49 : 特別な一日 前編
買ったばかりの可愛いワンピースを着て、大好きな友だちと遊びに行く。こんなにも幸福なことがあっていいのだろうか。
今日だけは訓練をしなくても許される。許されるとわかっていても、たった一日訓練を休むことについて一抹の不安が残る。
それでも──
「フラン!見て見て!見えてきたよ!」
隣を歩くユリサが無邪気に笑う。こんな表情、基地内では全くと言っていいほど見たことがない。それだけでも、今日という日の有り難みを全身で感じる。
「ほんとだ!楽しみだね!」
胸の高鳴りが抑えられず、無意識のうちに歩く速度が速くなっていることに気がついた。
マザーランドの入退場ゲートの前は、多くのAIたちで賑わっていた。快晴の空の下、みんな楽しそうに笑みを浮かべている。その様子を眺めているだけでも、なんだか満ち足りた気持ちになる。
私たちAIにとってコアがどれほど大切なものか、身に沁みて感じる。此処にいる一体一体が別のコアをその胸に宿し、その数だけ「幸せ」がある。誰にも奪う権利はない。だから私は、その為に戦うんだ。
──なんて、気付いた時にはもう戦うことを考えていた。マザーボードへ来て自分の使命を自覚してからというもの、いつもこうだ。
今日くらいは頭の中を空っぽにして、楽しむことに全力を尽くしたい。
「行こ!ユリサ!」
「えっ?あ、うん!」
私はユリサの手を取ると、側ではしゃぐ子供たちと同様に、笑いながら駆け出した。
ゲートを潜ると、そこには別世界のような異空間が広がっていた。鳴り響くファンファーレ、甘い香りが何処からともなく漂ってきて、頭上では色鮮やかな風船がいくつも舞っている。
そして何よりも、点在する不思議な形の造形物に視線を奪われた。これらは所謂「アトラクション」というもので、空の中を優雅に泳ぐ巨大な蛇がジェットコースター、くるくると回転するコーヒーカップにメリーゴーラウンド、そして、奥に見える観覧車──そのどれもが鮮やかな電色を纏って光り輝き、圧倒的なまでの存在感を放っている。
自身に搭載された検索機能を使えば、マザーランドがどのような所なのかも調べることが出来る。その為、ある程度のイメージはついていたが、実際にこの目で見たマザーランドは、想像の遥かに上を行く。
とてもじゃないが一日だけでは遊び尽くせそうにない。高揚感が全身を満たし、頭の中がめちゃくちゃになってしまいそうだ!
目の前に広がる煌びやかな景色に心を奪われ、何も考えられなくなる。
「フラン、まず何に乗る?最初はやっぱりジェットコースター系がいいかな?どうしよう?」
入場ゲートを通った際、感じの良いスタッフさんから手渡された園内マップに視線を落としながら、ユリサが真剣な表情で聞いてくる。
私はユリサの持つマップを覗き込んだ。今、実際に見えている巨大なジェットコースターや大観覧車の他にも、興味を惹かれる名前のアトラクションがいくつもあった。
正直言って、まず何から乗ればいいのか私にもわからない。なにしろ記憶上では遊園地に来たことなど一度もないのだから。
けれど、それはユリサも同じのようだ。私たちは意図せず同じタイミングで顔を上げると、きょとんとした互いの表情が可笑しくて、殆ど同時に吹き出した。
「あはははっ、フラン、なんて顔してんの!」
「いや、それはユリサもだから!」
「あはは、可笑しい……それじゃあ、やっぱりまずは近いところから乗っていった方がいいよね」
「ふふっ、そうだね。じゃあアレから行く?」
私が指差したのは、マザーランドのメインアトラクションの一つらしい、巨大なジェットコースター。
「いいね。じゃ、アレから乗りましょ!」
「うんっ!」
楽しそうなAIたちの間を潜り、私たちは目的のアトラクションを目指して進んだ。
澄み渡る青空の中を縦横無尽に畝る、白い体躯。「ホワイトナイトメア」──白い悪夢と名付けられたこの乗り物は、急上昇、急下降、急旋回を繰り返す激しいアトラクションらしく、順番待ちをしている間にも、乗車中のAIたちの叫び声が絶えず響き渡る。
それを聞いても不安感や恐怖心を煽られることは一切なく、寧ろ早く乗りたくて仕方がなくなる。
遂に私たちの乗る順番が回ってくると、ラッキーなことに、私たちは先頭の座席に座ることができた。前方が開けている分、景色もよく見えそうだ。
安全バーでがっちりと身体を座席に固定される。尤も、私たちの場合は衣服の下にロイドギアを着けているから、仮に空中に投げ出されたとしても、命の危機に晒されることはないのだけど。
