38 : 反復するダイキライ
気がついた時、私はベッドの上に横になっていた。戦闘で負った傷を修理してもらった後は、いつもこの療養室と呼ばれる部屋に運ばれる。あまり喜ばしいことではないが、この部屋の無機質な白い天井も見慣れたものだ。
「よう、起きたか。フラン」
声の聞こえた方に視線を向けると、パイプ椅子に腰掛けているヴォルフガング総司令官と目が合った。
「総司令官……私……」
「ったく、訓練のし過ぎでぶっ倒れるなんてどうかしてるぜ。だからあれほど無理すんなって、みんな言ってただろう」
総司令官は呆れた様子でそう言ったが、その言葉に棘はない。
「すみません……私、ご心配をおかけしてしまって……」
総司令官は小さく溜息を吐いた後、強面に優しい微笑を浮かべた。
「まあ、これに懲りたなら訓練もほどほどにな。自分のバイタルくらい自分で管理しろ」
「はい……すみません」
そういえば、ユリサにも同じようなことを言われた気がする。ユリサのことを思い出して、胸の奥にある鉛のような感情が迫り上がってくるのを感じた。
「それじゃあ、俺はそろそろ行く。しばらく大人しく休んどけ」
そう言って立ち上がりかけた総司令官を引き留めた。
「あの……っ、ユリサは……?」
総司令官は、今思い出したとでも言うような表情を浮かべた。
「ああ、そういえば見てないな。俺はてっきり、ユリサがおまえの傍にいるのかと思っていたが」
その言葉を聞いて、胸の奥の鉛が更に重く沈んだ。
「……そうですか」
私の声に元気がないと思ったのか、総司令官は励ますような口調で言った。
「まあ、ユリサも忙しいだろうからな。あいつのことだから、落ち着いたらフランの所へ飛んで来るだろうよ」
「あはは、そうですね……」
総司令官が部屋を出て行くと、室内には静けさだけが残った。
ユリサに言われた一言が、頭の中で鮮明に繰り返される。「大嫌い」と、ユリサは泣きながら私にそう言った。
その一言を思うだけで鉛が次第に重さを増していくようで、苦しくて息ができなくなりそうだ。目の奥から熱いものが込み上げてきて、視界が滲んだ。
握りしめた手の上に透明な雫がこぼれ落ちる。涙は止めどなく溢れ、頬を濡らし続けた。アンドロイドなのにこんなにも涙が出るなんておかしい。そう思っていても、止め方がわからないのだからどうしようもない。
ユリサ、本当に私のこと、嫌いになっちゃったのかな。
全部私が悪いのだ。ユリサやみんなが心配して声をかけてくれていたのに、空返事ばかりして訓練に明け暮れていたから。
ユリサはいつも私の傍にいてくれた。それなのに、私はユリサを悲しませ、怒らせてしまった。
*
翌日、まだ本調子とは言えないものの、療養室から出ていいと許可を与えられた。だけど、三日間は訓練禁止。大人しくしているようにとの指示が総司令官から言い渡された。
ユリサとは未だに会っていない。この二日間、私は療養室から出られなかったし、ユリサも来てくれなかったのだから仕方がない。仕方がないと思うようにしていた。
この二日間、ずっとユリサのことばかり考えていた。「私はみんなを守る為に頑張るんだ」と勝手に息巻いて、実際は周囲のことなど何一つ見えていなかった自分の愚かしさを嘆き、反省した。
ユリサがいないというだけで、悍ましい孤独が蛆のように湧いてきて、私の内側を黒く塗り潰していく。このままずっと独りでいたら、本当に壊れてしまいそうだった。
まずはユリサの元へ行って謝らなければいけない。避けられるかもしれないし、取り合ってもらえないかもしれない。
私に向けられる彼女の冷ややかな視線を想像しただけで、胸がぎゅっと締め付けられる。
それでも、このままユリサとすれ違ったままでいたくない。
療養室を出ると、長い廊下をゆっくりと進んだ。謝ると言っても、まず最初になんて言ったらいいんだろう。
人間界の工場で働いていた時のことを思い出す。あの頃は毎日のように謝ってばかりいた。単純な作業でさえ失敗してしまう私は、いつもみんなに迷惑をかけてばかりで、口を開けば自然と謝罪の言葉が出てきた。
それでも、そんな私を誰も責めはしなかった。注意されることはあっても、否定されることはなかった。
同じ「謝る」という行為でも、あの工場の中での謝罪と今回のユリサに対しての謝罪は、全く別物であるような気がする。
だからこそ、どのようにして謝ればいいのかわからず、考えながらゆっくりと廊下を歩いた。
考え事をしながら歩いていた所為か、曲がり角に差し掛かった際に誰かと肩がぶつかってしまい、後ろへよろめいた。
「ごっ、ごめんなさい!」
謝罪をしつつ顔を上げると、そこにいたアンドロイドを見て、自分の顔が自然と強張るのがわかった。
「カ、カノン……」
カノンは深紅の瞳を真っ直ぐにこちらへ向けている。その目は恐ろしいほど冷ややかで、蔑みの色が見て取れた。
私たちは何も言わず、少しの間そうして向かい合っていたが、沈黙はカノンによって破られた。
「……あら、フラン。もう具合は大丈夫なの?あれだけ暴走していたんだから、もっと重症なのかと思ってた。さすがに頑丈ね」
カノンが口元を緩めて不敵に笑う。その表情を見れば、カノンの言葉が皮肉であるということは、私たちの事情を知らない者でもわかるだろう。
