異世界生活19日目
半年前から戻ってきたのは不思議な気分だ。鈴さんが再起不能となり、必死に薬草を探した日々はまるで幻のようだ。鈴さんの足が再び動くようになり、俺は胸につかえた何かが消えたかのようにスッキリとした気分だった。明るい気分だとゲームをやってみたくなる。買ってからろくに遊んでない勉天道スマッシュを取り出し、夢中で遊んでみた。安全な現代社会の生活が懐かし過ぎて涙が出た。この部屋でゆっくりとくつろぐのも久しぶりだ。ほとんど異世界にいて、またに寝に戻るくらいのものだったから。
山田太郎は久々の休日を満喫した。鈴はすぐに怪我が治った事で半年間自分が歩けなかった苦悩を知らない。何度も歩けない事が悔しくて泣いた。太郎の負担になっている事が悲しくて泣いた。車椅子で懸命に行きようと思ったが、もう2度と冒険に出れないかと思って泣いた。根っからの明るさを持った鈴の精神でも限界まで苦しんでその顔に暗い影を刻み込んだ。が、その苦労の色が今の鈴には無いのだ。これは想像以上に大きい。
「太郎くん、おはよう」
今日は鈴が太郎の部屋に泊まりに来ていた。昨夜は疲れたのか少し朝起きるのが遅かった。
「鈴さんおはよう。朝食できてるよ。いつもの仕返し」
「あはは、仕返しってなによ。お返しでしょ」
太郎の冗談に鈴が笑う。太郎の朝食はシンプルでキャベツの千切り大盛りのサラダに卵焼きと具だくさんの里芋の味噌汁だった。
「鈴さん昼食は適当で夜は寿司でも食べに行こうか」
「ん、いいね。私はそれまでどうしようかな。足が動くようになるとは思ってなかったから予定が寝ることばかりなのよね。足は動くようになったのに」
「ん、いいんじゃないかな。今日は休みにしてふたりでゴロゴロしよう」
「うん。わかった。来て、太郎くん。あなたといれば退屈な時間もそうじゃなくなる」
太郎と鈴は体を預けあって読書をしている。数時間経過し、昼は海鮮丼を食べに行き、映画を続けざまに2本観て、暗くなると寿司を食べて日本酒をしこたま飲んで泥酔した。千鳥足で太郎のアパートに戻るとふたりで抱き合って眠った。何でもない生活がふたりは嬉しかった。
一方、異世界バスはというと、アザゼルが死にサターナが急遽戻ってきたが、半年前の世界に馴染めず、こちらもお休みとした。サターナのお帰り会としても都合が良く、宴会となった。皆、魔王軍に捕まって死を覚悟した事を忘れる為に大酒を飲み、騒いで忘れた。ゆっけはモテモテで、スポーツマン3人が本気で狙って口説いている。冴子と愛と杏理も人気で、他の男性メンバーが口説いている。が、半年経っていても恋に決着はついていない。山田太郎のように目立った活躍があれば恋の決着がつくのも早いのだが、そうも行かなかった。
「太郎さんと鈴さん今日はただの休みですよね。本当に足の怪我が治ったんですよね。明日は来ますよね」
「ん、それは私も思ってた。大丈夫よ。さっき連絡したら、仲良く寿司を食べてる写真が送られてきた」
「よかった。あの時、鈴さんがいれば俺達も魔王軍に捕まることなく、高志さんだって3ヶ月前に死ぬことは無かったんですよね」
「うん。きっと運命は変わる筈よ。この巻き戻った半年の時間を使って強くなるよ。もっともっと。あんた達スポーツマン3人はモブ太郎並みの身体能力を手に入れなさいよ」
「それはキツイな。でも、俺達はやりますよ。3ヶ月後、能力測定で一番高い数値の奴と付き合うってどうですか、ゆっけさん」
「うん。それでもいいけど、私以下の身体能力じゃ付き合わないよ?」
「それは無理ですよー! ゆっけさん超えるとかー」
酒場での会話はそれなりに盛り上がり、サターナに想いを寄せる乗客5人は全員が干からびかけて店の物陰から出てきた。サターナが5人に食料を食べさせ、何とか立って歩けるようにして、サターナの歓迎会は終わった。鈴と太郎の復活が全滅の運命を変える事を信じて乾杯して一気にそれを飲み干してから酒場を出て、異世界バスに戻った。運転手は眠っていた。無口な運転手はどんな夢を見ているのだろうか。半年経っても彼の事は謎のままだった。状況が変わった今なら仲良くなる事も出来るのだろうか。




