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シュガードール×エンドロール  作者: nami
訓練漬けの日々
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29/63

28 : 笑ってほしくて

 みんなを傷付けるくらいなら、いっそのこと此処からいなくなった方がいいのかもしれない。

 ユリサも総統も、みんな私を「フラン」として迎え入れてくれた。やっぱり私は本当は「フラン」ではないのではないか。

 だって、本当に私が「フラン」だったなら、自分の力をコントロールすることなんて容易であるはずだ。


 私は自惚れていたのだ。みんなに期待されて、少しの訓練でそれなりに戦えるようになったつもりでいた。

 カノンの言ったことは正しかったのだ。私は「フラン」なんかじゃない。姿のよく似た紛い物のアンドロイドに違いないんだ。

 

 ユリサ達と訓練中だったにも関わらず、あろうことか私は訓練場を飛び出して、泣きながら逃げ出してしまった。

 一度自室へ戻ってロイドギアを脱ぎ置き、暗い部屋の中で一頻り泣いた後、本当ならすぐにでも総司令官たちの元へ戻って謝るべきなのにどうしても足が向かなくて、今は演習場の前のベンチに腰掛けている。他の隊員たちは訓練に励んでいる時間だ。


 弱くて惨めな自分が情けなくて仕方がない。だけど、みんなの元へ戻る気にもなれなくて──

 私は本当にどうしようもなく駄目なアンドロイドだ。やっぱり私は欠陥品なんだ。


 明日の訓練で、どんな顔をしてみんなに会えばいいのか。まず何て言って謝罪すればいいのか……考えれば考えるほどわからなくなって、一度は止まったはずの涙がまた込み上げてくる。


 演習場からは訓練中の隊員たちの掛け声が聞こえてくる。どうやらこれからロイドギアを装着して、全体での戦闘訓練が行われるようだ。

 全体訓練──私には縁遠い話だ。自分の力をコントロール出来ずに暴走しているようでは、きっといつまで経っても全体訓練に参加することなど出来はしないだろう。


 頭上には私の気持ちとは対照的な、雲一つない青空がどこまでも広がっている。

 役立たずな私は軍隊には必要ない。軍事基地を去ったとして、私は一体どこへ行けばいいんだろう。

 マザーボードのどこかで細々と暮らすか。人間たちの世界へ戻る──なんて選択肢は許されない。工場にだってもう戻れないし……

 この世界に私の居場所なんてどこにもない。きっと私はどこへ行っても役に立たない。無能なアンドロイドなんだ……!


「フラン」

白い花弁が舞い降りてきたかのように、華奢な掌が肩にそっと添えられた。

 大好きなはずの声なのに、今は聞きたくないと思ってしまう。責められるのか、それとも励まされるのか。どちらにせよ恐ろしい。ユリサの選ぶ何気ない言葉一つで、私の感情は大きく揺さぶられるのだから。

 その一方で、私は心のどこかでこの声を待っていた。私の名前を呼ぶ、優しいこの声を。


 恐る恐る振り返ると、呆れたような笑みを浮かべているユリサがいた。

「こんな所にいたの。捜してたのよ」

「ユリサ……」

ユリサは私の隣に腰掛けた。どうやら怒っているわけではなさそうだ。呆れて怒る気にさえなれないのかもしれない。


「ごめん……」

 これ以外の言葉は浮かばない。ユリサは何も言わずに前を向き、訓練中の隊員たちを眺めていた。

いっそのこと、ユリサには思い切って今打ち明けようか。きっと私が「フラン」ではないのだということ。基地を去ろうかと考えていたこと。


 口を開きかけたその時、ユリサがこちらを向いた。

「フランは変わらないわね」

「え……?」

私を叱りも励ましもしない、予想外の言葉に驚いた。

 ユリサは私を見て、いつもの穏やかな微笑みを浮かべている。


「やっぱり昔と変わらない。あ、良い意味でよ?優しくって頑張り屋さんで、なんでも自分だけで背負い込もうとする」

 その言葉を聞いて、温かいものが身体の中を包み込んでいくような、私を蝕んでいた黒い霧が少しずつ晴れていくような、そんな気がした。


ユリサは包帯の巻かれた手で、私の手をそっと握った。

「大丈夫!フランには私がついてる。だから何でも言って?辛いことも苦しいことも、全部吐き出しちゃえばいいんだよ。誰もフランを責めたりなんかしない。だって、フランがどれだけ頑張ってるか、みんなわかってるもの」

