25 : フラン VS ユリサ
ロイドギア──AIによって生み出された、アンドロイドの性能を飛躍的に向上させる機械式の鎧。
戦闘向けに造られていない一般のアンドロイドでは、ロイドギアを身に付けて動くことさえ難しく、身体が耐え切れずに暴走を引き起こしてしまうこともある。
白銀の装甲は氷のように艶を帯びて輝き、触れると雪解け水のようにひんやりとした感触が伝わってくる。
ロイドギアは各々のスペックや特徴に合わせ、専門の技工士によって造られている為、身体への負担が最小限で済むように造られてはいるが、ロイドギアを装着する際はひどく緊張した。
実際に身に付けてみると、それは驚くほどに身体に馴染んだ。同時に、私を構成するプログラムが物凄い速さで形を変えていき、内部のパーツが熱を持って急速に回り出した。
内側から力が漲ってきて、これなら普段の数倍以上の力が出せそうだ。頑丈な装甲を全身に纏っている筈なのに、不思議と着けていない時よりも身体が軽くなったような気がする。
初めてロイドギアを身に付けた為か、若干の痛みは感じるが、この程度なら大したことはない。
更衣室の鏡の前に立つと、ロイドギアを纏う自分の姿が映った。
首元から肩部、腹部、腰回りは細かな部品が複雑に重なり合った白銀の装甲で覆われ、アームカバーやガーターブーツも同じ素材で出来ている。身体のラインを縁取るようにあしらわれた、レースのような華やかな黄金の模様が非常に美しく、目が引きつけられる。
自分で言うのも可笑しな話だが、ホワイトブロンドの私の髪に、この鎧はよく合っていると思う。
装甲の下は身体にぴっちりと吸い付く肌触りのタイトなボディスーツで、ヴァイスリッターの隊員は、普段から軍服の下にこのボディスーツを着ている。
格好だけなら、なかなか様になっているんじゃなかろうか。ロイドギアを身に付けても、今のところは身体に不調なども見られない。
誰もいない更衣室の中、鏡の前でくるくると全身を眺め回しながら、高揚感と満足感の混ざったような感情を味わった。
だけど、当然のことながら格好だけキマっていても駄目だ。この後、ロイドギアを身に付けてユリサと実戦訓練を行なう。
私はロイドギアの扱い方など、一切覚えていない。それでも、恐らくユリサは本気でくる。
正直言って不安だけど、怖気付いているだけじゃ前には進めない。本気には、本気で応えなくちゃいけない。
*
ロイドギアを身に付けて屋外の演習場へ向かったところ、思いの外多くの隊員たちが集まっていたので驚いた。ヴァイスリッター以外の隊員までもが集まっている。
「こ、これは……」
もしかして、もしかしなくても、みんな私とユリサの模擬戦を見物しに来たっていうの!?私、ロイドギアを装着した状態での戦闘はこれが初めてなんだよ!?こんな大勢の前でボコボコにされるのはちょっと恥ずかしいんだけど!?
知らぬ間に話が想像の何倍も大きくなっていて、危うく腰を抜かしかけた。
「よっ、フラン!」
「ヒィッ」
背後から突然声を掛けられ、素っ頓狂な声が出た。
マックス、アム、エリアスがさも可笑しそうに笑いながらこちらを見ていた。
「おまえ、なんて声出してんだよ」
マックスが呆れた様子で笑った。
「みんな……いや、こんなに沢山集まってるとは思わなかったから、びっくりして……」
「そりゃあそうだよねー。だって、フランとユリサが本気でやり合うなんていつ以来よ?実質、フランとマトモにやり合えるのなんて、ユリサくらいだしねぇ」
「オレを除けばな!」
アムの言葉にマックスがそう付け足したが、それについては誰も何も答えなかった。
「フラン、君には特別な才能が……」「おまえには特別な力が……」ナヌーク総統やヴォルフガング総司令官から言われた言葉が頭を過ぎる。
そして今も、アムは「フランとマトモにやり合えるのなんて、ユリサくらいだしねぇ」と言った。
私はそれほどまでに強大な戦闘力を秘めているのか。たしかに、軍事基地へ来たばかりの頃は戦闘方法なんて何一つわからなかったし、自分が戦えるなんて思ってもみなかった。
だけど、実際に訓練を始めたら、自分でも訳がわからないほど身体が勝手に動き、次第に相手の動きさえも読めるようになった。
信じられないくらいの力が身体の内側から漲ってきて、制御するのも困難なほどに沸々と滾っている。ロイドギアを身に付けて、それは更に増大した。
その時、頭の奥で声が響いた。
──なんでもいいから、壊したくてたまらない。
……え?今、なんて……?
