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シュガードール×エンドロール  作者: nami
メルティ戦
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54/63

52 : 満月とドーナツホール

 耳を劈くような、不快な金属音が思考を搔き乱す。視線を少し持ち上げれば、恐ろしい速度を以て回転する強靭なドリルの先端と、その更に上で笑う、メルティの恍惚とした表情が見えた。


「どうしたのー?逃げなきゃヤバいよ?それとも、もう負けを認めちゃうの?」

 騒々しく鳴り響く金属音に紛れながらも、メルティの高い声は妙にクリアに聞こえた。

 メルティは片手で私の髪を掴み、ドリルと一体化したもう片方の腕を私に向かって突き立てる。

 下を見れば、所々で電色が明滅する夜の闇。上を見れば、刃の先端が目前まで迫っていた。残酷で狂ったメルティは、照準を私の右眼に定めたようだ。


 ユリサ──

 声には出さずにその名を呼んだ。口にすればするほど、自分の名前でもないのに愛着が増す、可憐で気品に満ちた名前だ。

 助けを求めたわけじゃない。私がユリサを助けに行くんだ。

 

 私は目を閉じた。豪速で回転するドリルの先端が瞼を掠めるその瞬間、私は勢いをつけて脚を振り上げ、メルティの顔を蹴りつけた。視界が反転する。よろめくメルティの、無様に歪んだ顔が見えた。

 足形を付けられ汚れた頬を、その顔を、本来なら目いっぱい堪能したいところではあったけれど、生憎と今はそんな余裕が命取りだ。

 

 絶対に許さない。

 ユリサとの思い出を、私の記憶を返してもらう。


 顔にかかった桃色の髪が夜風で払われると、先ほどまでの笑顔とは打って変わって、鬼のような形相が覗いた。こっちが彼女の本当の顔なのだろうか。

 一時的に回転を緩めていた腕のドリルは、一瞬で凄まじい速度に達し、恐ろしい目をしたメルティが私へ向かって腕を振り下ろした。身を翻し、機関銃で脚に狙いを定めて撃つが当たらない。

 気がつけば、メルティの腕はもう片方もドリルに変わっていた。

 収縮自在であるらしい、彼女の腕は、騒々しい金属音を撒き散らしながら迫り来る。


 少しでもなにかを思考すれば、刃が装甲を削り取るだろう。あまりに速くて、返って目の前の景色がコマ送りのように再生される。突き刺さる痛みは装甲を貫き、機械の贓物を打ち砕く。

 刃に掠め取られた私の髪が夜風に乗って攫われていき、ほんの一瞬気を取られた為に、ドリルの先端がロイドギアを貫通し、それは私の身体をも貫いた。

 

 全身の力が抜けていく。なにも考えられなくなる。

 私を串刺しにしていた腕が一気に引き抜かれると同時に、力無く落ちていきそうになった身体をメルティの掌が掬い取った。

 当然だが血は出ない。身体に穴を空けられたのに、私の中からは何も出てこなかった。


 アンドロイドは呼吸をしないはずなのに、メルティは肩を大きく揺らして息を荒げているように見える。桃色の長い髪は乱れ、綺麗にツーサイドアップに纏められていたはずが、凄まじい暴風雨の中を歩いてでも来たかのように、見るも無残な姿になっていた。

 けれど、それはきっと私も同じだ。……いや、身体をドリルが貫通したんだから、私の方が数倍酷い状態だろう。


 こういう時、アンドロイドでよかったと思う。血が出ないから。

 私は血は嫌いだ。赤くてどろどろしていて、臭いもきついし、洗っても取れない。


 ……あれ?

 私、血の穢さなんて、一体いつ知ったんだろう。

 記憶を失くす前のことだろうか。……まあ、どっちでもいいや。


 ユリサは大丈夫だろうか。ユリサ、ごめん。私はもうだめかもしれない。

 一緒にいるって約束したのに。またあなたを独りぼっちにさせてしまう。

 もっとユリサと、いろんな場所へ──


「***」

 その瞬間、頭の奥で声が響いた。その言葉の意味はわからない。そもそも言葉なのかもわからない。プログラムにも機械語にも変換できない、この身体を直接操作する再戦のアルゴリズム。


 全身を流れる電流を身体の中心へ掻き集め、ぽっかりと空いたドーナツの穴に仮想の肉体を形成しようと力を込めた。

 ユリサ──!

