21 : ロイドギア
技能テストの結果は、翌日にヴォルフガング総司令官より伝えられた。
「昨日のテストの結果を送る」
マザーボード独自の伝達技術を用い、テストの結果がデータとなって直接私の頭の中に送られてきた。
判定はA+ランク。全八段回ある評価の中で上から三番目のランクだった。
「正直、驚いたよ。記憶を失っておよそ二年ぶりに復帰したとは思えないくらい。
やっぱり、長年の戦闘経験は身体が覚えているものなんだな。身体能力や判断力だけで言えば最高ランクのS+だよ。あとは戦闘力やスキルをまた一から鍛え直さないといけないな」
総司令官はそう言って褒めてくれたが、私はなんだか釈然としなかった。
昨日の技能テストが終わった後で、もう少し頑張れたのではないかと後悔の念が滲み出てきたのだ。
「君には特別な才能がある」と言った総統の声が頭の中で響く。私には才能なんて無い。
A+という良い評価。そこには、私が「フラン司令長官だから」という判断材料が含められているように思えてならない。私は戦ったことなど一度もない、ただのアンドロイドに過ぎないのだ。
その時、右肩に掌が乗せられて振り返ると、そこにはユリサの姿があった。
「もしかして、『A+だなんて過大評価だ』とか思ってる?」
心の内を言い当てられてぎくりとした。どうやら、ユリサに隠し事は出来ないらしい。
「まあ……ちょっとびっくりしちゃって。有難いとは思うんだけど……」
「そんなに心配しなくていいのよ。昨日のフラン、本当に凄かったもの。今のフランは自分を過小評価し過ぎ。フランの強さも凄いところも、私は知っているんだから」
「ユリサ……」
そうだ。本当に私に力があったとして、こんなに弱気ではそれを発揮することなど出来ない。ユリサや総統、総司令官たちの期待に応えられるように、今はとにかく、頑張るしかないんだ。
*
それから、訓練漬けの毎日が始まった。それは正に、以前総司令官が言っていた通りの地獄の幕開け。だけど、それくらい頑張らないと取り戻せないんだ──「フラン」としての実力を。
「フラン!!動きが遅い!!ウイルスは武器を持っていることが多いんだぞ!わかってるのか!?」
「は……はいっ!」
「ほら!そんなものか!?そんなんじゃいつまで経っても現場復帰出来ないぞ!!」
「はいっ、すみません!」
総司令官を相手にした実戦訓練は毎日行われた。総司令官は並外れたパワーと身体能力の持ち主で、その上動きも速い。
次から次へと繰り出される攻撃を頭で理解し、交わすことに精一杯で、反撃の余地も無く体力だけが削られていった。
縦横無尽に繰り出される総司令官の剣技に耐え切れなくなり、遂に私は床に倒れた。身体の中が燃えるように熱い。全身の関節に電気ショックを与えられているかのような痛みが走り、立ち上がることさえ困難だ。
「どうした、その程度か?ウイルスに感染したアンドロイドはな、通常時の2〜3倍にも及ぶパワーを発揮するんだよ。動きも速くなり、全体的に能力が飛躍的に向上する。
戦闘向けのアンドロイドでないならまだしも、それが俺たちのような軍隊に属するアンドロイドだったらどうする?例えば、俺がウイルスに感染したらどうなる?太刀打ち出来るか?」
総司令官の鋭い眼光が刃のように降り注ぐ。総司令官がウイルスに感染したら──想像するだけでも恐ろしい。ただでさえ、尋常でないほどの身体能力の持ち主なのに、そんな彼がウイルスに感染したら、あっという間に街は破壊され尽くしてしまうだろう。
「そうならないように、俺たちは強くなければいけない」
私の思考を読んだかのような言葉に驚き、彼を見上げた。その目は鋭い眼光を放ちながらも、どこか哀しい色を宿している。前にもこのような瞳を見たことがある。そう、ユリサだ。強さというものは、深い哀しみや痛みによってのみ磨き上げられるものなのかもしれない。
