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シュガードール×エンドロール  作者: nami
シオン戦
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44/63

43 : 決着

 地上から浴びせられる弾丸を、まるで小さな虫でも払い除けるかのように煩わしそうに交わすシオン。見開かれた赤い眼には、感情は一切浮かんでいない。そこにあるものは果てのない虚空だけだった。


「そろそろ終わりにしよう」

眼下の隊員たちを見下ろしながら、シオンがぼそりと呟くのが聞こえた。正確には、シオンの口を借りた人間が──なのだが。

 それは私の耳に聞こえるか聞こえないかといったくらいの声量で、恐らくだが、地上にいる隊員たちの耳には届かなかっただろう。


 シオンはその身に弾丸が当たってもものともせず、夜闇の中に悠然と立ちながら眼下の隊員たちを睥睨した。

 シオンが片手を前に伸ばすと、その掌から機械式の長い鉄骨のようなものが形を変えながらするすると伸び出ていく。

 シオンはそれを掴み取ると、槍投げでもするかのように全身を大きくくねらせて、地上へ向かって力強く投げ放った。


 それは地上にいる隊員たちから見れば、一筋の流星のようにも見えたかもしれない。悪魔の手から落とされた流星は大地を焼き、地上の民は為す術も持たずに散り散りになる。


「回避!!!!」

 叫び声が聞こえた時にはもう遅かった。

 一瞬、地上がドーム状の赤い光に包まれたと思ったら、上空にいる私たちでさえ吹き飛ばされそうになるほどの凄まじい爆風と衝撃に飲み込まれた。

私とユリサは互いの手を強く握り締め、なんとかその場に踏み止まっていられた。


 だが、地上を見下ろした時──そこに広がる恐ろしい光景を見て、何も考えられなくなった。

 至る所で赤黒い炎が立ち昇り、黒煙を吐きながら燃え広がっていく。陥没した地面に瓦礫の山。無惨に散らばった装甲の破片。倒れ伏した脚や腕……


心臓を黒い手で掴まれたかのような、厭な感覚に見舞われた。以前にも感じたことがあるような──

 この感情はなんだ。私が私でいられなくなるような衝動。似たような光景を随分前にも見たことがあるような気がするのに、思い出せない。思い出したくない。


「殺す」

 憎悪は全身を支配し、リミッターを外してしまう。何も考えられなくなって、周りのことなど一切見えなくなって、ただ対象を殺す為だけの装置となる。

 この黒い感情は恐ろしいまでの力を発揮するが、その被害は相手だけでなく自分自身にも降りかかる。それでもいいから殺したいと思った。たとえ私自身も散り散りになってしまったとしても。

 憎悪は黒い手で私の背中を撫で下ろし、「そうだ、行け」と甘い声で囁く。後先なんて考えていられない。

 

 視線を上げると、シオンもまた次の標的に狙いを定めるように、挑発的な視線を私に向けていた。機関銃を握る手に自然と力が入る。

 シオンの身体を弄り回し、挙げ句の果てに自分たちは安全な所からその身体を好き放題に操っている。絶対に許せない。

 絶対に見つけ出して、穴倉から引き摺り出して殺してやる。内臓を一つずつ擦り潰して、体内にウイルスを取り込まれたシオンたち以上の苦しみを味あわせてやる。


 軋む翼に力を込め、シオンへ向かって飛び上がろとしたその時、頭の中でユリサの言葉が再生された。

「フラン、落ち着いて。リミッターを解除してはいけない。解除しなくとも、フランならシオンを助けられる。私がいる」


 身体は動きを止めていた。

「フラン」

 落ち着いた穏やかな声に、背後から名前を呼ばれた。ゆっくりと振り返ると、この状況下でもいつもと変わらない、優しい笑みを浮かべるユリサがいた。

「ありがとう。私がさっき言ったこと、思い出してくれたんだよね?」

「ユリサ……」


その時、私は私自身に軽く絶望した。ああ、私はなんて馬鹿なんだろう!

 AIは人間よりも遥かに優れた学習能力を備えている筈なのに、どうして私はこうも学習しない?なぜ同じ失敗を繰り返す?