 なにがなんでもユリサを助けたい。その為なら自分がどうなったっていい。でもユリサが笑っている為には、きっと私という存在が必要なんだ。

 これはきっと、所謂愛ってやつだ。私はユリサを愛してる。ずっと前から私はあの子を知っていた。


 この力をトリガーに変えて、全身の力を込めた弾丸を今、放つ。

「……う、ぅあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!メル、ティいいい゛い゛!!!!」

 冷然としていたメルティの顔が、一瞬たじろいだように見えた。そして無惨に歪んで目が潰れる。人工の鼻が折れる厭な感触が右手の拳に絡みついた。メルティの顔から白い小さな歯がこぼれ落ちて、夜の闇に沈んでいった。


 私の叫びに呼応するかのように、ロイドギアが形を変えていく。白銀の羽は七色の光を宿して煌めき、虚空の夜を照らし出した。腹部に空いたドーナツの穴を埋めるように、電子の粒が光となって一個の塊となり、間に合わせではあるが強固な躰を生成した。

 自分でもわけのわからないことを叫びながら渾身の一発を放ち、メルティが交わすよりも先に、全身の力を込めて叩きつけるように脇腹を蹴り上げた。

 黒色の装甲が砕け散り、その下にある抜けるように白い肌が露になる。

 いつの間に現れたのか、視界の奥にはユリサが私を迎えに来てくれた時に見たような、幽霊のような黄金の月が浮かんでいた。

 

 均衡を失ったメルティの身体をここぞとばかりに容赦なく蹴り上げ、殴打する。ひたすらそれを繰り返す。砕け散った装甲の破片が私の拳に傷を付けたが、その程度の痛みは、痛いとさえ思わない。

 リミッターなどは、この闘いが始まった直前にはもう外れていた。メルティは、私に力を制限して闘うことを許さなかった。

 この戦闘と私の動きの間には、如何なる意識も思考も介在していない。今こうして闘う私を、上空から客観視しているもう一対の自分がいるように思われる。

 

 握りしめた装甲の拳は柔らかい頬にめり込んだ。

 小さく苦悶の声を漏らし、メルティの身体が傾いた瞬間に、その腹を蹴り上げ、電子の脳髄へ照準を合わせる。

「……これで終わりよ」

 無意識に呟いた声は虚空の夜闇に反響し、本来であればとうに動きを止めている思考を、妙に鮮明に映し出した。

 

 機関銃の引き金を引いたのと、メルティが小さく笑ったのは、殆ど同じタイミングだったように思う。

 瞬きをした覚えもないのに、次の瞬間にはメルティの顔が目の前にあった。殴打され、蹴られ続けて無惨に傷付いた端正な顔が、頬を歪めて不気味な甘い笑みを浮かべた。


「よくできました」


 メルティはそう言った。つい先ほどまで散々痛めつけられて、サンドバックさながらの状態だった筈。

 メルティは最初から最後まで、一ミリも本気など出していなかったのだ。私に即座にリミッターを解除させておきながら、自分の中にはリミッターなど存在していないとでも言うかのように、同じシュガードールである私の力量を試して遊んでいたのだ。

 恐らくは痛みでさえ、彼女にとっては一種の快楽に過ぎない。


 悔しい。悔しい……


 一度は塞がったドーナツの穴がまた開いた。電気ショックを与えられたかのように身体が麻痺して、痛みさえ遠く何も聞こえない。

 ユリサは無事だろうか。それだけが心配だ。


 お腹の中を夜風が通り抜けていく。視界の端から滲み出て、やがて視界の全てを塗り潰していく暗黒の中に、気付けば私は立っていた。誰もいない、寒くて侘しい宇宙のどこかに放り出されたかのようだ。

 赤い蝶の大群が発光しながら夜の果てを目指すように、目の前を深紅の布が流れゆく。力を振り絞り、手を伸ばして触れてみると、指の腹を粘ついた感触が伝った。指は赤黒い血に濡れていた。

 ……おかしいな。私が血を流すはずがないのに。

 血は私の腹の中から止めどなく流れ続ける。それを止める術を、誰か私に教えてほしい。

 そして私は遠退く意識の中で、マザーボードの停電の夢を見る。

 

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