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シュガードール×エンドロール  作者: nami
訓練漬けの日々
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21/63

20 : アンドロイド・アイデンティティ

 ヴォルフガング総司令官の監督の元、技能テストは行われた。技能テストの種目は、筋力、跳躍力、持久力、反射神経など、軍人として戦う為に最低限必要とされる基礎的な身体能力を測るものが殆どだ。

 総司令官はどの種目でも、熱い野次を飛ばしてきた。


「フラン!お前そんなもんじゃねえだろ!!」

「おいこら!フラン!休んでんじゃねえ!!」

「フラン!あと少しだ!気合い入れろ!!」

熱のこもった総司令官の声が聞こえる度に、私の身体は「もう限界だ」と叫びながらも、更なる力を発揮しようと奮い立った。


 短時間でこれほどまでに動き回ったことは、私の記憶上初めてだ。身体の中のモーターが急速に回転し、今まで殆ど使っていなかったパーツが苦しげに軋みながら動き出したような感覚がする。

「昔のお前はそんなもんじゃなかったぞフラン!!ほら頑張れ!!」

「はいっ!」


昔の私──総司令官やみんなが知っている「フラン」が本当に私なら、本気を出せば「フラン」と同等の力を出せるはずなのだ。

 私は信じたい。私が「フラン」なのだと。此処に居てもいいのだと心から思いたい。

 

 七種目目まで終えた時には、立っていることさえ苦しくて、私は床に座り込んでしまった。

体内の部品が悲鳴を上げている。たったこれだけの事がこんなにも辛いなんて、自分の体力不足を痛感する。

 やっぱり、私は「フラン」ではないのかもしれない。ナヌーク総統は、私には特別な才能があると言っていたけれど、そんなもの一切感じられない。


「フラン、お疲れ」

 顔を上げると、そこにはユリサがいた。

「はい、これ」

 ユリサはペットボトルに入った水を私に差し出した。

「あ、ありがとう」


 私はアンドロイドだからどれだけ動き回っても喉が渇くことはないのだけれど、ユリサの心遣いが嬉しかった。

 味はないけど、沢山動いた後に飲む水は美味しいと感じた。身体の中からはヴー、という今まで聞いたこともないような鈍い音がする。あんまり激しく動いたから、身体がびっくりしているみたいだ。


「情けないよね、たったこれだけの運動でこんなにも疲れちゃって。私、アンドロイドなのに」

 私が技能テストを受けている間、ユリサはずっと静かに見守ってくれていた。今の私の実力を見て、呆れられたかもしれない。

 私の所為でユリサをがっかりさせてしまうと考えただけで、胸が異様に苦しくなる。


ユリサは私の隣に座った。

「どこが情けないの?一年以上も軍隊を離れていたのにこれだけの力を出せるなんて、凄いと思ったわよ。それに、この技能テストは軍人向けに作られたものだからキツいのは当然なのよ。総司令官のペースについて行けるのはやっぱりフランくらいね、流石だわ」

 てっきり呆れられるとばかり思っていたから、意外な言葉に驚いて隣を見ると、微笑むユリサと目が合った。


「フランなら大丈夫よ。さあ、最後は戦闘力テストでしょ?戦い方なんて覚えていなくて当たり前なんだから、無理だけはしないで。総司令官もそのことはわかっているはずだから」

 ユリサは私の背中を軽く叩いて立ち上がった。

 残るはあと一種目。これだけは基礎的な身体能力を測る為のテストではなく、戦闘技術やスタイルを見極める為のもので、より実践的な能力を求められる。


 私は立ち上がった。

「ありがとうユリサ。私、ユリサに呆れられるんじゃないかって、正直ちょっと不安だったんだけど……なんかホッとしたよ。よし、ユリサのお陰で体力も回復したみたい!」

「それなら良かった。あとね、私がフランに呆れることなんてないから安心して。私はいつでもあなたの味方よ」

 私だってユリサの味方だよ。今はまだ、それほど力になれないかもしれないけれど。いつか、必ず──


 その時、エレベーターのドアが開き、休憩の為に場を離れていた総司令官が戻ってきた。

「フラン、休憩は十分取ったか?そしたら、最後の種目といこうか。お待ちかねの実技戦闘だ」

「はい!お願いします!」

「お、気合い入ってるじゃねえか。それじゃあ、早速始めるか。そこに赤いテープが貼られてるだろ。その上に立て」

言われた通りに私が指定された位置へ着くと、総司令官は私と1、2メートル離れた所に立ち、私たちは向かい合う形となった。


「それじゃあ、このテストの概要について、簡単にではあるが説明する。

 まず、俺は武器を使う。但し、剣は鞘から抜かない。ウイルスに感染し、暴走状態にあるアンドロイドは手近な物を武器として扱う傾向にあるようだからな。

 俺の攻撃を交わしながら、隙をついて攻撃する。拳でも蹴りでもいい、俺に一発でも当てられたら上等ってところだ。ま、フランは司令長官なんだから、それ以上のことも出来るはずだろうがなぁ?」


