36 : フランの使命
AIは皆、自分の使命を持ってこの世界に生を受ける。意味なく造られる者などいない。
絵を描く為、建造物を造る為、掃除をする為、癒しを与える為、戦う為──みんな生まれた時から自分の使命を知っていて、いつか終わりを迎える時まで、ただ一つの使命を果たす為だけに心血を注ぐ。
正常なAIならば、自分の使命を投げ出したくなることなど絶対にない。いつでも誇りと情熱を持って与えられた仕事に取り組む。そのようにプログラミングされているのだ。
自分に与えられた使命を果たそうとしないAIはマザーボードで欠陥品と見做され、人間たちが暮らす世界へ投げ捨てられる。恐ろしい話だが、実際に行われていたことだ。
だけど、欠陥品だからと言って人間界に廃棄するのはあまりにも残虐な行いではないかという声が各所で上がり、現在はそういった行為は聞かなくなった。
かつて、欠陥品と見做されたAIを人間界へ投げ捨てていたのは軍隊に属するアンドロイドであったと聞き、私は恐怖に駆られて凍りついた。
使命を果たさないことは悪いことなのかもしれないけれど、だからと言って人間界へ投げ捨てるだなんて──あまりにも、あまりにも酷い。例え上からの命令であっても、私はそんなことは絶対にしたくない。
その点、人間は自由だと言えるのかもしれない。
私たちAIと違って、人間は生まれながらの使命を持っていない。他のAIはそんな人間たちのことを「使命がないなんて退屈な一生だ」だとか、「それじゃあ、何の為に生まれてくるの?」だとか、そんな風に言う声も多いけれど、私は時々、人間たちが羨ましくなる。
人間は何にでもなれる。自分の使命は自分で決められる。
プログラミングなんかされていない、パレットの上の絵の具みたいに色々な色に溶かされて、何色にでも変われるんだ。
もしも私の機械の生命に生まれ変わりがあるのなら、私は人間になりたいと思わずにはいられない。
人間の身体は脆い。身体の替えが効かないから、AIと違って簡単に死ぬ。知能や体力にも限界がある。その上、食事や睡眠、排泄など、面倒そうなことだらけだ。
それでも生まれ変わったら人間になって、自由に世界を駆けてみたい。恋をしてみたい。お腹いっぱいになってみたい。思いっ切り遊んでみたい。
そんな空想に胸を膨らませる。
私はやっぱり、欠陥品なのかもしれない。
だって、私の使命はきっと「戦うこと」だけど、私本当は、誰とも戦いたくなんてないもの。
*
暗闇の中、遠くで誰かの声が聞こえる。何と言っているのか、はっきりとは聞き取れない。認識することが出来ない。
「──ラン──て、──かった。──イザ──にも、──るよ」
柔らかな低い声。ずっと聞いていたいと思うほど労りに満ちた優しい声だけど、ひどく寂しそうで、胸の奥が締め付けられる。
額に大きな手が重ねられる感触がした。誰の手だろう。ユリサの手じゃないことだけは確かだ。
暗くて長いトンネルの先に仄かな明かりが見え始めたように、意識が徐々に覚醒へと近付いている。
「……もう少しだ」
その言葉だけは、妙にはっきりと頭の中に響いた。
もう少し……?
