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シュガードール×エンドロール  作者: nami
訓練漬けの日々
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31/63

30 : 夜の散歩

 夜の基地内は静かで、空気が透き通っている。辺りには誰の姿も見えない。この時間に外を出歩く者など、恐らく私くらいだろう。


 私だって、普段から夜中にこうして寮を抜け出しているわけではない。ただ、部屋にいてもなんとなく気が休まらなくて、ひんやりとした外の空気に当てられながら軽く散歩でもしてみようかという気になったのだ。


 規則的な間隔で立ち並ぶ街灯が、煌々とした暖色の光を放っている。来た道を振り返ると、女性寮の窓は8割くらい明りが点いていた。私の部屋の明かりは消えている。さっき私が消してきた。

 隣のユリサの部屋はまだ明るい。小さく見える窓の向こう側で、ユリサの影が動いたような気がした。


 夜の散歩にユリサを誘おうかと思ったけれど、本来この時間帯に上官の許可なしに外を出歩くことは禁止されている。

 私は司令長官という役職であり、ユリサは大隊長。ヴァイスリッターを総括する役割を担う。だから夜中に出歩いていたとて誰に叱られることもないだろうけど、何となく後ろめたい気がして、ユリサに気づかれないようにこっそりと部屋を出てきたのだった。


 夜の演習場は足を踏み入れたら最後、どこまでも沈みゆく暗黒の海のよう。私は演習場を通り過ぎ、普段あまり立ち入ることがない基地の奥──電波塔のある方へと進んだ。電波塔を目指していたわけではなく、ただ何となく、自然と足が向かっていたのだ。


 頬を掠める仄かな夜風が心地いい。訓練で火照った身体を冷ましてくれる。

 力のコントロールは、相変わらず上手くいかない。リミッターが解除される恐怖に足を震わせて怯えているだけで、戦闘訓練を開始した頃から少しも前に進んでいない。

 いくら打開策を考えたって、どうしたらいいのかわからないまま。

 みんなを傷付けたくはないけれど、守る為には強くなくてはならない。その矛盾が私を苛む。

 ねえフラン。あなたは一体、どのようにして戦っていたの──?


 街灯の下に佇むベンチに腰掛け、真っ暗な夜空を見上げた。星一つ見えやしない。それでも、以前人間たちの世界から見た作り物の夜空よりかはこちらの方が幾分美しく見える。雲に隠れているのか、今日は月さえ見えなかった。


「暗いわね」

 突然隣から声が聞こえて、驚きの余り変な声が出そうになった。

 隣には、髪から肌から睫毛まで、身につけているワンピースさえも、何から何まで雪のように真っ白い少女型アンドロイドがいた。大きな瞳だけは鮮明な輝きを放つ金色で、一度視線が合えば逸らせない、吸い込まれそうなほど美しい目をしていた。高貴な白猫をそのまま擬人化したような容姿である。

 気配を一切感じなかった。有り得ない。私が気が付かないはずがない。つい先程、私がベンチに腰掛けた時には誰もいなかったというのに。


「真っ暗ね」

聞こえていないと思ったのか、真っ白なアンドロイドは白い素足で地面に立ち、哀しそうな目で夜空を見上げながら同じようなことを呟いた。

「あの……あなたは?」

 思い切って尋ねてみると、そのアンドロイドは億劫そうにこちらを向いた。何も言わず、青い瞳でじっと私を見つめ続ける。


なんだか少し……いや、かなり不思議な子だな。こんなアンドロイドは見たことがない。真っ白く儚げなその容貌は、一度見たら忘れるはずがないだろうに。


「フラン」

 そのアンドロイドは私の名を口にした。どうして知っているのか。この子は一体、何者なのか。

 私が質問するよりも先に、彼女の方から私に──それも、思いも寄らないことを質問した。


「どうしてそんなに、辛そうなの?」

 辛そう……?私が?私はそんなに、思い詰めたような顔をしていたのだろうか。

「こっちへ来て」

 私が言葉を返すよりも先にそのアンドロイドはそう言うと、立ち上がって私の手を取った。その手は氷のように冷たかった。


「えっ!?ちょっと!どこへ行くの!?」

 そのアンドロイドは何も言わず、私の手を引いてどんどん歩みを進めていく。夜の闇の中で、純白のレースのような長い髪がひらひらと風に舞っていた。


 私たちは電波塔の中へと足を踏み入れた。電波塔の中は外よりも深い闇に包まれていて、非常口の明かりやエレベーターのランプだけが忘れられたかのような侘しい光を放っている。

