかし、側にいるメルティのことを考えると、片時も安心などしていられない。寧ろ今のマックスの発言は、短気なメルティを挑発するのに十分足りたようだ。

 こちらからその表情はよく見えないが、メルティの周囲を流れる空気の色が一瞬にして黒く淀んだように見えた。


「マックス。今は任務中だよ。ちょっとは弁えて」

 マックスの背後から、険しい顔付きのアムとエリアス、カノンが続々と姿を現した。

 三体ともがほんの一瞬私を見たが、にこりともせずにすぐに視線をメルティへと移し替えた。

「お、おうよ……すまん」

 いつもにこやかなアムに窘められ、マックスも軽口を慎んだ。メルティの危険性は、マックスも十分理解していると思われる。にも関わらず「お嬢ちゃん」だなんて、直接的ではないにしてもメルティを挑発するようなことを言ったのは、この場の空気を少しでも柔らかくしようとしたからだろうか。


ヴァイスリッターが総動員で私を助けに来てくれた。恐らくだが、ナヌーク総統からの指令だろう。そしてそれは、きっとそうでもしなければ、メルティを打ち倒すことはできないとわかっていたからだ。

 みんなが助けに来てくれたことはとても嬉しく有難いが、同じくらい自分の弱さに腹が立つ。

 一度は記憶を全て失い、戦い方も何もかも忘れた状態で帰ってきた私のことを、ここにいる仲間たちは、総統は必要としてくれている。

 メルティは危険だ。同じシュガードールでありながら、私との力の差は歴然としている。

 私がみんなを危険な目に遭わせてしまっているんだ。不甲斐ない。情けない。申し訳ない。恥ずかしい。色々な感情がぐちゃぐちゃに混ざり合って、このままだと《コア》がフリーズしてしまいそうだ。


 私はこの身に替えてでも、ここでメルシィを止めなければならない。

 仲間が苦しんでいるところなんて、もうこれ以上見たくはないのだ。


 マックス、アム、エリアス、カノン。そして、その後ろではヴァイスリッターたちが指示を待ちつつシールドを構えて、メルティの動きを注視している。

 電源を切られてただのお人形にでもなったかのように、メルティは微動だにしない。いっそのこと本当に電源が落ちていたらどれほど良いだろうと思わずにはいられない。しかし、残念ながら私たちの身体は充電式ではないのだ。

 張り詰めた静寂の中で、ヴーという鈍い機械音が響いた。それがこの場にいる誰かの身体の奥の音なのか、それともこの無機質な部屋の中にある角ばった機械の音なのか、恐らく誰にも、判別がつかない。


 どれくらいの時間が流れたろう。横目でユリサに合図を送り、タイミングを合わせて背後からメルティに攻撃を仕掛けようと無言のやり取りを交わす。ユリサは長い睫毛を上下させ、瞳の動きだけで頷いてみせてくれた。

 ヴーと鳴っていた機械音は止んで、室内は再び静かになった。指をほんの少し動かしただけでも体内の部品が振動して、僅かな空気の震えがメルティに伝わってしまいそうだ。

 青みがかった黒い瞳と視線が交差する。きつく結ばれていた唇をほんの少し持ち上げると、乾いた空気が喉の奥へ流れ込んだ。

 

 私がメルシィの背中へ手を伸ばしたのと、ユリサが装甲を軋ませながら跳躍したのはほとんど同じ瞬間であった。しかし、それよりも早くメルティはこちらへ向き直ると、桃色の髪を靡かせながら舞い上がり、ユリサの肩を踏み台に、一直線へ天窓へと跳んでいった。

 その姿は一羽の鳥が自由を求めて大空へ羽ばたいていくかの如く。桃色の翼を広げて一瞬にして空へ抜け出すと、つい先ほどまで美しい桃色に見えていたそれは、全身を漆で塗り潰したかのような黒鳥へと姿を変えていた。

「ユリサ!!」

 バランスを失って頽れるユリサの身体を、全身を使って受け止める。頑なな装甲の冷たい感触が素肌にめり込んだ。


「逃がすな!!」

 マックスか、エリアスか、それが誰の怒号であったのかさえわからない。

 四角い窓から覗く水色の空から、鋭利なガラスの破片が室内へ散乱した。

「ユリサ!!」

 咄嗟に私はユリサの小さな頭を両腕で覆い、破片から守ろうとして力強く抱きしめた。

 鳴り響く怒号と銃声の大合唱。メルティを追い、次々と天窓から空へ飛び立っていく白翼の群れ。残りの者は騒々しい足音を撒き散らしながら、出入り口から部屋の外へと出て行った。


 室内には私たちだけが残された。

 慌てて立ち上がろうとするユリサを、私はきつく抱き寄せて引き留めた。

 ユリサは何か言いかけたが、言葉を発することはなかった。ただ黙って私の上で、装甲に包まれた温かい身体を横たえていた。

 静かになった部屋の中で、金属に覆われた身体を抱きながら、天窓の向こうの青空を見ていた。

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