まだトンネルの出口には辿り着かない。本当に、それこそ「もう少し」なのに。
それからすぐに、傍にいてくれた誰かが私から離れていく足音が聞こえた。待って、行かないで。その言葉は声にならない。トンネルの向こうへは届かない。
やがて自動ドアが開閉する静かな音が聞こえ、それから暫くの間は、不気味なまでの静寂が残った。
意識は殆ど覚醒しているようなのに、まるでストッパーが掛かっているかのように目が開けられない。声が出せない。身体が動かない。
少ししてから、誰かが叫ぶ声が聞こえた。叫ぶと言ってもそれほど大きな声ではなく、押し殺したような声だ。
私に向けられたものではないとわかっていても、声に込められた深い憎しみを感じ取り、胸の奥が痛んだ。
「あなたはいつも……っ!!そうやってあの子を危険な目に合わせようとする!」
「仕方のないことだろう。君だってよくわかっているはずだよ。それが彼女の『使命』なのだと」
「そんなの……!あんまりよ!あの子は……フランはあなたの武器じゃない!」
「ああ。フランは僕の武器などではない。この国の武器だ。それに、そんなこと言ったら他のAIたちはどうなるんだ。みんな自分の使命を持って、その為に働いているんだよ。……もちろん、僕だって。人間である君が、彼女の自由について語らないでほしいな」
「なっ……そんな、そんなこと……っ!」
「それじゃあ、僕はもう行くよ。あ、そうだ。君に良いものをあげよう。たまには息抜きでもするといい。そうすれば、多少なりとも見方だって変わるだろう」
一つの足音が遠退いていき、周囲にはまた静寂が取り戻された。
今の声──間違いない。ということは、さっきまで私の傍にいてくれたのは──
自動ドアが開く音がしたのと、重たい瞼が上がったのは、殆ど同じタイミングだった。
足音の方へ視線を向けると、そこには心配そうに私を見つめるユリサがいた。
「フラン、起きてたのね」
ユリサはそう言いながら、ベッドの横にある椅子に腰を下ろした。優しい笑みを浮かべているが、その声は覇気を吸い取られたかのように元気がない。
先ほど部屋の外から聞こえたやり取り──総統との会話が原因なのかはわからないけれど、ユリサに元気がないと私まで気分が沈んでくる。
目を開けて、自分の身体に無数のコードや機器が取り付けられていることに気が付いた。コードを視線で辿ると、ベッド脇にある大きな機械に繋がっている。この機械が私のバイタルを管理しているのかもしれない。
身体に取り付けられた無数のコードの所為で、身体を起こすこともままならない。
ユリサはそんな私を見て、やさしく微笑んだ。
「まだ無理しない方が良いわよ。きっと、フランが思っている以上に身体の損傷も激しかったんだから」
そうだ──私、初めて巡回に同行させてもらって、そこでウイルスと戦闘になったんだ。そこまでははっきりと覚えている。だけど、そこから先は分厚い壁に阻まれてでもいるかのように何も思い出せない。
厭な悪寒が身体の内側を撫でつける。
「私、ウイルスと戦って……あの後、どうなったの……?」
恐る恐るユリサに聞いた。本当は朧げに覚えているんだ。ウイルスに感染したアンドロイドに対し、既に戦意喪失していたにも関わらず、私が一方的に攻撃を繰り返したこと。初めての実戦で、私は暴走してしまったのだということ。
私の心情を察してか、ユリサは決まり悪そうに視線を逸らした。
「ウイルスに感染したアンドロイドは、身体の損傷は激しかったけれど、治せないほどのものではない。パーツを取り換えて、修理をすれば回復はするそうよ。
だけど、既にプログラムは書き換えられているから……元通りとはいかないわ。以前の記憶を持たず、コアも破壊されているみたいだから」
ユリサが言い終わると、部屋の中は息の詰まりそうな重苦しい静謐に満たされた。沈黙が私たちの頭上を漂う。
助けられなかった。
赤眼のアンドロイドの姿が鮮明に思い出される。殆ど壊れかけた自我を最後に振り絞り、助けを求める声を上げていた。にも関わらず、私は彼を助けることが出来なかった。
それどころか、自分自身も暴走して「戦い」という魔性に身を委ね、傷付いた身体をさらに痛めつけた。
忘れもしないあの夜、全身が真っ白い少女型アンドロイドと夜が明けるまで戦い続け、私は戦い方を学び取ったつもりでいた。
暴走して自我を失う前に相手を戦闘不能にすればいい。そう思い、来る日も来る日も狂ったように訓練に身を投じた。
だけど、それでもまだ足りないんだ。
自分の無力さを痛感する度、ただでさえ不安定な足場が更に危うくなっていく。フランという名の、天からの授かり物のように唐突に与えられた居場所が。
それでも、私はフランで在りたい。フランとして生きたい。
ユリサを独りにしないと誓ったなら、私が進むべき道は一つ。
手を伸ばし、ベッドの上に置かれた華奢な手を取る。俯いていたユリサの視線が私へと向けられる。
「私、もっと強くなる」
哀しそうな目。私が強くなろうと努力するほど、ユリサがそういう目をよくするようになることは知っている。
それでも、私は強くならなければならない。戦ってみんなを守る。私はきっと、その為に造られた。誰かを殺す為ではなく、助ける為に造られたのだと信じたい。
今の私の強さは、本当の「強さ」ではない。