 総司令官は挑発的な眼差しを私に向けて、にやりと笑った。

「……が、がんばります」

「制限時間は5分。それじゃあユリサ、開始の合図を頼む」

 ユリサは頷き、壁際から一歩前に進み出た。

「それでは──始め!」

 ユリサが言い終わるのとほぼ同時に、総司令官の持つ鞘入りの剣が飛んできた。思わず顔を逸らしたが、風圧で前髪が舞い上がった。


 かと思ったら、次の瞬間には容赦ない蹴りが飛んでくる。私は後ろに飛び退き、ぎりぎりのところで攻撃を交わした。

「ほう、やっぱりやるじゃねえか。流石だな。記憶を失っているとは言え、身体に戦闘経験が染み付いているらしい……な!」

 今度は下方向から剣が振り翳され、それを交わせば今度は上から攻撃が来る。


 総司令官は「一発でも当てられたら」なんて言っていたが……無理だ!次から次へと迫り来る攻撃を交わすことに手一杯で、とても反撃の余地など無い。

「どうしたフラン!そんなものか!手加減は無用だぞ!これはテストなんだからな!」

総司令官は巨体ながら俊敏な動きで翻弄してくる。次から次へと攻撃を繰り出してくる為、隙が一切見えない。攻撃を交わすうちに体力を削られた。


「残り1分!」

ユリサの声が聞こえた。あと1分……!駄目だ、このままじゃ一撃も当てられない!

「……う、っぐあっ」

 鞘入りの剣が脇腹にめり込み、中の部品が砕け散るかのような痛みが走った。思わずその場にしゃがみ込み、脇腹を抑えた。

「フラン、お前はそんなもんじゃないはずだろ。ほら、早く立て。本気を見せてみろ。また此処で戦いたいと思うなら、力で証明してみせろ!」


 総司令官の言う通り、ここで力を証明出来なければ、スタートラインにさえ立てないような気がする。私が本当に「フラン」なら、限界を超えられるはずだ。

 だからお願い、フラン。私に力を貸して──!

「あと30秒!」

総司令官はしゃがみ込む私の目の前に立っている。情けない、と言わんばかりの視線が頭上から突き刺さる。


 一瞬の隙をつけ。総司令官よりも速く。意識よりも先に、時間さえも止めてしまえばいい。

 総司令官の荒い呼吸が緩んだ一瞬の空気の震えを感じ取る──今だ!

 私はしゃがみ込んだ体勢から右脚を振り上げた。総司令官は環一発のところでそれを交わしたが、私の狙いは総司令官ではなく、彼が持つ鞘入りの剣。


 振り上げた右脚は剣に当たり、総司令官の手から滑り落ちた。彼は即座に剣を掴もうとしたが、それよりも私が奪い取る方が少し早かったようだ。

 剣を掴むなり、私は総司令官の首元を狙い振り下ろした。その時、タイムアップを告げるユリサの声が響いた。気付けば、総司令官の岩のような拳が私の頬のすぐ側で静止していた。


 総司令官はにやりと微笑み、私から離れた。

「流石だな、フラン。やっぱりお前は本物だよ。まあ別に、疑ってたワケじゃねえけどな。でもまあ、当たり前だが以前と比べるとかなり劣る。また鍛え直さねえとな」

 総司令官の逞しい手が、私の肩をぽんと叩いた。脇腹の痛みはまだ消えない。体内の部品たちが悲鳴を上げて軋んでいる。内側が燃えているかのように熱い。だけど、嬉しくてたまらなかった。


「……はいっ!ありがとうございます!よろしくお願いします!」

「おう、今日のテストの結果はまた後日報告する。明日からビシバシ鍛えてやるからな、覚悟しとけよ」

 総司令官はそう言って、右手をひらりと上げてエレベーターの中へと去っていった。


 自分でも、どうしてあんなに力が出せたのかわからない。あの一瞬だけ、私の身体を誰かが操っているみたいだった。戦闘経験なんて全く無いはずなのに、あの時だけは勝手に身体が動いていた。


 総司令官の姿が見えなくなり、この場には私とユリサ、二人だけが残された。

 全身の力が抜けていき、立っていることさえ難しい。息を吐きながら座り込む私の元へ、ユリサが駆け寄ってきた。

「フラン、驚いた!凄かったわ。ああ、やっぱりあなたはフランなんだ!」

ユリサは興奮した様子で、早口で捲し立てた。

「大袈裟だよ。ユリサ……」


顔を上げると、ユリサの目には透き通った涙がたっぷりと浮かんでいた。

 その涙を見て、私は悟った。私がフランというアンドロイドで在る為には、「強さ」は最低条件だ。強くないフランに意味は無い。


 私たちAIとは元来、何か一つの分野に特化して造られたものであるはずだ。私にとってのそれが並外れた戦闘能力だとしたら、私は強くなくてはならない。

 信じられないようなことだけど──私が何の為に造られたのか、どうして軍隊(ここ)にいるのか、閉ざされた忘却の闇の中で、微かな記憶の破片が小さくきらめいたような気がした。

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