「それでは、いってらっしゃーい!」
笑顔で手を振るスタッフさんに送り出され、軽快な発車音と共に乗り物が動き出した。みるみるうちに速度が上がり、急に停まったかと思ったら、ほぼ垂直と思われるレールの上を上昇し始めた。
手を伸ばせば届きそうなほど青空が近く感じられ、頬を撫でる風が心地いい。此処からだとマザーランド内が一望できる。視界の端を赤い風船が飛んでいき、少し先には気球が見えた。
「フラン、ヤバい。落ちるっ」
ヤバいと言いながらも、ユリサは満面の笑みを浮かべている。ユリサが楽しそうで良かった。
「ほんとだね」と言葉を返そうとした瞬間、ぐらりと車体が傾き、悪夢の底へ叩き落されるが如く風を切りながら真っ逆様に落下した。
後方から響き渡る叫び声。髪は激しく舞い上がり、私の髪とユリサの黒髪が風の中で混ざり合った。
その後も何度か上昇と下降、旋回を繰り返し、訳もわからぬ状態になって発車地点へ帰って来た。
けれど、一言で感想を言うなら──とっても楽しかった!髪はぐちゃぐちゃで額は丸出しだったが、思わず笑みがこぼれた。
立ち上がろうとした瞬間、私は引っ張られるようにして座席へと引き戻された。なにかと思って振り返ると、どうやらユリサの髪と私の髪が絡まっていたようだ。
私たちは髪が絡まった状態のまま座席を離れ、けらけらと笑いながら隅っこで縺れを解いた。
ジェットコースターに乗った後、私たちが向かったアトラクションは、これもまたジェットコースター。「ホワイトナイトメア」はマザーランドで最も人気とされるアトラクションだが、その次に人気な「ギャラクシーサイクロン」に乗車した。
園内で観覧車に次ぐ高さを誇り、急上昇や急下降、急旋回などを繰り返すホワイトナイトメアとは異なり、こちらは高い所から落ちる回数はそれほど多くはないものの、回転をメインとしたジェットコースターだ。
ホワイトナイトメアは屋外アトラクションだが、ギャラクシーサイクロンは屋内アトラクションで、その点も異なる。
宇宙の無重力空間を漂っているかの如く、猛スピードで回転しながら銀河を巡る。激しさで言えば、一番人気のホワイトナイトメアの方が上回っていたかもしれない。ただ、独特な浮遊感と回転を繰り返すことによって生じる気持ち悪さの点で言えば、こちらの方が怖かったような気もする。
「あー、楽しかったね!けどちょっと目が回っちゃった」
ギャラクシーサイクロンに乗った後、出口へ続く通路を歩きながら、ユリサは愉快そうに笑った。
「ね!ほんとに楽しかった!次、どれ行こう?」
時間は限られている。18時までには基地へ帰らなければいけない。
今日が終わったら、こうしてユリサと外へ遊びに行ける機会など、殆ど巡ってはこないだろう。
今こうして楽しく過ごしている間にも、一秒、また一秒と、楽しい時間は擦り減っていく。砂時計の砂がこぼれ落ちるかのように。
だからこそ、今を全力で楽しみたい。今日、私とユリサが一緒にいた記憶。
何百年経っても、たとえまた記憶を失うようなことがあったとしても今日のことだけは忘れないように、しっかりとこの胸に刻んでおきたい。
それから、私たちは目についたアトラクションに片っ端から乗車していった。メリーゴーラウンドにコーヒーカップ、ウォーターライドにフリーホール、お化け屋敷……
中でもお化け屋敷は最高だった。ユリサはお化けとか信じていないだろうし平気そうだと思っていたら、思いの外怖がっていて、突如現れたオバケに腰を抜かして私の腕に縋りついてきたんだから!
笑い過ぎて壊れるんじゃないかと思うくらい笑った。そしたらユリサに睨まれたけど、あの時の驚いたユリサの顔、カメラに収めていなかったことが悔やまれるくらい可愛かった。
サイボーグの癖してお化けが怖いなんてほんとに可笑しい──だけど、よく考えたらユリサは半分は人間なのだから、お化けや幽霊に恐怖心を抱くのは自然な感情なのかもしれない。
私たちAIにも恐怖心はあるが、お化けや幽霊といった存在は「怖い」というイメージを齎す概念でしかない。つまり例外はあるものの、突然お化けが出てきたら驚いて恐怖するかもしれないが、お化けそのものに対して恐怖心を抱くことはない。
じゃあ何でお化け屋敷なんてものがあるんだと聞かれれば、それはやはり、人間の模倣だからとしか言いようがない。
どう足掻いても私たちAIが人間によって生み出されたという事実は変えられず、この世界は人間たちの真似事に過ぎないのかもしれない。
こんなにも綺麗な世界なのに──




