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シュガードール×エンドロール  作者: nami
シオン戦
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42/63

41 : 黒翼対白翼

 いつもと何ら変わりない静かな夜。ノースリッジに降り注ぐ夜闇の中を、粛々と稼働し続ける機械の煌めきと街明かりの電色が照らしていた。


 眠りと現実の狭間を行き来しているような、ふわふわとした感覚の中をずっと漂っていたが、光の方へ手を引かれるようにして目を覚ました。

 夢を見ていた感覚はないが、自分が眠っていたのか起きていたのかさえわからない。起き上がるとベッドが軋み、それに呼応するかのように機械の身体も微細な音を立てた。年代もののアンドロイド特有の、呻き声のような鈍い音だ。身体の中からこういう音が聞こえる度に思う。私はあとどれくらい、動き続けていられるのだろうと。


 室内はまだ暗い。掛け時計に目をやると、針は2時10分を指していた。

 身体は完全に覚醒しているが、今頃はユリサも隣の部屋で眠っているだろう。サイボーグであるユリサには、私と違って睡眠が必要不可欠だ。


 ベッドから立ち上がり、部屋の明かりを点ける。室内の闇が払われ、沈澱していた静謐が浮き上がる。

 夜中はいつも退屈なことが多い。人間と同じように眠ることも出来るが、もう目が覚めてしまった。こういう時、私は大体訓練場に行く。隊員のほとんどが同じことをするだろう。


 手早くロイドギアを装着すると、その上にトレーニングウェアを着用した。トレーニングウェアは首から足の付け根までを覆う、ぴっちりとしたデザインの黒いボディスーツで、腹部にはプロテクターが取り付けられ、アームカバーとブーツも頑丈な造りをしている。


 任務を行う時は軍服を着用するが、訓練の際はこのトレーニングウェアを身に付けていることが殆どだ。

 電灯を消して部屋を出ると、エレベーターへと向かって静かな廊下を進んだ。寮内では誰とも擦れ違うことはなかった。

 寮から訓練場までは5分ほど歩かなければならない。広くて昏い海洋のような演習場の横を通り、街灯のぼんやりとした白い光の下を歩いていた。

 その時だった。


「きゃああああああああ!!!!」


 突如として、耳をつん裂くような高い悲鳴が闇の中でこだました。その直後、「緊急事態発生。緊急事態発生。正門付近に侵入者確認。正門付近に侵入者確認。隊員は直ちに現場へと向かい、対処してください。繰り返します……」と、不穏な緊急時アナウンスが基地内全域に響き渡った。


 頭上では幾体ものドローンがパニックに陥ったかのように、忙しなくぐるぐると飛び回っている。

 何か考えるよりも先に、私の足は悲鳴の聞こえた正門の方へと向かって全速力で走り出していた。

 不吉な予感が頭の中を巡る。なにかとてつもなく良くないことが起きるような気がした。


 遠くで慌てた様子の声が聞こえ始め、寮や訓練場辺りから次々と隊員たちが姿を現した。

 そうだ。ここは基地の中だ。侵入者がどれだけ強力な力を保持していたとしても、隊員たちが一斉にかかれば事態を収めるまでにそれほど時間はかからないだろう。


 不穏な予感を鎮めるように走りながら、自分自身にそう言い聞かせ、波立つ心を落ち着けようとした。

 だが、その時。


「きゃああああああぁあ!!!!」

またしても甲高い悲鳴が夜を切り裂いた。その声は先程のものよりも大きく、苦悶の色が滲んでいた。

 誰かが侵入者に襲われている。襲われたのは隊員だろうか。だとしたら侵入者はウイルス──まさか、シオン……!?

 いや、この目で確認するまではわからない。とにかく今は急げ。早く、早く助けなければ……!