リミッターが外れると抑えが効かなくなる。私がそのことを気に病んでいると知っていて、カノンはこんな意地悪を言ってくるのだ。
私も負けじと強い口調で言葉を返す。
「ええ。ありがとう、カノン。もう大丈夫よ。頑丈なことだけが取り柄だもの」
私がそう言うと、カノンはさも可笑しそうに頬を歪めた。
「はっ、あらそう。だけどもう暴走するのは勘弁してほしいわね。自分の力を制御できないようじゃ、ヴァイスリッター失格じゃない?私は嫌よ?暴走したあなたに殺されるなんて」
相手にしちゃいけない。カノンは私の反応を伺って楽しんでいるんだ。本気になってどうする。
そうわかっていても、平手打ちの一発か二発打ち込んでやりたい衝動に駆られる。沸々と煮え滾る衝動をぐっと抑えつけ、私はやっとのことで引き攣った笑みを浮かべた。
「ごめんね、カノン。あなたにも余計な心配をかけちゃったみたいで。本当に、カノンの言う通りだよ。私、みんなに迷惑かけないようにもっと努力するね」
私がそう言った直後、暗雲が差し込むように急激にカノンの目の色が変わった。仄赤い唇は真一文字に結ばれ、物々しい眼力に思わずたじろいでしまう。
「……あっそう。ま、せいぜい頑張って。それじゃ」
カノンはそれだけ言うと、私に背を向けて存外あっさりと歩き去って行ってしまった。
カノンが去った後、私は深い溜息を吐いた。
本当はカノンとだって仲良くしたいのに……
向こうのペースに流されて、つい喧嘩腰になってしまう自分が稚拙で恥ずかしい。
その後、私は訓練場内でユリサがいそうな所を捜し回ったが、ユリサはどこにもいなかった。
訓練場にいないとなると、演習場か司令部か、この時間帯に寮にいる可能性は低いだろう。もしかしたら、他の隊員たちと巡回に出ているのかもしれない。
隣にユリサがいないだけで、胸にぽっかりと大きな空洞ができてしまったような気がする。子供じゃないのに不安で堪らなくて、居ても立っても居られなくなる。
演習場へ行ってみると、訓練中のヴァイスリッターたちの姿があった。
皆ロイドギアを装着し、二体一組になって模擬戦を行っている。隊員たちを指導しつつ、その中を歩き回る小さな後ろ姿が目に留まった。アムだ。
「アム!」
私が駆け寄ると、アムは少し驚いた顔をして振り返った。
「フラン!もう大丈夫なの?」
「うん、全然大丈夫!ごめんね、心配かけちゃって」
「ほんとだよぉ。でも、元気になったみたいで良かった」
アムはそう言って微笑んだ。外見は幼く可愛らしいが、時々アムがお姉さんのようだと思うことがある。
「ありがとう、アム。……あ、そうだ。ちょっと聞きたいんだけど、ユリサ見てないかな?」
「ユリサ?ああ……ユリサは具合が悪いみたいで、今日は部屋で休んでると思うよ」
「え……」
具合が悪い……?それはつまり、身体の調子が悪いということだろうか。
私たちAIも、体内の部品に不具合が起きると頭が回らなくなったり、思うように動けなくなったりすることがあるが、修理をすればすぐに治る。だから「具合が悪い」という言葉もあまり聞き馴染みがない。
知らず知らずのうちに不安が顔に表れていたのか、アムは私を見て柔らかく微笑んだ。
「心配なら、部屋に行ってあげたら?ユリサもフランに会ったらすぐに元気になると思うよ」
「そ、そうかな……でも……」
アムの言葉を嬉しく思いつつも、今ユリサに会いに行っていいものかと迷いが生じた。先ほどまではあんなに必死にユリサを捜していたのに、いざ会うとなると怖いのだ。
普段なら真っ先に会いに行っただろうけど、今の私たちは、普段通りではない。
突然、アムに背中を叩かれた。驚いて顔を上げると、呆れたような表情で笑うアムと視線が重なった。
「どうせまたユリサとケンカでもしたんでしょ?フランが心配かけてばっかりだからいけないんだよ?」
どうしてわかるんだろう。だけど、アムの言う通りだ。私がユリサやみんなに心配をかけてばかりだからいけないんだ。
「私……ユリサに『大嫌い』って言われたの。ひょっとしたらユリサはもう、私に会いたくないと思っているんじゃないかって……」
思い切って打ち明けてみると、アムは少しの間不思議そうな表情で目を瞬かせたが、その後弾けたように笑い出した。
「あはははっ、大嫌いってあなたたち、子供じゃないんだから……!」
「ちょっとアム、私はこれでも真剣に悩んでるんだよ!」
「いつも口を開けばフランのことばっかりなのに、そう簡単にユリサがフランを嫌いになるワケないじゃない。いつも一緒にいる癖に、そんなことにも気付かなかったの?」
アムの口調に棘はないが、その言葉にはなんだか少しムッとした。
「わ、わかってるもん」
そう、わかっている。ユリサのことは、私が一番知っている。私には昔の記憶がない。ユリサとの出会い方も、一緒に過ごした思い出も未だ思い出せない。
だけど、それでも私はユリサのことを一番わかっているつもりだ。だって私は、ユリサの親友なのだから。
「じゃあ早く行ってあげなよ。ユリサのところへ」
「言われなくても行ってくる!」
私はそう言うなり駆け出した。少し進んだ先で立ち止まり、振り返ってアムに大きく手を振った。
「アム、ありがとう!」
アムはにっこりと微笑み、手を振って送り出してくれた。




