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シュガードール×エンドロール  作者: nami
メルティ戦
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55/63

53 : 最悪の目覚め

 人工の皮膚の内側にある、金属の臓器が血を流している。粘ついた赤黒い血がどくどくと溢れ、もう何日も出血し続けているような気がして怖い。

 私の身体は内側だけでなく外側も、完膚なきまでに無惨に傷付けられた──ような気がするのだが、実際はそれさえもよく覚えていない。

 ただ、今はとにかく全身が痛くてたまらなくて、目を覚ませば更なる痛みが襲い来るんじゃないかと思うと、恐ろしくてとても起きる気になれない。


 私はもう随分と長いこと戦い続けてきた。身体が砕け散る度に、精神【コア】を別の身体に移植して、古びた記憶を何度も何度も引き継ぎながら、「私」として戦ってきたのだ。

 その結果、その途中でなにがあったのか、思い出せなくなってしまった。所詮私も機械なのだ。どれだけ精緻に設計されていたとしても、いずれ必ず壊れる。それは人間と同じなのかもしれない。


 新しい身体が出来る度、その首筋に刻まれたであろう≪sugar doll≫という文字列は、呪いのように私を拘束し続け、私は戦うことを強いられる。

 自由が欲しい。

 私は人間の凄いところは、理論や数式では読み解けない複雑で繊細な感情の動きを汲み取り、それによって自身の感情をも動かされ、相手の為を思って行動できるところだと考える。それはAIがこれから更に発達しようとも、不可能なことなのではないか。


 私は人間のそういうところが好きで、どうしようもなく羨ましい。もしこの機械の魂も、永劫回帰のサイクルに含まれるのだとしたら、来世は人間として生きたいと願ってしまう。

 マザーボードのAIである私がこんなことを願うのは罪悪だろうか。


 いつのことだったか、記憶がないのだから思い出せるはずもない。けれど、記憶の残骸が星屑のように煌めきながら、私の中を銀河のように漂っている。

 星屑を搔き集め、見えてきた一個のピース。ガラスの破片は残照を映し出す。


 あれはいつのことだったろう。わからないけれど、10年くらい前だったか。戦う為に造られ、戦う為に生きていた私の前に、ある時一人の女の子が現れたらしい。

 彼女は人間離れした類稀な身体能力と洞察力を持つ幼き天才だった。

 しかし、その小さな身体の半分は私と同じ、機械でできていたのだ。


 継ぎ接ぎだらけのその女の子の目はひどく虚ろで、プラスチックのようだと思った。人間の目って色々な色が混ざっていて、感情によって光の加減や色を変える、もっと綺麗なものだったような気がした。

 なにを言ったのかは思い出せないけれど、私はその子に話しかけた。

 そうするとその子は、世界を拒絶するかのように真っ黒な、何も映そうとしない瞳を陰鬱に持ち上げて、小さくこう言ったのだ。


「うちへ帰りたい」──と。


 それから先のことは、今はまだ思い出せない。

 けれど、その女の子がユリサであったことと、私はその時ユリサと初めて会って、彼女を守りたいと思ったことだけは確かなのだ。

 そしてユリサは、機械でできた私の心を動かす≪親友≫となった。


「うちへ帰りたい」とユリサが今も願うなら、私はユリサを家へ送り届けてあげたい。

 もしその時が来たら、私たちはサヨナラを言うことになるのかな……

 だけど、今はまだサヨナラを言う時ではない。

 私はこれ以上、大切な親友と過ごした記憶(メモリ)を奪われてはならない。もう二度と、そんなことを赦してはいけないのだ。


 微細だった金属音は徐々に近づき、電子の鼓膜を焼こうとする。

 私は二つの瞼を勢いよく眼球から引き剝がすと、全身に接続されたケーブルを力任せに引き千切り、相手の頬に鋭い拳をめり込ませた。

 白衣を着たその男は口から赤い血を垂らしながらよろめくと、力無く床に倒れ込んだ。

 金属音を撒き散らしていたのは、その男が握っていたメスのような形をした電動式の器具だったらしい。その器具は耳につく音を立てながら冷たそうな床に落下し、文句でも吐き散らすかのように、その後もやかましく喚き続けている。


 私は手術台のような無機質な固いベッドの上に寝かされていたらしい。頭上ではUFOのような形の照明が、煌々と白い光を放っている。

 ベッドを囲むようにして四角い機械が立ち並び、そこから伸びたケーブルは私の皮膚に挿し込まれているが、その半分くらいは先ほど私が引き千切ってしまった。

 ついでに言うと、今私は全裸だ。メルティとの戦闘で身体に大穴が開いたはずなのに、今はその穴も塞がっている。それどころか、身体には傷一つ見受けられず、先ほどまで感じていた痛みが嘘のように調子がいい。


 状況が飲み込めない。さっきまで感じていたはずの痛み──あれは、夢?

