表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
シュガードール×エンドロール  作者: nami
対ウイルス初戦
PR
40/63

39 : 悪夢が繰り返される前に

 演習場でアムと別れた後、私は真っ直ぐに寮へと向かった。ところが、いざユリサの部屋の前まで来ると、ドアをノックしかけた手が動きを止めた。


「大嫌い」と言った彼女の声は、いつまでも頭の中に鮮明に残り続ける。いや、だけど、アムだって背中を押してくれた。私は胸に渦巻く不安を振り払うように、意を決してドアを叩いた。


「……ユリサ、いる?」

扉の前で返事を待つ少しの時間が恐ろしく長く感じた。辺りは重々しい静寂に包まれている。

「……フラン?」

 その声を聞いて、胸の中を覆っていた暗雲が払われていくような感覚がした。


「う、うん!」

「どうぞ、入って」

 心做しか、ユリサの声はか細く弱々しいような気がした。やっぱり、かなり具合が悪いのだろうか。

「お、おじゃまします……」


 そっとドアを開け、おずおずと室内に入る。

 ユリサは窓際のベッドで横になっていたようだが、私が部屋に入って来るのを見ると、ゆっくりと上体を起こした。

 その姿はいつもの凛々しいユリサからは想像出来ないほどに儚くて、少し触れただけで消えてしまいそうな気さえした。

 今のユリサはとても軍隊に所属しているようには見えず、誰が見ても病気がちな少女のようだと思うだろう。

 私はユリサの傍へ駆け寄った。


「ユリサ、大丈夫!?」

「ええ、大丈夫よ。ちょっと熱っぽくて、体調が悪かっただけだから。本当に、情けない話よね」

ユリサはそう言って苦笑した。


 サイボーグであるユリサは、私たちアンドロイドとは体内の仕組みが大きく異なる。アンドロイドの身体は機械部品のみで出来ているが、サイボーグは半分人間。一度壊れたら替えが効かない、()()()臓器が入っているのだ。

 そう考えるとたまらなく恐ろしい。サイボーグの身体は私たちアンドロイドの何倍も脆くて危ういのに、ユリサはヴァイスリッターの一員として戦っているんだ。


「情けなくなんかない」

 ベッドに置かれた華奢な手を両手で包み込んだ。

「ユリサ、ごめんね。私、いつも心配かけてばっかりで……強くなることに必死で、全然周りのこと見えてなかった。私がこんなのだから、ユリサも体調崩すんだよね……」

「フラン……」


情けないのは私の方だ。今だって、もし許してもらえなかったらと思うと怖くて、ユリサの目をまともに見ることさえ出来ない。

 いくら戦えるようになったって、私の心は弱いまま。強くなろうと躍起になるのは、己の心の脆弱性を隠す為だった。


 だけどその脆弱性さえも受け容れて、前へ進もうと踏み出していくことが本当の強さではないのか。

 私は何もわかっていなかった。その結果、誰よりも大切な親友を追い詰めることとなった。


 ほんの一瞬、ユリサの黒い目の端でなにかが光ったように見えた。その目は忽ちにして潤んでいき、睫毛から重たげに水滴がこぼれ落ちた。

「謝るのは私の方だよ……本当にごめんなさい。私、フランに『大嫌い』だなんて言ってしまって。そんなわけないのに……本当に、本当にごめんなさい……」


 白い頬を濡らす透き通った涙を見ていると、なんだか私まで泣けてきた。

 私は微熱を帯びたユリサの身体を抱きしめた。私たちはしばらくの間、そうして抱き合っていた。


 抱擁が解けると、仲直りの印にというわけではないが、私たちは少しの間他愛もないことを話した。顔を合わせなかったこの二日間、お互いが何をしていたのか、だとか──と言っても、私もユリサも別の場所で寝込んでいたのだけれど。それがなんだか可笑しくて、私たちは笑い合った。


 またこうしてユリサと笑いながら話せる時が来て、本当に良かった。アムの言った通り、会わない間もユリサはいつも私のことを考えてくれていたんだ。

「大嫌い」と言われた時は不安でたまらなかったけど、蟠りが解けて、私たちは今まで以上に仲良くなれたような気がする。

 

 お喋りをして疲れたのか、ウトウトとし始めたユリサは、横になってからものの数分で眠りについた。規則正しい静かな寝息を立てながら、安心し切った表情で眠っている。

 真面目なユリサのことだから、私に言ったことをずっと気にして眠れていなかったのかもしれない。


 私は立ち上がると、そっと部屋を後にしようとした。その時、デスクの上に一冊だけ無造作に置かれた日記のようなものが目に留まった。

 表紙には「diary」の文字が刻まれている。淡い水色に金色の美しい装飾が施された、ハードカバーの分厚い日記帳だ。


 ユリサ、日記つけてたんだ。ここにはきっと、私のことも沢山書かれているのだろう。私の記憶からこぼれ落ちてしまった昔のことも、きっと。

 内容が気にならないと言ったら大嘘になるけど、いくら親しいとは言え勝手に日記を読むのは気が引けた。それに、見たところ日記帳には鍵が掛かっている。


 どんなことを書いているのか、今度ユリサに聞いてみよう。私も日記をつけてみるのもいいかもしれない。何を書いたかお互いに見せ合って、そういうのも楽しいかもしれない。だけど私は集中力が持たないから、ユリサのように書き続けられないかもしれないな。


