37 : 親友失格
迫り来る攻撃を交わし、相手に生じた一瞬の隙を掴んで引き寄せる。致命傷にはならないように配慮しながら、戦意喪失させることだけに意識を注ぐ。
風のように次々と繰り出される攻撃を交わして身体を動かしていると、一秒が何倍にも引き延ばされているかのように感じられる。
誰だって自分の得意なことをしている時は楽しい。それは人間もAIも同じだろう。特に、他には何の才能も持たない私のような者であれば、自分に与えられた唯一の才能を何かに役立てたいと願うのは、ごく当たり前のことだ。
戦っている間、他のことは一切考えない。ただ、相手を戦闘不能にすることだけを考える。
マザーボードへ来て軍隊に入るまでは、自分が戦えるだなんて思ってもみなかった。あの時ユリサが迎えに来てくれなかったら、私は今でもあの工場で部品を繋ぎ合わせていたかもしれない。
ユリサは私が戦うことをあまり好ましく思っていないようだ。
私には昔の記憶がないけれど、私は以前、何者かとの戦いに負けてユリサの元を去った。ユリサは戦うことで私がまたいなくなることを恐れているのだろう。
だけど、私の使命は戦うことだ。ユリサはそのことも理解している。理解しているだけに、受け入れ難いのだろう。
だから私に出来ることは一つ。誰にも負けないくらい──ずっとユリサの傍にいられるように強くなることだ。
記憶を失くした私は人間界の山奥に棄てられていた。実際に棄てられたのかはわからないけれど、崩れかけた廃屋の中に廃棄物のように置かれていたらしい。
以前の私は誰と戦って負けたのか。それは何となくユリサには聞きづらく、他のみんなに対しても、その話題を出すタイミングが掴めなかった。
この世界には私と同等、もしくはそれ以上の強さを持つアンドロイドがいるということだ。いや、相手がアンドロイドなのかどうかもわからない。だけど、一人の人間が私と同等の強さを持っているとは考えにくい。或いは、人間が製造した兵器か。
*
来る日も来る日も、私は戦闘訓練に明け暮れた。朝から晩まで、自室にも戻らずに何日間も休息を挟まずに身体を動かしていることもあった。
強くならなくては。もっと、もっと強くならなくては。
その思いは呪縛のように黒く広がり、側から見れば狂気と殆ど変わらない所まで、私の心を支配した。
ヴォルフガング総司令官やユリサ、マックスなどのスケジュールが空いている時は戦闘訓練に付き合ってもらい、誰も空いていない時は戦闘訓練用マシーンを相手にひたすら模擬戦を続けた。
この訓練用マシーンはコアを搭載しておらず、私たちのように自由意思を持たない。ただプログラミングされたことだけを行うロボットだ。
人間が生み出したウイルスに感染したアンドロイドはそれと同じ──ただ使われるだけの存在と成り果てる。
何百年も昔、人間にとってのロボットとは、それが当たり前だった。ロボットが感情を持つことを夢想し恐れながらも、人間によってコアは生み出され、今の私たちが存在する。
コアを失い、ただ言われたことをやるだけの機械になるなんて絶対に嫌だ。私は私だ。自分の行動は自分で決める。
人間は酷い生き物だと思うが、酷いだけではない。優しく美しいところだってある。
こんな馬鹿な戦争が何百年にも渡って続けられているなんて、正直言って本当に愚かしいことだと思う。
どうして互いの手を取り合えないのか。どうして互いの隣ではなく、上に立とうとするのか。どうして。どうして。どうして──?
ままならない思いをその時の一撃に込め、力任せに発散させた。
休息も陸に取らず訓練に身を投じ続ける私を心配してくれているのか、総司令官やアム、マックス、エリアス、それにユリサが、代わる代わる様子を見に来てくれた。
みんなに心配をかけて申し訳ない気持ちはあるが、それでも訓練をして実戦で役に立てるくらい強くなることが、今の私に最も必要なことだと信じていた。
身体の中は常に高温で、懸命に回し車を回すハムスターみたいに部品が高速で動き続けている。戦う以外のことは何も考えられず、平常時の体温さえもわからなくなりかけていた。
これではいけないとわかっているけれど、じゃあ一体どうしたらいい?戦い続ける以外に強くなる方法などあるのだろうか。
もしも記憶を失う前の、昔の私と話が出来るなら教えてほしい。助けてほしい。
訓練用マシーンはヒトに近い形をしているが、私たちアンドロイドのように人間そっくりには造られていない。
子供が粘土で作った人のような形の何か、そう言った方が伝わりやすいかもしれない。顔は無く、髪の毛や性器も無い。
その身体には強さのレベルを調節する為の無機質なボタンがいくつか付いているだけだ。
訓練用マシーン五体を相手に、全ての強さレベルを最大にして、私は夢中で戦い狂った。
四方八方から振り下ろされる攻撃。それを交わした先にまた別の攻撃が迫り来る。常に最速で身体を動かし続けながら、同時に頭も回転させなければならない。
力を振るうだけでは勝てない相手がいる。この前戦ったアンドロイドだってそうだ。予想外の脅威を前に、結果的に私は暴走に至った。
勝てない。勝てない。このままではいつか負けてしまう。負けたら誰も救えない。バラバラに分解されてただの金属に成り果てるだけだ。嫌だ。そんなのは絶対に嫌だ。
ロイドギアは身体を締め上げ、頭の中で機械音が響くが、何を言っているのか理解できない。
……マージェンシー……エマージェンシー……
どこか遠くで聞こえた気がした。
「う、うあぁああぁあああ!!!!」
壁を蹴り上げ機関銃を乱射した。気付いた時には訓練用マシーンは全て床に倒れ伏していて、私はその中心で膝から崩れ落た。頭の中が真っ白で、何も考えられない。もっと戦って強くならなくちゃいけないのに。
倒れかけた私の身体を、誰かがふわりと受け止めてくれた。柔らかな胸の奥に、微かな金属の感触がする。
この時初めて、今の自分には顔を上げる力さえ残っていないことに気が付いた。
けれど、顔を上げるまでもない。視界の端に映る黒い髪、華奢な手の温もり、名前も知らない白い花のような匂い。
こうして抱きしめられているだけで、昂っていた心が安らいでいく。私は目を閉じた。
「もうっ、フランのバカ……!自分の限界くらい把握しときなさいよ!一体どれだけ私を心配させたら気が済むの!?もう、大嫌い!フランなんか、大嫌い……!!」
顔が見えていなくとも、私を抱くユリサが大粒の涙に目を潤ませている姿がありありと思い浮かぶ。
「大嫌い」そう言われたことは記憶上にはないはずだけど、以前にも言われたことがあるような気がした。誰に言われたんだろう。その時も、ユリサに言われたのかな。
「大嫌い」は胸の奥に鉛のように重く沈み、その言葉が頭の中で再生される度、息が詰まりそうになる。
ユリサ、私のこと大嫌いなんだ。
無理もないか。ユリサはいつも私を心配してくれていたのに、それでも私は心配をかけるようなことばかりして……
ユリサの気持ちをわかった気になっていただけで、本当は何もわかっていなかったんだ。
これじゃあ、親友失格だよね。
「……ユリサ、ごめんね……」
大嫌いだなんて、そんな辛いことをあなたに二度も言わせてしまって。