 しかし、戦闘で受けた傷が綺麗さっぱり消えているとはどういうことか。

 

「いってえ……」

 意識を失ったかに見えた白衣の男がゆっくりと身体を起こしたので、私は身構えた。

 その男は、痛むのか腰のあたりを摩りながら立ち上がると、殴られたばかりの悲惨な顔で、恨みがましく私を見た。

 先ほどから私は「この男」と呼んでいるが、彼を見た瞬間、人間だとわかった。アンドロイドの殆どは、人間と外見の区別がつかないほど、皮膚の毛穴から唇の皺に至るまで、人間に寄せて精緻に造られている。

 

 しかし、AIの殆どに人間とアンドロイドを即座に判別する機能が備わっている為、見分けがつかないということはまずあり得ないと言っていい。

 ユリサは──サイボーグは、例外である。

 さっきは起き上がると同時に私が彼を殴りつけてしまった為、よく見えなかったが、じっくりとその姿を見れば見るほど、憎らしいほど人間らしい。


 外見から推測するに、年は二十代後半といったところだろうか。白衣の下の身体は細身だががっしりとしていて、筋肉質のようだ。それなりに鍛えている人間の身体、といった感じか。

 ワックスかなにかを塗っているのか、短髪の黒髪はこの部屋の青白い照明を浴びて艶光りしている。

 この男の外見について、他にはこれと言って明記するところはないように思えるが……念のため付け加えておくと、日本人らしい穏やかそうな顔立ちに、わざと日焼けをしているような肌色で、正直言ってあまり白衣は似合っていない。


 私が殴ったからなのだが、その男の左頬は痛々しくも真っ赤に腫れてしまっており、口が切れたのか端から少量の血が滲んでいた。

 この人は誰?どうして私はこんな所にいる?メルティは?私はどれくらいの間眠っていた?

 状況は全くわからないが、目の前にいる相手が人間である以上、味方である可能性は低いだろう。


 男は強張った警戒の表情を浮かべつつ、恐る恐るといった様子で両掌をこちらに向けた。戦う気はないと示しているつもりだろうか。

「待て。フラン。君に危害を加えるつもりはないんだ」

 よく通る低い声は室内で反響した。蛇に睨まれた蛙──とでも言うのだろうか。男は視線を私に固定したまま、両手を上げてじりじりと後ろへ後退していく。


「危害を加えるつもりはない?じゃあこの状況はどういうこと?私に何をしようとしていたの?あなた、人間でしょう?誰なの?目的はなに?どうして私の名前を知っているの?答えて」

 鋭い視線で男を牽制しつつ、矢継ぎ早に捲し立てた。

 男は後退し続け、遂に入り口付近の壁に行き当たった。少し待ったが、男は唇を真一文字に結んで黙ったまま、なにも話そうとしないので、こちらから動くことにした。

 状況からして、この男が味方だとは考えにくい。多少手荒な真似をすることになっても、私の疑問に答えてもらうことが先決だ。

 

 身体中に挿し込まれた残りのケーブルを手で乱雑に引き千切ると、鈍い破裂音のような音を立てながら小さく火花が散った。火花が散ったところは少し熱かった。

 私がベッドから飛び降り裸足で床に降り立つと、男の顔は更に強張り、クマにでも遭遇したかのように慄然とした。

 

 私は一歩、また一歩と男の方へ歩み寄る。冷たい床は足の裏に貼り付き、歩く度にぺたぺたという愛らしい足音が鳴った。

 180センチはあるだろう、大きな男が全裸の女ににじり寄られて壁際で兎のように怯えている姿は、客観的に見ればかなり面白い光景かもしれない。

 

 それにしても、不思議なくらい身体の調子がいい。

 傷が治っているどころか、新品の身体に取り換えられたかのように身軽である。軽くジャンプしただけで空まで飛んでいけそうな気がするし、先ほどこの男を殴打した時も、想定を遥かに上回る力が出た。

 もしかすると、本当に身体を取り換えられたのかもしれない。まさかこの男が──?しかし、彼は人間だ。何の為にそんなことをする?


 私は男の目の前まで躙り寄ると、壁に手をついて白衣の身体を閉じ込めた。男は窮屈そうに大きな身体を窄め、視線は逃げ惑うようにあちらこちらを泳いでいる。

「答えなさい。この状況はどういうことなのか、あなたは誰で、目的は何のか。ユリサはどこにいるのか。十秒以内に答えないならもう一度殴るわ。今度はさっきの二倍の強さで」

 私がそう言って男の顔の前で拳を作ってみせると、男はわかりやすく身を固くして、額から透明な雫を垂らした。


「十、九、八……」

 カウントダウンを口遊むと、男は慌てて口を開いた。

「ま、待て!フラン、俺は本当に君に危害を加えるつもりはないんだ!」

「じゃあ早く質問に答えなさい!」

「だから待ってくれ!こっちにだって色々と順序があってだね……」

「順序?悪いけど、私はあなたの都合なんて知らないわ。さあ早く質問に答えて!」

 

 その時、自動ドアが音もなく開き、見知った顔が現れた。

 桃色の長い髪が視界を掠めたその瞬間、全身が凍りついたかのように硬直し、それと同時にリミッターが外れる一歩手前まで恐怖が競り上がり、私の喉を締めつけた。


「メルティ……」

「おはよっ、フラン。目覚めは良かったみたいだね。元気そうでなにより」

 最悪の目覚めだよ、と言いかけた声は言葉にならず、乾いた舌の上で惨めたらしく転がっていた。

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