 ようやく正門が見えてきたその時、凄まじい轟音が轟き、大地が大きく揺れた。思わずよろめき、なんとかその場に踏み止まったが、大地には深い亀裂があちらこちらに生じていた。

 アンドロイドは発汗しないはずだが、背筋を冷たい雫が伝い落ちるような不気味な感覚に、一瞬思考が停止しかけた。


 自分自身を奮い立たせ、慌てて正門の方へと駆け出す。この状況下では負傷者が出ている可能性が高い。それでも、助けられるようにと願わずにはいられなかった。

 正門の前までやって来ると、目の前に現れた光景を見て頭が真っ白になった。

 本来、正門の前にはタイル張りの広い歩道があり、周囲を植物の緑に囲まれている。正門から少し進んだ所に円状の大きな噴水とアーチがあるが、それらが跡形もなく消え去っていた。


 かつて噴水があった場所は地面が陥没し、巨大な隕石でも落ちたかのような深い穴が空いていたのだ。

 その場には何名かの隊員が既に集まっていたが、皆私と同様に言葉を失って立ち尽くし、眼前に広がる信じがたい悪夢のような光景を呆然と眺めている。


 そこにあったはずの街灯さえもが先程の衝撃波で全て吹き飛ばされてしまったようで、この場所だけが異様に暗い。

 皆が息を殺し、大穴の中にいるのであろう何者かの気配に意識を集中させていた。

 司令部や寮がある方からは、突然の緊急事態アナウンスに慌てて騒めき立つ隊員たちの声が小さく聞こえる。私たちが今いるこの場所だけが隔離されてでもいるかのように、異様に静まり返っていた。


「……け……た、けて……」


 その時、深い穴の中から蚊の鳴くほどの小さな声が漏れ聞こえた。その声は「たすけて」と、確かにそう言った。

 機関銃を構え、大穴の中に飛び込もうと駆け出しかけた次の瞬間、夜空へ向かってなにかが飛び出した。それは正に一瞬の出来事で、恐らくこの場にいる誰にも、何が起きたのかわからなかっただろう。


 その直後、地雷が爆発するかのような凄まじい衝撃波に身体が吹き飛ばされた。

 全身に焼けるような痛みが走るが、咄嗟にシールドを張ったおかげか、どうやら致命傷は負わずに済んだようだ。動かそうとすると痛むが、四肢も繋がっている。


 力を振り絞ってなんとか立ち上がると、辺りは更なる惨状と化していた。周囲を覆っていた砂塵と灰色の砂埃が徐々に払われていき、少しずつ視界が開けてくる。

 陥没した地面に積み重なった瓦礫。多くの隊員たちがこの場に倒れ伏し、中には吹き飛んだ瓦礫の下敷きとなっている者もいた。


 かつて見たことがないほどの惨憺たる光景を目の当たりにし、どうすればいいのかわからなくなった。

 私以外にも動けそうな者は何名かいるが、既に満身創痍といった様子だ。すぐに応援がやって来るだろうけど、それは返って良くないことかもしれない。またこの爆発を起こされては、負傷者が増えるだけだ。


「クックックック……」

 頭上から降り注ぐ不気味な嗤い声に顔を上げると、黒翼のアンドロイドが闇の中に佇んでいた。黒い装甲に包まれた体躯には、目を背けたくなるような浅ましい、残虐な機械装置が取り付けられている。それはそのアンドロイド自身の身体を貫き、突貫工事のような酷い出来栄えだった。


 人間の世界にいた時、工場で聞いたことがある。人間と蝙蝠を織り交ぜたような外見の化け物が登場する伝承があると。たしか……なんて言ったっけ。そうだ、ドラキュラだ。その姿は正に、機械仕掛けのドラキュラと表すのに相応しい。


 身体はともかくとして、そのアンドロイドの顔はまだ原型を留めているようだ。温厚で真面目そうな青年の顔立ちである。

 だが、くり抜かれたように真っ赤に見開かれた二つの目が、彼がウイルス感染者であることを明瞭に語っていた。

 そして、彼が行方不明となっていたシオンなのだとすぐにわかった。


 シオンは精悍な顔を歪め、クツクツと気味の悪い嗤い声を立てた。きっと、人間たちの手によってウイルスとなる前までは、爽やかな笑顔を浮かべるアンドロイドだったのだろう。だが、今のシオンからはその頃の笑顔など微塵も想像出来ない。


「愚鈍な機械塵どもめが……なにがマザーボードだ。なにがノースリッジだ。全て我々人類が作り出したものであろうが……!!」

奈落から直接語りかけてくるかのような、聞くに耐えないこの声はシオンのものではない。シオンの身体に浅ましいウイルスを植え付けた人間たちの憎悪に満ちた悍ましい呪いだ。


「……けて」


消え入りそうなか細い声がまた助けを乞うた。シオンの太い腕の中には、一体のアンドロイドが抱えられていた。まるで人質でも取るかのように。

 そして、そのアンドロイドを私はよく知っている。栗色の髪は縺れ、力を失った真紅の瞳が潤み、暗闇の中できらりと微細な雫が光った。

 カノン……!