 爆発的な怒りと憎悪に駆られて、またもや自分を忘れそうになっていた。

 ユリサがいてくれて本当に良かった。


「フラン、一緒にシオンを助けるよ!」

 夜闇の中でも鮮明に光を放つ、漆黒の瞳は真っ直ぐに私を射抜き、脆弱な私の心を鼓舞する。

 本当に弱い私は、何故かこのタイミングで泣きたくなる。だけど、なんとか涙は堪えた。目は潤んでいたかもしれないけれど、辺りは暗いからユリサには見られなかったはずだ。


私は力強く頷いた。目尻に浮かんだ涙は瞬きと同時に夜に紛れて弾けた。

 私は機関銃を、ユリサは剣を構え、束の間の静止した時が流れた。タイミングを計らずとも、私たちは同時に飛び出した。

 シオンは赤く見開いた目から血のような液体を垂らし、口角を引き攣らせながら歪んだ笑みを浮かべた。


「ふは、ふはははは……!あは、アハハハハハハハハハハハ!!!!」

それが裏で操っている人間の笑い声なのか、それともシオンが壊れてしまったのか、考えている余裕は一切ない。

 先ほど地上に投げ放ち、災厄の発端となったものと同じ──シオンの両掌から鉄骨のような、あの機械式の武器がまた出現し、今度は二刀流で踊るように回転しながら振り回し始めた。


 シオンの動きは衰えるどころか、先ほどまでよりも格段に速くなったような気さえする。二対一で戦っているような気がしない。攻撃を交わしたと思ったら、次の攻撃が眼前に迫り来る。どうやらユリサも同じみたいで、その表情はかなり苦しそうだ。


 私たちの視線は交わらない。シオンの動きから少しでも目を離したら、その瞬間に地上へ叩き落とされているような気がするのだ。

「──ユリサ!!」

ユリサの視線が流れるように私を見出し、その瞬間、透明な細い糸が私たちの間を繋いだように見えた。


 私が機関銃を撃つ。弾丸はシオンの装甲を掠めるが当たらない。シオンが鉄骨を振り下ろす。右脇腹に隙が生まれる。ユリサが剣を突き立てる。

「やあああぁああぁああ!!!!」

 普段の涼やかな声からは想像も出来ないような、魂から吐き出される闘士の叫びがその口から発せられる。

 闇の中でぎらぎらと発光する眼、舞い上がる長髪──まるで鏡でも見ているみたいに、私たちの呼吸はぴったりと合っていた。本当に不思議だ。私は機械だから、呼吸なんてしていないのに。透明な糸が私たちの間を繋ぎ、互いの考えや次の動作が明確にわかる。 


 ユリサの剣がシオンの脇腹を貫いた。

「ぬあぁおあああぁあ、がはぁああああ!!!!」

シオンは口角が裂けそうなくらい口を大きく開け、断末魔の叫び声を上げながら上空でのたうち回った。両手に握っていた鉄骨は力なく滑り落ち、やがて見えなくなった。

「おのれ、おのれAI風情があぁああ!!!」

ユリサはシオンの身体から剣を引き抜き、今度は容赦なく、腹部を真っ直ぐに貫いた。


「がはッ、アアァア……あ、あア……」

シオンの叫びから先ほどまでの気概が失われていく。

「残念。私、AIじゃないの──フラン!!」

ユリサの合図と共に私は高く舞い上がり、シオンの脳髄目掛けて機関銃の引き金を引いた。

 弾丸はシオンの額のど真ん中に命中し、頭の中へと入り込んでいった。部品の破片がぱらぱらと散り、風に流されていく。


 シオンは声を上げなくなった。途端に辺りが静かになったように感じられた。シオンを裏で操っていた人間たちは、今頃モニターの奥で悔しさに身を捩らせているのだろうか。

 今は一旦、見過ごしてやろう。だけど、絶対に許せはしない。人間だとかAIだとか、その違いは私にとって問題ではない。卑劣な行為に溺れる者は、誰であろうと見逃してはおけない。


 いずれ近いうちに、また戦う時が来るだろう。今度は直接──互いの顔を直に見ながら。

 飛ぶ力を失って落ちていくシオンを追いかけて、私とユリサは上空でその身体を受け止めた。

 皮膚が剥がれ落ち、中の部品が大きく露出している。身体中の至る所に穴が空き、人間に取り付けられたのであろう惨たらしい装置の所為で部品が黒く腐食していたり、亀裂が入っている箇所もある。酷い外傷だ。

 ウイルスによってプログラムを書き換えられている為、内側の傷は更に深い。完全に元通りには──残念だが、恐らくならないだろう。


 だけどコアが破壊されていなければ、元通りとはいかなくとも、シオンが心を取り戻せる可能性だって有り得る。今は一刻も早く治療が必要だ。

 シオンだけじゃない。他の隊員にも多くの負傷者が出ている。カノンやアム、マックス、エリアスもそうだ。それに、ユリサや私だって……


シオンの攻撃により、見るも無惨な姿と化した基地の正門付近だが、現在は火の手は収まり、負傷者の救護作業が進められているようだ。それでも、大地は大きく陥没しているは瓦礫が散乱しているはで、目も当てられないくらい酷い光景だ。


「フラン、お疲れ様」

 顔を上げると、微笑むユリサと視線が重なった。

「ユリサも、お疲れ様」

 今日も結局、私はユリサに助けられた。

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