31 : 純白のアンドロイド
「力の制限を解除すると自我を失ってしまうなら、その前に終わらせてしまえばいい。終わらせてしまえるだけの力を身に付ければいい」
あの夜、名前も知らない真っ白い髪のアンドロイドに言われた言葉を念頭に置き、自分がこれから何をすればいいのかを私は考えた。
訓練が始まってからというもの、体力作りを怠ったことは一日たりともないと言えるが、今まで以上にトレーニングに励み、毎日他の誰よりも遅く訓練場を後にした。
ユリサは他にやるべき仕事がない限り、毎日私の訓練に付き合ってくれている。
ユリサを相手に戦闘訓練を行う時も、真っ白いアンドロイドと戦った時のことをいつも思い出していた。
後で気付いたことだが、今までの私の戦い方には自己流の部分があり、無駄が多かった。戦闘経験の記憶はないけれど、なんとなく身体が覚えている動きで戦っていた。
あのアンドロイドは、私が私の戦い方を見つけられるように手を貸してくれたのかもしれない。
今まで以上に体力作りに励み、戦闘スタイルを見直したことにより、少しずつにではあるが、リミッター解除までの時間が確実に引き延ばされていくのを実感した。
アンドロイドはロイドギアを装着しているだけでも体力を消耗していくが、私は訓練時以外の時間も身に付けて、ロイドギアに身体を慣らそうと励んだ。
以前はロイドギアを装着して戦うと、身体に負担がかかり痛みを感じることもあったが、普段から長い時間ロイドギアを身に付けるようにした甲斐があり、戦闘時の痛みも徐々に軽減されていった。
──いける!これなら戦える!
私はリミッター解除のタイミングを自在にコントロール出来るまでになった。……と言っても、あまりにもダメージを受けたり無茶な戦い方をすると、身体が危険信号を送ってくる。それが合図となり、私は自我を失い、リミッターが解除されそうになる。
だけど、今ではそのようなことも殆どなくなった。
それは勿論、自分に合った戦闘スタイルを研究し、トレーニングを重ねた私の努力の賜物ではあるが、明らかにあの夜──真っ白いアンドロイドと戦ったあの夜から、私の中にある錆びた歯車が回り出したような気がするのだ。
彼女の正体は未だにわからないままだ。あの後すぐに、ユリサや総司令官、アム、マックス、エリアス……他のヴァイスリッターたちにも「真っ白いアンドロイドを知っている?」と聞いて回ったけれど、彼女のことを知っている者は誰もいなかった。
「これなら、全体訓練に参加してもいいだろう」
総司令官の口からそう告げられたのは、更に1ヶ月が経過した頃だった。
全体訓練では、他のヴァイスリッターたちと一緒に訓練を行う。自分の力をコントロール出来ずに暴走することは勿論、独断で判断したりする者は全体訓練に参加することは許されない。
「フラン!やったね!」
ユリサはそう言って私に抱きついた。
「本当におめでとう」
なんだか泣きそうになった。これで目標が達成されたわけではないのに。まだスタートライン──いや、スタートラインよりも手前だというのに。
「ありがとう、ユリサ」
ユリサがいなければ、私はここへ来ることもなかった。仮にここへ来ていたとしても、とっくに逃げ出していただろう。
ユリサがいつも隣にいてくれるから、私は諦めずに頑張り続けることができる。
*
黄昏時、訓練場から寮へと向かう道を私とユリサは歩いていた。向こうから誰かが歩いてくる。よく見ると、それはナヌーク総統だとわかった。
総統は外套を纏い、こちらへと歩いてくる。周りに他のアンドロイドの姿は見受けられない。総統が警護を付けないということは以前から知っていたが、マザーボードの頂点に立つアンドロイドだというのに……余計なお世話かもしれないが、少々心配ではある。
此処、マザーボードでナヌーク総統は絶対的な支持を得ているが、それでも中には、無粋なことを企てる者だっているだろう。私たちアンドロイドにはコアが──自由意志があるのだから。
今私の隣にいるユリサだって──物凄い目つきで総統を睨みつけている。総統がいる時、ユリサはいつもこうだ。ユリサと総統の間に何があったかは知らないが、見ていてとてもひやひやする。
総統はマザーボードの頂点に立つ方だ。いくら総統が穏やかでお優しいとは言え、本来、総統に対して無礼な真似をすれば逮捕される。
にも関わらず、ユリサは露骨な表情を隠しもしないし、総統もそれに対して何も言わない。一体、ユリサと総統の間に何があったのか──それは、軽々しく聞いていいようなことではないだろう。
「やあ、フラン。調子はどうだい?」
私が敬礼しようとすると、総統は微笑を浮かべながら手でそれを制した。
「はい。近頃は全体訓練にも参加させて頂いていて、早く実戦にも参加できるように精進していきたいと考えています」
「そうかい、それは良い心掛けだ。なに、君ならすぐにでも実戦に加わったって問題ないだろう」
総統が浮かべた微笑に異を唱えるように、ユリサの目つきは更に鋭い光を帯びた。
私が実戦に……!?