 真っ白いアンドロイドは私の手を引き、エレベーターに乗り込んだ。指先で最上階のボタンが押されると、ガタン、という鈍い音を立てた後、エレベーターが上昇し始めた。


「ねえ、私をどこへ連れて行く気?」

彼女の横顔に向かって問いかける。私の声は思いの外大きく響いたが、霧のように静謐に溶けた。

「着けばわかるわよ」

真っ白いアンドロイドは正面を向いたまま、短く答えた。私もそれ以上、何も聞かなかった。


 私たちを乗せたエレベーターは上昇を続け、やがて最上階へと辿り着いた。

 真っ白いアンドロイドに続いてエレベーターを降りる。顔を上げた瞬間、私は息を呑んだ。ガラス張りの窓の向こうに、マザーボードがどこまでも広がっていた。


 夜と言えどこの世界は明るい。至る所で光る電光が街中を照らし出している。

 壮麗な夜景に目を奪われていると、いつの間にか真っ白いアンドロイドは私を置いて先へと進んで行ってしまっていた。慌ててその背中を追いかける。


 立ち入り禁止の看板を完全無視して、そのアンドロイドは更に上層階へと続く階段を上り出した。

「ちょっと待って!ここ、立ち入り禁止だよ!?」

 私の声も耳に入らない様子でどんどん先へと進んでいくので、私も渋々彼女の後に続いて階段を上った。


 扉の向こうへ出ると、視界が一気に開けた。360度、どこを見回しても夜に漂う光の海が広がっている。これが──私たちがいる世界、マザーボード。

 高い建物がひしめき合い、その上には高速道路が複雑に絡み合っている。電飾を明滅させながら上空を進むサテライトフルークや飛行船は、まるで速度の遅い流れ星のようだ。

 本来なら深い闇に包まれていて何も見えないはずなのに、至る所に散りばめられた電光がこの世界を明るく照らし出している。まるで、銀河の中に立っているみたいだ。


「……きれい」

 思わず、そう呟いた。

「元気出た?」

 真っ白いアンドロイドはそう言って小さく微笑んだ。

 私は頷いた。

「ええ、とっても!こんなに綺麗な景色、初めて見た。マザーボードって、本当に綺麗ね」

「そうでしょう。これが、あなたの住む世界。あなたが守るべき世界。そして──」

「私たちが創った世界」


 私たちが、創った──?

 その言葉の意味はわかりかねるが、私が聞き返すよりも先に真っ白いアンドロイドは歩を進め、どこへ行くのかと思ったら、ふわりとワンピースを靡かせて柵の上に飛び乗った。

 私は慌てて彼女を追った。


「待って!そんなところに立ったら危ないよ!」

 白い髪が夜風に舞う。まるでその姿は、天使が翼を広げているかのようだ。

「フラン。今、悩みがあるでしょう?」

「悩み……?」


悩みといえば、一つしかない。自分の力をコントロール出来ずに暴走してしまうこと。だけど、より力を発揮する為にはリミッターを解除しなければならないこと。いくら考えても、どうすればいいかわからない。

 私は思い切って、彼女に打ち明けてみることにした。彼女の青い瞳はあまりにも真っ直ぐで、まだ名前も知らないけれど、彼女になら私の抱えている問題を言ってしまいたいと思えたのだ。


「私、自分の力の扱い方がわからなくて……本当に情けない話なんだけど。私はみんなを守りたいのに、力を出すと返って傷付けてしまうかもしれないの。それに、力の制限を解除すると、私が私でなくなってしまって……」

 真っ白いアンドロイドは小さく微笑んだ。

「大丈夫。私は全部知っているから。ずっとあなたを見ていたもの」


 ずっと見ていた……?

