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シュガードール×エンドロール  作者: nami
メルティ戦
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51 : 狂気のメルティ

 かつて感じたこともないほどの強烈な悪寒が全身を巡る。人工知能にそんな機能があるのかどうかはわからないが、私の本能が、今すぐこの場から離れろと警鐘を鳴らしていた。

 これまで私が戦ってきたアンドロイドも、皆相当に強かった。特にシオンは軍人ということもあり、私だけではあの場で戦意喪失させることは出来なかっただろう。ユリサたちみんなの力があってこそ、シオンを裏で操る人間の手から彼を解放することができたのだ。


 けれど、恐ろしいと感じたことは一度もなかったように思う。

 そうでなければ、私の今のこの感情をどうにも説明できそうにない。私の躰を震わせるこの感情こそ、紛れもない恐怖だ。

 自分でもなぜこれほどまでに恐ろしいのかはわからない。私が対峙する相手は、今まで戦ってきたどのアンドロイドよりも小柄で華奢だ。

 艶やかな桃色の長い髪に、大きな碧い瞳──まるでお人形さんだ。

 腹部や腿が大きく露出した黒い装甲に身を包むこのアンドロイドは、こちらの恐怖を見透かすような挑発的な微笑を薄っすらと浮かべている。


 色々な思考がぐちゃぐちゃに入り乱れた頭の中で、先ほど彼女が口にした言葉をもう何度も反芻している。メルティと名乗ったこのアンドロイドは、口元に不敵な笑みを浮かべながら桃色の髪をかき上げ、私にこう言ったのだ。


「じゃあ再会のご挨拶として、自己紹介するね。私はメルティ。アナタと同じ、シュガードールだよ」──と。

 そして実際に彼女の白い首筋には、私と同じ「sugar doll」の文字が刻まれていた。

 

 理解が追いつかない。私の他にもシュガードールが存在した?そもそも、私の身体に刻まれたsugar dollというアルファベットの意味を私は何も知らない。思い出せないのだ。

 けれど彼女、メルティの言葉は、私の中で埃を被って眠っていた旧い記憶の在処を、いとも容易く探し当てた。あと少しでなにかを思い出しそうなのに……!それなのに、思い出せない。

 メルティは私を見透かすような悪戯な目で、こちらの様子をじっと伺っている。まるで私の考えていることを想像して、楽しんでいるかのようだ。


 メルティが私と同じシュガードールだとして、私の前に現れた目的はなに?

 それに彼女は先ほど、私を初期化したと言っていた。その言葉が事実なのだとしたら──彼女は私の記憶を、ユリサとの思い出を奪った張本人だということだ。


 ……いや、それよりも今はユリサが心配だ。

 メルティに気取られないよう、目線は極力正面を見据えたまま、地上の様子を伺った。

 園内の建造物が破壊され崩れ落ちる凄まじい音が轟き、大地が揺れ、その振動が上空にまで伝わってくる。

 巻き起こる砂塵の所為でユリサの姿を確認できない。ユリサと、もう一体のウイルスと思しきアンドロイドがぶつかり合う残像が、視界の端を僅かに掠めるだけだ。


 先ほどユリサは腹部に強烈な蹴りを受け、地上へ落下していった。ロイドギアを装着しているとはいえ、あの攻撃を正面(まとも)に喰らって無傷だったとは考えにくい。

 それに、ユリサと戦っているあのポニーテールのガイノイド──先ほど見た動きから察するに、シオンと同等かそれ以上に強い。

 彼女はメルティの仲間……?だけど、アンドロイドであるメルティがなぜウイルスと……?

 普通ならウイルスに感染したアンドロイドを無力化し、暴走を防ぐべきところだ。それが何故、マザーボードの軍人である私やユリサを攻撃する……?


「シンキングタイムは終わったー?」

 甘ったるいその一声で我に返った。

 メルシィは形の良い唇に不敵な微笑を浮かべ、蠱惑的な視線をこちらに向けている。その目は一見「早く遊ぼう」とせがむ子供のように無邪気だが、少し角度を変えれば、獲物を前に舌なめずりをする狡猾な魔女のようにも見えた。


 ユリサを助けに行く為に、メルティとの戦闘は避けて通れないだろう。メルティは碧い瞳をぎらつかせながら、私が臨戦態勢を取るのを今か今かと待ち構えている様子だ。

 私と同じシュガードールであるメルティ。その力量がどれほどのものなのか未知数だが、並みの戦闘能力でないことは確かだ。でなきゃ、私がこれほど恐怖を感じるはずがない。

 もしかしたら、私は記憶を失くす前にも彼女と戦ったことがあったのかもしれない。そして負けて、初期化(リセット)された──?

