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シュガードール×エンドロール  作者: nami
訓練漬けの日々
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30/63

29 : 私を狂わす機械音

「フラン……訓練中に逃げ出すとは、いい度胸だな……」

「も、申し訳ありません!!今日からまた、頑張らせて頂きます!もう絶対に逃げたりしません!」

それこそ、今にも泣いて逃げ出したくなるほどの威圧感を放つ総司令官を前に、私は90度以上の角度で深々と頭を下げた。


 簡単に許されるなどと思わない。総司令官もアムも、それからマックスにエリアスも、みんな他にやることはいくらでもある。そんな中、私の為に訓練に付き合ってくれていたというのに……私はみんなの貴重な時間を、危うく無に帰そうとするところだったのだ。


「まあまあ、フランの頑張りはみんな認めてるんだし。その辺でいいんじゃないですか?」

 エリアスの声に、私は恐る恐る顔を上げて総司令官を見上げた。鋭利な眼光が私を射抜き、すぐさま目を逸らしたくなった。


「そうだよ!逃げ出したくなる時なんて、誰にだってあるよ!だから許してあげて!」

「ま、情けねえ話だとは思うけどな!」

「ちょっとマックス!」

アムもマックスも、どうやらそれほど怒ってはいないみたいだ。……いや、本来怒られて当然のことなのだけれど。


 総司令官は大木のような腕を組み、不承不承といった表情で重々しい溜息を吐いた。

「本当に……仲間の器の広さに感謝しろよ。まあ、アムの言う通り逃げ出したくなる時は誰にだってある。俺たちは(コア)を持つアンドロイドなのだから。おまえの辛さもよくわかる。それでも、もう逃げないって約束できるか?」


 私は力強く頷いた。

「はい!もう絶対に逃げたりしません……!私はみんなを守る為に此処にいます。みんなと一緒に戦って、役に立ちたいんです!」

ユリサが私に思い出させてくれたんだ。私が此処に来た理由を。


「ああ。だが、リミッターが解除されると暴走してしまうことに関しては、対策を講じなければならんな。何もおまえは孤独じゃない。自分だけで思い詰めず、みんなで考えればいいんだ」

 思いもよらぬ温かい言葉に、思わず目に涙が滲みかけた。視界がぼやけたけど、なんとか涙を堪えた。私、アンドロイドなのに本当に泣き虫だなぁ……

「ありがとうございます……!またこれから、精一杯頑張ります!」


 みんなの優しさがいつだって背中を押してくれる。簡単な道でないことはよくわかっている。一度は逃げ出そうとさえした。

 だけど私はもう、みんなに背を向けない。一度繋いだ手は離さないって決めたんだ。



 *



 ロイドギアを纏うと、身が引き締まる。私を構成するパーツやプログラムが戦闘体勢に入り形を変え、どこまでも飛んでいけそうな浮遊感と同時に、奥底から力が漲ってくる。


 今日はアムとマックスが対戦相手を務めてくれることとなった。ヴァイスリッターは基本的に単体で行動することはない為、複数のウイルスを一体で同時に相手にすることはないが、万が一の時に備えて戦い方を身に付けておくことは大切だ。


「フラン!私たちも本気でいくからね!」

「リミッター解除したって構わないんだぜ!俺様が相手なんだからな!」


 白銀のロイドギアを装着したアムとマックス。アムは比較的軽装備なロイドギアで、動きやすさを重視しているのだろう。ロイドギアを装着していてもマフラーはやっぱり着けていて、腰元にはクナイが沢山取り付けられている。


 女性型アンドロイドのロイドギアが比較的軽装なものが多く、デザイン性が多種多様であるのに対し、男性型アンドロイドが身に付けるロイドギアは、見た目ではどれもそれほど変わらない。

 首元から足先までを装甲が覆い、部品が複雑に重なり合っている。勿論、性能や機能は一体一体異なる。


 マックスのロイドギアも、よく見る一般的な形状のものだ。マックスは基本的に武器を使わない。己の肉体で勝負する、といった戦闘スタイルで、両腕は装甲のアームカバーに覆われている。

 私はアムとマックスに試合開始の合図を送るようにして頷いてみせた。


「いつでも、いつでも掛かってきて!」

「おうよ。言われなくても……っ!」

マックスが凄まじい勢いで飛び掛かってきて、閃光のように突き出される拳に翻弄された。

 マックスの拳を交わすだけでも精一杯だというのに、背後などの死角から繰り出される暗殺者のようなアムの攻撃にも気を配らなければならない。


 やっぱり、隊長クラスを二体同時に相手するなんて、いくらなんでも無茶過ぎ!

