32 : 王城と路地裏
ヴァイスリッターの任務は、ウイルスに感染したアンドロイドの暴走を止めること。
ウイルスは私たちAIを破滅へと追いやる為に、人間によって生み出された。
人間たちにとって都合の良いようにプログラムを書き換えられたアンドロイドは、自我を失い街を破壊する。
聞いた話によると、マザーボードにもウイルスを製造する為に隠れ潜んでいる人間がいるらしい。
その者たちはアンドロイドを捕らえ、自分たちが造り上げたウイルスを体内に仕込ませる。考えただけでも恐ろしい、悪魔のように残忍な所業だ。
だけど、それはきっと、私たちAIも同じ──
ウイルスに感染したアンドロイドは、それまでの記憶を失っていることが殆どだが、街中に張り巡らされた監視カメラから彼らの足取りを調査して、ウイルスの製造拠点を叩く──これも、ヴァイスリッターの重要な任務の一つだ。
だが、マザーボードに潜伏する人間たちがそう簡単に尻尾を見せるはずがなく、基地内で密かに「人間狩り」とも呼ばれるその任務は難航していた。
マザーボードで暮らす一般のAI達からウイルスが出現したとの通報があった場合、私たちヴァイスリッターがすぐに駆けつける。
通報がない時でも、私たちは隊ごとに分かれて街を巡回し、マザーボードの平和と秩序を守る。
凶暴なウイルスとの戦闘には、当然のことながら危険が伴う。
アンドロイドは外装が破壊されても、人格を構成するコアが無事なら別の外装に移し替えることが可能だ。
だけどコアさえも破壊されてしまったら、もう二度と立ち上がることは出来ない。コアが破壊されることは、私たちアンドロイドにとっての死を意味する。
*
軍事基地の外に出たのはマザーボードへ来た時以来だから、およそ半年ぶりということになる。
マザーボードの中心都市、ノースリッジに軍事基地はあり、生活に必要なものは基地内で何でも揃えることが出来る為、不便だとは一切思わなかった。
基地内には訓練場や演習場などの軍事施設の他に、ショッピングモールや映画館などもあり、軍事基地が一つの街のようになっているのだ。
それに、マザーボードへ来てからの半年間を振り返ると、毎日訓練に明け暮れていて娯楽を楽しむ時間など全くと言っていいほどなかった。
だけど任務とは言え、いざ基地の外へ出られるとなると、胸の高鳴りが抑えられない。
私はユリサと共に、マックスの隊の巡回に同行することとなった。
「フラン、浮かれてヘマするんじゃねぇぞー?」
マックスが眉間に皺を寄せながら、じっとりとした視線を私に向ける。
「へ、ヘマなんてしないよ!たぶん……ほら、ユリサもいるし!」
私はユリサの腕を取り、身体をぴたりと引き寄せた。
「まあ、ユリサがいれば大丈夫か。ユリサ、しっかりフランを監視しといてくれよ!」
「はいはい。任せて」
ユリサは苦笑しながらそう答えた。
「ちょっとユリサ!?」
ユリサにまで、私がヘマを仕出かすと思われているのか。たしかに私は鈍臭いし、AIの癖して抜けているところが多いかもしれないけど……
「フラン」
ユリサの声に顔を上げる。
「大丈夫。いつも通りやればいいのよ。私がいるんだから、安心して」
「ユリサ……」
ユリサの「大丈夫」は、私にとって魔法の言葉みたいだ。その言葉と微笑みがあれば、私はきっと、どんなことだって乗り越えられる。
「ありがとう!私、頑張るよ!」
ユリサはそれに答えるように、微笑みながら頷いてみせた。
「よし!お前ら、そろそろ行くぞ!」
マックスの呼び掛けで、10名近くの隊員たちがぞろぞろと進み出す。私とユリサは列の最後尾に続いた。
厳重な正門を潜り抜け、半年ぶりに基地の外へ出る。私たちが守るべき世界はあまりにも広大で、あまりにも眩い。
軍事基地の外へ出ると、空気の流れががらっと変わったような気がした。ずっと見上げていると首が痛くなりそうなほどに背の高いビルがひしめき合っている。
どれか一つでも倒れたら、全てのビルがドミノ倒しのように倒れてぐちゃぐちゃになってしまいそうだと、マザーボードに来たばかりの頃に思ったことを覚えている。
ビルの間を巨大な蛇が泳ぐように、高速道路が何重にも重なって張り巡らされている。気を張っていないと、自分がどこを走っているのかすぐにわからなくなってしまいそうだ。
青空には深海魚みたいな飛行船や、カラフルで巨大な気球がふわふわと平和的に浮かんでいる。
空を見上げて歩いていると、前から歩いて来たAIとぶつかりそうになった。
「ごっ、ごめんなさい!」
互いの肩を掠めただけでぶつかってはいないのだが、そのAIは私の存在にさえ気付いていない様子で、忙しそうに通り過ぎていった。
彼だけじゃない。街行くAI達は各々の目的地へと向かい、みんな忙しそうに動き回っている。
「フラン!何してるの!行くわよ!」
ユリサの声で、私は我に返った。気が付くと、ヴァイスリッターのみんなはかなり先の方を進んでいた。
「ご、ごめん!今行く!」
私は慌ててユリサ達の元へと駆けていった。
そこから少し歩くと、ビルとビルの隙間から、丘の上に建つ一際荘厳な城のような建物が視界に飛び込んできた。
陽光を浴びて外壁は光り輝き、ここからだとはっきりとは見えないが、繊細且つ華美な装飾がこれでもかと施されている。幾つもの尖塔が競い合うかのように天へ向かって聳え立ち、その建物の周囲は色鮮やかな木々の緑に囲まれていた。
その建物は絵画にも勝るほど美しく絢爛で、王様やお姫様が暮らしていそうだ。
「……ちょっとフラン!何してるの!また置いて行かれてるわよ!」
私の歩みが止まっていることに気付いたユリサが、ズカズカとこちらへ戻ってくる。
それでも私の視線は城のような建物に奪われたままで、不思議な魔力に魅せられたように、目を離すことが難しかった。
「ユリサ、あれは何?」
私が指差す方にユリサが視線を向ける。
「ああ。あれは王都ね。女王が暮らしている所」
「女王!?」
やっぱり、あそこには女王様が暮らしているんだ……!
マザーボードの女王様って、一体どんなアンドロイドなんだろう。一端の軍人である私なんかが女王陛下と言葉を交わせる機会は与えられないだろうけど、いつかその姿を拝むことくらいは叶うだろうか。
御伽話に出てくるようなお城での生活を想像しただけで、うっとりとしてしまう。
王城に想いを馳せつつ、いつまでもそんな空想に耽っている私を、淡白なユリサの声が現実へ引き戻した。
「さあ、行くわよ!置いて行かれちゃう」
「ま、待ってよユリサー!」
ユリサの後を追って駆け出そうとしたその時、ビルとビルの間の路地裏で、闇に紛れて何かが動いたような気がした。
いくつか例外があるとは言え、マザーボードに存在することを許されているのはAIだけだ。AIの基盤となる精密機器に危害を及ぼしてはいけない為、鳥や害虫を見かけたら即刻駆除される。ネズミやカラスももちろんいない。
それじゃあ、今動いたように見えたのは、一体何だったんだろう……?
一般のアンドロイドにしては動きがあまりにも俊敏で、まるで野生動物のようだった。
「フラン!!」
「ごっ、ごめんなさいっ!!」
私は路地裏から目を逸らし、みんなの元へ向かって慌てて駆け出した。




