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シュガードール×エンドロール  作者: nami
訓練漬けの日々
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23/63

22 : カノン

 マザーボードへ来てから一ヶ月以上が過ぎた。記憶を失い、何もわからないまま人間界で生活していたあの頃が、今では遠い過去のことのように感じる。

 何の為に造られたのか、私の使命とは何なのか。その答えが「戦うこと」なのだとしたら、私は誰かを守れるくらいに強くならなくてはならない。


 ノースリッジ軍事基地へ来て、以前の記憶がないにも関わらず、ヴァイスリッターの司令長官として温かく迎え入れてもらった。だから私は、みんなの優しさに応えたい。

 戦闘訓練を重ねる度に、首筋に刻まれた「sugar doll」の擦り切れた文字が疼く。シュガードールとはどういう意味なのか。もしかしたら、総統やユリサは知っているのかもしれない。だけど、それは私が自分の力で知らなければいけないことのような気がする。


 私はまだまだ弱いけど、少し前まで戦い方など一切わからなかったのに、この一ヶ月でアムやマックス、エリアス、それにユリサとまでやり合えるようになっていた。

 もちろん、みんなが手を抜いてくれているということはわかっているけれど。


 今のところ何かを思い出せそうにはないが、以前総司令官が言っていた通り、戦闘経験は私の身体が覚えていたのかもしれない。自分がこんなにも戦えるなんて、少し前まで思ってもみなかった。

 みんなが言う通り、私はやっぱり「フラン」なのかもしれない。ユリサが知っている、ユリサの親友の──


 鈍い痛みが思考を遮断した。右手から繰り出されたユリサの攻撃を交わし切れず、彼女の白い拳は容赦なく私の頬にめり込んだ。

 視界の隅に、黄昏色の火花が微かに見えた。足が地面から浮き上がり、私はその場に倒れ込む。

「フラン!大丈夫!?ごめんね、つい力が入っちゃって……!」

ユリサは私の目の前で屈むと、泣きそうな表情を浮かべながら私の顔を覗き込んだ。


 やっぱり、いくら模擬戦とは言えユリサと戦っている最中に考え事なんてするものじゃない。頬はじりじりと痛み、自分の愚かさが悔やまれた。

「だ、大丈夫!私がちょっとぼーっとしてたからだよ!」

「ああっ、ちょっと傷が付いちゃってる!立てる?修繕室まで歩けそう?」

 ユリサの手は、私の頬に触れるか触れないかのところでおろおろと不安そうに動いた。顔を青褪めさせ、瞳を曇らせる豊かな表情の移り変わりを見ていると、やっぱりこの子は人間なのだなぁとつくづく感じる。


 綺麗な黒い瞳も髪も、つんとした鼻先も薄い唇も、彼女のお父さんやお母さんから譲り受けたものなのだろう。羨ましい。この世界でたった一つしかない、ユリサだけが持つ替えが効かないものなのだ。

「フラン……?」

ユリサをこれ以上心配させないように、まだ若干痛む頬に笑みを浮かべて私は立ち上がった。


「これくらい全然大丈夫だよ。大した傷じゃないでしょ?だから修繕室にも行かなくて大丈夫」

「でも……」

「大丈夫!さ、次は負けないから!」

 私はユリサに向けて手を差し出した。ようやく、ユリサの顔に笑みが戻った。

「うん」

 ユリサは頷くと、私の手を取って立ち上がった。

 




以前、司令長官を務めていた頃の記憶を一切持たない私のサポート係として、ユリサは殆どの時間、私の側にいてくれる。

 だけど、ユリサ自身もヴァイスリッターの大隊長という大きな役職に就いている為、私が此処での生活に慣れてきたこともあり、最近は私の側を離れて自身の事務仕事などを行うことも増えてきた。

 ユリサと一緒にいない間は総司令官か、もしくはアムやマックス、エリアス達ヴァイスリッターの訓練に参加していることが多い。

 