「……フラン?」
アムの声で我に返った。みんな心配そうな顔をしてこちらを見ている。
「大丈夫?具合でも悪いの?久々にロイドギア着けたから……」
アムが不安げな表情を浮かべながらそう言って、私の顔を覗き込む。
「ごめん、ちょっとぼーっとしてただけ。全然大丈夫だよ」
みんなにこれ以上心配をかけないように、私は笑顔を取り繕った。
「にしても、総司令官も無茶言うよな。ロイドギアが完成したばかりだってのに、いきなり実戦訓練だなんてよ」
マックスの何気ない言葉に、エリアスが声を潜めて答えた。
「……まあ、ここだけの話、指示を出したのは総司令官じゃなくてナヌーク総統なんだけどね」
総統の名が出ただけで、どこか張り詰めた神妙な空気がこの場に漂う。
総統が……?まだ頭の中がぼーっとして、少しだけ痛む。やっぱり、初めてロイドギアを着けた影響だろうか。
「フラン!」
背後から名前を呼ばれて振り返ると、ロイドギアを身に纏ったユリサが立っていた。
「ユリサ……」
こちらを真っ直ぐに見据えるユリサの表情は真剣そのもので、そこにはいつもの穏やかな微笑は浮かんでいない。紛れもなく、戦う者の目をしている。
「そろそろ時間よ。行きましょう」
ユリサはそれだけ言うと、私に背を向けて先に歩き出してしまった。
ユリサ──
白銀の装甲を纏った黒髪の後ろ姿が、どうしてか、哀しいほどに遠く感じた。
だだっ広い演習場を囲むようにして、大勢の隊員たちが集まっていた。自分たちの訓練はどうしたのか、と聞きたくなるが、別部隊の指導官さえもが見物に来ていた。
まるでコロシアムのようだ。なんだか見せ物みたいで少し嫌な気もするけれど、それよりも今は、身体の奥で沸々と滾る熱を発散したかった。なるべくユリサを傷付けずに、早く終わらせてしまいたい。
私とユリサ、そして審判を務める総司令官は演習場の中心に立ち、私はユリサと1メートルほどの距離を置いて、真っ直ぐに向かい合っている。見物客たちの視線が頭上に降り注ぎ、この場には張り詰めたような緊張と高揚感が漂っていた。
ふと視線を上げると、司令部のバルコニーからこちらを見ている人影に気が付いた。目を凝らしてよく見ると、それはナヌーク総統だとわかった。
総統は涼しげな微笑を口元に浮かべながら、私の方をじっと見ている。私たちの視線はばっちりと重なり合い、総統は目を細めて微笑を深めた。
再び正面を向き、視線をユリサに戻す。ユリサは黒い瞳で真っ直ぐに私を見据えている。その目の奥には仄かな青い焔が燃えているように見えた。ユリサは本気でくる。だから私も、本気でいく。
「それでは、これより模擬戦を開始する──両者、正々堂々──始め!」
総司令官が叫んだ瞬間、ユリサが剣の切っ先をこちらに突き立て、凄まじい勢いで向かってきた。気付いた時にはユリサの顔がすぐ近くにあった。寸前のところで交わしたが、髪が数本切れて風に舞った。
演習場は割れんばかりの歓声に飲み込まれ、タイル張りの大地が震えて風向きが変わった。
総司令官の姿は、気付いた時には見えなくなっていた。
先程の攻撃を交わした時の衝撃か、ロイドギアが身体を締め付け、内側に焼けるような電流が走った。同時に、緊急事態発生とでも言わんばかりにモーターが尋常でないほどの速さで回転し出し、体内のパーツが不気味且つ異常な音を立てて軋んだ。
雪と青空を宿したかのような美しい、巨大な剣は顔の数センチ先を擦り抜けていく。交わしたと思ったら、今度は背後から容赦ない蹴りを喰らい、装甲に包まれた脚は私の脇腹に深く減り込んだ。
「がっ……は、っ」
ユリサが本気でくるということはわかっていたが、これほどとは──決してユリサを舐めていたわけではない。私がマザーボードへやって来た最初の日、ユリサはウイルスを簡単に捩じ伏せてしまったし、ロイドギア無しでの訓練でだって、信じられないほどの強さを発揮していた。それだって、いつも手を抜いてくれているってわかっていた。
脇腹には感覚が麻痺するほどの強烈な痛みが走り、内部の部品が割れるまではいかなくとも、確実にヒビは入ったような気がする。
私は数メートル先まで吹き飛ばされ、ロイドギアを纏った状態で無惨に転がった。
あーあ……せっかく手に入れたばかりのロイドギアなのに、今日の戦闘で早速傷を付けてしまった。
ゆっくりと、剣を片手にユリサがこちらへ歩いてくる。だけど動けない。身体が動かない。
周囲を包む歓声が遠く感じる。こんなに沢山のアンドロイド達が私たちの戦いを一目見ようと集まってくれたのに……
総統だって、総司令官だって、こんな私に期待してくれていたのに……!
才能がある、なんて言われてほんの少しだけ浮かれていた自分が恥ずかしい。私なんて、本気を出したユリサの足元にも及ばない。
こんなので、なにが「sugar doll」だ……!
その時だった。
──情けないわねえ、フラン。それでもあたしの***なの?
歓声の中で、その声だけが妙にはっきりと聞こえた。それは外から聞こえたんじゃない。頭の中に直接語りかけてきた。
模擬戦が始まる直前に聞こえた声とは、また別の声。
その声はどこかで聞いたことがあるような、凛々しくて品のある、艶めかしい声色で──
……そうだ。
私はシュガードール。それ以上のことは何も思い出せないけれど、ただ一つ頭の中に浮かび上がってきたこと──
それは、私が最強だってこと。




