27 : 戦えない
ロイドギアを装着していても暴走状態に陥らないこと。自分の力をコントロール出来るようになることが、私のこれからの課題である。
それがクリア出来ない限りは、当然実戦に参加することも許されない。周囲のアンドロイド達に危害を加えてしまう可能性があるからだ。
総司令官から聞いた話によると、暴走状態に陥った私を止めることは、大勢でも難しいらしい。
模擬戦の時は、下から銃弾を浴びせられて落下したユリサを庇い、一緒に地に落ちて意識を失ったからなんとかなったものの……それでも私の暴走が続いていたらどうなっていたことか、と総司令官はこぼしていた。
模擬戦から一週間が経った今、外装の傷やへこみ、内部部品の損傷はメンテナンスによって修繕され、痛みも殆ど残っていない。その点、アンドロイドは人間よりも遥かに有利だと言える。
ユリサもほぼ全快しているが、腕や脚にはまだ包帯を巻いていた。サイボーグであるユリサの身体は、半分は私たちと同じ機械だが、もう半分──皮膚や髪の毛などは人間のものなのだ。それだけに、治るまでに時間も要する。
私の身体が回復した頃にはロイドギアも修理を終えて、私の手元へ戻ってきた。初めて装着した日に行われた模擬戦によって、真新しいロイドギアは傷だらけになってしまったが、修理を終えて新品同様の状態で戻ってきてくれた。
白銀の装甲は艶やかな光を纏いながら青く煌めく。ロイドギアを見ていると、ヴァイスリッターの一員なのだと認めてもらえたような気がして、自室にいる時は時間が経つのも忘れていつまでもロイドギアを眺めていた。
毎晩ロイドギアを入念に磨いてから休むのが習慣になったが、喜びの裏側にはいつも不安が付き纏う。
ロイドギアによって力が増強され、私は模擬戦で暴走状態に陥った。また明日から、ロイドギアを装着した状態での訓練が再開する。訓練にはユリサや総司令官、ヴァイスリッターの隊長であるアムやマックス、エリアスたちが付いてくれるらしい。
だけど、私はまた暴走してみんなを傷付けてしまうのではないか。そう考えると、ロイドギアを身に付けることが恐ろしくてたまらなくなる。
戦闘訓練なのだから多少はお互いに傷を負うだろう。だけど、あの時の私はユリサを敵と認識し、殺そうとしていた。
──いや、ユリサだけじゃない。あの場にいた隊員たち全員を、だ。
模擬戦で暴走状態に陥っていた時のことは、殆ど覚えていない。ただ、誰かに身体を操られていたかのような、不気味な後味の悪さだけが身体の中に沈殿していた。
この力をコントロール出来るようにならなければ、実戦に参加することは出来ない。役には立てないだろう。お前は不要だと切り捨てられるかもしれない。それだけは絶対に嫌だ。
明日からの訓練で、何としてでも上手く戦えるようにならなくては。
*
訓練は今までと同様に、訓練場内にある戦闘ホール内で行われることとなった。訓練場内のどこにこれほどのスペースがあるのかと思うほど広く、衝撃や騒音を極力外に漏らさないよう、この階層だけは特殊な素材で造られている。
ロイドギアの内側には熱が籠り、体内の部品は急速に回転数を上げていく。
目の前に立つユリサもロイドギアを身に纏い、こちらを真っ直ぐに見据えていた。
周囲には総司令官にアム、マックス、エリアスもいる。万が一私が暴走した時に備え、隊長クラス以上の隊員が忙しい時間の合間を縫って私の訓練に付き合ってくれているのだ。
その指示を出しているのはナヌーク総統で、総統の私に対する期待値の高さが身に染みて感じられる。それは大変光栄なことであると同時に、少し荷が重いような気もする。
「フラン!」
ユリサの声に、私は顔を上げた。
「大丈夫。仮にフランが暴走したとしても、私たちがいるんだから」
その微笑みは優しく、何よりも心強い。周囲を見回すと、総司令官やアムたちもユリサの言葉に同意するように頷いてみせてくれた。
「うん、ありがとう……!」