 

 *


  

 翌日にはユリサの熱は下がり、かなり回復している様子だった。そして、その次の日には任務に復帰し、いつも通りの元気な姿を見せてくれた。

 ユリサが早く復帰できたことは嬉しいが、少し心配でもある。サイボーグの身体の半分は機械で出来ているとは言え、もう半分は人間の内臓や組織で出来ているのだから、アンドロイドと違って回復には時間がかかるはずだ。その割には、ユリサの復帰はあまりにも早い。


 ユリサのことだから、休んでいた時の分を取り返そうと無理をして、また体調を崩すのではないかと不安だった。

 その時、私は自分がどれだけユリサやみんなに心配をかけていたのかを改めて思い知った。


「ユリサ、ほんとにもう大丈夫なの?」

「大丈夫よ。フランは心配性なんだから」

「そりゃ心配するよ」

「少しは私の気持ちがわかった?」

「それを言われると何も言えなくなるんだけど……」

「ふふっ、冗談よ。ありがとう、フラン」


 訓練場へと向かう道を並んで歩きながら、私たちは互いを見遣り、視線が合う度に微笑み合った。客観的に今の私たちの姿だけを見れば、私たちが軍隊に所属しているなどとは誰も思わないだろう。だけど、それがとても幸せだった。


 いつか戦争が終われば、私たちは軍隊員としてではなく、ただの「フラン」と「ユリサ」として肩を並べて歩けるようになるかもしれない。

 だけど、長きに渡るAIと人間との諍いは、そう簡単に終わらせられるものであるはずがなく──私たちの進む方向はいつだって、これから戦いが起こる場所だった。



 *



 ユリサが任務に復帰して間もない頃、基地内である事件が起きた。

 ヴァイスリッターではないが、隊員が一体、夜中の巡回の最中に行方不明になったらしいのだ。

 行方不明になったのはシオンという名の男性型アンドロイドで、同じ部隊に所属している者の話によると、大人しいが真面目で穏やかな性格だったと言う。


 夜間の見回りは極力少人数体制で行われているが、その時一緒に巡回に出ていた者は皆、シオンとは別行動を取っていたらしい。

 努力家で実力も備えているシオンは、隊長候補として上層部から実績を買われていたようで、みんな「シオンなら心配要らない」と思っていたのだろう。

 

 軍隊に属する者も含め、マザーボードで暮らす全てのAIにはGPS機能が搭載されているが、シオンの居場所を特定することは出来ないでいる。恐らくだが、シオンのGPSは何者かによって破壊された可能性が高い。


 そして、GPSが破壊されたということは──考えたくはないが、マザーボードの何処かに息を潜めているのであろう人間に捕らえられ、ウイルスの素材とされた可能性も十分に有り得る。

 

「……全く、困ったことになったわね」

山のように積まれた書類に目を通しながら、ユリサが溜息混じりにそう呟いた。

 シオンのことがあったからか、隊員たちの表情は不安げに翳り、基地内には不穏な空気が立ち込めているように感じる。


 今は昼休みだが、ヴァイスリッターの大隊長という役職を持つユリサは、上層部から振られた仕事の対応に追われている。

「シオンのことだよね。無事でいてくれるといいけど……」

「……そうね」

ユリサは手元の書類に視線を落としたまま、諦めにも似た表情を浮かべていた。

 マザーボードでのウイルスの被害は年々深刻化し、ウイルスに感染したアンドロイドの凶暴性も増してきている。


 先日、私が初めて巡回に出た日に遭遇したウイルスも尋常でないくらい強かった。

 今回最も問題視されていることは、軍隊からウイルス感染者が出たということだ。──いや、シオンの居場所がわかっていない以上、人間に捕まったのかどうかもまだわからないのだけど。


 AIが意思を持つ以上、マザーボードで犯罪を犯さない者が全くいないわけではないが、それは考えにくい。私たちAIにとって最も重要なことは、自身の使命を全うすること。使命を放棄して悪の道に走るなど、そんな意味の無いことはマトモなAIなら絶対にしないはずである。


「もしシオンがウイルスにかかっていたとしたら、軍隊から感染者が出たのはこれが初めてよ。本当に信じられない。隊員が……しかも、シオンほど実力のあるアンドロイドが人間に捕まるなんて……」

自身も病み上がりだというのに、ユリサはシオンのことでかなり頭を悩ませているらしい。こんな時、何の力にもなれない自分が腹立たしい。


 せめてユリサを元気付けようと、私は明るい声で言った。

「大丈夫!まだシオンが捕まったと決まったわけじゃないでしょ?みんなで捜せば、きっと見つかるよ!だけど早くしないと、シオンは今頃助けを求めているかもしれない」

 疲れが滲んでいたユリサの顔に、小さくではあるが穏やかな笑みが浮かんだ。


「……ええ、そうね。フランがいれば、シオンもきっと助けられるわ」

 そうだ。今度こそ助けるんだ。

 シオンが行方不明になってからまだ5日も経っていない。マザーボードの全域を総動員で捜し回れば、人間たちの拠点を叩き、シオンを救うことだって出来るはずだ。

 急がなければ。悪夢が繰り返される前に。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