「それって──」

「あなたはとても強い。今は力の扱い方を忘れてしまっているだけ。力の制限を解除すると自我を失ってしまうなら、その前に終わらせてしまえばいい。終わらせてしまえるだけの力を身に付ければいい」


驚いた。どうして今日会ったばかりのはずである彼女が私の抱えている問題について、これほどまでに理解しているのか。まさか本当に、どこかからずっと私を見ていたというの……?

 そんなの、普通なら気が付かないはずがない。だけど、さっき私の前に初めて現れた時だって、気配を一切感じなかった。


 それに、彼女のアドバイスは的確で的を得ているように思う。リミッターを解除することで自我を失い暴走してしまうなら、その前段階で敵を倒してしまえばいい。

 今まではリミッターを解除しても自分を失わないようにすることばかりに目を向けていた。その結果、八方塞がりの状態に陥ってしまっていた。


 だけど、訓練でリミッター解除までの幅を広げることは可能であるはずだ。どうしてこのことにもっと早く気が付かなかったんだろう。

 全体の能力を更に向上させられたら、本気を出さずに戦いを終わらせることは、私にならきっと出来るはずだ。

「そう、フランになら絶対にできる」

 彼女はそう言って柵の上から私の前にふわりと降り立つと、薄桃色の唇を緩め、蠱惑的な微笑を浮かべた。その次の瞬間、私に向かっていきなり蹴りを繰り出してきた。


 反射的に身を退け反らせて交わしたが、危うく私は柵の向こうへ転げ落ちそうになった。

「なっ、な、いきなり何すんの!?」

「そう!良い動きね!じゃあ、こういうのはどう?」

彼女は悪戯な笑みを浮かべると、真っ白い髪を舞い上がらせながら私に向かって蹴りやら拳やらを容赦なく突きつけてくる。


 一体なんだっていうの!?なるべくならこの子を攻撃したくはないけれど、このまま防御しているだけでは身が持たない。

「そう。フランは優し過ぎるの。その優しさがあなた自身をいずれ壊すんだってこと、よく覚えておいた方がいいわよ」

「ま、待って……っ、それって……!」

華奢で可憐な容姿にそぐわず彼女の動きは力強く俊敏で、繰り出される攻撃は一つ一つが鉛のように重い。この子、信じられないくらい強い……!


 彼女は裸足で飛んだり跳ねたり、まるで戦うことを楽しんでいるみたいだった。

「さあ、フラン!もっとあなたの力を私に見せて!」

 この子を攻撃したくない、だなんて思ったけれど……どうやら手加減は不要らしい。それに、今の私が本気を出したところで、きっと彼女には勝てないだろう。彼女から放たれる圧倒的なオーラとパワーが私に警鐘を鳴らしていた。


 電波塔の上で、私たちは踊るように戦った。不思議なことに彼女と戦っていると、私の戦闘能力が向上していくような、力が漲ってくるような気がした。

 身体の中が澄み渡って、白く眩い光の粒が満ち満ちて──なんだかまるで、私を支配して操ろうとする黒い手が苦しんでいるみたいだった。


 私たちは時間が経つのも忘れて、互いの攻撃を受け止め合った。体力は消耗しているはずなのに、何故だろう──心地良いと感じる。光に包まれていく。


 勝負はいつまで経ってもつかず、空には次第にオレンジや薄桃色の陽光が滲み始めた。

 戦いをやめた途端、疲れがどっと押し寄せてきて、立っていることさえ難しい。


「つ、疲れたぁ……だけど、楽しいね!ありがとう……!ところで、あなたは一体……」

 顔を上げた時、真っ白いアンドロイドの姿はなかった。

 辺りを見回し、彼女の姿を捜したけれど、結局最後まで見つけることは叶わなかった。


 とても不思議な子だった。神秘的な空気を纏っていて、彼女の周りだけが発光しているように見えた。なんと言えばいいのか……「普通のアンドロイド」とは明らかに違っていた。

 せめて名前だけでも聞いておけばよかった。


「力の制限を解除すると自我を失ってしまうなら、その前に終わらせてしまえばいい。終わらせてしまえるだけの力を身に付ければいい」

 彼女がくれた言葉を胸に、私は夜明けを迎える。長い夜が明け、マザーボードに朝が訪れる。

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