24 : 白騎士
自分は今、眠っているのかいないのか、此処は夢の中なのか、それとも現実なのか。暗闇の中を手探りで歩くような感覚を伴いながら、私は朝を迎える。
旭光が差し込む部屋の中に、ドアを連続でノックする音が響いた。
「フラン、おはよう!起きてる?」
「おはよう、ユリサ。起きてるよ」
気怠い身体を起こし、うーんと伸びをしながら私は答えた。
「早く準備しなさいよー?あんまり遅いと、また置いて行くからね?」
「えーっ、ひどいなぁもう」
そんなこと言いながら、本当にユリサが私を置いて先に行ったことなんて一度もない。
頭の中は霞がかったようにぼんやりとし、ハイソックスも左右を間違えそうになった。私は寝惚けているのだろうか。AIに睡眠は必要ないはずなのに、朝はいつだってベッドが恋しくて堪らない。
昨晩はベッドに横になってからも、なかなか思考が休まらなかった。カノンに言われたことを何度も繰り返し思い出してしまい、忘れようとすればするほど、それは錆のように黒くこびり付いた。
「お待たせ!」
ジャケットのボタンも留めないまま、部屋を出るなり私は叫んだ。
ユリサは壁にもたれながら、私をちらりと横目で見た。
「今日、最速タイムかもね。ま、ボタン溜まってないし、髪もボサボサだけど」
そう言ってくすりと笑うユリサは、当然のことながらジャケットのボタンは全て留めているし、長い髪は絹のように艶やかで美しい。
……なんだろう、この圧倒的な差は。私はアンドロイドで、ユリサは半分人間のサイボーグ。それなのに、私はユリサよりも先に起きられた試しがない。
「さ、行くわよ!フランの所為で遅刻しちゃう!」
「うえっ、遅刻!?ちょっと待って!」
エレベーターの前でようやくユリサに追いついた。そこには、見覚えのある後ろ姿がもう一人。ウェーブがかった栗色の髪に、振り返った瞬間私を射抜く深紅の瞳。
「カノン……」
どうして今日はこうもタイミングが悪いのだろう。昨日あんなことがあったばかりなのに。
ユリサは凍りついたような完全なる無表情で、前を向いてエレベーターが来るのを静かに待っている。
カノンは少しの間キツい眼差しで私をじっと見ていたが、飽きたのか直ぐに視線を正面へ戻した。
カノンは嫌なヤツかもしれない。ユリサのことを悪く言われて、正直言って私もかなりムカついてる。だけど、それでも私たちは、ヴァイスリッターの仲間だ。仲間内で歪み合うのは、他の隊員たちの為にも良いことではない。
その時、エレベーターが到着して扉が開いた。カノン、ユリサ、私の順に乗車する。
一階に着くまでのほんの短い時間ではあるが、小さな箱型の空間の中には地獄のような空気が漂っていた。
私はカノンの方を向き、思い切って声を振り絞った。
「おはよう」
力み過ぎた所為か、それとも単に寝起きだからか、挨拶の声は上ずって恥ずかしいことになった。
ユリサはやや驚いた様子で私を見ている。
カノンはと言うと、同じく驚いたようだが、その後すぐに小馬鹿にしたように口角を緩めた。
「おはよう。寝癖、ついてるけど?」
そう言われて、私は慌てて髪を抑えた。
一階に着いてエレベーターの扉が開くと、カノンは嘲笑いを浮かべながら最初に降りていった。
「……相変わらずね」
小さくなっていくカノンの背中を見送りながら、ユリサはぼそりと呟いた。
ユリサがカノンに何か意地悪をされていないか心配していたのだが、ユリサの様子からすると、どうやらカノンのことなどそれほど気にもしていないらしい。さすがユリサだ。少し安心した。
「ユリサ」
「ん?」
「ユリサのことは、絶対私が守るからね。何かあったらいつでも言ってよ?」
ユリサは喜んでいるとも困惑しているとも取れる複雑な表情を浮かべ、曖昧に頷いた。
「え、ええ。ありがとう?」
カノンのヤツ……待ってろ。ユリサが本当は最高に強くて優しいサイボーグなんだってこと、いつかわからせてやるんだから!
