第43話:松田、来る
十二月に入って、商店街にクリスマスの飾りがついた。
木村さんが今年も飾った。去年と同じリースだ。でも今年は、美咲が赤ちゃんを抱いて隣に立っていた。赤ちゃんが、リースを不思議そうに見ていた。
私は窓から、その様子を見ていた。
新しい命の光が、冬の光の中で揺れていた。
温かい朝だった。
雅紀さんが来たのは、そういう十二月の昼だった。
前回来たときより、少し顔が明るかった。
「澄江さん、こんにちは」
雅紀さんが言った。
「いらっしゃい」
澄江さんが顔を上げた。
「どうしたの、今日は」
「報告があって」
雅紀さんが座った。
「松田のこと」
「まあ」澄江さんが言った。
「どうなりました?」
「先週、五万円、持ってきました」
雅紀さんが言った。
「封筒に入れて、ちゃんと」
澄江さんが「よかったじゃないですか」と言った。
「びっくりしました。来ると思ってなかったから」
雅紀さんが続けた。
「残りも少しずつ返すって言って」
「信じますか」
澄江さんが聞いた。
「信じます」
雅紀さんが少し笑った。
「あいつ、口だけじゃないところもあるから。ただ、気づいていなかっただけで」
私は雅紀さんを見た。
妙な糸が、前回よりさらに薄くなっていた。
完全には消えていないけれど、方向が変わっていた。
一方通行だった糸が、少し双方向になりかけていた。
雅紀さんが話し終えて、お茶を飲んでいた、そのときだった。
暖簾が開いた。
「あ」
雅紀さんが言った。
松田さんだった。
前回来たときより、少し神妙な顔をしていた。
「雅紀、やっぱりここにいた」
松田さんが言った。
「連絡したら、出かけてるって言うから」
「なんで来たんだ」
「謝りに来た」
松田さんが言った。
「この間、ちゃんと言えなかったから」
澄江さんが「どうぞ、座ってください」と言った。
松田さんが座った。
「あの、占い師さん」
松田さんが澄江さんを見た。
「この間、俺、失礼なことしましたよね。急に押しかけて」
「いいえ」
澄江さんがにこにこした。
「いや、失礼でした」
松田さんが頭を下げた。
「すみませんでした」
私は松田さんを見た。
前回より、糸が変わっていた。
雅紀さんへの糸が、少し双方向になっていた。
気づいた人間の糸は、変わる。
「残りも、来月また持ってくる」
松田さんが言った。
「ちゃんと返す」
「うん」
松田さんが、少し間を置いた。
「引っ越しも、業者頼んだ」
松田さんが言った。
『彼女に話したら、『それ雅紀くんに悪いでしょ』って怒られた」
「彼女に?」
松田さんが苦笑いした。「俺より彼女の方が、ちゃんとしてた」
雅紀さんが「かなさん、いい人じゃないか」と言った。
「そうなんだよ」
松田さんが言った。
「だから、今度ちゃんと紹介する。三人で飯でも行こう」
「それは、行きたい」
雅紀さんが笑った。
私は、二人を見ていた。
中学からの友人が、今日、少し変わった。
それだけで、十分だ。
二人が帰り際、松田さんがカウンターの端にいる私を見た。
「猫ちゃん、この間はスマートフォン回してくれてありがとう」
松田さんが言った。
私はそっぽを向いた。
たまたま、足が当たっただけだ。
「いや、あれで気づいたから」
松田さんが続けた。
「俺、かなり甘えてたなって」
澄江さんが「気づけてよかったじゃないですか」と言った。
「そうですね」
松田さんが言った。
「あの、また来てもいいですか。占いじゃなくて、ただ来てもいいですか」
「もちろんよ」
澄江さんがにこにこした。
「ムギちゃんも、待ってるから」
私はそっぽを向いた。
待っていない。
でも、来るなとも思わなかった。
二人が出て行った。
澄江さんが窓から二人を見送りながら言った。
「松田くん、素直ないい子ね」
私は澄江さんを見た。
「最初は、どうかなと思ったけど」
澄江さんが続けた。
「気づいたら、ちゃんと動けるのね」
私は窓の外を見た。
松田さんと雅紀さんが、並んで商店街を歩いていた。
二人の間の糸が、今日は前より温かかった。
友人の縁というのは、不思議だ。
搾り取られていても、切れなかった。
そして気づいたら、また温かくなる。
そういう縁が、ある。