「此処の警備体制は万全だと言われているが、片時も油断は出来ない。なるべくなら、破壊せずに抑えたいからな」
暴走して手がつけられなくなったアンドロイドは、被害を拡大させない為にも、最悪の場合破壊するしかないと言われている。
ウイルスの侵攻が深刻な場合、一度戦意喪失させても再起動した際にまた暴走する可能性が非常に高い。
その為、外装をばらばらにするだけでなく、AIにとっての心に当たるコアまでも砕く必要がある。
それは、AIにとっての死。そうなるともう、二度と立ち上がることは出来ない。
そんなの、悲し過ぎる。自分で自分を抑えられなくなって徐々に自我も消えていき、仲間の手で破壊されるなんて──
きっと、総司令官やユリサはそういった事例を沢山見てきたのだろう。忘れてしまっているだけで、私もそうなのかもしれない。
痛む足を奮い立たせ、私はなんとか立ち上がった。総司令官は少し驚いた顔をして、その後不敵に口角を緩めた。
「そうでなくっちゃな。お前が『もう立てません』なんて言うところなんか、想像できないし見たくもねえぜ」
そう。這ってでも、何度でも立ち上がらなくては。これ以上悲しみを生まない為にも、悲しみを強さに変えて、立ち上がらなくてはならない。
*
その後も、私はヴォルフガング総司令官によるマンツーマンの指導を受けながら訓練に勤しんだ。
訓練と言っても一概に戦闘力だけを磨けば良いものではなく、軍隊に従事する者として必要な、膨大な量のデータを毎日取り込んだりもした。
マザーボードへ来てから二週間が経ち、軍事基地での生活にも少しずつ慣れ始めていた。
朝は六時に起床して、その後ヴァイスリッターのメンバーのみで行われる朝礼を終えると、すぐに訓練場へと向かう。訓練を終えて自室へ戻る頃には、23時を回っていることが大半だった。
総司令官でさえも「少し休んだらどうだ?」と心配するほどに毎日過酷な訓練に励む私を、ユリサはいつも不安げな目をして静かに見守ってくれていた。
だけど、一日でも早くみんなの知っている「フラン司令長官」になりたい。実力が追いつけば、もう少し自信だって付くはずだ。その為には、無理をすることだって必要だ。
訓練を始めてから一ヶ月近く経った頃には、目覚ましいほどの戦闘技術の向上が自分でもよく感じられた。
総司令官の動きを見切ってこちらから攻撃を繰り出すことはもちろん、近距離戦であれば彼と互角に戦えるまでになった。もちろん、総司令官が手を抜いてくれていることはわかっているけれど。
長い間使われていなかったことで衰えていた体内の部品も、徐々に本来の働きを取り戻してきているような気がする。
最近ではアムやマックス、エリアス達ヴァイスリッターのメンバーの集団訓練に参加するようになった。
アンドロイドと言えど、ランニングや筋力トレーニングなど、恐らく人間の軍隊でも行うような訓練も毎日行う。
ランニングでは、あまりのペースの速さに驚いた。各グループの先頭をアムやマックス、エリアスが走り、他の隊員たちもそのペースについて行けているのだから凄い。
「フラン、大丈夫?頑張って」
私がどれだけ遅くても、ユリサは必ず私のペースに合わせ、身体の中を軋ませながら走る私を励ましてくれた。
「う、うん……ありがとう」
だけど、日頃から真面目に訓練に取り組んだ成果が表れてきているのか、軍事基地へ来てから一ヶ月が経つ頃には、みんなの走る速さに合わせていてもそれほど苦しいとは感じなくなった。
ヴォルフガング総司令官の他に、アムやマックス、エリアス達とも戦闘訓練をよく行うようになった。