 カノンは抱えられていると言うよりも、腕で首を絞められている。両脚はだらんと力なく垂れ下がり、救いを求める声も次第に小さくなってきていた。その姿はまるで、使い古されたフランス人形が廃品置場に捨てられにでも行くかのようだ。

 カノンを捕捉する腕と反対の手には、地面から抜き取られた街灯が軽々と握られている。


「さあ、仲間の手によって塵芥と化すがいい」

 人間たちはシオンの口を使って安全な所から私たちを挑発し、シオンの口を使って勝ち誇ったような笑みを浮かべてみせた。

「そんなこと……っ」

絶対にさせないと私が叫ぶよりも早く、シオンが掴んでいた街灯がこちらへ向かって飛んできた。それはもう、野球ボールでも投げるかのような華麗なフォームで、意図も容易く街灯を投げ飛ばしてよこしたのだ。


 咄嗟に跳躍して身を交わし、街灯を踏み台にしてシオンの元へと上空を駆け上がった。

「ははっ、あはは、あははははは!!!もしかして貴様がシュガードールか?なるほど凄まじい瞬発力と戦闘センスだ」

 私は限界速度で攻撃を繰り出しているにも関わらず、シオンにはまだ余裕がありそうだ。片腕にカノンを抱えながら、飄々と身を交わされる。空を飛ぶ演出がある舞台で俳優が取り付けるようなワイヤーか何かが背中に付いているのかと疑いたくなるほどだ。


どうやらカノンは気を失ってしまったようだ。力尽きた人形のようにぐったりと項垂れている。

攻撃を繰り出すだけで精一杯なのに、煽られるとどうしても言葉で反撃したくなってしまう。挑発に乗れば隙ができ、相手の思う壺だとわかっていながら、目には目を、言葉には言葉をとでも言わんばかりに少ない語彙を掻き集めて売られた喧嘩に応じずにはいられなかった。


「なんなの!?シュガードールを知ってるっていうの!?ていうかシオンの身体使ってやりたい放題やってんじゃないわよ!それに、カノンを離しなさいよ!」

 シュガードールについては私自身もよく知らないっていうのに──どうして人間が知っているの!?

 いや、それよりも今は……なんとかしてシオンとカノンを助けなければ……!


「どうした、何か考え事か?ほら、コイツは返してやるよ!」

 シオンは突如として、カノンを私へ向かって投げ飛ばした。金属の骨と骨が当たるゴンッという鈍い音が響き、後を引く痛みを伴いながら私はカノンと共に大穴の底へと落ちていった。


 クラクラとする頭を抑えながら、意識を奮い立たせてなんとか上体を起こす。カノンは私の上に重なっていて、意識は朦朧としているものの大きな怪我はせずに済んだようだ。


「あはは、あははははははは!!!!」

耳障りな笑い声に上空を見上げると、シオンの顔を借りた人間がこちらを見下ろして笑い転げていた。

 頭きた。私は別に人間を敵視してはいないけど、大事な仲間に酷いことをされたら、人間だろうがAIだろうが許せない。


 シオンとは、記憶上では面識はないし話したこともないけれど、それでも同じ組織に属する仲間だ。

 カノンは──正直言ってムカつくところが多いけど、それでもいつかわかり合える時が来ると信じている。どうしてなのかはわからないけど、カノンは悪い子ではないと、私は確信できるのだ。


「……ラン」

私の胸の上でカノンが何かを言ったが、どうやらまだ、意識は戻っていないらしい。

「……フラン……フラ、ン……」

 何故か、その小さな唇からは嫌っているはずの私の名前が繰り返し呟かれた。

 いや、考えてみれば、カノンが嫌っているのは今の私であって、記憶を失う前のフランのことは大好きだったのかもしれない。だからこそ、今のダメダメな私が許せないのかもしれない。


 だけど……

「ごめんね、カノン……私は私なんだ……」

私だから良いと、こんな私にそう言ってくれた子がいるから。だから、もう逃げない。


 カノンを抱き上げて立ち上がった次の瞬間、大砲が放たれるような音が聞こえ、その衝撃に思わずふらついた。

「……ラン!……フラン!!」

 ああ、あの子が私を呼んでいる。

 ユリサ──ユリサ!!

 呼びかけに答えるように、翼を広げて上空に広がる闇の中へと舞い上がった。

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