 ユリサの言う「大丈夫」ほど、私にとって強いものはない。その声を聞いただけで、私は顔を上げることができる。


 顔を上げたら、抑えていたはずの涙が溢れ出した。さっき自分の部屋で散々泣いたはずなのに、我ながら本当に弱くて嫌になる。

 ユリサはジャケットのポケットから白いレースのハンカチを取り出し、そっと私の涙を拭った。そして、申し訳なさそうな顔をして言ったのだ。

「フラン、ごめんね」

「え……?」


どうしてユリサが謝るのか。謝るべきは私の方で、ユリサが私に謝罪する理由なんてどこにも無いはずだ。

「今までの記憶がなくて、それなのにいきなり私に此処まで連れて来られて。その上『ヴァイスリッターとして戦え』だなんて、辛いに決まってる。なのに私はフランの気持ちも考えずに……」


「ま、待って!ユリサはなにも悪くなんてない!悪いのは私の方で……私、自分の力がコントロール出来なくて、またユリサやみんなを傷付けるんじゃないかと思うと、怖くてたまらないの……いっそのこと、私なんていなくなった方が良いんじゃないかって思って……」

「そんなわけない!!」


ユリサは勢いよく立ち上がると、そう叫んだ。その声は思いの外よく響き、訓練中の隊員たち数名がこちらを振り返った。

「いなくなった方がいいって……馬鹿なこと言わないで!そんなわけないでしょう!私がどれだけ……どれだけあなたを捜していたと思ってるの……!」

ユリサはそう言って、ぽろぽろと泣き出した。黒い睫毛を大粒の雫が濡らし、白い頬の上を伝ってブラウスの中へと流れ落ちていく。


「ユ、ユリサ……ごめん、ごめんね。だから泣かないで」

 私は立ち上がり、ハンカチを取り出してユリサの涙を拭った。

「ごめんね……そうだよね、約束したもんね。ユリサの側にいるって」

知らず知らずのうちに、私はまたユリサを独りぼっちにしようとしていた。本当に馬鹿だ。「みんなを傷付けない為に」などと言いながら、私は結局、自分が楽になることしか考えていなかったのだ。


 ユリサはゆっくりと視線を上げて私を見た。濡れた黒い瞳は蠱惑的でありながら、無垢な少女のように純真でもある。

「戦わなくてもいいの。フラン、またいなくなるくらいなら、もう戦わなくていい。総統に掛け合って、フランを戦闘に出さないようにしてもらおう」

ユリサはそう言って私の手を強く握った。


 戦うことで、私は仲間のことさえも傷付けてしまう可能性がある。自分の力をコントロール出来ず、私の身体を支配しようとするなにかに怯えて、大事な気持ちさえ投げ捨てて逃げ出そうとしていた。弱くて惨めで、どうしようもなくて……


だけど、私は何の為に此処にいるのか。決めたはずじゃなかったのか。ユリサを守るんだって。人間とAIが共存できる世界を願ったはずではなかったか。

 最初から上手くいくことなんてきっとない。諦めたら、何も成し得ない。


「ユリサ」

 繋いだこの手に誓う。私はもう、絶対に逃げない。この手を離しはしない。

「ありがとう。だけど、私はやっぱりユリサを、みんなを守れるようになりたい。その為に、もっと強くならなきゃいけない」

「フラン……」

ユリサが泣き腫らした目に驚きの色を浮かべる。


「ユリサのお陰で目が覚めたよ。よしっ、明日からまた頑張るぞ!まずは総司令官やみんなにも謝らないといけないな」

 ついさっきまで基地を去ろうだとか本気で考えていたのに、我ながら切り替えの早さに呆れてしまう。ユリサの言葉の持つ力が、いつも私を明るい方へと引っ張っていってくれるのだ。


「ま、待ってよ、フラン。でも、無理に戦わなくってもいいんじゃ……フランは司令長官だし、指示振りだけでもいいと思うんだけど……」

先ほどまでとは打って変わって、今度はユリサの方が不安げな表情を浮かべていた。

「ううん。みんなに指示だけを与えるなんて、きっと私には向いてない。それに、私はみんなと一緒に戦って、この手で大事な仲間を守りたいの!」


 どうしてか、ユリサはあまり嬉しそうな顔をしなかった。寧ろ少し哀しそうな目で、独り言のように呟いた。

「そう……」

 なんでそんな顔をするの?私はユリサの笑った顔が一番好きなのに。


 ユリサはいつも儚げな微笑みを浮かべて私に接してくれるけど、今思うとそれは、ユリサの心からの笑顔ではないような気がする。

 ユリサが心から笑っているところを見たことなんて、きっとそれほど多くはないだろう。

 いつか必ず、私はユリサが笑って暮らせる世界を叶えてみせる。

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