そう言いはしたけれど、私は絶対に暴走しない。してはいけない。みんなに怪我をさせてはいけないし、迷惑もかけたくない。心の中で、自分自身に何度もそう言い聞かせた。
「それでは、これより戦闘訓練を開始する。それでは……始め!」
総司令官の合図と同時に、ユリサが剣を振り翳しながらこちらへと向かってきた。剣と機関銃が頭上で激しくぶつかり合う。
本当に──こんなにも華奢なのに、一体どこからこれほどの力が出せるのか。
体内を物凄い速さで電流が循環し、数多の部品が唸り声を上げながら回転している。
敵対反応を確認。これより、対象物の抹殺を開始する。
──まただ。模擬戦の時と同じ。頭の中で機械音が流れたその瞬間、身体は猛烈な熱を持ち、ユリサを敵と認識するように、視界に標的を狙い撃つ為の的が出現した。
腕や脚の傷は完全には治っていないというのに、ユリサは容赦なく剣技や蹴りを繰り出してくる。
反撃をしようと思うのだが、私がユリサを攻撃しようとすると頭の中でまたあの音声が流れ、焼けるような不快感を伴って、なにかが私の身体を支配しようとする。
私は後ろに飛び退き、ユリサから距離を取った。ユリサは獲物を狙う黒猫のような眼で、私に向かうタイミングを見計らっているように見える。
だめだ、これ以上は……
これ以上戦いを続けたら、私はまたユリサを傷付けてしまう。私が私でなくなってしまう!
剣を構え、切先をこちらへ向けてユリサが私の方へと突進してくる。力尽くで防御を壊そうと、繰り返し振り翳される剣を機関銃で塞いだ。蹴りが繰り出されると、後ろへ後退して交わした。
こちらから攻撃を仕掛けなければ、身体の熱が上昇することはなく、あの機械音も一時的に止む。力を出そうとすればするほど、何者かが私を支配しようとするのだ。だから、本気を出すことは出来ない。リミッターは解除してはいけないのだ。
終わりの見えない攻防戦の最中で、ユリサが怪訝な表情を浮かべて私を見た。
「フラン……?どうして、どうして私を攻撃しないの?」
黒い瞳が不安そうに翳る。ユリサのそんな顔は見たくない。私の所為で心配をかけたくない。だけど──今はこれ以外に、どうしていいかわからない。
私は機関銃を下ろした。ユリサやみんなの視線が刺さる。驚きと心配の混ざった目でこちらを見ていることがわかる。
「……ごめんなさい。私……戦えない。戦ったらまた暴走して、きっとみんなを傷付けてしまう!」
戦えないことよりも、自分の身体がなにかに支配されることよりも、みんなに怪我を負わせてしまうこと──それが私にとって最も恐ろしいことだ。
みんなを傷付けるくらいなら……
それはあまりに辛くて、想像するだけで頬を涙が伝うほどに哀しいことだ。
みんなを傷付けるくらいなら、いっそのこと此処から去ってしまった方がみんなの為に良いのではないかと思う。
「待ってよ!どうしたの、フラン!?言ったじゃない!暴走したって私たちがあなたを止めるって!その為にみんな集まってるんだよ!?」
「そうだよフラン!それかもしかして……ロイドギアの所為でどこか痛くなった?それなら言ってくれれば……」
「そうだぜ!だから遠慮せずに好きなだけ暴れろ!」
ユリサの言葉に、アムやマックスも激しく同意した。総司令官とエリアスも、ずっと心配そうな表情で私を見ている。
「本当にごめんなさい。今日は、ちょっと……どうしたらいいのか考えさせてほしい、です……」
そう吐き出した声はみっともなく震え、ヴァイスリッターにあるまじき弱々しさだった。
「……わかった。今日はもういい、解散だ。フラン、しっかり休んで頭を冷やせ。訓練はまた明日からだ」
「総司令官!」
ユリサの叫びに背を向けて、私は部屋を飛び出しエレベーターに飛び乗った。
「フラン!!」
みんなの声を遮断するかのようにエレベーターの扉が閉まる。私を乗せて、下へ下へと下降していく。
情けなくて、涙が溢れて止まらない。
私、ユリサを──みんなを守りたいから、戦おうと決めたはずなのに……
私はどうして、此処にいるんだろう。




