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シュガードール×エンドロール  作者: nami
シオン戦
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45/63

44 : 戦いの後

 爆弾か隕石でも落下したかのように陥没した大地、積み重なる瓦礫の山、正門前にあった筈の噴水やアーチは跡形も無く消えてしまった。

 カノン、アム、マックス、エリアス……他にも大勢の隊員が負傷した。みんなの容態が心配だけど、私だって他人の心配をしていられるほど軽症ではない。


 シオンとの激しい戦闘によって皮膚は破け、中の部品が痛々しく剥き出しになっている。コードは断裂し、手足を少し動かしただけでも鋭い痛みが走る。いくらパーツの替えがあるとは言え、完全に元通りとはいかないだろう。

 それに──痛むのは身体だけじゃない。


 自分の他には誰もいない、療養室のベッドの上で静かに横になっていると、恐ろしい悪魔の声がフラッシュバックする。

「ぶち殺してやる。お前ら全員。マザーボードなんてのはなァ、存在しちゃならねぇ世界なんだよ。だからお前ら全員ぶち殺して、元の平和な世界に戻してやる。お前らAIは所詮、人間の奴隷に過ぎねえんだよ!!!」

 その声を思い出す度、言いようのない恐怖が迫り上がってきて喉元が苦しくなる。アンドロイドは呼吸をしないけれど、息が出来なくなってこのまま死んでしまうのではないかという不安に襲われる。


 アンドロイドを打ち滅ぼさんとする人間もたしかに怖いけれど、それ以上に私が恐ろしいと思うもの──それは私の内側に潜んでいる。

 憎悪によって覚醒せし、私の身体を支配しようとする黒い感情。あの時、私は明確な殺意を抱いた。憎悪が殺意へ変わった時、私は私ではなくなる。


 私は誰も殺したくない。例え人間であっても──私がユリサやみんなのことを大切に思うように、彼らにもまた大切な家族や友人がいるのだろう。危うく私は、彼らから大切な人を奪い、新たな憎悪の種子を植えつけるところだったのだ。

 ユリサの声が私を止めてくれたから良かったものの、ユリサがいなければ私はあの時──それ以上のことは、考えたくもない。気がおかしくなってしまいそうだ。




 私が訓練に戻ることを許可されたのは、シオンとの戦闘があった日からおよそ一週間後のことだった。破損したパーツは交換され、ボディの傷もある程度までは修復されたが、とても全快とは言い難い。

 ボディの傷も、中には完全に消すことが出来ないものもある。それほど目立つ部分はないが、このまま戦いに身を投じ続けていたら、いつか私の身体は継ぎ接ぎだらけになってしまいそうだ。


 破損して取り替えられた内部のパーツも、まだ完全には身体に馴染んでいない。どことなく以前と違うような、むず痒い違和感のようなものを感じる。

 ユリサは怪我の具合が私よりも重かったようで、療養室を出ていいと許可を与えられたのが、私よりも更に一週間ほど遅かった。ユリサは未だに、訓練へ戻ることは認められていない。だけど今のユリサの状態を見れば、それは当然のことだと言える。


 腕や脚には大袈裟なくらい包帯がぐるぐる巻きにされていて、顔色もいつにも増して白く、薄らと青みを帯びて見える。

 ユリサは「もう平気だ」と言って微笑んでみせるけど、その微笑みが返って痛々しくて見ていられない。だって、ユリサの身体の半分は人間。血肉の通った生身の身体なのだ。にも関わらずあのような攻撃を受けて、生きているだけでも奇跡のように思える。


 一方で、アムやマックス、エリアスはほとんど回復していた。

 破壊され尽くした正門前も、まるであの悪夢の一夜をなかったことにでもするかのように大急ぎで復旧作業が行われ、陥没した穴は埋め立てられ、瓦礫はどこかへ運び去られた。

 不穏な空気に包まれていた基地内に、少しずつ日常の光景が取り戻されていくようだった。


 軍隊に属する者が人間に捕らえられ、体内にウイルスを取り込まれて暴走した──今回の一件は、隊員たちに多大な恐怖と不安を抱かせた。みんな早く忘れてしまいたくて、少しでも早く日常に戻りたくて、無理して明るい声で笑っているようにも見えた。

 その後ノースリッジ軍事基地では、外出時の集団行動の徹底、また、外出時には必ず軍服の下にロイドギアを着用すること、この二点が特に厳しく言いつけられた。


 とは言え、シオンの時はともかく、集団行動については前々からよく言い聞かせられていたことであったし、外出時(主に巡回時だが)にロイドギアを着用するなんてのは当たり前のことだ。これは恐らく、シオンもそうしていただろう。

 上層部では警備ロボットやドローンの台数を増やすという話も出ているらしいが、それで一体、何がどのくらい変わるというのか。きっと隊員のほとんどは、内心同じことを思っている。



 *


 