 壁際では、総司令官とユリサ、エリアスがロイドギアを装着した状態で、私たちの戦闘を見守っている。


 身体の内側が急速に熱を持ち始める。そしてまた、私を狂わす機械音。

 敵対反応を確認。これより、対象物の抹殺を開始する。


「どうしたフラン!そんなもんか!」

マックスの容赦ない蹴りをまともに喰らい、私は思わず地面に手をついた。その瞬間、首筋にアムの吐息がかかる。

「そんなんじゃ負けちゃうよ?」

 刃物の冷たい感触から飛び退き、なんとか体勢を整える。今の私の限界速度でマックスの元へ瞬時に駆け寄ると、私は彼の脇腹へ機関銃を突き付けた。


 マックスは防御が間に合わず、焦って「アム!」と叫んだ。その時、アムは既に私の背後に回っていた。だけど、間に合わなかったのはどうやらアムも同じらしい。

 マックスに向けて機関銃を撃つと同時に跳躍し、今度はアムの脚を撃った。マックスは装甲の上から脇腹を抑え、眉間に皺を寄せている。アムは私に撃たれた脚を抑えながらも、私に向けてクナイを放った。背部の翼を広げて舞い上がり、アムの攻撃を交わす。


 ……何故だろう。猛烈に苦しい。頭が割れそうなほど痛くて、視界がぐらぐらと揺れる。身体の内側が焼けるように熱くて、モーターが吹き飛びそうなほどの速さで回転していることがわかる。


 そしてまた、あの厭な感覚が私を見舞う。

 対象物の生存を確認。リミッターを解除し、戦闘を継続する。解除システムをインストール……──駄目だ!リミッターを解除してはいけない!


「……う、ううっ」

視界が歪み、足がふらついた。リミッターが解除される時、私は自我を失う。そうなってはもう歯止めが効かない。誰も私を抑えられない。

 内側から私を支配しようとする何者かに抗おうと、私はやっとのことで自我を保っていた。痛みの次は、急激な眠気。本来アンドロイドは眠気を感じないはずなのに。目を開けていられないほど瞼が重くなり、意識が遠のいていくこの感覚は、眠気としか言いようがない。


「……フラン?フラン!」

 異変に気がついたマックスとアムが動きを止め、私に向かって呼び掛ける。その声さえ遠く聞こえ、全身を襲う軋むような痛みと雑音(ノイズ)に耐え切れず、私はその場に屈み込んだ。


「フラン!」

ユリサの叫ぶ声が聞こえる。

 声を出すことさえままならないが、力を振り絞り、目の前に立つマックスに言った。

「……マックス、お願い。私を……殴って……全力で……」

 マックスは動揺した様子ながらも険しい顔つきで頷くと、拳を握って容赦なく私の頬に突きつけた。

 暗転。



 *



 気がついた時、私はまた沢山のコードに繋がれた状態でベッドに横になっていた。

 マックスに頬を殴打してもらったお陰で私は意識を失い、なんとか暴走状態に陥らずに済んだみたいだ。

 ロイドギアを装着した状態での戦闘訓練はその後も行われたが、何度やっても結果は同じ。戦闘時間が長くなり、攻撃をしたり、受けたり、交わしたりするほど私は徐々に自我を失っていく。


 リミッターの解除。これが実行された時にはもう遅い。きっと、誰も私を止められない。リミッターの解除システムを発動させないようにするには、内側から襲い来る痛みの中で自我を保ち続けることしか方法はないのだろう。

 ユリサやみんなを守る為に戦うんだと決めたけど、今の私のままじゃいつまで経っても戦闘で役に立てない。

 暴走して味方さえもを攻撃する可能性のある者を、実戦に連れて行こうとは誰も思わないだろう。


 どうしてリミッターが解除される時、私は自我を失うのか。これは自分自身の力であるはずなのに、何故上手くコントロールすることが出来ないのか。何時間も考えたけれど、結局答えは出ないままだ。

 訓練の度に私は毎回暴走状態に陥りかけ、その時はリミッターが解除される前にユリサやアム達の手で意識を()()()()()()()()()()


 本当に情けない話だ。フランは──以前の私は、この力をどのように扱っていたのだろう。もしかしたら、私の身体を操ろうとしているのは、昔の私自身なのかもしれない。奪われた自分の身体を、意識を取り戻そうと、今の私を消し去ろうとしているのかもしれない。


 その考えはいつも私の思考を恐怖で支配し、肩時も気が休まらない。だけど過去の私自身に対してどのように向き合えばいいのかもわからなかった。

 みんなを守りたい。だけど戦いたいという気持ちとは裏腹に、戦うことがとても怖くもある。


 街中に出現するウイルスの数は、私がマザーボードへやって来た頃よりも増えつつあるようだ。白銀の装甲を身に纏い、ウイルスに立ち向かっていく仲間たちを、私はただ基地の中で見送ることしか出来ないでいる。


 いくら模擬戦を重ねても成長しない私に、ユリサや総司令官、アムにマックス、エリアスは未だに付き合ってくれている。みんなの貴重な時間を割いて──ナヌーク総統も、きっと呆れていることだろう。「もう戦わなくていい」と言われる日は近いかもしれない。


 その前に、現状の打開策を講じなければならない。だけど、どうしたらいいのかわからなくて……

 八方塞がりの闇の中、ヴァイスリッターのみんなの背中がどんどん見えなくなっていく。

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