マックスは私と戦いたくて仕方がないといった様子だったが、色々な相手と模擬戦を行った方が良いと思い、他の二体にもお願いすると二人とも快く引き受けてくれた。
「ただし、フランに手加減はしないからね?」
アムもエリアスも、そう言って不敵な笑みを浮かべた。
ヴァイスリッターの隊長というだけあり、二体とも恐ろしく強い。
アムは目にも止まらぬほどのスピードで翻弄し、姿が見えなくなった次の瞬間には既に背後に回られている。短刀やクナイのような武器を瞬時に取り出すことができ、以前私が暮らしていた、人間界のあの国で古くから知られている「隠密」のような動きをする。
エリアスに至っては、こちらがどれだけ攻撃を繰り出しても、涼しい顔で全て交わされてしまう。エリアスは槍の名手で、身体の一部であるように槍を自在に操って防御も攻撃も行う。二本の槍を同時に扱うことも出来るようだが、普段の戦闘訓練では、その姿はなかなか見られないらしい。
マックスは総司令官とよく似た戦闘スタイルだが、よりパワーに特化している。
「フラン!遊ぼうぜ!」
そう叫びながら獣のように獰猛な動きでこちらへと向かってくるのだから恐ろしい。武器は特に扱わないようだが、とにかく力が強いので、一突き食らっただけで致命的なまでのダメージを相手に与える。
何度かマックスの攻撃を食らったことがあるが、本当に容赦ない。冗談抜きで砕けるかと思ったほどだ。
だが、その分隙も生じやすいので、その隙を突けば彼の攻撃に対処することも可能だろう。
アムもマックスもエリアスも、そしてヴォルフガング総司令官も、皆恐ろしく強いが、注意したいことが「ロイドギアを身に付けていない」ということだ。
私のロイドギアの製作が急ピッチで行われている最中である為、私が不利にならないようにと、全員がロイドギアを外した状態で相手をしてくれていた。
ロイドギアを身に付けると、アンドロイドの身体能力は飛躍的に向上する。
ただでさえ尋常でないほど強いのに、彼らにロイドギアなど必要なのだろうか。きっと総司令官が言っていた通り、それほどまでにウイルスに感染したアンドロイドが強力だということだろう。
通常ヴァイスリッターの訓練の半分以上は、ロイドギアを身に付けた状態で行われる。ロイドギアは装具時間が長いほどアンドロイドの身体に馴染み、能力を向上させようと形状を変えていく。まるで、ロイドギアそのものが一個の人工知能であるかのように。
ヴァイスリッターの隊員たちがロイドギアを身に付けて訓練に臨んでいるところを何度か見たことがある。
各々の身体に馴染んだ装甲は艶を帯び、アンドロイドの動きに合わせて形状を変えていく様は羽化の如く美しい。
幾体ものアンドロイドたちが白き機械の翼を広げ、空へ飛び立とうと跳躍したり、助走をつけたりしている姿に瞬きさえも忘れ、視線が吸い寄せられた。
他の隊員の訓練をいつまでも見学していられるほど、時間に余裕は無いのだということはわかっている。だけど、通りがけにヴァイスリッターの隊員たちがロイドギアを身に付けて訓練を行っているところを見かけると、つい足が止まり、目が引き付けられてしまうのだ。
「新しいロイドギア、楽しみだね」
ユリサは自分のことのように、私のロイドギアが完成するのを待ち望んでくれている。
私は頷いた。
「うん、楽しみ」
ロイドギアを身に付けるには、ある程度の身体能力が必要となる。誰にでも身に付けられるものではない。ロイドギアを付けた状態で激しく動くとなると更なるスペックが求められ、これは軍隊に属するアンドロイドでもかなり難しく、多くの場合数ヶ月もの時間を要する。
だから、私のロイドギアが完成するまでに、私自身の能力を鍛え上げておかなくてはならない。
総司令官から私のロイドギアが完成したとの知らせを受けるのは、それから更に二種間ほど先のことである。