 白い光の差し込む朝。ベッドから立ち上がりカーテンを開けると、雲一つ無い、気持ちの良い青空が広がっていた。

 枕元の目覚まし時計はまだ鳴っていなかった。アンドロイドの癖に熟睡して寝坊をしてしまうことがある私にしては、今日は優秀だ。それをユリサに言ったら、きっと鼻で笑われるんだろうな。


 姿見の前でジャケットのボタンを留め、胸元のリボンを整える。遅刻ギリギリの時はリボンを整えることは愚か、ジャケットのボタンも留めずに大慌てで部屋を飛び出してユリサに呆れられるけれど、たまには早起きしてみるのも悪くない。


 その時、枕元の目覚まし時計が室内に爆音を響かせた。

 それでも私は目覚まし時計を止めてから再び横になってしまい、「いつまで寝てるの!」と怒鳴るお母さんみたいなユリサに起こされることが度々あるのだから、自分でも呆れてしまう──いや、それを通り越して、もはや自分の身体が少し心配になってくる。


 ユリサはまだ訓練に出る許可が下りていないから、ここ暫くは自室か司令部へ赴いて、事務仕事などを行なっているようだ。

 ユリサと一緒に訓練が出来ないのは少し寂しいけれど、サイボーグはアンドロイドと違って傷の治りが遅いのだから仕方がない。

 訓練場へ行く前に、いつもユリサの部屋へ顔を出して、おはようといってきますの挨拶をする。


「ユリサ、おはよう!」

「おはよう、フラン」

 ユリサはパジャマ姿でデスクの椅子に腰掛けていた。まさか、こんな朝早くから、もう仕事を始めていたのだろうか。

「もしかして、もう仕事してたの?」

「違う違う。これは仕事じゃないわ」

ユリサはそう言って微笑みながら、手元にある分厚いノートをぱたんと閉じた。それは、いつかユリサの部屋で見た日記帳だった。


「あ、それ日記でしょー?どんなこと書いてたの?」

「内緒よ。恥ずかしいもん」

「えー、どうして?でも良いなぁ。私も日記書こうかなぁ」

「良いじゃない。書いてみたら」

「うん。そしたらユリサと交換して見せ合える!」

「いやよ。フランのは読んであげてもいいけど」

ユリサは私の目の届かない所へ隠すように、ふっと笑いながら日記帳を抽出の中に閉まった。


「もう!それじゃ意味ないでしょ!それじゃ、訓練行ってくる」

「いってらっしゃい。あ、フラン!ちょっとだけ待って!」

私は扉の前で立ち止まり、振り返った。ユリサはなにやら、デスクの抽出の中を探っている。日記帳、読ませてくれる気になったのだろうか。……と思ったら、どうやら違ったみたいだ。


「はい、これ」

 ユリサは椅子から立ち上がり、私に薄桃色の封筒を差し出した。

「なに?これ」

封筒の中に入っていたものは、横長の紙──これはもしかして、なにかのチケットだろうか?そこには色鮮やかな文字で「Welcome to MOTHER LAND」と書かれていた。


「たまには息抜きも必要でしょ?フランがここへ戻って来てから、もう半年以上経つし。その間、ずっと訓練ばっかりだったじゃない?」

私は手元のチケットとユリサを交互に見た。MOTHER LANDというのは、マザーボードで最も大きな複合型テーマパークだ。ユリサはどうやら、私を遊びに誘ってくれているらしい。


 たしかにユリサの言う通り、ノースリッジ軍事基地へやって来てからと言うもの、私は一日たりとも訓練を疎かにしたことはなかったと言える。だけど、いいのだろうか。今まで訓練を怠らなかったが故に、一日でも訓練を放棄することに多少の不安を感じてしまう。


 そんな私の不安を察したのか、ユリサは言った。

「あ、総司令官の許可は取っているから。それに、そのチケットは総統から頂いたものなの。『たまにはフランと遊びにでも行って来い』ってね」

 驚いた。総統は温厚ではあるが、その一方で誰よりも厳しい面を併せ持つ、マザーボードのトップに立つお方だ。

 遊びの為に外出するなど許してくれそうにないと思っていただけに、驚きと喜びが一気に込み上げてくる。

 

 訓練を一日でも休むことに多少の不安はあるが、せっかくユリサが誘ってくれたんだ。総司令官や総統の許可も下りているということだし、断る理由はない。

「ありがとう、ユリサ!!すっごく楽しみ!!」

マザーボードへ初めてやって来た時と巡回の時以外で、私が基地の外へ出たことは一度もない。予期せぬ嬉しい誘いに胸は高鳴り、今すぐにでもユリサと共にマザーランドへ行きたくて仕方がない。


「喜んでもらえてよかった。それじゃあ、そろそろ行かないと遅れるわよ」

そう言われて掛け時計に目をやると、朝礼の開始時刻は目前に迫っていた。

「うわっ、ほんとだ!行ってきます!ユリサ、ほんとにありがとう!」

「ええ、頑張って」

ユリサの声を背に、私は部屋を飛び出した。

 青空の下、訓練場までの道を息を弾ませ走りながら、突然できた素敵な予定に胸を膨らませていた。

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