 いや、余計なことは考えるな!勝つしかないんだ。それは、今までだって今だって同じこと。

 

 震える躰を奮い立たせ、私は機関銃(ライフル)を構えた。

「私は……私は、ユリサを助けに行かなきゃいけない。そこを通してくれる?メルティ」

 メルティはくすりと笑って、肩にかかる髪を払った。いつのまにか陽が落ちて、鮮やかな夕焼け空は星一つ見えない夜空に色を変えていた。

「イヤだと言ったら?」

 メルシィの両手は華奢な腰に当てられていて、武器を構える素振りも見せない。私に勝つ絶対的な自信があるのだろうか。それはやっぱり、私との戦闘で勝利した過去があるからなのだろうか。


 また微かに身体が震えてきた。怖い。今からでも逃げ出してしまいたい。

 ──なんて、少し前の私ならそう思っていたかもしれないけれど、今の私に「逃げる」という選択肢はない。

 地上で建物が崩れ落ちるような轟音が響く。アトラクションの不穏な電色が浮かぶ闇の中、攻撃がぶつかり合う凄まじい音で、ユリサのいる場所がわかる。

 ユリサ、お願い。あともう少しだけ頑張って。こっちが終わったら、すぐに助けに行くからね。

 今日という特別な日を明るく終えられるよう祈りを込めて、私は心の中でユリサに言った。きっとこの声は、ユリサに届いているだろう。


 私はメルシィを真っ直ぐに見据えた。

「イヤだと言ったら──」

 機関銃を握る手に力を込める。瞬き一つしないメルティの視線がほんの一瞬外れたその瞬間を狙い、私は飛んだ。

 言葉遊びに付き合う義理はない。少しでも向こうのペースに乗せられたらその時点で私の負けが確定するだろう。

 

 待ってましたと言わんばかりに、満面の笑みを浮かべたメルティが物凄い勢いで向かって来る。メルティの背部から伸びる、骨組みのような黒い翼に狙いを定めて弾丸を放つが、引き金を引いたその瞬間、メルティの愛らしい顔が目の前にあった。

 メルティがにっこりと笑う。ヤバい。直感的にそう思った。

 それと同時に痺れるような痛みを伴いながら、身体の中を隅々まで熱い電流が駆け巡る。

 思考する間も制御する余裕も一切与えず、ボタンを押されるように、いとも容易くリミッターが外された。


 その瞬間だけ、妙に時間の流れがゆっくりと感じられたのはどうしてだろう。キスできそうなほど近いところにある碧い瞳に、恐怖で引き攣る醜い顔が浮かんでいた。

 次の瞬間、頬を平手で打つ強烈な痛み。普通の人間──いや、アンドロイドでも、このビンタを喰らったら卒倒してしまうのではないか。人間なら、歯の数本は吹き飛んでしまうかもしれない。メルティの相手がユリサでなく私でよかった。あのポニーテールも尋常でないが、恐らくメルティの足元にも及ばないだろう。


「あははははははっ!楽しいねえフラン!」

 メルティは片手で私の髪を掴み、身体ごとぐるぐると振り回す。アンドロイドの頭部を使った砲丸投げでもやるつもりか。全く笑えない。私は玩具ではない。

「あはははっ、メリーゴーランドみたーいっ!」

 ……コイツ、頭おかしいんじゃないの。

 ていうか本当にヤバい。ちょっと気持ち悪くなってきた。髪の毛が引き千切れそうで頭部の地肌がじんじん痛む。


「楽しいけどつまんなくなってきちゃった。新しいことしよう。ちょっとくらいなら身体傷付けてもいいってお許しは出てるし。フラン、もっと私とあそぼっ」

 私の身体を振り回す力が緩められる。景色が歪んでメルティの姿さえ上手く捉えられない。

 メルティはレジ袋でもぶら提げるような格好で、片手で私の髪を掴んでいた。

 

 突如、甲高い機械音が鳴り響き、残酷なその音がトリガーとなって私の視界は妙にクリアに映し出された。視線を上げて慄然とした。

 もう片方のメルティの手は、厭な音を立てながら高速で回転する鋭利なドリルと化していた。

 メルティの顔はかなり高いところにある。闇の中で、恒星のような二つの碧い瞳がぬらりと怪しく煌めいた。

「それじゃ、頑張って避けてね」

 その言葉の意味するところは理解できないし、理解したいとも思わない。

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