*
ヴァイスリッターのみでの朝礼を終えると、私はユリサと連れ立って訓練場へと向かった。今日は朝からヴォルフガング総司令官との戦闘訓練だ。
総司令官との戦闘訓練は、大体いつも戦闘ホールαと呼ばれる階層で行われる。
エレベーターで上昇し、扉が開くと、そこにはいつに無く神妙な面持ちの総司令官がいた。
「おはようございます」
「ああ、おはよう」
……なんだろう、この沈黙は。
総司令官は仏頂面で腕組みをしたまま私の前に立ち、真一文字に口を結んでいる。
もしかして私、自分でも気が付かないうちにとんでもない失敗でもやらかしていたのだろうか。
そしてもう一つ気になるのは、総司令官の背後にある、人が一人入れそうなくらいの大きさの黒い箱型の物体だ。荘厳な金色の細工が施されていて、鍵穴のようなものが取り付けられている。
「フラン、今日はおまえに渡すものがある」
ようやく総司令官が口を開き、重々しい口調で静かに言った。
「私に、渡すもの……?」
それはこの黒い箱の中に入っているのだろうか。期待に胸が高鳴る。もしかして、私がずっと待ち焦がれていたアレだろうか。
隣にいるユリサを見ると、私の期待を察したかのようにくすりと微笑んだ。
「これで開けられる」
総司令官はそう言って、チェーンの付いた金色の鍵を私の手の中に落とした。
「あ、ありがとうございます……!」
気持ちを鎮めつつゆっくりと箱へ近付き、その前で立ち止まると、鍵を握る手に更に力を込めた。
鍵を鍵穴に近付けると、呼応し合うかのように鍵と箱の表面に白銀の閃光が流れ出し、それはやがて難解なプログラミング言語となって、床に魔法陣のような弧を描いた。
自動的にロックが解除されたようで、どういう仕組みか、箱は床に描かれた孤の中へと沈んでいった。
その中から現れたのは、ガラス製のマネキンに着せられた、白銀色に光り輝くロイドギア。
多様なパーツが複雑に重なり合い、鋼のような強度を持ちながらも外装は繊細で美しく、所々に黄金の紋様が細く刻まれていて、自然と目が引き付けられる。
雪の結晶を象ったような、機械式の巨大な二丁の機関銃が取り付けられている他、背部には収縮可能な翼が取り付けられていて、空を飛ぶことも可能だ。
それはまるで、雪の王国の騎士のようで──「ヴァイスリッター」の名に相応しい。
ヴァイスリッターのロイドギアは、装甲の色は白銀色と全員同じだが、デザインやパーツ、機能などは各々の戦闘スタイルや性質に合わせて造られている為、全く同じものは一つとしてない。
これが私の、ロイドギア──
ロイドギアを作る技工士さん達が私の為に一から手掛けてくれた思いの結晶。
これを纏うことで、私はようやくみんなと同じ場所に立てる──そんな気がして、胸の奥から熱い感情が込み上げてきた。早くこれを纏って訓練したい!
私の心の声を察したのか、総司令官がふっと口元を緩めて笑った。
「早くロイドギアを着けたくてたまらない、っていうような顔してるな。安心しろ、この後早速ロイドギアを着けて実戦訓練を行なってもらう」
「ほ、本当ですか!」
「ああ、隣にいるおまえの親友を相手にな」
ユリサと!?
驚いてユリサの方を見ると、ユリサは平然とした顔つきで視線を上げ、私と目が合うと不敵に微笑んだ。
「言っておくけど、もう手加減はしないから」
もう手加減はしない──ということは、今まで私と戦った時は、本気を出していなかったということだ。
ユリサの強さを考えれば、それは当たり前のことかもしれない。
マザーボードへ来たばかりの頃にウイルスと遭遇した際、ユリサはたった一人でウイルスを戦闘不能にし、事態を収めてしまったのだ。
まだロイドギアを装着したこともないというのに、いきなりユリサ相手に実戦訓練だなんて……
「そ、総司令官……あの、それはいくらなんでも無茶過ぎるんじゃ……」
総司令官は「なにを言ってるんだ?」とでも言いたげな、不思議そうな顔で私を見た。
「あん?なに弱気になってるんだよ。覚えてないかもしれないが、おまえは今までずっとロイドギアを着けて戦ってきたんだ。新人と同じようにロイドギアの使い方を一から教えてる暇はねえ。その必要もないだろ」
その必要もないって──たしかに私は記憶を失っているだけで、以前はロイドギアを着けて何度も戦っていたのかもしれないが、今は何一つとして覚えていないのだ。
ロイドギアは、素人では装着することさえままならない。身体に上手く馴染まなかったり、使い方を誤ってしまうと大事故に至るケースもあるのだ。
「で、でもっ、私まだ一回もロイドギア着けたことないんですよ!?使い方も覚えてないし……!」
「大丈夫だ!おまえはヴァイスリッターの司令長官だろ!習うより慣れろ!ロイドギアも使いこなせないようじゃ、正直言って話にならん!」
な、なんという無茶苦茶な……
開いた口が塞がらない。スパルタ教育とはこのことか。
「それに、おまえは最初ここに来た時、戦闘方法を何一つ覚えていなかっただろ。それが今ではどうだ。たった一ヶ月とそこらでユリサとも互角にやり合えているじゃないか。もちろん、訓練と努力あってこそだが……
それでも、今のフランがここまで戦えるのは、今までのフランの経験がその身に染み込んでいるからだ。そうだろ?
それに、おまえは俺たちとは違う、特別なアンドロイドだ。だから、こんなことでピーピー弱音を吐くな!」
総司令官の言う通りだ。総司令官の放つ言葉の一つ一つがすんなりと胸の奥に入ってきて、なんだか内側がじんわりと温かくなるような、そんな気がした。
私が軍事基地へ来てから、総司令官は親身になってずっと訓練に付き合ってくれている。ずっと見てくれていたんだ。
総司令官だけじゃない。私を支えてくれている、みんなの期待に応えたい。
私は頷いた。
「……はい!失礼致しました!」
それからユリサの方を見て、
「ユリサ」
「なに?」
ユリサは「そう来なくっちゃ」とでも言うような微笑を浮かべている。
「本気で、いくから」
ユリサはふっと笑って頷いた。
「うん、私も」
正直言って不安は大きい。握りしめた手は微かに震えている。
それでも──
私は視線を上げ、真新しいロイドギアを一瞥した。それはあまりに美しく眩しい、白い光を放つ聖なる鎧。
ユリサ、総司令官、見ていて。私がこれを纏うのに相応しいヴァイスリッターなんだってこと、絶対に証明してみせるから。