「それは、本当ですか!?」
「ああ、本当だよ。僕は君が実戦に加わることについては賛成なんだけどね、ヴォルフガングやそこにいる君の相方は、どうやら違うみたいだから」
総統はそう言って肩をすくめた。
ユリサが何か言おうと口を開きかけたが、直感的に言わせてはならないと思い、私はユリサよりも先に声を上げた。
「あっ、あのっ!そう言えば!総統にお伺いしたいことがありまして……っ!」
「ん?何だい?」
総統にこんなことを聞いていいのかわからなかったが、咄嗟に思い付いた質問がこれだった。
「以前、基地内で真っ白い姿のアンドロイドに出会ったのですが……ユリサや他の隊員に聞いても、誰もその子のことを知らないって言うんです。総統なら、もしかしたらご存知かと思いまして……」
静寂が辺りを包む。総統は何も言わず、僅かに目を見開いてじっと私を見つめていた。
私は失礼な質問をしてしまっただろうか。
「知っているよ」
総統は確かにそう言った。だけどすぐには信じられず、思わず「え?」と聞き返してしまいそうになった。
「彼女のことなら、よく知っている。そうか……君のところへ来たか……」
総統は独り言を言うように呟いた。その目はひどく哀しそうで、見ているこちらまで胸が苦しくなりそうだ。
「あの、彼女は一体……?彼女は突然私の前に現れて、私の抱えていた問題を解決へと導いてくれました。それに、私に戦い方を教えてくれました!彼女には、どこへ行けば会えるんでしょうか?どうしてもあの時のお礼が言いたいんです!」
総統は俯いて、ゆっくりと首を横に振った。
「それは、できない」
できない……?今は会えないということだろうか?
「そ、それは、どうしてですか?すぐにでなくてもいいんです。お会いできるなら、いつでもいいんです!」
真っ白い髪に、深いマリンブルーの瞳。尋常でないほどの強さ。彼女は私を元気付けようとして、マザーボードの素晴らしい景色を見せてくれた。彼女のお陰で、私は自分の力の扱い方を身に付けることが出来た。
「……なら、だって……さ」
「え?」
俯いたまま総統が何かを口にしたが、殆ど聞こえなかった。総統は顔を上げ、ゆっくりと私を見つめた。短い黒髪がさらさらと揺れる。
「彼女はもう、いないんだ」
*
総統が手を回してくれたからなのかはわからないが、思っていたよりも早く、私は実戦に参加できることとなった。
総司令官やユリサは、まだ少し不安そうな顔をしていたけれど……きっと大丈夫だ。あれだけ沢山努力してきたんだもの。
ウイルスに感染したアンドロイドは、一体で街を破壊し尽くせるほどの力を持つ。怖くないわけではないけれど、ユリサやアム、マックスにエリアス、ヴァイスリッターのみんなが一緒なら、恐れることなど何もない。きっとみんなの役に立ってみせる。
この時、私がマザーボードへ来てからおよそ半年近くが経過していた。