 ヴァイスリッターは隊ごとに分かれて訓練を行うことが殆どだが、一週間に一度は第一部隊から第四部隊揃っての合同演習が行われる。

 ロイドギア無しでの合同演習にはなるべく参加するようにと、ユリサや総司令官、総統からも言われていた。

 ユリサは別の仕事があり、この日の合同演習に一緒に参加することが出来なかった為、私一人で屋外の演習場へと向かった。


 合同演習の開始時刻までは少し時間がある為、ヴァイスリッターの隊員はまだ殆ど集まっていなかった。

「ようフラン!ユリサは一緒じゃないのか?」

 私がやって来たことにすぐに気付いたマックスが声を掛けてくれた。

「あ、はい。今日はユリサは、別の仕事があって」

「そうか。つかお前、いい加減その変な敬語やめろよな。なんつーか、ゾワゾワする!」

「えっ、す、すみませ……あっ、ごめんなさい」


 司令長官であるフランがマックス達に敬語を使わないのはごく普通のことで、寧ろ敬語で話す方が返って不自然だ。

 だけど、今の私から見ればマックス達はどうしても軍隊の上官だとしか思えなくて……

 マックスからは特に「敬語をやめろ」と以前から言われているけれど、なかなか抜けなくて申し訳ない。


 マックスはじっと私を見て、小さく溜息を吐いた。

「まあまあ、敬語なんてまた仲良くなれば自然と抜けるでしょ。ね?フラン」

 アムがにこにこしながらやって来て、私の腕を取った。隣にはエリアスの姿もある。

「えっ、はいっ……じゃない!う、うん!」

 アムとエリアスは顔を見合わせ、揃って吹き出した。


「あはは、ほんとに今のフラン面白い!寧ろ今の方が親しみやすくて良いかもね!」

「確かに。他の隊員たちも言ってたよ。今のフランは話しやすいって」

エリアスは私を見て微笑んだ。ヴァイスリッターの隊員たちは廊下ですれ違った際などに挨拶をしてくれるが、私が笑顔で挨拶を返すと、最初の頃はとても驚いた顔をされた。

 恐る恐るといった表情を僅かに滲ませながらも、中には話しかけてくれる隊員もいて、嬉しく思う一方、前の私は一体どんな奴だったんだ……と若干恐ろしくも思う。


「いや、調子狂うわ」

マックスはそう言って頭を掻いた。

「あの……前の私って、どんなだったの?」

 急にみんなが黙り込み、和やかだったこの場が一気に静かになった。私、不味いこと聞いたかな?そう不安に思っていると、アムが苦笑しながら口を開いた。


「んー、なんて言うかね、前のフランは自分にもみんなにも厳しかったかな。だけど凄く優しい所もあって、みんなが気付かないような所にもよく気が付くし、ヴァイスリッターの隊員はみんなフランのこと尊敬してた。あ、もちろん今もだよ!」

 アムは慌てた様子でそう付け加えた。

「うん。誰よりも強くて、だけどその分努力家で、孤高の存在だった。今のフランを見てると、どっちが本当の君なのかわからなくなるよ。どっちも君なのかもしれないけどね」

 エリアスはそう言って笑った。


 誰よりも強い、孤高の存在──今の私にはとても想像できない。これからそんな風になれる気もしないし、正直言ってあまりなりたいとも思わない。私はどちらかと言うと、もっとみんなと沢山話をして、仲良くなりたい。

 そう言おうと私が口を開きかけたその時、背後から鋭い声が聞こえた。


「ちょっと!いつまで喋ってるの!」

振り返ると、見覚えのあるアンドロイドがこちらに険しい視線を送っていた。私が軍事基地へやって来た日に、アムやマックス達と一緒にあの部屋にいたアンドロイドだ。

 名前はたしか──

「カノン!ごめんごめん!つい盛り上がっちゃって!」

 アムはカノンと呼ばれたアンドロイドの方へ駆け寄り、申し訳なさそうに両手を合わせた。


 ウェーブした栗色の髪に、つり目がちな真紅の瞳──そうだ。

 日々の忙しなさのお陰で忘れていたが、苦々しい記憶が鮮やかな色を持って蘇る。

「あんたみたいなのがフランだなんて、私は認めてないから」

 初めて基地を訪れた際に投げ掛けられたその言葉は、忘れようにも忘れることなど出来ない。


「そろそろ行くか」

「カノン、待たせて悪かった」

 マックスとエリアスはカノンの横を通り過ぎ、ヴァイスリッターの隊員たちが集まっている方へと歩いていった。

「フランも行こっ」

 アムが私に向かって手招きした。

「う、うん」

 カノンの紅い目が、執拗なまでに私をじっと見つめている。やがてカノンは私に背を向け、私たちの少し前を歩き出した。

 

 第四部隊隊長・カノン──

アム、マックス、エリアスとは良い関係を築けていると思うけど、ヴァイスリッターの隊長の中で彼女とだけは話す機会も少なく、どうも良く思われていないような気がする。気がするというか……実際そうなのだろう。

 私は出来れば、カノンとも仲良くしたいんだけど……やっぱりそれは、難しいことなのだろうか。

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